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    さわら

    @sawaragomu
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    さわら

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    イルカ先生と誰かの忍犬

     昨日からの雨で、アカデミーの校庭には点々と水たまりが出来ていた。アカデミーの校庭は定期的に整地されてはいるが、日常的に生徒が走り回っているし、授業では忍術の実演もあるので地面はいつもでこぼこしていた。それが幾つもの水たまりとなり、その水面に今も雨が降り注いでいる。
     それでも少し雨が弱まってきたな、とイルカは校舎の一階から雨に濡れる校庭を眺めて思った。分厚い雨雲はまだ空に掛かっていて、昼過ぎだと言うのに薄暗い。
     その校庭の真ん中を、小さな影が動くのが見えた。人ではなく、背の低い動物がふらふら歩いている。裏手の林から狸でも迷い込んで来たのかとイルカは思った。ずぶ濡れで泥で汚れていたからだ。
     小さな狸は雨で誰もいない広い校庭を、奥の林の方から斜めに歩いて来る。その姿は明らかに疲れ切っていた。それでもよろけながら、何処かへ歩いていこうとする。
     イルカはなんとなく気になって目で追っていた。保護するべきだろうか。でも野生なら手出し無用にも思う。イルカが狸の行く末を勝手に案じていると、狸は水たまりに足を取られたのか地面に倒れ込んだ。周囲に泥が跳ね上がる。
     イルカは咄嗟に窓を開けて外へ飛び出していた。校舎前の芝生の中庭を走り抜けて、水たまりだらけの校庭を駆けていく。
     狸が倒れる時に見えた気がしたのだ。木ノ葉の額当てが。幾らイルカの視力が良いからと言っても、距離があったから気のせいかも知れない。そうだとしてもイルカは自分の勘を信じた。
     水たまりの中に倒れていたのは、黒くて小さな忍犬だった。足はもちろん泥だらけで、体も雨で濡れていた。多少の雨は毛皮が弾いてくれるようだが、長く歩いて来たのか濡れそぼっている。身に着けていたた紺色の衣服は泥と雨で黒く汚れていた。そして首元には、木ノ葉の額当てが着けられていた。
     誰かの忍犬に違いなかった。里への伝令として遣わしたのだろう。イルカは水たまりに膝をついて、倒れたまま起きようとしない忍犬に手を差し伸べた。忍犬は顔の前に出された手に気づいて一瞬呻ったものの、気力も尽きたのかすぐに静かになった。顎を水たまりに入れたまま動かない。
     イルカはぐったりした忍犬を抱き上げて、泥だらけの彼がこれ以上雨に濡れないように庇いながら校舎へと戻った。午後から受け持ちの授業があったが職員室へ寄って事情を説明し、忍犬を抱いたまま火影室へと急いだ。
    「火影様!」
     イルカは扉も叩かずに火影室へと入った。両手は塞がっていたし、緊急時に形式は不要である。それに火影は扉を開ける前からこの気配に気付いていただろう。
    「どうした?」
     火影室には五代目火影とシズネが居た。火影はイルカの様子を一瞥して察したのか、無言で側へ来いと呼びつける。シズネはイルカが火影の前まで進むのと入れ違いに慌てて部屋を出て行き、すぐ大きなタオルを持って戻って来た。
    「先ほどアカデミーの校庭で保護しました。急ぎの伝令かと思いましたので」
    「ああ……そのようだな」
     イルカはシズネが持って来たタオルで忍犬を包んで、書斎机の上にそっと下ろした。火影の膝に乗っていたミニブタが、机の上に顔を出して興味深そうに忍犬を見ている。
     五代目火影はやさしい手つきで忍犬の背中を撫でると、忍犬が首に着けていた額当ての結び目を解いた。額当ての裏に折りたたまれた紙が隠されていたようで、火影は慣れた手付きでそれを取り出した。茶色い油紙で包まれている。
     火影は小さく折りたたまれた紙を広げると、その書きつけを見て考え込み、奈良シカクを呼べとシズネに言い付けた。シズネは返事をしてすぐに火影室を出て行く。
    「火影様……」
     誰からの伝令だったのか、どんな内容だったのか、いい報せか悪い報せか。イルカは少なからず気になったが余計な事は聞かなかった。火影がイルカに何も言わない以上、アカデミー教諭のイルカには関わりのないことだろう。
    「ご苦労だった。こいつを休ませてやってくれ」
    「はい……」
     イルカはタオルに包まれて寝そべっている忍犬に目を向けた。さっきから体を起こしもせず、吠えもせず、ただじっとしている。泥だらけで見るからにぼろぼろの姿だった為、動く元気も無いのかとイルカは少し心配だった。
     火影はイルカの様子を見て、ずっと厳しかった表情を僅かに緩めた。
    「安心しろ。怪我はしてないよ。泥を落として、よく乾かしてやりな」
    「はい」
     イルカは怪我は無いと聞いて少しほっとした。火影はそんなイルカを見て、おまえも泥だらけだな、と呆れたように笑った。泥だらけの忍犬を抱えてきたせいで腕と胴の前面、そして膝が汚れていた。足下は泥だらけですっかり濡れている。
     イルカは自分の足下を見てぎょっとした。イルカが歩いた跡に泥が付いている。火影室の床だけでなく廊下も汚して来ているだろう。
    「うわ。すみません。あとで掃除を……」
    「構わん。さっさと行け」
     火影は追い払うようにイルカに忍犬を押しつけたが、すぐに少し待つよう引き止めた。机の引き出しから小さなパウチ包装のゼリーのようなものを取り出してイルカに渡す。
    「なんですか、これ」
    「犬のおやつだよ。動けるようだったら食べさせてやりな」
     火影が何故こんなものを持っているのかと思ったが、伝令に来る忍犬の為に日頃から用意しているのだろう。忍犬におやつをあげている五代目火影の姿を想像して、イルカは少し笑いそうになった。
    「ありがとうございます。よかったな、火影様からの褒美だぞ」
     イルカが腕に抱き抱えていた忍犬に話し掛けると、忍犬は少しだけ鼻先を上げた。眠そうな目をしていたが、くりくりした黒い目が可愛かった。少しは元気を取り戻したようだ。
    「ほら、さっさと行きな」
     火影は本格的にイルカと忍犬を追い出しに掛かる。イルカは忍犬を抱いたまま退室の挨拶だけして、火影室を後にした。
     建物の一階には小さな休憩スペースがあり、イルカは忍犬をそこへ連れて行って汚れた体を綺麗に拭いてやった。既に午後の課業が始まっていたので、休憩スペースには誰も居なかった。忍犬はべしょべしょになっていた服を脱ぐのを嫌がったが、どうにか脱がせて、向かいの仮眠室から勝手に持って来た毛布の上で休ませた。
    「火影様に貰ったおやつ食べるか?」
     イルカが小さなパウチ包装のおやつを見せると、忍犬は鼻を近づけた。イルカは包装の端を千切って開け、忍犬の鼻先へと差し出す。忍犬はにおいを少し嗅ぐと袋から押し出されたゼリーを器用にぱくりと食べた。すぐにもっとくれと催促してくる。忍犬はおやつをすべて食べてしまうと、舌なめずりをして毛布の上にうつ伏せに寝そべった。
     忍犬はやっと任務から解放されたのか、うとうとし始める。イルカは忍犬の小さな体を毛並みに沿ってゆっくり撫でた。忍犬は一度あくびをしただけで、イルカの手を嫌がらなかった。むしろ撫でるのをやめると、閉じかけていた目を開けてイルカをじっと見つめる。なんでやめるの、とでも言っているようだった。
     イルカは忍犬の仕草を見て小さく笑うと、再び忍犬の体をゆっくり撫でた。泥のついた体は綺麗に拭いたものの、毛は少しぼさぼさしている。
    「お疲れさま。ゆっくり休みな」
     撫でられているうちに忍犬は眠ってしまった。
     イルカはシズネが忍犬を迎えに来るまで、小さな忍犬に付き添っていた。
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