更紗琉金の行方自邸の風呂釜が壊れた。
元より隙間風の風情だったが、いよいよ幽霊屋敷も目前か、などと冗談でもないことを思いながら帰路に着く。
今朝方、倅を叩き起こして朝飯を食わせてやりながら、今晩は銭湯だぞと伝えていたが、果たしてちゃんと覚えているやら。
ジワジワ名残の蝉の声。嗚呼、何故に壊れたか風呂釜よ。背中にペタリ張りつくシャツが鬱陶しく、手で顔を仰ぎ仰ぎ歩く。
「ただいまー」
軋む引き戸を開けて、奥に向かって声をかける。
応(いら)えはない。
「帰ってないのか?おーい、キタロー」
玄関にはちょっと不恰好に揃えられた下駄が置いてある。その隣にいつもの履き潰したスニーカー。
靴はあるのに……。
不思議に思って、薄暗がりの廊下を進む。斜陽がフローリングにオレンジを落とす。夕暮れが迫っていた。
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