「さっっっ、む…」
エアコンの暖房と炬燵フル稼働、温かい部屋着と半纏と厚手の靴下フルアームド。しかし、寒がりの拓也にはまだ足りないぐらい寒かった。
何故そうなる?と言われそうだが、拓也の手足は炬燵の中に収められているにも関わらず冷えきっている。夏の暑さには強い拓也だが、冬の寒さには滅法弱い。暖房が当たっているのに背中はぞくぞくと震え、逆に冷えていっているような感覚すらあった。
(輝二、よくこんな寒い中外出れんな……)
拓也は天板に突っ伏しながら、先刻外出した輝二のことを考える。泉に誘われて出掛けた彼女の装いは、白のコートにくすんだ水色のセーター、デニムのショートパンツに黒いストッキングという、寒くないのか心配になるような軽装だった。
出がけにそんな格好で寒くないのかと訊いてはみたのだが、どうやらセーターの中に保温性の高いインナーを着ていたり、ストッキングも見た目に反して厚手のものを履いているからあまり寒くはないらしい。ブーツももこもこの生地のものを選んでいた。
彼女なりに防寒対策はしているようだが、それでもやはり心配なものは心配だ。風邪など引かなければいいのだけが。そんな風に拓也が考えていると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
輝二の声だ。無事に帰ってきたらしい。
「おかえりー」
炬燵の天板に頬をくっつけたまま、拓也は玄関へと声を掛ける。ガサガサとビニール袋の擦れる音が聞こえる。今日もまた、泉のオススメの店で何か買ってきたのだろう。すたすたという軽い足音が数回聞こえた後、ガチャ、とリビングの扉が開く。
「おかえり〜…寒ぃな…」
「…暖房つけて炬燵入ってそんな分厚い半纏着ておいて、か?」
呆れ顔で輝二が拓也を見る。全身もこもこで、顔まで半ば埋もれかけている拓也は輝二から見るとまるで雪だるまか何かのようだ。
「いやめちゃくちゃ寒いって…手とか足とかキンキンだもん、ほら」
拓也が炬燵から手を出して、輝二の手を握る。確かにその手はひんやりとしていた。
「つめたっ…」
「だろ?」
拓也はにひ、と笑って再び炬燵に手をしまう。本当に寒がりだな、と輝二も笑った。
「そんな寒がりで冷え性のお前に、いいもの買ってきたぞ」
「んえ?俺?」
「ああ」
輝二が提げていた袋をガサガサと探る。出てきたのは、まるで着ぐるみのようなフードつきのもふもふした生地のブランケット。所謂、着る毛布だった。
「拓也寒がりだし、こういうのいいかなと思って。フードついてるから、首元とかも温かいぞ」
「おー…すげぇふわふわ…」
拓也の目が輝いた。輝二からブランケットを受け取り、半纏を脱いでそれを羽織る。背中から首周りまでを覆うふわふわとした生地はとても温かく、安心するものだった。
「ふはぁ……あったけぇ〜…」
「お気に召したようで良かった。着替えてくる」
「お〜」
輝二は手に提げていた袋をその場に置き、寝室へと入っていく。拓也はブランケットの襟元に顔を半分埋め、温かさを堪能する。
(これ、すげー落ち着くな……)
半纏とはまた違った安心感は、首元まで包まれているという感覚がそう思わせるのか、ふわふわした生地の手触りがそう思わせるのか。どちらにせよこのもふもふした感覚は心地がいい。
暫くして、見慣れたルームウェアに着替えた輝二が寝室から現れる。まるで溶けたように炬燵に沈み込む拓也に、輝二が笑いかけた。
「そんなに気に入ったのか?」
「うん……すげえふわふわ……」
「そりゃ良かった」
もふもふとした生地を撫でながら恍惚としている拓也に、輝二は嬉しそうに微笑む。
「…こーじもこっち来いよ」
毛布の袖口から指先だけ出して、拓也は手招きする。
「いいのか?」
「おん…一緒に温まろ…」
「…そうだな。じゃあ、お言葉に甘えて」
輝二は誘われるように炬燵に歩み寄り、拓也の脚の間に腰を下ろす。同時に、後ろから拓也にもふ、と抱きつかれた。
「…確かに温かいな…」
「だろ〜?」
炬燵と拓也に挟まれ、輝二はほうとため息をついた。そして、拓也の肩に頭を預ける。ふわふわの生地が頬に当たり、輝二はその心地良さに目を閉じた。
「…眠くなりそう…」
「寝てもいいぞ?もう今日どこも行かないじゃん」
「でも、そうしたら拓也が動けないだろ…」
「俺は別にずっとこのままでもいいけど?」
「……拓也、ずるいぞ」
輝二は拗ねたような声を出し、さらに拓也の胸元にすり寄る。その仕草が可愛くて、拓也は思わず笑みを零した。
「…あちこち歩いて疲れたろ?寝ちゃってもいいからさ、このまま一緒に温まろうぜ」
拓也はそう言いながら、輝二の身体を優しく抱き締める。そして、そのふわふわの生地に頬を擦り寄せた。
「…まずい…本当に眠くなってきた…」
「寝てもいいって」
「……んー…でも、…まだ……」
心地良さに眠気を誘われているのか、輝二の声は次第に小さくなっていく。既にうとうとしているようだった。
「無理すんなよ?」
「無理、してな……い……」
そんなやり取りをしている間も、輝二はうつらうつらとし始めた。
「肩貸すから、もたれていいぜ?」
「ん……ありがとう……」
拓也の厚意に甘え、輝二は遠慮なく身体を預ける。すると、輝二はそのままゆっくり目を閉じた。そして程なくして、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくる。
「……寝ちゃった?」
すやすやと眠る輝二の体を冷やさないように毛布で包み込むと、拓也は輝二の頭を撫でる。彼女の表情はわからないが、きっと幸せな夢を見ているのだろう。拓也は優しく笑った。
「おやすみ」
寝ている輝二を起こさないように小さく呟き、拓也は暫くの間彼女の温もりを噛み締めるように抱き締めていた。