スタンドバイミースタンドバイミー
「ふくたいちょー、昨日のドラマ見ましたぁ?」
夜と違い、閑散とした昼過ぎの吸対のオフィス。終わらない報告書が嫌になったのか、イヨノが隣のミツキに話しかける。
「見てない。あれ、すごい話題になってるけど、最初っから見なかったからもう見る気なくて。」
ミツキはパソコンから目も手も離さず、淡々と答える。
「!!じゃあ今日、上がったら今までの録画してるんで、一緒に鑑賞会しましょーよ!!あれめっちゃ面白くてっ……」
イヨノはミツキにかぶりつく勢いで、畳み掛ける。
どうやら、二人はこの勤務のあと、話題のドラマの鑑賞会をするらしい。仲が良くて何よりだ。
しかし……
「イヨノ、後の楽しみがあるのはいいけど、溜まってる報告書もちゃんと進めなさいね。」
今、ミツキ、イヨノ、僕だけがいるこの吸対のオフィスで一応年長者である僕は彼女を嗜めた。ちゃんとやっておかないとあとで泣きを見るのは自分自身でもあるんだから。
「そうだ!ヤギヤマさんも一緒に鑑賞会、しますか!?」
そんな気遣いもいざ知らず、イヨノは異性の年上上司を話題の恋愛ドラマ鑑賞会に誘ってくる。何が「そうだ!」なんだ……。
「しませんよ。若い女性隊員たちと恋愛ドラマ鑑賞会に参加するなんて外聞が悪すぎる……。」
「なんでですか!いいじゃないですか!たまにはおじ…年上の人の恋愛観ってやつ聞いてみたいです!」
ズレた返事と言い直された言葉に返す言葉を失っていると、ミツキが話の向きを変えてくれた。
「そのドラマ、どんな話なの?」
相変わらず、パソコンから手も目も離さないが、会話には参加する。
「ん~…、まずですね、職も失って、恋人にも振られた主人公がひょんなことからルームシェアを始めて……」
イヨノは揚々とドラマについて話しだす。おじさんの僕にはついて行けそうにもない。僕は僕で自分の業務に集中することにした。
「ヤギヤマさんは、こーゆー奴はやめとけって、あります?」
唐突に、イヨノが話しかけてきた。いつのまにか二人はドラマの話ではなく、恋バナを始めたらしい。
若い子たちの恋バナに立ち会っていることに苦笑しながら答えた。
「どうだろうな?人なんて計り知れないところがあるのは当たり前だし、なんとも言えないよ。まぁ、もちろん幸せになれそうもない相手とは二人には付き合ってほしくないけど。」
「ヤギヤマさんは、相手に何を求めますか?」
ミツキが手を止めて、こっちをじっと見つめて聞く。ミツキがこんな話題に乗るのは珍しい。
その質問に、あの男を思い浮かべる。
「求めるかぁ……別にコントロールしたいわけじゃないし、そういうとこ、好きになっちゃったから仕方ないし……うぅん……」
あの男の遠い理想の先を見つめるあの眼差し。いつか、そこに辿り着いた時、その時も僕を側に置いていてほしい……。
側にいなくてもいいかもしれない、いつか、その理想を見つめてみたい。
「……ヤギヤマさんは、もっと求めるべきですよ。それに見合う献身はしてるはずです。」
イヨノが真剣な顔で言う。
対して僕は少し笑ってしまった。
あの男と付き合うまでに縁のあった人たちに必ず終わりに言われたことを思い出したからだ。
『本当に、私のこと、好きだった?』
当時のそれぞれの人たちに僕のできる精一杯を注いだつもりだったけれど、一様にそう言われて破局した。
彼にもそのうち、そう言われてしまうのだろうか……。
それは、いやだなぁ。
「うーん、求めるねぇ……。」
「ごくろーさん。」
いきなり扉が開いてカズサが入ってきた。もうそんな時間か。
「ミツキ、イヨノ、お前ら今日これで上がれ。特に引き継ぎもないだろ?帰っていいぞ。」
「はい!カズサ隊長!お疲れ様です。さぁ!副隊長!終業、終業。早く帰って一緒にドラマ見ましょ?」
イヨノが急にいきいきとしだす。その変わり身の早さが微笑ましい。
「分かったわ。じゃあ、カズサ隊長。今日はこれで失礼します。ヤギヤマさんもお疲れ様でした。お先に失礼します。」
ミツキが僕とカズサに挨拶をして、イヨノと部屋を出て行く。カズサと僕は二人っきりになる。
「雨降るみたいだし、暇になりそうだなぁ。今日は書類仕事倒してくかぁ。」
カズサはぼやきながら自分のデスクにつく。
「ねぇ、カズサ……」
「なんだ?ヤギヤマ」
優しい顔で僕を見ながら返事をする。
その顔のせいか、さっきまでの話のせいか、ついつい僕の望みを打ち明けてしまいそうになる。
ねぇ?カズサ、ずっと側にいていい?
「これ、印鑑ちょうだい。」
「ん、どれ、分かった。」
また僕は望みを言えないまま、日常を始める。
「じゃーん!!!!」
警察署を出て、寮に向かう道すがら、いきなりイヨノがミツキに向けて5000円札を広げて見せる。
「何それ?」
「んふふふ、部屋出る時、カズサ隊長にこっそり渡されました。」
「ふーん……」
賄賂か口止め料か、なんにせよ。
「むかつく」
「ねぇ〜まじ、むかつきますよねぇ〜。ねぇ?これでコンビニ行って豪遊しましょ!」
「そうね、使い込んでやりましょう。」
ミツキとイヨノはヴァミチキに齧り付きながら、寮へ帰っていく。