市ノ瀬と千晃さんの話「ドッペルゲンガー?」
市ノ瀬智也、鹿屋海部、そしてA…浅野勇はとある喫茶店に集まった。繋ぎで注文したパンケーキを頬張りつつ、海部はバックからスマホを取り出す。
「ん…そう、まさにそれ。一緒に写真撮ってもらったから…まぁ見なよ」
市ノ瀬は差し出された画面に目を向ける。
驚愕した。
海部が二人……いや、髪色が違うから見分けはつく。そのそっくりさんは黒髪だ。しかしこんなこと本当にありえるのか、疑ってしまうほどの瓜二つの人間がそこに写っていた。背丈も同じだ。
困ったような笑みを浮かべて不慣れにピースをしている彼は、成人男性とは思えぬほどとても可愛らしい。
「ね?」
「っすげえ…海部そっくりだ…、えーと…名前は?」
「ちあきさん、大須賀千晃さん」
海部は話を続ける。市ノ瀬はその名前をしっかりと頭に留めた。
「街中でバッタリ会ったんだ、この辺りに住んでるらしい。勢いで連絡先も交換しちゃったよ」
市ノ瀬は固唾を飲む。あまりに夢中にじっと写真を見つめてしまい、ハッと顔を上げれば海部にスマホを返した。
「……それで?俺をここに呼んだ理由は何さ。まさかこれを見せて嫌がらせのつもりかよ…」
すっかりやさぐれてしまったな、と心の中で市ノ瀬は自虐しつつも、先程から全く喋らずにただ海部の隣に座るAを睨む。
海部は微笑した。
「そんなことないよ、…あるわけないじゃないか」
優しい言葉使いが、今は耳に痛い。海部がそんなつもりで嫌がらせをする人間だなんて、違うことは分かりきっていた。
自分が恋した、たった一人の男なのだ。
「……じゃあ、何」
「私は市ノ瀬に、千晃さんとお幸せになってほしくて呼んだんだ」
「……は?」
「ね、Aさん」
「はい。私も一度千晃さんと対面しましたが…大賛成です。物腰柔らかで、とっっても良いお方でした…!」
Aの声のトーンが一つ上がっている。そんなに良い人だったんだろうか……ではなくて、
「…なんでそうなる!?千晃さんは俺のこと知らないんでしょ!?なんでお前らが勝手に決めてるの!?」
市ノ瀬は当たり前のことを聞いたつもりだったが、Aと海部はぽかんと口を開けている。
「市ノ瀬さん、貴方…海部さんのどこが好きですか?」
Aに質問を質問で返され一瞬混乱するが、ぽつりぽつりと言葉を繋ぐ。
「……優しいし…顔…背丈…、普段かっこいいけど仕草は可愛いとこ………全部…」
Aはにこっとカイフと顔を合わせた。
「決まりですよね」
「ええっ…」
カイフは戸惑う市ノ瀬の手を握っては真剣な表情を見せる。反応して鼓動がばくっと鳴った。
「……えっ…と」
「私じゃ市ノ瀬を幸せにしてやれない。これは事実、私がAさんと別れる理由にならないのは市ノ瀬も理解してるはず」
突然のことで声が上手く出せず、市ノ瀬はこくりと首を縦に振る。
「でも市ノ瀬は絶対に幸せになるべきだと思う。それに千晃さんを利用してるのは否定できない。それでも提案したのは、市ノ瀬はちゃんと誰かを幸せにさせられるヤツだって確信があるからだ」
海部の言葉の一つ一つが、自分の存在を認めてくれているようだった。これだから好きになっちまうんだよ、とツッコミを入れたい気持ちだ。
ただ、もう良い加減過去に縋るのも諦めなくてはいけない。その事実にようやく納得できた。
「海部…」
「セッティングはこっちで上手くやる。フラれるかもしれない…それでも良いなら…」
「…………わかった、わかったよ。ありがとう海部。俺…ちょっと頑張ってみる」
後日
『……なんか、でも、千晃さんに悪いな。俺は確かに海部のことが好きだけど、それを瓜二つで見ず知らずの千晃さんに向けるって…』
『そういうことじゃない。あくまでも直接会話してみて好みだったら…の話』
『好みでなければ告白もしなくていいんだから、千晃さんの返事も等しく自由。私たちはただ紹介をしただけと思ってくれよ』
海部とメールでやりとりをしていると、もう約束の時間が迫っていたことに気づく。髪を整えて最終チェック、身だしなみは気合いを入れた。
「…よし」
深呼吸をして、市ノ瀬は外に出た。
「っ…本当にいる……」
街の大広間、海部そっくりの男性がそこに居た。こっそりと木陰に隠れてやり過ごす。
海部の作戦…いや、作戦と称してしまうと尚更悪いことをしているようだが…。
海部と千晃さんは今日、2人でランチに行く予定がある。そこで…
「市ノ瀬、お待たせ」
「遅い…っ」
「ごめんよ…」
たまたま海部と合流した俺も付き添いで行く体だ。ああ、罪悪感…。
「じゃ、行こう」
「千晃さーん!遅れました!」
海部が先に出ていく。市ノ瀬は手を引かれるがまま後ろにつく。
「あ、海部さん…!いえいえっ、大丈夫ですよ」
市ノ瀬は驚く、まさか声までここまで似ているとは。それと同時に相手も自分の存在に気づいたようだった。
「えっと…そちらの方は…?」
「私の友人です。行きでたまたま会って、予定を伝えると彼も千晃さんに是非会いたいという話になってしまい。…ご迷惑でしたか?」
まるで台本を頭に入れているようにスラスラと嘘を吐く海部に市ノ瀬は若干引く。
「いえそんな!友人は増えれば増えただけ嬉しいものですよ」
千晃は邪気の無い笑みをニコリと浮かべる。とても可愛い。
「い、市ノ瀬智也って言います。噂に聞いていた通り、そっくりで驚きました」
喉が震えてついカタコト気味になる。あれ?なんで俺こんなに緊張してるんだ…?
「智也さんと呼んでいいでしょうか?私は大須賀千晃、よろしくお願いします…!」
「千晃さん、よ、よろしくお願いしますっ」
海部は市ノ瀬の様子に気付き、話を手際よく切り替える。
「こんな寒いところで立ち話もあれですし、せっかくなので三人でご飯に行くのはどうでしょう?」
「そうですね…!ご飯はみんなで食べた方が美味しいですもの…!」
「(かっこいいドタイプと、可愛いドタイプが同時に視界に映っている。まずい、頭が混乱しそうだ、耐えろ…俺…!)」
「………ああー!」
ちょっとばかり洒落た和食屋に訪れる。席に着いたすぐ直後、海部はスマホを見て叫んだ。
「え…どうしましたか!?」
「えーっと、勤め先で何かトラブルがあったようで…、援助に呼ばれてしまいました…普段はこんなこと滅多にないのですが…」
嘘を付いてる顔だ、分かってきた。まさか、まさかだが今日いきなり俺を1人にするなんて…しないよな?
「ああ…それは大変ですね…私のことはお構いなく…!」
「本っ当に申し訳ないです!今日は二人で楽しんでもらえれば…!」
おい、おいおい。
「お仕事頑張ってくださいね…!」
「ありがとうございます…それではまた…!」
海部は座席から立ち上がると、そそくさと店を出ていった。
…は?
「……さて…、ここで止まっていても仕方がないですし、とりあえずメニュー選びましょう…!」
笑顔でメニューを手渡され、市ノ瀬は急いで受け取る。
「えっあ、はい…!」
千晃はふっと息を吐くと、少し切なげな表情を浮かべた。
「……私と二人では不満でしょうか…?」
「…そんな、それは俺のセリフです!俺は元々、友人と瓜二つの方がいると貴方に興味があって来たんですから。でも千晃さんは、初対面の男と飯を食っても何も楽しくないのでは…と」
千晃はぽかんと市ノ瀬を見つめたあと、少し笑った。
「なら良かった。…私は十分楽しいですよ!」
「…ほんとですか…?」
「ええ。こんなご時世でしょう?人と人との繋がりが段々薄れてる。私にはこれといった趣味も無くて尚更。この年で言うのも恥ずかしいですが、少し寂しかったんです」
照れるように笑顔で誤魔化す千晃を見て、なんとも言葉に表せない気持ちになった。何故だかとてもとても共感した。
「…俺もです!すごく…分かります…、俺も趣味あんまし無くていつも暇で…そんでちょっと寂しくて…」
「…ふふっ、同じですね。貴方と会えてよかった」
この際、恋仲じゃなくても良いと思った。ただこの人とは仲良くなれる、仲良くしたい…。
それを俺の無駄な告白で壊してしまう可能性があるなら…そんなの、できたものじゃない。
「私はこの…鍋焼きうどんで、」
「ああえっと、じゃあ俺はロースカツ定食」
注文を済ませて、しばらく他愛もない雑談を交わす。とはいえその一つ一つを市ノ瀬は噛み締めるように楽しんだ。
それは千晃も同様だった。
「そういえば、千晃さんはおいくつで?」
「34です、智也さんは?」
「ええ!?若々し……ッ、同い年ぐらいだと思ってました…俺は28です」
「ご馳走様でした…!ああ、美味しかった…」
すごく美味しそうに、そして丁寧に食べる方だった。何一つも残さず、心から感謝するように。
聞くところ職は調理師らしい。納得だ。きっと“なりたくてなった”人なのだ、市ノ瀬は少し羨ましいと感じた。
「美味かったですね……えーと、この後どうします?帰りますか…?」
名残惜しいが、あまり引き留めるわけにもいかず自分から質問することにした。
返って来たのは、予想もしない言葉だ。
「……智也さんは、この後お時間空いてますか…?」
どきりと胸が鳴った。えっ、と声が出そうになるのを抑えて返事する。
「っ…と、空いてますよ。今日土曜日なんで、なんなら明日もずっと空いてます」
「……じゃあ、…もう少し、どこかに行きたいです」