静かな作戦室。
窓の外には夜が広がり、星明かりを反射するテーブルの上では二色の駒が並べ始められていた。総司令とチェスがしたいのだと、シリウスはそう良い駒を手に取ったのだ。おそらく彼は、以前ノヴァがベテルギウスと対局した時の話を聞いたのだろう。最近は軍人内でチェスが人気らしい。
「総司令相手に俺の腕はどこまで通用するか......」
シリウスの手が白のキングを盤面に配置する。続けてノヴァの元に黒のキングが。「総司令といえばやっぱ黒!」と楽しげに配置する彼にノヴァは頷き、彼から指定されたように黒を選んで着席する。
「ーーでは、あなたが先手です。始めましょう」
シリウスはポーンを中央に進めた。
「e4。まずは定石通りに、王の前を開けようか」
ノヴァも同じくポーンを前へ。e5。自身と同じ動きをするノヴァに口角を上げ、シリウスの手が軽快に動く。ナイトを展開し、ビショップを斜めに。Nf3.......Bc4。
「このオープニングは俺の故郷では定番。直線的でわかりやすいけど、不意打ちの余地も多い」
「ふむ、実にあなたらしい。攻撃的で、わかりやすい配置。ですが......読みやすいこの状況は、あなたにとって不利になるのでは......?」
「読み切れるかどうかは別問題。そうだろう?」
駒は進む。シリウスは大胆にナイトを突き出し、早々に盤面を揺さぶり始めた。ノヴァは冷静に守りを固め、駒をさばく。やがて盤上は複雑に入り組み、夜空に散らばる星のように互いの駒が配置されて行く。シリウスはノヴァの動きを楽しんでいるようで、いつだって飽きることのないリアクションが帰ってくる。
ノヴァの番が終わり彼の手番へ。シリウスは迷うことなく手を伸ばし、白のビショップを犠牲にする。
「チェック。」
コトンと音を立て、駒が置かれる。ノヴァは眉を僅かに動かした。シリウスによって揺さぶられた盤面で、黒のキングが強制的に動く。
「……なるほど。あなたにしては珍しい一手。興味深い。犠牲を伴う戦い方は、あなたは好きではないと記録していましたが」
「一つの犠牲によって大きな結果をもたらす事もある。俺は案外そっち側の手を使う方が得意でさ」
「戦場とゲームは別だ。"ゲーム"はいかに頭を使って誰を切り捨てるか、いかにズルい手を使うかが肝になる」
「これが"裏道”さ」
ノヴァは仕方がなくキング動かす。それにシリウスは笑い、クイーンを飛ばす。黒のキングを再び揺さぶり、駒の連携を乱して行く。ノヴァは数秒、盤面を静かに眺めた。一気に攻め入る白。
「……想定外です。あなたは理論を知り、その上で崩す。観測だけでは追いつかない」
「では、私はこう返しましょう」
駒を動かし、最善の防ぎを選ぶノヴァ。シリウスは次の一手を考えながら、楽しげに指先で駒を弾いた。
「......俺の奇襲を凌ぐとは」
「これは、久方ぶりに"楽しい"と言える対局になりそうです」
「っはは、総司令を楽しませられるなんて光栄だ」
口は交わせど、盤上は緊迫したまま中盤へ。
ノヴァの指先が静かに黒の駒を撫でた。
黒のポーンは敵の手中に。白のナイトは跳ね、王の周辺へと圧を強める。
「やっぱ奇襲と賭けはロマンっしょ?」
シリウスは口元に笑みを浮かべ、肘をつきこちらを見つめてくる。まるでこの局面を待ち構えていたかのように。ノヴァは小さく息を笑いに混ぜ、視線を盤上に落とした。
「ロマンだけなら美しい。ですが、」
黒のナイトがd4へ動く。中央制圧で白のクイーンやビショップを遮り、同時にその他へ圧力をかける。
「......クラシカルな受けで来たか」と、シリウスは真剣に目を細める。反対の手の指先はトントンと静かに机を叩く。思考パターンの変化だろう。
黒の冷静な防御策。ここで白が誤れば、逆に黒の罠に落ちる。盤上は静寂。白の攻めは炸裂寸前だが、黒は受け切る体制を整えつつある。
盤面を追っていたシリウスの瞳が、一点の駒へと止まる。迷うことなく駒を拾い上げ次のマス目へ。
「さあて……どっちがチェックメイトに至るかな」
揺れるシリウスの尻尾から視線を外し、ノヴァは黒い駒へと再び指を滑らせた。
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