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    斑猫ゆき

    @scarlet_phoneme

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    斑猫ゆき

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    こてまつ。海に落ちてサメになった松井くんに翻弄されるこてくんのお話

    人魚は歩けないざぶん、と音を立てて、足の先から波が身体を伝ってくる。遅れて冷たく重い感覚が私を支えて、水底奥深くへと引き込んでいった。着水に備えて息を止めてはいたけれど、この瞬間にはそうそう慣れるものではない。
    GPSを使った本丸練度補強しすてむ……通称『御伴散歩』。
    私はいまそれに翻弄されている真っ最中だった。
    近侍と共に散歩をした場所へまーくし、距離に応じてその地に走る龍脈のえねるぎーを霊力に変換し、本丸へ還元する。本丸内に引き篭もりがちな審神者の為に誂えられたというお題目ではあるが、肝心の位置感知機能はざっくばらんで、位置がキロ単位でズレることも稀とは言えない。まして海辺に面したこの本丸では、その座標が海中に没することだってままある。
    御伴散歩ではGPSに把握された位置は近侍がまーく用のぴんを落とすことで記録され、政府へと送られる。つまりは位置がズレてGPSが海中を指した場合、近侍である私が、海の底に潜らないとならないという訳だ。
    足元遥か下の海底へと沈んでいくぴんを見送りつつ、私はおぼつかない動きで水を掻き、遥か向こうに見える陸を目指す。ヒトの身体は水中で長く生きられるようには出来ていない。付喪神である以上溺れ死ぬことはなくとも、酸素を遮断されればヒトの肉体の方へ引っ張られて意識を失うことはありうるし、何より本体が錆びる。幸いそちらは主に預かってもらって陸の上だが、いずれにせよ足もつかない海の真ん中にいるのはどうしたって心細い。
    もうそろそろ、彼が来ても良い頃だと思うのだけれど。
    私の心の声に呼応するように、近くでざぶりと水音がした。それは滑るように優雅に水を掻いて、こちらへ近づいてくる。巨大な身体をたなびかせて包み込み、頼りない浮力から私を奪い取って支える。
    そして、彼は私の耳元に声を流し込む。よく聞き慣れた、けれども塩水でほんの少しだけしゃがれた響きを。
    「また海に落とされたのかい、篭手切」
    「どうも……松井さん」
    力無く笑う私にため息をひとつ返し、松井さんは私を抱えて、岸へ向かってゆるり泳ぎ出す。
    その半身はヒトのものではなく、腰から下にはざらりとした質感の魚体が繋がっている。その付け根でくぱくぱと広がっては閉じを繰り返す鰓がいやに扇情的で、私は眼鏡を直すふりをして目を背ける。
    ……この松井江は、元々他本丸から派遣された個体だったという。
    誤って海に落ち、行方知れずになった彼については近くに居を構える私達の本丸へも捜索協力の依頼が出ていた。江の者たちが松井江の霊力を探知し、そのうえで琉球刀や浦島虎徹をはじめとした海に縁のある刀達がかなり広域に渡って探したのだが、結局見つからず破壊扱いで捜索は打ち切りとなった。
    既に海流に乗ってしまったか、人喰いザメが出る海域ということもあり、おそらくそれに襲われたかしたのだろうという
    結果から言えば、後者が正しかった。
    海に落ちた彼は巨大な人喰い鮫に襲われて、胴体を両断された上で呑まれたのだ。
    けれど話はそこで終わらず、松井さんは何故かその鮫と錬結してしまったのだという。
    おそらく豊玉毘賣の眷属か何か、神性を持った鮫だったのだろう。その鮫に肉としてではなく魂ごと取り込まれた松井さんは全力で抵抗して肉体と精神の主導権を奪い取り、そして今に至るらしい。
    ……以上が、海に落とされた私を発見した松井さんが教えてくれた経緯だった。
    勿論彼が発見された日は本丸中大騒ぎになったものだ。半人半魚の松井江に抱えられて岸辺へ戻った私を見て主や本丸の皆は仰天し、何か悪い夢でも見ているのではないかと頬をつねったり爆笑したりとありていに言えばかおすな状況だった。
    松井さんの話によりやっと先日の松井江行方不明事件の当事者と彼とが結びついたのは、それから半日経ってからのことだ。
    なんとか鮫と分離できないかと主の霊力をもって分析を行ったものの、あまりにも長期間ヒトらしい暮らしを捨て鮫として生きて来たせいで、もう引き剥がすことは不可能だったのだという。そのため、元の本丸へは報告はせずうちの本丸で保護観察を行うこととなった。刀剣男士が刀以外の神性と混じり合うことは珍しいけーすらしく、政府の方でもでーたを欲しているらしい。かくして刀解や討伐を免れた彼はうちの本丸で海産物の調達や海中に落ちたものをさるべーじしたりする便利屋のような役職を任せられるに至った。
    例えば、今のような。
    「何ば考えとっと?」
    松井さんの不機嫌そうな声。
    たふたふと尾鰭の先を翻し、私の背を撫でる。ヒトの姿では有りうべからざるその感触に、私は言葉を詰まらせてしまう。
    「あ、いえ……」
    いつも、迷ってしまう。彼になんと声をかけるべきなのか。
    松井さんは、毎日のように私がこの鮫のいる海へ落とされることを快くは思っていないらしい。普通の鮫であれば刀剣男士の肉体にそうそう致命傷を与えることはできないと政府からのお墨付きはあれど、自分のように海の神性に目をつけられないとも限らない、と。
    それでも、私と顔を合わせること自体は喜ばしいらしく、毎回ぼやきながらもどこか楽しげに私のことを迎えてくれる。まるで、陸の彼を捕らえていた業から解放されたかのように。初めて会った時とは、似ても似つかぬ溌剌とした顔で。
    海に落とされた私を初めて見た彼の目は、捕食者そのものだった。浮力に逆立つ髪は、まるで迷い込んだ船を絡め取って動けなくしてしまう魔力を含んだ海藻のようで、私は水を掻くことも忘れてその前を漂うばかりだった。見知った顔が感情の削げ落ちたからっぽな食欲を向けてくる恐ろしさと、それを僅かばかり上回って誇示される、凄絶な美しさに圧倒されて。
    おそらく、そのまま喰われても構わないとさえ思っていた筈だ。目の前の彼が、私の名を呼ぶまでは。
    『……こてぎり?』
    海中を波として伝わったその声は、不確かでありつつもその内に込められたものは十分に伝わって来た。私に向けられた。慈しいまでのさみしさ。つめたい海の底から浮上して来た、彼の。
    元の本丸の話を、松井さんは一度たりともしなかった。あの孤独を惹起するまでに深いであろう「元の本丸の篭手切江」に抱いた感情も、だから私は知るよしもない。
    ゆえに、私はただはぐらかした笑みで首を傾けることしかできなかった。
    「いつも海に落とされる度に拾ってもらって悪いな、なんて……」
    「なんだ、そんなことかい」
    くすくすと、松井さんは笑う。
    青いまにきゅあは剥げることもなく指先を飾って、彼の指先に小さな海をつくっているようだった。それと同じ色の瞳が、私に向けて細められる。
    「篭手切はね、簡単なことも難しく考えすぎるんだよ」
    私の背に回された腕へ、不意に力が籠った。
    「僕と同じ、海の底の景色でも見てみれば少しは頭も冷えるかな!」
    ばしゃん。
    鎌のようなかたちの尾鰭が、視界の端で海面を叩く。
    それは、合図だ。いつも、彼が波間深く潜っていくときの。
    「え、待っ、ちょっと松井さん!!」
    じたばたと手足を振り回しても、雫が散るだけでまったく抵抗の意味をなさない。もとより水中でヒトの肉体が魚に勝てるわけがないのだ。浮力で攫われていきそうな眼鏡を必死で押さえるのが精一杯。かくして、私は松井さんに抱かれて深い深い海の底へとあえなく連れ去られていった。
    あまりに唐突な行為に、つい付喪神の身であることを忘れ呼吸を希ってしまう。このままでは人の身のほうへ引っ張られて窒息し意識を失いかねない。それを避けようとなんとか息を止め、潜っていくごとに強くなる水圧に耐える。
    「、んーっ!!」
    息を止めて硬く結んだ口に、松井さんのそれが近づく。瞬く間に唇が重ねられ、隙間からぬるりと舌が入り込んでくる。それに驚いて、漏らした息がごぼりと鼻から漏れて頭上へと浮き上がった。けれどすぐに鼻をつままれ、堰き止められる。口内に滑り込んでくる松井さんの吐息だけが、いまの私の呼吸を支えていた。

    (あとで教えてもらったことだが、鮫の半身にくっついた鰓で取り込んだ酸素をヒトの身体の方へ回して私に吹き込んでいたらしい。どういう仕組みなのかはさっぱり不明だが……)

    水中で揺れる松井さんの髪の隙間から、横目に水底の景色が見えた。名前も知れない海藻や珊瑚の隙間を行き交う魚と、底知れない深い深い青。彼の執着していた血の赤は、そこにはかけらも見当たらない。
    こんな場所にずっと一人でいたからこそ、彼はこうして笑っていられるのかもしれなかった。
    松井さんはなおも私のくちびるを離さない。それでも彼が微笑んでいることは、口から口へと直に伝わる歪んだ動きからわかった。私の知っている松井さんとは別の個体どころか、まるきり別の神性とすら思えるし、実際そうなのだろう。
    だからこそ、彼はここにいる。
    彼がその気になれば、私のことなどきっと水底に放り出してひと息に喰いちぎってしまう。
    けれど松井さんはそうしない。ただ私のことだけを目に映し、唇を感じ、息を吹き込んで水を揺蕩う。

    (ああ……綺麗だ)

    視線の真正面にある、海の色をした瞳。
    それに囚われたまま、私の意識は薄れていった。

    ……気がつくと、私は浜辺に寝かされていた。目の前がぼんやりとして焦点が虚ろなのは、裸眼のせいらしい。服も髪もじっとり水分を含んで重く、水中では縁もなかったはずの重力に捕まって、身を起こすのも一苦労だ。それでもなんとか上半身を起こし、傍らに置かれていた眼鏡をかける。
    沖の方では手を振る松井さんが、長い尾で水面をひと打ちして波間へと消えていく。それに弱々しく手を振りかえし、私はただ笑うことしかできなかった。
    砂浜を踏み締めてこちらへ駆けてくる主たちの足音を、背後に聞きながら。

    ……そして、息継ぎの時に鮫の松井さんから移った神気の残り香が、本丸の松井さんに気取られて修羅場となった件については、また別の機会にしよう。
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