晴れ時々砂気づいたら"そう"なっていた。あーあ、と言ってため息でもついてしまいそうだった。いや、もしかしたら既にしてたかも。
建造物は映画みたいに崩れて砂だらけ。アスファルトの色も、植物の瑞々しさも全部何処かへ消えていってしまった。まだ自分の手が血の通う色を残しているから、おかしいのは自分の目じゃなくて世界の方なのだと思える。
経緯は不明だがこうなってしまった以上、不安になるのは恋人である彼の事だ。
何分かこの崩壊してしまった世界を歩いているが人は見つからない。虫でさえも。
けれどなぜか、死んではいないと直感がそう言っている。
白い砂を踏み潰して気の赴くままに足を進める。きっとそっちに僕の望む彼がいると信じて。
「アビー。」
僕だけが許されたあだ名。彼を呼ぶ声は眩しい空に吸い込まれてしまった。
枯れた砂が風に舞ってズボンの裾に纏わりつく。振り解くように歩みを早めた。
しばらく歩いたが、代わり映えのしない白だらけの世界に疲れを覚えてしまう。
いつまで歩いても白、白、白。
ポストや街路樹は白い様がなんだかおもしろく感じてしまうが、看板は何が印刷してあったか全くわからなくなってしまっていてつまらない。
色が恋しくなってしまう。特に彼の、カラフルな髪が。
一度そう思ってしまうと、記憶領域がどんどん彼の思い出を散らかしてしまう。
寂しい、と感じてしまった。僕も随分と弱くなってしまった。お前のせいだ、アビー。
砂を踏むとざくざく音がする。静かだから、耳に音がよく届く。この空間で自分以外の存在を感じたくて耳を澄ましてみるが、やはり何も聞こえない。
「っあ」
不意に何かを踏んでしまったようで、バランスを崩して転んでしまう。
服に砂がついてしまった。ぱたぱたとはたき落として、焦りすぎたかと一息つく。
そうして前を向いた途端、ずっと向こうの砂の山に色が見えた。
「アビー?」
また転んでしまうことも気にせずに全速力で、砂に足を取られながら走った。
ずっと走り続けて、息が切れそうになるくらい走って、ようやくたどり着いたその場所には、探し求めた姿があった。
砂の上に仰向けに横たわって、目を開けている。
どこを見ているかもわからないし、まばたきをするたびに、色が変わってしまっているが、間違いなく僕の恋人だった。
「アビー、迎えに来たよ。」
さっきとは打って変わって疲れを感じない。彼がすぐそばにいるからだろうか。
少し砂に埋まった手を取れば、その暖かさに震えてしまう。
返事はない。それでもいい。
なにもかもが変わって崩れてしまった世界で、まだ形を保つ恋人に触れることができただけで良かった。
「行こう、アビー。」
目的地は決まってない。それでもいい。
今ここからふたりきりデートをしよう。
彼に掛かる白い砂を取り払って、お姫様のように甲斐甲斐しく抱えた。
僕より大きな体をしているはずなのに、軽く感じるのは細いからか、錯覚か。
「やっぱり二人のほうがいいね。」
お前はどう思うかな。僕と同じ気持ちだと嬉しいけれど。
空を映す彼の瞳が揺れた気がした。