赤くて、つやつやとしていて、ころんと丸い形状。たいして腹を空かせていたわけではないが、思わず手が伸びてしまった。
「見たことない果物だな」
テーブルの上で無造作に転がっていたそれを手にすると、収穫した野菜の根を取っていたオロルンが嬉しげに顔を上げた。
「ああ、つい最近品種改良に成功した実なんだ」
「へえ、すごいな」
深くうなずきながら言うと、カクークも俺の頭の上で「マジかよ、きょうだい!」と感嘆の声をあげた。
急にまた配達を頼んできたかと思えば、これを自慢したかったのか。
オロルンの作る野菜や果物は、ナタでも格別の出来だ。作物をどうすればより大きく、より甘くできるか。生命の根源ともよべるものを感じ取るその特性から、掛け合わせる品種選びの勘もずば抜けている。農地栽培を生き甲斐としているこの友人の努力は底が知れない。
「元はこの間クイミばあちゃんがおすそ分けしてくれた他国からの輸入品だった。ナタでも育つよう交配に交配を重ねて、やっといくつか実が採れたんだ」
「おっと、そんな貴重なものだったのか」
悪かった、と、ベリーや小ぶりなリンゴのようにも見えるその実をテーブルへと戻す。
すると、オロルンはおもむろに立ち上がったかと思えば、
「いや、よかったらこれは君がもらってくれ」
と、わざわざ実を俺に差し出した。
「いいのか?」
「ああ。いつもの礼だと思ってくれていい」
「おいおい、なんだよあらたまって。気味が悪いな」
「酷いな。僕だって傷つく心があるんだぞ」
わざとらしく胸を押さえて言うオロルン。その肩へとカクークが飛んでいって、「なにデタラメ言ってんだ!?」と俺を非難するように喚いた。二対一、さすがに分が悪い。
「はいはい、俺が悪かったよ」
降参するように両手を掲げ、実を受け取った。ベリーや小ぶりなリンゴのようにも見えるそれの張り詰めた皮を、指で拭う。見るからに美味そうで、ほのかに甘い香りもする。こんな特典があるなら、野菜配達員を引き受けるのも悪くない。
「それじゃ、遠慮なくいただくぜ」
一言添えて、齧り付く。瑞々しく見えたそれに歯が食い込んだ途端に、焼けた鉄で抉られたような刺激が襲ってくる。
「〜〜〜〜ッ!!」
全身から汗が吹き出し、飲み込むこともできない。思わず懐に入れていたガーゼに吐き出すが、口の中の痛みは引かず、閉じることもできない。
「はらふひはろ! はんはほえ!!?」
「唐辛子だ」
「と……!?」
「元は璃月という国の特産品らしい。嗅ぐだけで汗が出るくらいの刺激臭を、どうにか甘い香りにできないか試して、ようやく作れたんだ」
「ゲホッ、ゲホッ! な、んでそんなもんを、つくったんだよ……!」
「面白そうだと思ったから」
噎せる俺を横目に、しれっとオロルンはそう言い放った。どうかしてる、と吐き捨ててやりたかったものの、喉の奥までひりついて声にならない。水差しを掴んで、そのまま口に注ぎ込む。上品にコップに注いでいられる余裕もなかった。
「……あー、酷い目にあった」
「大げさだな。鍛錬が足りないんじゃないか?」
「食べてから言えって! 辛すぎて、口から火を吹くかと思ったんだからな!」
「でも、カクークは美味しそうに食べてた」
「なっ……!? 嘘だろ、きょうだい!」
オロルンの言葉にギョッとし、慌ててカクークを引っ手繰る。嘴を開いて、ライトを当てながら咽頭までしっかりと診る。口内に炎症の様子はなく、綺麗なものだった。
「何を慌ててるんだ? 唐辛子を食べただけだろ?」
「だから心配してるんだろうが!」
「いいから落ち着け、きょうだい。カクークが唐辛子を食べてなにか悪影響があるのか?」
冷静にそう問われて、はっとする。痛覚を刺激する辛味は、自然界で毒とされる。だが、唐辛子の辛味成分を受容できるのは哺乳類と昆虫だけだ。竜であるカクークには、なんら影響はない。
「他国では鳥が唐辛子を食べて、その種を遠くまで運ぶことで互いに繁殖し、共生している──そう君が話してくれたんじゃないか」
そう言われてみれば、以前オロルンとそんな話をした記憶が蘇る。確か、植物図鑑を一緒に読んでいた時だ。ボランティアで司書になったオロルンが、図書館から借りてきたものだったか。植生は俺も分野外だが、あれこれ聞いてくるもんだから色々と説明した気がする。
「結構前だったろ? よく覚えてたな」
「ああ。覚えていたから、カクークにこれの種を植えるのを手伝ってもらったんだ。品種改良の成功は、カクークのおかげといっても過言じゃない」
「そうかよ。でかしたぞ、カクーク……と褒めてやっていいものか、判断に困るが」
「そうか。なら、僕が褒めてやる。でかしたぞ、カクーク」
オロルンがカクークの頭を撫でると、カクークは「ハハッ!」と楽しげに笑った。何を笑ってやがる、と小突きたいが、ぐっと堪えて棚へと足を向けた。今度はちゃんと水をコップへ注いで、勢い良く飲み干す。
「……あー、焦った」
気の抜けた腰を、椅子に落とす。カクークは、そんな俺を気遣うように「大丈夫だ、きょうだい」と頭の上に乗った。
「それにしても、意外だ」
根を取り終えた大根や人参を束ねて、オロルンが俺の向かいに座った。
「いや、意外というのも違うな。予想以上のリアクションだった、が正しいか」
「どうした? まだ喧嘩を売るつもりか?」
「君、別に辛い物が苦手ってわけじゃないだろ? タタコスには赤いソースを必ずつけてるし、肉料理は香辛料を効かせて食べるし」
「ああ、どっちかというと好きなくらいだ。ただ、辛い味付けが好きなだけで唐辛子そのものを好きだと言った覚えはない」
確かに、と、オロルンは神妙にうなずいた。余計気の抜ける反応に、これ以上怒る気力すら奪われる。
「ともかく、ごちそうさま。残りは料理にでも使わせてもらうぜ」
齧った唐辛子をガーゼに包み、懐に入れた。
「次に毒味をさせる時は、せめて果物じゃないと最初に言ってくれ」
「僕自身は、一度も果物だと言った覚えはない。“実”としか言ってないのに、勝手に果物だと思いこんで齧ったのは君だろ」
確かに、いくら美味そうに見えたとしても、得体の知れない実を疑いもなく食べたのは事実だ。それを自業自得と言われたら、そうなのかもしれない。正直納得はいかないが、この友人に文句を言ったところで無意味だろう。無数の不満ごと二杯目の水を飲み下し、ため息のようにぷはぁ、と声をあげた。
「……わかった、きょうだい。じゃあ、今度から俺が勘違いしてそうな時は、食べる前に訂正してくれ」
「嫌だと言ったら?」
「はぁ?」
小さく首を傾げるようにして、オロルンは悪びれもせずに言った。
「だって、訂正したら食べてくれないだろう?」
「そりゃそうだ……って、お前なぁ!」