赤みを帯びた細い弧が、じわりと溶けるように闇に消えた。よくよく目をこらさねば見えないような、朧気な赤黒い円だけが空に残っている。
息を詰めて見入っていたせいか、ため息がいくつか漏れ聞こえた。
「むっ? 千空、あれはないのか、何とかリングとかいう……」
静かな闇の中で、光のように明るく伸びやかな声が問いかける。
「そりゃ、日食の方だ。太陽の光ってのは半端なく強いせいで、月が太陽に重なっても周囲に光が漏れてリング状に見えるってやつな。月の光は太陽光の反射で、月自体が発光してるわけじゃねえ」
「ダイヤモンドリングというのだったかな」
世紀の天体ショーに気分があがっている科学者が滔々と答えると、隣に座る最強のナイトが柔らかく言葉を添えた。
「そうなのか……残念だ、今夜見られたなら杠に贈りたかったんだがな」
真っ直ぐな愛情の言葉に、贈られるはずだった杠は「ワオ」と喜びの声をあげた。
「ククク、デカブツにしちゃ、ロマンティック百億点だな」
きっと似合うぞー!と笑う声に、「ふふ、照れますなぁ〜」と言葉が返る。想いを交わし合ってのちの二人は、こうしてのろけることに躊躇がなくなっていたし、傍にいることの多い千空もすっかり慣れて右から左に流してしまう。
「……素敵だね」
けれど頭上からこぼれた小さな声はわずかな羨望の色を纏っていて、まぁ、恋人としてはこちらは捨ておくわけにいかない。相変わらず実験で荒れ放題の手を、隣人の外套の中にずぼりと突っ込んだ。わずかに驚いた様子の司にかまわず、温かな膜の中で大人しくしていた大きな手を掴み出す。指も掌も、自分よりずっと大きく分厚いそれを、宵闇の中で見えもしないのに眺めるようにかざし上げた。
「ダイヤモンドリングみてえなほっそい指輪じゃ、司の存在感に消し飛んじまうな。テメーにつけさせるんなら、もっとゴツくて堂々としたやつがいい」
「え……くれるのかい、その、指輪……?」
大きな手がきゅっと小さく握られる。わかりやすく狼狽えた声に、紅一点の頭を飛び越えた大声が被さった。
「おおっ!千空も司に贈るのか!なら全員で揃いの」
「いや、それは一ミリも要らねぇ」
「すまないが遠慮するよ」
「大樹くん、野暮なこと言いなさんな」
杠が頭をぐりぐりと大樹の肩に押しつければ、素直にすまん!と一声響く。
「それに大樹くんから貰うなら、私と大樹くん二人だけのデザインみたくだと嬉しいかも」
「そうだな!そうしようっ!!」
杠の見事な誘導にお元気いっぱいに応え、似たもの夫婦は二人の世界に入り込む。
しんと冷える夜だ。防寒のための毛皮はたっぷり纏っていたが、それを上回るようなお熱さに思わず笑いがこぼれた。
「そうだ、大樹、杠。百夜からのプラチナな。残り少ねぇから、よぉーく考えて作れよ」
無駄遣いするような性分でないことは重々承知だが、念のために告げればおりこうさんな了承の返事が二つ。
それに気をよくして、力の緩んだ指にかさついた指が絡みつく。どうせ月の光すらない一時だ。今さら隣の連中に気を遣う必要もない。
少しばかり力を入れられて、引き寄せられて。
「俺も……うん、千空、君と同じものを身につけたい」
「、カセキ大先生とジョエルにご協力いただいて、最高に唆られるやつ作ろうぜ」
「いつも君から貰ってばかりだからね……うん、原材料は俺が掘ってこようか」
「そりゃいい、一緒に南アフリカ行くか。あそこが一番採れる」
今度は墜落と遭難なしで、と軽口を叩けば、そこにいる全員が噴き出して笑う。
誰も見ていない天空に、細い孤が白く輝き始めていた。