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    流菜🍇🐥

    @runayuzunigou

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    POIPOI 427

    流菜🍇🐥

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    遊星のタッグパートナーとして戦いながらルチアーノと友達になるお話です。カップリング要素はありませんがTF主ルチと同じ製造ラインで生産されています。終始シリアスです。

    ##TF軸

    禁じられた遊び 1、ゴースト

    「ゴースト?」
     僕が尋ねると、遊星は神妙な面持ちで頷いた。
    「デュエリストと見ると強引に挑んでくる連中が出没しているらしい。対戦した人間は、怪我までさせられている」
    「怪我?」
     僕は聞き返した。デュエルにおけるモンスターは、ソリッドビジョンだ。ただの映像のはずである。
    「そうだ。通常のデュエルで、負傷することなどないはずなんだが……」
     デュエルで負傷なんて、聞いたことがない。不思議な話だった。
    「セキュリティは? 何か、情報はないの?」
     僕が尋ねると、遊星は頷く。
    「ああ、もちろんセキュリティも追いかけてはいるが、牛尾たちの話だと、まだ正体を掴めていないらしい。逃げ足が早くて、幽霊のように消えてしまうところから、ついた名前がゴーストだ」
    「なるほど……」
     僕は呟いた。デュエルで相手に怪我をさせ、直ぐに去っていく、謎のデュエリスト。遊星にとっては気になるところだろう。
    「それで、遊星はゴーストを追ってるの?」
    「そうだ。町の人が危険な目に遭っているんだ。放っておけない。協力してくれるか?」
    「いいよ。僕も、謎のデュエリストには興味がある」
     僕は二つ返事で了承した。遊星には仲間を紹介してもらった恩があるし、不思議な力を持つデュエリストというのにも興味があったのだ。
    「ありがとう」
     遊星は言う。これが、運命を変える出来事の始まりになるなんて、その時は思ってもいなかった。

     遊星が最初に始めたのは、聞き込みだった。
    「ゴースト?」
    「聞いたことはあるけど、見たことはないな」
    「俺の友達が、ゴーストにやられたんだよ。どんなやつかは聞けなかったけど……」
    「戦うと、怪我をするらしいな。おかげで、安心して外も歩けないよ」
     結果は、あんまり芳しくなかった。ゴーストと戦った人が少ない上に、負傷者の多くは病院にいるようなのだ。町で聞き込んでも、あまり目撃者はいないのだろう。
    「次は、現地に向かってみよう」
     遊星に導かれ、僕たちは牛尾さんから聞いた事故現場に向かった。
     そこは、なんの変哲もないデュエルレーンばかりだった。出現に規則性があるようには見えない。
    「何も分からなかったな」
     遊星が済まなそうに言った。
    「まだ始まったばかりだから、そんなものだよ」
     僕は彼を励ます。調査と言うものは、気長に進めるものだ。焦っていても、得るものなんて無い。
    「そうだな。町の人がゴーストを知っていると分かったことは、収穫と言えるかもしれない」
    「警戒されていれば、事故は減るからね」
     デュエルレーンを離れ、帰路に着こうと歩き出した、その時だった。
    「助けてくれ!」
     どこからか、男の声がした。何かを訴えるような、悲痛な叫びだった。
     その声に続くように、争う音と衝撃音が聞こえる。
    「うわあああああ!」
     遊星が、悲鳴のした方へと走り出した。慌てて僕も後を追う。
     そこには、三人の男がいた。二人のセキュリティが、デュエルディスクを構えた男を追い詰めている。
    「そこで何をしている!」
     遊星が叫ぶと、セキュリティはこちらを振り向いた。瞳が、怪しい赤色に光る。それに応えるように、遊星の腕にある痣が光り始めた。
    「お前たちは、まさか……、ゴーストなのか?」
     セキュリティが、ゆらりとこちらに歩み寄る。
    「新タナ目標ヲ発見」
     機械のような音声で言葉を発する。明らかに、人間ではない何かだった。
    「タッグデュエルヲ、開始スル」
     もう一人が言うと、揃ってデュエルディスクを構える。どう見てもゴーストだった。
    「やるしかないのか……」
     遊星が悔しそうに呟いた。僕の方を振り返る。
    「すまない。○○○、一緒に戦ってくれるか」
    「もちろんだよ」
     断る理由なんてなかった。僕も、ゴーストとのデュエルには興味がある。
    「ありがとう。お前は必ず、俺が守る」
     遊星がデュエルディスクを構えた。これがシグナーの貫禄なのか。そう思いながら、僕もデュエルディスクを構える。
     そうして、ゴーストとのデュエルが始まった。

     デュエルは、僕たちの勝利に終わった。遊星はフォーチュンカップで優勝した現在のキングなのだ。ゴーストなんかに苦戦するデュエリストじゃない。
    「ゴースト、答えろ。なぜ、こんな真似をする」
     敗北したゴーストたちに、遊星が詰めよる。
    「マサカ、俺タチガ負ケルトハ……」
     彼らには、遊星の声が届いていないようだった。壊れた機械のように、何事かを呟いている。
    「質問に答えてもらうぞ。なぜこんな真似をしている?」
    「遊星」
     尚も詰め寄ろうとする遊星を、腕を掴んで止める。なんだか、嫌な予感がした。
    「オレタチハ……コノ世ニ不必要ナモノヲ、排除シヨウト……シテイルダケ……」
     ゴーストがゆらゆらと揺れながら答える。音声はブツブツと音を立てていて、今にも壊れそうだった。
    「不必要なもの……? 何の話だ……?」
    「イズレオ前ニモ、ワカル」
    「オ前タチノ進化ノ道ガ、本当ニ正シイノカドウカガ……」
     そう言い残すと、ゴーストたちは、僕たちの目の前で爆発した。もくもくと煙が立ち込める。遊星を止めて良かったと思った。
    「!?」
     煙が消えると、ゴーストだったものたちは、物言わぬ機械の塊になっていた。
    「これは、ロボット……?」
     僕はポカンとした顔で機械の山を見つめる。目の前の現実が飲み込めなかった。ゴーストに襲われていた男も、目まぐるしい展開に目を回している。
    「何が起きているんだ……」
     遊星が呟いた。誰にも、何も分からなかった。

     その後、牛尾さんに連絡した僕たちは、重要参考人として話を聞かれることになった。本物のセキュリティが到着し、ゴーストの残骸は調査されることになった。
     後日、呼び出された僕たちは、牛尾さんから結果を聞かされた。
    「ゴーストの正体は、セキュリティが開発中のライディング・ロイドだ」
     ライディング・ロイド。それは、本来であればDホイールの違反を取り締まるロボットらしい。ゴーストの出現する数日前に、開発室から盗まれていたらしいのだ。
    「なぜ、そんなものが……」
    遊星が呟くと、牛尾さんが困ったように答えた。
    「分からない。ただ、何かが起きてるのは確かだな」
     それ以来、ゴーストが町に出現することはなくなった。セキュリティが調べても、ゴーストを盗んだ犯人は分からないままなのだという。何も解決していないが、ゴースト騒ぎは、あのデュエルで終止符が打たれたのである。
     何もかもが、謎に包まれた事件だった。



     1.5、深夜の訪問者

     お腹の上に、重みを感じて目が覚めた。
     見上げると、白い布に身を包んだ少年が、僕を覗き込んでいる。
     時刻は真夜中らしく、外は真っ暗だ。月明かりが、彼の纏う白色を照らし出している。
    「動かない方がいいぜ。首が落ちるから」
     少年はそう言って、僕の首筋を示した。そこには、ひやりとした感触がある。刃物を向けられているのだと、ようやく理解した。
    「お前、○○○だな」
     少年が尋ねた。僕は恐怖で声が出なくなっていた。刃物に当たらないように、慎重に首を縦に振る。
     少年は値踏みをするように僕を見た。幼い容姿に似合わない、冷たい目をしていた。
    「君に、付き合ってほしい場所があるんだ」

    「デッキを持って付いてきてくれ」
     そう言われて、僕は家の外に連れ出された。抵抗する気は起きなかった。振る舞いを見ればただ者ではないことは明らかだったし、逆らえばただでは済まないことは考えなくても分かった。
     少年は僕に刃物を突きつけて行き先を命じる。僕は黙って彼に従った。抵抗の意志がないことを確認すると、彼は面白そうにこう言った。
    「君、ゴーストを倒したんだって?」
     驚いた。ゴーストとのデュエルのことは、まだ公表されていない。一部の関係者しか知らないはずだ。
    「どうして、ゴーストのことを知ってるの?」
     僕が尋ねると、少年はきひひと笑った。奇妙で、聞いていると不安になるような笑い方だった。
    「どうしてだろうね」
     含むような声色で言う。
    「ゴーストを倒したのは、僕一人の力じゃないよ」
     答えると、少年はまた笑った。
    「そうだろうね。シグナーでもないやつに、ゴーストが倒されるわけないもんな」
     まるで、全てを知っているかのような口ぶりだ。
    「君は、シグナーのことを知っているの?」
     彼は僕の質問に答えなかった。にやにやと笑いながら、夜の町を歩いていく。人気の少ない道を通ると、小さな公園に入った。
    「この辺でいいよな」
     刃物をしまって、僕と向き合う。
    「君には、僕とデュエルをしてもらうよ」
     そう言って、彼は身に纏っていた布を脱いだ。正確には『脱いだ』と言うよりも『消した』という方が正しいのかもしれない。布は光の粒子となって、夜の闇に消えていった。
     その少年は、とても美しい姿をしていた。腰まで届く赤い髪に、細くてしなやかな体。月光に照らされたその姿は、この世のものではないように思えた。
     少年がデュエルディスクを構えた。僕も、デュエルディスクを構えて応答する。相手が誰であっても、デュエルを求められたら応じるだけだ。そうすれば、彼の真意も分かるだろう。

     結果は、僕の勝利だった。
    「手加減したとはいえ、僕を倒すなんて、結構やるじゃないか」
     少年は余裕の笑みを浮かべて言う。
     その一方で、僕は息も絶え絶えになっていた。少年とのデュエルは、ゴーストと同じように実際のダメージが伴うのだ。それも、ゴーストよりも強い力で。デュエルを終えた僕は、立っているだけでやっとだった。
    「でも、僕の本気はこんなもんじゃないからな。本気を出したら、君なんて簡単に死んじゃうからね」
     少年は楽しそうに笑う。その姿を見ながら、僕は、ただただ混乱していた。
     分からないことだらけだった。盗まれたデュエルロイド、突如町に現れたゴースト、彼らの残した謎の言葉、そして、ゴーストと同じ力を持つ少年……。
    「君は、ゴーストなの?」
     僕が尋ねると、少年は不愉快そうに言った。
    「あんなのと同じにしないでくれるかい?」
     やはり、彼はゴーストを知っている。黒幕の関係者なのは間違いなかった。
    「君は何者なの? ゴーストの仲間?」
     僕が訪ねると、少年はにやりと笑って答えた。
    「いずれ分かるよ」
     牛尾さんに報告した方がいいのだろうか。そう考えていると、少年が言った。
    「セキュリティに報告、なんて考えない方がいいぜ。君を消すことくらいなんてことないんだからさ」
     その言葉は、きっと嘘ではないのだろう。黙っておいた方がよさそうだ。
     少年は楽しそうに笑うと、僕に歩み寄った。緑の目で、真っ直ぐに見つめられる。
    「君を、僕の遊び相手にしてやるよ。君となら、退屈しないで済みそうだ」
    「君の目的は何? どうして、僕なの?」
     少年は答えなかった。あくまでも秘密にしておくつもりらしい。
    「今度は、もっと面白いものを見せてやるから、楽しみにしてろよ」
     そう言い残して、彼は夜の闇の中に消えていった。
     僕は、一人で公園に取り残された。彼が何者なのかは、分からないままだった。



     2、クリアマインド

     結局、謎の少年のことを報告することはできなかった。脅しのこともあったけど、僕自身が彼に興味を持ってしまったのだ。ゴーストと同じ力を持ち、シグナーと互角に戦う謎の少年……。
     彼は、次があると言った。彼と会うことができれば、何かが分かるかもしれない。そう思って、僕は秘密を抱えることにした。
     遊星が僕の家を訪ねてきたのは、それから数日が経った頃だった。
    「この前はすまなかった。ゴーストとの戦いに巻き込んでしまって」
     開口早々に、遊星は申し訳なさそうにそう言った。きっと、気にしていたのだろう。律儀な人だった。
    「気にしてないよ。あれから、ゴーストは出てないの?」
    「ああ、ゴーストの目撃情報は完全になくなったそうだ」
    「それは良かった」
     僕は言う。遊星たちの出番が無いということは、この町は平和なのだろう。良いことだ。
    「ところで、折り入って頼みがあるんだが……」
     世間話が終わると、遊星は真剣な表情で言った。
    「どうしたの?」
     釣られて、僕も神妙な顔になってしまう。
    「俺とタッグを組んで、WTGPに出場してほしい」
     それは、意外な頼み事だった。頓狂な声を出してしまう。
    「僕が? ジャックやクロウじゃなくていいの?」
    「既に、二人からの了承は得ている」
     遊星は簡単に言うが、二人が素直に認めるとは思えなかった。時間をかけて説得したのだろう。
    「俺は、この前のゴーストとのデュエルで、新たな可能性を感じた。お前となら、それを見つけることができる気がするんだ」
     遊星は語る。本気なのは、その言葉からひしひしと伝わってきた。
    「どうだろうか? 俺と組んでくれるか?」
     ここまで言われたら、断る理由なんてなかった。
    「もちろんだよ。遊星とタッグを組めるなら嬉しいし、僕もゴーストのことが気になるから」
    「そうか、ありがとう」
     遊星は安心したように笑顔を見せる。遊星の力になれるなら、僕も嬉しかった。

     僕たちはゴーストの出現現場に来ていた。遊星の提案で、あの日の進路を辿っていたのだ。
    「ここにも、手がかりになりそうなものは無いな」
     遊星は言う。彼には、ゴーストについて気になることがあるのだという。
    「全て巡って、手がかりになるものは無し。証拠は残っていないし、出現場所や被害者にも規則性がないようだ」
    「本当に、手当たり次第って感じなのかな」
    「そのようだデュエリストであれば、誰でも良かったようだな」
     僕たちが話をしていると、後ろから人の気配がした。
    「キミも、ゴーストの調査をしているのかい?」
     振り向くと、サングラスをかけた青い髪の青年が立っていた。
    「そうだ。君もそうなのか?」
     遊星が答えると、青年ははっきりとした口調でこう言った。
    「私は、ゴーストを操る黒幕を倒すためにこの町へ来た」
     遊星の顔が険しくなった。緊迫した空気が流れる。
    「ゴースト事件の黒幕を知っているのか?」
    「知っている」
     青年は間を空けずに断言した。
     僕たちは息を飲む。遊星がずっと求めていた真実、それを、この男は知っているのだ。
    「教えてくれ」
     遊星が詰め寄ると、彼は厳しい表情で遊星を見つめた。品定めをするように眺めると、こう告げる。
    「知りたいと言うなら、私とタッグを組まないか?」
     遊星の表情が変わった。この誘いは、彼にとっても予想外だったようだ。
    「真の敵は、ゴーストとは比べ物にならないくらいの強敵だ。己の限界を超えない限り、この先の道は開かれない」
     青年をは語る。重い言葉だった。
    「それは分かっている。だから、俺は○○○をパートナーに選んだ」
    「それが、正しくなかったとしたら? キミたちに、命をかける覚悟はあるのか?」
     遊星が僕に視線を向けた。二人の会話を聞いても、僕に迷いはなかった。僕は既にゴーストと戦っているし、深夜の訪問者と関わってしまっている。命をかけるなんて今さらだった。
    「僕は、どこまでても遊星についていくよ」
     僕が答えると、遊星は笑みを浮かべた。青年に向き直る。
    「それでも、俺は○○○を選ぶ」
    「そうか、それなら、確かめてみよう。キミたちの絆が、命をかけるに相応しいかどうかを」
    「デュエルか」
    「そうだ。二人でかかってこい。行くぞ! 遊星!」

     その青年は強かった。二人で挑んで、ようやく互角に戦えるくらいだ。彼は、ただ者ではないようだった。ゴーストのことを知っているし、僕たちの知らない召喚方法を使っている。彼は、相手ターンにシンクロ召喚を実行することができるのだ。その戦術は全てが予想外で、手強かった。
    「なるほど、よく分かった」
     彼は言った。余裕の表情だった。
    「俺たちを認めてくれるか?」
    「遊星、キミの言う新たな可能性、その片鱗は感じられた。キミたちなら辿り着けるかもしれない。クリア・マインドに」
    「クリア・マインド? それが、君の操る力なのか」
    「そうだ。いずれ、キミたちにも分かる」
     青年は言う。含むような言い方だ。全てを教えてはくれないようだった。
    「教えてくれ。ゴーストを操る黒幕とは、一体何なんだ?」
     遊星が尋ねた。青年が、神妙な声で言う。
    「いいだろう。……ゴースト事件には、イリアステルが関わっている」
    「イリアステル……!?」
     遊星が顔色を変えた。
    「遊星、何か知ってるの?」
    「ああ、君は知らないんだったな。イリアステルというのは、ダークシグナー事件に関わっていた秘密結社だ」
     ダークシグナー。それは、僕がこの町に来る前に遊星たちが戦った敵なのだという。でも、その事件は半年前に終わっているはずだ。それが、どうして今さら行動を起こしたのだろう。
    「遊星、この事件を追うと言うのなら、君は命をかけることになる。その覚悟はあるのか」
    「もちろんだ。ダークシグナーと戦った時から、俺の決意は変わらない」
     遊星の答えを聞くと、青年は納得したように頷いた。
    「これからのキミと○○○の成長に期待している。健闘を祈っている」
     それだけを告げると、青年は去っていった。
    「あの人は、味方……、なのかな?」
     僕が呟く。
    「分からないが、おそらく、敵ではないようだ」
     遊星にも、分からないらしい。全てが謎に包まれていた。
     イリアステルとは、何者なのだろう。そして、彼が語ったクリア・マインドとは?
     何も分からない。それでも、新しい何かが始まろうとしていることだけは、辛うじて分かった。



     2.5、禁じられた遊び

     その少年が再び僕の前に現れたのは、それから数日後のことだった。
     夜中に違和感を感じて目を覚ますと、例の少年が僕を覗き込んでいたのだ。その手には刃物が握られていた。
    「なんだ。やけに勘がいいじゃないか」
     少年がつまらなそうに言う。
    「君は、あの時の……」
     僕が呟くと、少年はにやりと笑った。
    「覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」
     忘れるわけがなかった。深夜に寝込みを襲ってくる子供なんて、忘れる方がおかしい。しかも、彼はゴーストを操る組織の関係者なのだから。
    「何をしに来たの?」
     僕の言葉を聞いて、彼はおかしそうに笑った。
    「言っただろ、遊び相手にしてやるって」
     ベッドから飛び降りると、有無を言わせぬ口調で続ける。
    「今日も、付き合ってもらうからな」
     僕は、遊星のタッグパートナーなのだ。あまり、敵である少年とは関わりたくなかった。
    「……嫌だって言ったら?」
    「命の保証はないぜ」
     刃物を見せつけられる。初めから、拒否権などなさそうだった。

     少年は、僕を外に連れ出した。相変わらず刃物は突きつけられたままだったが、その表情はどこか楽しげだ。
    「君は何者なの? どうして、僕のところに来るの?」
     僕は尋ねる。謎の青年の言葉が正しいなら、彼はイリアステルという組織の関係者だ。そんな人物が、なぜ僕の元へと来るのだろう。
    「世の中には、知らない方がいいこともあるんだぜ」
     少年は楽しそうに笑った。相変わらず、奇妙な笑い方だった。
    「知りたいよ。きっと、知らなきゃいけないことだから」
    「そこまで言うなら、教えてやってもいいぜ」
     僕が食い下がると、意外にもあっさり教えてくれた。逆に不安になる対応だ。
    「僕たちは、この世界の歴史を導く存在なんだ」
    「歴史を、導く……?」
    「そうだよ。僕たちがこの世界の規律を作っているんだ。君たち人間は、それに従っているだけなのさ」
     少年は誇らしげに語る。
    「規律って何? 君たちは、何をしているの?」
    「これ以上は答えられないぜ。君も、命が惜しいなら、あまり深入りしないことだね」
     きひひ、と声を上げて笑う。
     イリアステル、彼らもまた、シグナーのような選ばれし者なのだろうか。謎は深まるばかりだった。
     少年が向かっているのは、前と同じ公園のようだった。路地を抜けて、繁華街から離れていく。
    「それで、そんな組織のメンバーが、僕に何の用なの?」
     僕は尋ねる。勧誘か何かだったら、直ぐに断ろうと思った。
    「何度も言わせるなよ。君には、遊び相手になってもらうんだ」
    「遊び相手?」
    「そうだよ。僕たちの組織は周りがうるさくてね。ずっと座ってばかりで退屈なんだ」
    「つまり、君は遊びに来たってこと?」
     拍子抜けした。てっきり、勧誘されるのだと思っていたのだ。
    「僕の相手ができる人間なんてなかなかいなくてさ。ずっと退屈してたんだ。ねぇ、君はどこまでついてこれるんだろうね」
     歪んだ笑みを浮かべて、少年は言う。その姿に、少しだけ悪寒を感じた。
    「そのためだけに、僕のところに来たの?」
    「そうだよ。……君だって、自分より強い相手と戦いたいだろ? それと同じだよ」
     彼は強い。きっと、シグナーと変わらないくらいの実力を持っている。大抵の相手は一瞬で倒れてしまうのだろう。
     強さとは孤独だ。自分と釣り合う相手がいないことに、寂しさを感じていたのかもしれない。
    「ねぇ、僕と遊んでくれるかい?」
     少年が言った。誘うような声だった。
    「いいよ。遊ぼう」
     デュエルディスクを構えて、デュエルの開始を宣言する。僕と謎の少年、二人だけの秘密の遊びが始まった。

     少年のデッキは、前よりも強化されているように感じた。ダメージと共に襲いかかる衝撃に耐え、なんとか踏み止まる。彼は、楽しそうに笑いながら、次々とモンスターを召喚して僕を攻めてきた。まるで、僕を傷つけることを楽しんでいるかのようだった。
     その姿は子供とは思えないほどにおぞましく、それでいて、幼い子供のように無邪気にも見えた。
    「やっぱり、思った通りだ!」
     少年が叫ぶ。その声は、歓喜に満ち溢れていた。
    「何が、思った通りなの?」
     僕は、答えるのが精一杯だった。身体中が痛んで、悲鳴を上げている。
    「君は、僕と互角に戦える唯一の人間かもしれないってことさ!」
     彼は、心からこのデュエルを楽しんでいるようだった。本当に、ただ遊び相手を探していただけのようだ。彼の能力では、デュエルを成立させることすら難しいのだろう。
     勝負の決着はつかなかった。少年が、デュエルを中断したのだ。
    「これ以上やったら、君は死んじゃうかもしれないからね」
     冗談めいた口調で言うが、彼の攻撃を受けた今は、少しも笑えなかった。
    「僕でよければ、いつでも相手になるよ」
     僕は言う。彼が、デュエル中に見せた笑顔が忘れられなかったのだ。この子は、遊び相手のいない寂しさを感じているだけの、ただの子供なんじゃないか。そう思った。
    「次は、手加減なんてしないからな。覚悟しとけよ」
     少年は笑う。その姿は、やはり、ただの子供にしか見えなかった。



     3、復活のキング

     謎の青年との出会いから、数週間が経った。ゴースト事件は終息し、遊星は機械の修理を主な仕事にしながら、平和な日々を送っていた。
     その日は、遊星と買い出しに出掛けていた。Dホイールの改良のためのパーツを見に行っていたのだ。
     タッグを組んで以来、こうして一緒に出掛けることが増えていた。ゴーストの事件があったばかりだから、町のパトロールを兼ねているのだ。もし、イリアステルが攻撃を仕掛けてきたとしても、二人ならなんとかなりそうな気がした。
     その日も、遊星は真剣な顔で何かを吟味していた。僕はDホイールのことは分からないから、後ろで見ていることしかできない。そんな僕の様子を見て、遊星はこう言うのだ。
    「すまない。俺の買い物に付き合ってもらって」
    「気にしないでよ。僕たちはタッグパートナーなんだから」
     僕たちはタッグパートナーだ。それくらい当然のことだと思う。僕だって、遊星に買い物に付き合ってもらうことがあるのだから。
     そう。僕たちはタッグパートナーだ。本当は、隠し事なんてしてはいけないのに。あの男の子のことを思い出して、僕は暗い気持ちになる。
     言葉を続けるか悩んでいると、バタバタとした足音が聞こえてきた。振り返ると、慌てた顔をした牛尾さんの姿がある。
    「遊星と○○○か!?」
     足を止める前に声をかけられる。相当慌てているようだ。
    「牛尾? そんなに慌てて、何かあったのか?」
    「悪いが、ジャックを見なかったか?」
     説明もなく、一方的に尋ねられる。状況が分からなかった。
    「ジャックが、どうかしたのか?」
    「ジャック・アトラスに、デュエリスト狩りの容疑で逮捕状が出ている」
     牛尾さんは、とんでもないことを言った。遊星と二人で、顔を見合わせる。
    「え~!」「なんだって!?」
     僕たちは叫んでしまった。遊星は信じられないという顔をしている。次から次へと起こる事件に、僕たちは混乱してしまった。

     ポッポタイムの扉を開くと、遊星が待ち構えていた。隣には、神妙な面持ちをしたクロウが控えている。
    「呼び出してしまってすまない。この前のジャックのことなんだが……」
     遊星が口を開く。
     数日前、僕たちの前に現れた牛尾さんは、ジャックに違法デュエルの容疑がかかっていると言った。ホイールオブフォーチュンに乗った人物が、デュエリストをを襲い、実際のダメージを与えて怪我をさせているのだという。
     その事について、遊星が調べてくれたのだ。
    「被害に遭った人たちは、口を揃えてこう言ったそうだ。『犯人は元キングだった』と」
    「そんな……」
     僕は絶句する。ジャックがそんなことをするなんて思えなかった。
    「俺も、ジャックがそんなことをするなんて思わねぇ。これは、何か裏があるはずなんだ」
     クロウが悔しそうに言う。
    「この件には、ゴースト事件の黒幕が関わっているのだろう」
     その事には、僕も気がついていた。あの日、僕たちの前に現れたライディング・ロイドと、今回のジャックの能力はよく似通っている。そう考えるのが妥当だ。
    「そうだね。ところで、ジャックはどこに行ったの?」
    「あいつは、出ていったよ。偽物を取っ捕まえるって言ってさ」
     クロウが言う。
    「ジャックらしいね」
     僕が言うと、隣で遊星が頷いた。
    「とにかく、ジャックを探しに行こう」
     遊星の提案で、僕たちは町へと繰り出した。

     ジャック探して、町の中を練り歩く。ジャックの居そうなところ……行きつけの喫茶店やデュエルレーン、カーリーのマンションを尋ねたが、どこにもいない。偽ジャックについても、これ以上の情報は得られなかった。
    「遊星たちは、偽物のジャックに会ったことはないの?」
    「ああ。意図的に、俺たちを避けているのかもしれねぇな」
    「そんなことだから、偽ジャックの情報は少ないんだ」
    「それに、牛尾曰く、セキュリティ上層部には犯人を捕まえる気がないらしい」
     噴水広場に戻って話をしていると、牛尾さんから連絡があった。
    『遊星か!? 今すぐデュエルレーンに来てくれ!』
     隣にいても分かるくらいの、ものすごい剣幕だった。遊星の表情が険しくなる。
    「牛尾か? 何があった?」
    『来れば分かる! とにかく、今すぐ来てくれ!』
     ただ事では無さそうだ。遊星も、事情は聞かずに返事をする。
    「分かった。すぐに行く」
     電話を切って走り出そうとすると、どこからか、数人のセキュリティが現れて、僕たちを取り囲んだ。
    「不動遊星、だな」
     セキュリティの一人が言う。
    「お前たちは……」
     セキュリティの目が赤く光った。嫌な予感がする。遊星に視線を向けると、険しい顔で相手を見ていた。
    「なんだ、こいつら」
     クロウが訝しげに呟く。
    「不動遊星ヲ、排除スル」
     セキュリティの一人が機械的な声を出した。間違いない。こいつらはゴーストだ。
    「お前たちは、ゴースト!」「君たちは、ゴースト!」
     僕たちは同時に叫んだ。遊星がクロウに視線を向ける。
    「クロウ、悪いが、先に行ってくれ。こいつらは俺たちでなんとかする」
    「分かった」
     クロウは頷くと、ゴーストの間をすり抜けて走って行った。追いかけようとした男の前に、遊星が立ちはだかる。
    「俺たちが相手だ」
     僕の方を振り返ると、申し訳無さそうに言った。
    「すまない、一緒に戦ってくれるか?」
    「もちろんだよ。僕は遊星のパートナーだから」
     真っ直ぐに目を見て頷くと、彼は口元にわずかな笑みを浮かべた。
    「ありがとう」
     デュエルディスクを構え、目の前の敵を見つめる。大人数とのデュエルは初めてだ。最悪の状況なのに、少しわくわくしてしまう。
    「「デュエル!」」
     僕たちの宣言を合図に、戦闘が始まった。

     ゴーストたちは、あっさりと倒れた。以前よりも弱体化しているようだ。遊星と二人で、片っ端から薙ぎ倒していく。ただの時間稼ぎでしかないようだった。
     全てのゴーストの自爆を確認すると、僕たちはデュエルレーンへと急いだ。ポッポタイムでDホイールに乗ると、猛スピードで駆け抜ける。クロウの姿が見えた。
    「遊星! ○○○! こっちだ!」
     大声で呼ばれ、牛尾さんの元へと合流する。
    「あれは…………!」
     遊星が驚いたように呟いた。その視線の先にあるものを見て、僕も言葉を失ってしまう。
     そこでは、二人のジャックが戦っていた。ホイールオブフォーチュンに搭乗し、レッドデーモンズドラゴンを従えたジャックが、お互いのエースをぶつけ合っている。
    「ジャックが……二人……?」
     僕は呟いた。いつの間にか隣に来ていた牛尾さんが答える。
    「あいつが、違法デュエリストとして目撃証言に上がっていたジャックだろうな」
    「本当にそっくりだな。何もかもが、キングだった頃のジャックそのものだ」
     反対側から、遊星の声が聞こえる。
    「助けなくていいの?」
    「これは、ジャックの戦いなんだ。俺たちにできることは、黙って見守ることしかない」
     クロウが、ジャックの試合を見ながら答えた。
    「でも!」
     僕は引き下がる。相手は、ゴーストと同じ力を持つ違法デュエリストだ。このデュエルには、実際のダメージが発生する。いくらジャックと言っても、ライディングデュエルで攻撃を受け続けたら、無事ではいられないだろう。
    「やらせてやってくれ」
     遊星が、僕を見つめて言った。その目には、ジャックへの信頼が現れている。
    「分かった」
     遊星とクロウが言うなら、きっと大丈夫なのだろう。僕も、ジャックを信じることにした。

     ジャックと偽ジャックという奇妙な戦いは、しばらくの間続いた。Dホイールでぶつかり合い、モンスターをぶつけ合い、相手の裏を読んで盤面を展開する。自分自身と戦っていることもあって、ジャックも苦戦しているようだった。
     それでも、最後にレーンを走り続けていたのは、本物のジャックだった。Dホイールを損傷し、ふらふらとしばらく走行した偽ジャックは、ゴーストと同じように自爆して跡形もなく消えてしまう。ジャックは、その姿をホイールオブフォーチュンの上から眺めていた。
    「やはり、ゴーストか」
     隣で、遊星が呟く。
    「違法デュエリストが、第二のゴーストだったとはな」
    「だが、これでジャックの容疑は晴れた。ここに、一部始終を捉えたからな」
     牛尾さんが、セキュリティのDホイールを示す。治安維持局所属の牛尾さんが目撃者なのだ。ジャックの無実は保証されたも同然だろう。
    「それなら安心だね」
     遠くから、聞きなれたDホイールの走行音が響いてくる。勝利したジャックが戻って来たのだ。
    「セキュリティの姿をしたゴーストと、ジャックの姿をしたゴースト。この町で、一体何が起きているんだ……?」
     遊星が呟いた。それに答えられる者は、一人もいなかった。



     3.5、デュエリスト狩り

     それから、その少年は何度か僕の家を訪れた。彼は必ず深夜に現れ、寝込みを襲って僕を夜の町へ連れ出すのだ。彼の要求は全て『遊び』で、デュエルだったり夜の町の探索だったりした。相変わらず刃物を見せつけてくるが、ほとんど使う気配はなかった。僕を信用してくれたのかもしれない。
    「さて、今日は何して遊ぼうか」
     僕の前に現れると、彼は決まってそう言った。彼は、遊び相手に飢えているようだった。強い力を持つその少年には、互角に戦える相手がほとんどいない。唯一、同じ力を持つシグナーたちは、彼にとっては敵なのだ。
    「僕たちの組織は、決まりごとばっかりなんだ。あれをしてはいけない。これをしてはいけないって、押し付けられるんだ。破ったら、口煩いやつに怒られるしね」
     つまらなさそうに、少年は言う。
    「僕たちは敵同士だ。正体を明かして密会をしたら内通になるだろうね。……でも、僕たち二人だけの遊びなら、裏切りにはならないと思うんだ」
     そう語る彼は、ただの子供のように無邪気で、恐ろしい力を持つ秘密結社の一員にも、誰かを欺こうとする悪人にも見えなかった。
     彼は、絶対に正体を明かさなかった。正体を明かしてしまえば、この関係は終わってしまう。何も聞くことができないまま、時間だけが過ぎていった。
     僕と『遊んで』いる時の少年は、ただのデュエル好きの子供だ。楽しそうにカードを操り、攻撃を仕掛けては、高らかに笑う。恐ろしい力を持っていること以外は、ただの子供そのものなのだ。同じ時間を過ごす度に、僕は彼に好意を抱いていった。
     僕と少年は、常に互角な勝負をしていた。僕は遊星とタッグを組み、日々新しい力を得ていたし、ゴーストとの戦いで、彼らの力に耐性を得ていたのだ。
    「ここまで耐えてくれるなんて、期待以上だよ」
     デュエルを終えると、少年は楽しそうに言った。
    「普通の人間なら、とっくに倒れてるぜ」
     きひひと、奇妙な声で笑う。
    「君は、人間と戦ったことがあるの?」
     僕が尋ねると、彼は呆れたように答えた。
    「あるに決まってるだろ。この世界は人間しかいないんだから」
     確かに、そうだ。シグナーだって、人間であることに変わりはない。
    「でも、想像できないな。君が人間と戦ってるところなんて」
     僕が言うと、彼はにやりと笑った。
    「じゃあ、特別に見せてあげるよ。僕の本当の力を」
     そう言って、僕の手を引っ張る。半ば引きずられるようにして、繁華街へと向かった。
     少年は道を歩いている男を見つけると、近づいて声をかけた。
    「おじさん。僕とデュエルしようよ」
     彼の姿を見て、男は怪訝そうな顔をする。
    「なんだ? こんな時間に、子供が一人で」
    「いいから、デュエルしてよ」
     強引にアンカーを付けると、デュエルディスクを構える。
    「なんだ!?」
     男が異変に気づくが、もう遅い。少年は、完全に男を捕縛していた。
    「どちらかが倒れるまで、逃げることはできないよ」
     男が両手を動かすが、アンカーはびくともしない。
    「離せ! セキュリティを呼ぶぞ!」
    「呼んでみれば? 無意味だからさ」
     少年がにやにやと笑う。
    「ほら、とっととデュエルしろよ」
     少年に急かされ、男もデュエルディスクを構える。
    「お前を倒せば、逃げられるんだな」
    「嘘は言わないよ」
     二人が睨み合う。機械のアナウンスが流れて、デュエルが始まった。
     少年のデッキは、僕との『遊び』で使っていたものとは違っていた。合体する機械を召喚すると、相手のシンクロモンスターを吸収する。モンスターを吸収したその機械は、圧倒的な攻撃力で男を追い詰めた。
     倒れ込んだ男を見て、少年は高らかに笑った。
    「子供だと思って油断したかい?」
     少年は容赦なく男を攻める。モンスターの一撃にはね飛ばされ、男が悲鳴を上げた。
    「やめろ……やめてくれ…………!」
     その姿を見て、少年は楽しそうに笑う。
    「その顔、最高だぜ」
     おぞましい光景だった。年端もいかない少年が、大の大人を痛め付けている。男は彼の前に跪き、必死に許しを乞うていた。
    「これで終わりだよ」
     少年がライフポイントを削りきると、男は意識を失った。
    「見たかい? これが僕の実力なんだ」
     僕を振り返ると、どこか誇らしげに少年は言う。その姿は、まるでゴーストそのものだった。
    「君は、デュエリスト狩りなの?」
      僕の声は震えていた。自分がとんでもない相手と関わりを持ってしまったことに、改めて気がついたのだ。僕の言葉を聞くと、少年は変なことでも聞いたかのようにケラケラと笑った。
    「君って、面白いことを言うよな」
     ひとしきり笑うと、息を吸ってから、楽しそうに言う。
    「僕はね、人を痛め付けるのが好きなんだ」
    「それは、悪いことだよ」
     震える声で反論するが、少年は聞く耳を持たない。平然とこう答える。
    「こうは思わないかい。悪いことだからこそ、楽しいんだって」
    「君は、間違っている」
    「間違ってなんかないさ。君だって、勝つのが好きなんだろ。それと同じだよ」
     怖かった。目の前にいる少年は、人の姿をしているが、人とは全く違う思考回路を持つ秘密結社の構成員なのだ。その事に、今になってようやく気がついた。
     僕がなにも言えずにいると、少年は脅すように言った。
    「逃げようなんて思わない方がいいぜ。君の命は、僕たちの手の中にあるんだから」
     少年は笑った。その姿は、まるで地獄からの使者のように思えた。



     4、ゴースト大量発生

     それは、突然起こった。
     町中を、ゴーストたちが埋め尽くしたのだ。
     きっかけになるような出来事は、なかったと思う。気づいた時には、デュエルレーンをゴーストが疾走し、見境なく人々を襲撃していた。
     その時、僕は一人で行動していた。町から響いた悲鳴で事態を知り、応戦しながら遊星と連絡を取る。
    「遊星!」
    『○○○か? そっちも、ゴーストが現れたんだな』
     通話先からも、モンスターのぶつかり合う音が聞こえてきた。どうやら、遊星も戦っているらしい。
    「今は、一人で戦ってる。どこかで合流しよう」
     僕たちは、ポッポタイムの前で合流することにした。群がるゴーストをなぎ倒し、目的地へと向かう。
     遊星は、僕よりも先に着いていた。スターダストドラゴンを召喚し、ゴーストと応戦している。
    「○○○、無事か!?」
     僕を見つけると、ゴーストを躱しながら駆け寄ってくる。
    「僕は大丈夫だよ。遊星は?」
    「俺も無事だ。それよりも、ゴーストたちを止めなくては」
    「何か手はあるの?」
     僕が尋ねると、遊星は申し訳なさそうに答えた。
    「分からない。俺にできるのは、一体ずつしていくことだけだ」
    「分かった。僕も協力する。人手は多い方がいいでしょ」
    「ありがとう」
     戦闘の準備を整えると、町へと繰り出す。一刻も早く、事態を収めなくてはならなかった。

     町の中は、地獄絵図になっていた。さっきよりもゴーストの数が増えている。被害者も増えているだろう。彼らは、僕たちを視界に捉えると、カードを構えて追ってきた。
    「飛翔せよ、スターダストドラゴン!」
     遊星は、エースモンスターを召喚してゴーストに応戦する。僕も、負けじと応戦する。
    「トラップ発動! マジックシリンダー!」
     それでも、無限に湧いてくるゴーストを片付けることはできない。黒い影は次から次へと現れ、僕たちを消耗していく。
    「○○○、気づいたことがあるんだが」
     不意に、遊星が言った。
    「どうかしたの?」
    「ゴーストは俺たちを狙ってきている。やつらの目的は、おそらく、俺たちだ」
     確かに、ゴーストは遊星を狙っている。思えば、この前のゴースト事件でも、彼らは遊星の名を語っていた。
     遊星はDホイールに飛び乗ると、ゴーストの間を掻き分けてデュエルレーンへと向かう。僕もその後を追いかけた。
     遊星が向かった先は、最初にゴーストと戦った場所だった。Dホイールを降りると、高らかに宣言する。
    「ゴーストを操る黒幕! 俺はここだ! いるなら、姿を現せ!」
     どこからか、男の声が響いた。
    「ようやく気づいたか」
     僕たちの前に、白装束の男が現れる。背丈が二メートルはありそうな、細身の青年だ。年は、遊星と同じくらいだろうか。その格好には、見覚えがあった。
    「お前が、ゴーストを操っている黒幕か? なぜこんな真似をする!?」
     遊星が詰め寄る。男は、怯むことなく答えた。
    「歴史を、正しい方向へ導くためだ」
     堂々とした態度だった。少しも迷いの感じられない、凛とした声だ。
    「これが、正しいやり方だと言うのか? 無関係な人々に、無理矢理デュエルを挑むような真似が!?」
    「人間がどうなろうと知ったことか。オレを止めたいなら、デュエルで勝利して見せろ」
    「パートナーは?」
    「そんなもの、ゴーストで十分だ。人間なんぞの力では、オレに勝てないことを教えてやる」
     遊星が僕の方を振り向いた。
    「○○○、一緒に戦ってくれるか?」
     この状況を打破するには、この男を倒すしか無いのだろう。それなら、僕は喜んで協力する。
    「もちろんだよ。僕も、この町を救いたい」
     僕が頷くと、遊星は再び男を睨み付けた。高らかに宣言する。
    「俺たちは、お前を止める。この手で、ネオドミノシティの平和を守って見せる!」
     そうして、僕たちはついにゴースト事件の黒幕と対峙することになったのだった。

     男が召喚したのは、合体する機械のモンスターだった。名前は『機皇帝ワイゼル』。姿は全く違っているが、特徴はあの少年が召喚したモンスターによく似ていた。
    「遊星、気をつけて、あのモンスターは、シンクロモンスターを吸収する!」
     僕が言うと、遊星は顔つきを変えた。鋭い瞳で相手のモンスターを睨む。
    「知っているのか」
     頷くことしかできなかった。ここで遊星にあの少年の話をするのは、ルール違反だと思ったのだ。
    「貴様、何故それを知っている!」
     男が不愉快そうに僕を睨んだ。
    「遊星、あいつの弱点は、メインパーツだ。メインパーツを壊せば、全て壊れる」
    「分かった。メインパーツだな」
     遊星は果敢に相手に挑んでいった。シンクロモンスターは吸収されてしまうから、メインデッキのモンスターを召喚し、的確に相手を追い詰めていく。僕にできたのは、サポートくらいだ。
     なんとか、機皇帝を破壊し、男のフィールドをがら空きにした。スターダストを召喚し、一気に攻撃を仕掛ける。
    「シューティング・ソニック」
     止めの一撃と共に、ライフが削られる。僕たちの勝利だった。
    「おのれ、虫けらの分際で……」
     男が悔しそうに口を開く。遊星の本気の攻撃を受け、かなりのダメージを受けているようだった。
    「忘れたのか遊星、ゼロ・リバースの悲劇を」
     その言葉を聞いて、遊星が苦しそうに顔を歪めた。男は話を続ける。
    「貴様らは、いずれ必ず過ちを犯す。だから、その前に我々の手で修正しなければ……」
     それだけを語ると、彼はその場に倒れ込んだ。ゴーストのように爆発するのではないかと身構えたが、何も起こらない。
    「もう二度と、あんな悲劇を起こさせはしない! 確かに、人は過ちを犯す、だが、過ちから学ぶのも人間だ!」
     遊星の声は、男には届いていなかった。倒れたまま、少しも動く気配はない。
    「おい、どうした。答えろ」
    「その男はしばらく起き上がれまい」
     どこからか、老人の声がした。
    「容赦ないね、遊星ってさ。そういうの、嫌いじゃないけど」
     続けて、子供の声がする。妙に聞き覚えのある声だった。
     いつの間にか、白装束に身を包んだ人影が現れていた。大柄な老人と、小柄な少年だ。その少年の姿には、見覚えがあった。
    「お前たちは……」
     遊星が尋ねる。
    「我々は、イリアステルの三皇帝。私がリーダーのホセ」
     老人が語る。
    「あんた、リーダーだったの? まあいっか。じゃあ、僕がサブリーダーのルチアーノ」
     その少年は、とても見慣れた姿と、聞き慣れた声をしていた。こんな状況なのに、親しみを感じてしまうくらいに。
     彼こそが、夜に僕の前に現れた謎の少年だったのだ。
     彼は、僕の方に視線を向けると、にやりと笑った。
    「やっと会えたね。○○○」
     ようやく、全ての点と線が繋がった。僕たちは、始めから対立する運命にあったのだ。



     4.5、友人の真実

     その日の夜は眠れなかった。
     いつか、こんな日が来ることは分かっていたはずだった。彼はゴーストと同じ力を持っていたし、敵であることは明白だったのだから。いずれ戦う運命にあると知っていたのに、僕は彼を拒絶できなかった。
     僕は、その少年に好意を抱いていた。僕の前に現れるその少年は、外見相応の子供のようで、僕を友達と呼んでくれた。僕だって、互角に戦える相手に出会えたことが嬉しかったのだ。
     考え事をしていると、部屋の中に淡い光が輝いた。光の中から、白い布を身に纏った少年が現れる。
    「来てくれたんだね」
     僕が言うと、少年は真っ直ぐに僕を見つめた。
    「君が悲しむと思ったから」
     その声は、いつもと変わらなかった。友達が敵になったのに、悲しんでいるのは僕だけのようだった。
    「君は、僕たちの敵だったんだね」
     なんとか言葉を吐き出すと、少年は呆れたような声を上げる。
    「そんなこと、分かりきってたことだろ」
     そうだ。この少年はイリアステルの一員で、ゴーストを操っている黒幕の仲間で、僕たちの敵なのだ。それなのに、なぜだか、僕はこの子とだけは戦わずに済むんじゃないかと思ってしまったのだ。
    「最後に、デュエルをしようぜ。僕たちにとっての、最後の遊びだ」
     そう言って、彼は僕の手を引っ張った。手首を握られたまま、夜の町へと連れ出される。
     公園へと向かう間、僕はこれまでのことを思い出していた。ゴーストのこと、少年との出会いのこと、謎のDホイーラーのこと、偽物のジャックのこと。
    「偽物のジャックは、君がやったことなんだね」
     僕は尋ねた。本当は、こんなことは聞かない方がいいと分かっていたけど、どうしても聞きたかったのだ。
    「そうだよ。全然気づいてないから、笑いを堪えるのが大変だったんだぜ」
     少年は笑う。その声は、からかっているようにも、強がっているようにも聞こえた。
    「ゴーストも、君たちが操ってたの?」
     重ねて聞くと、今度は笑みを引っ込めて否定する。
    「ゴーストは違うよ。あれはプラシドの単独犯だ」
    「君は、いつから僕のことを知っていたの?」
    「ずっと前からだよ。君が初めて不動遊星と話したときからさ」
    「君は、敵になると知ってて、僕に会いに来てたの?」
     答えはなかった。公園に着いたのだ。少年が僕の方を振り返る。
    「それじゃあ、始めようか。最後の遊びを」
     その声は、震えているように感じた。

     少年は、いつものようにデュエルディスクをセットする。光を纏い、羽のように広がる機械をぐるりと回し、光るデュエルディスクへと変化させた。
    「君はもう知ってたね。僕の本当の力を」
     少年は呟いた。感情のない、淡々とした声だった。
    「今日は、手加減はしないよ」
     彼は、本気なのだ。本気で、この密会を終わらせようとしている。自らの勝利によって。
    「分かってるよ」
     僕も、デュエルディスクを構える。戦ったらこの関係は終わってしまうが、戦わなくては何も始まらない。
    「優しくしようなんて考えない方がいいぜ。僕はイリアステルで、君たちの敵なんだから」
    「そんなことできないよ。君は、僕の友達なんだから」
    「君って、本当にお人好しだよな」
     呆れた声で呟いて、少年は笑う。その独特な笑い声は、いつしか僕にとって心地よいものになっていた。
     僕たちは見つめ合う。デュエルディスクの機械的な音声が、デュエルの開始を宣言した。

     少年のデッキは、機皇帝だった。あの日男を痛め付けたモンスターであり、遊星と共に戦ったワイゼルの仲間にあたるモンスターだ。
     機皇帝は、鍵となるモンスターを破壊することで召喚される。そして、鍵となるモンスターがある限り、何度でも蘇るのだ。
    「安心しなよ。殺したりはしないから」
     フィールドにカードを並べると、少年は言った。余裕に満ちた声だった。
    「君が遊星につくなら、身の安全は保証できないけどね」
     からかうように言葉を続けて、きひひと笑う。
    「いずれ戦うことになるのに、手の内を明かしていいの?」
     僕だって負けてはいない。諭すような声で言い返す。
     機皇帝の攻略方法なら、知っている。実際に戦ったのだから。
     シンクロモンスターを召喚しなければ、彼らは無力だ。モンスターの効果とトラップを使って、機皇帝を破壊していく。
    「考えたじゃないか。やっぱり、君は失うには惜しい人間だよ」
     追い詰められているのに、少年は平然と僕を煽った。ダイレクトアタックを受けて、狂ったように笑う。
     その表情は、どこか寂しそうな目をしていた。

     デュエルは、僕の勝利に終わった。彼が、真の力を見せていないのは明らかだ。僕が彼のデッキを知っているように、彼も僕のデッキを知っているのだから。
    「こんなんで攻略した気になるなよ。これは、僕の力のほんの一部でしかないんだ。僕の本気は、こんなものじゃないのさ」
     服の汚れを払うと、少年は真っ直ぐに僕を見据えた。済まし顔の奥に、寂しそうな煌めきを隠している。
    「君は、本当に僕たちと戦うつもりなの?」
    「当たり前だろ。僕たちは敵同士なんだから」
     彼は、とうに覚悟を決めているのだ。迷っているのは僕だけだ。
    「僕は、君とは戦いたくないよ。」
     僕は呟く。僕は、まだ覚悟ができていない。友達として、好意を寄せた相手を切り捨てられるほど、僕の心は強くなかった。
     二人の間に、沈黙が漂う。しばらくすると、彼は不満そうな声で言った。
    「友達だと思ってるなら、名前で呼べよ。僕はルチアーノ。イリアステル三皇帝のルチアーノだ」
    「ルチアーノ」
    「よくできました」
     からかうようにルチアーノは笑う。その笑顔は、僕の大好きなものだった。
     僕はルチアーノを見つめた。白い布のしたで、赤い髪が靡き、緑色の瞳が煌めいている。その瞳はどこか寂しそうで、だから、僕はこの子の友達になったのだ。
    「本当は、遊星の味方になんてなってほしくなかったよ。君は、僕の遊び相手なんだから」
     小さな声でルチアーノは言う。その、消えそうな声は、それでも確かに僕の耳に届いた。
     彼は僕に背を向けると、光を纏いながら、暗闇の中へと消えていった。

     これから、僕は彼と戦うことになるのだ。それは、命をかけた戦いになる。
     その時、僕は本当に、彼を倒すことができるのだろうか。
     彼は、最初から分かっていたのだろうか。
     こうなることを覚悟していたのだろうか。
     自らの手で、たった一人の友人を倒すことになると。

     その日を最後に、彼が僕の前に現れることはなかった。
     それは、僕らの永遠の別れだった。



     5、最後の戦い

     あれから、しばらくが経った。あの夜以来、ルチアーノは僕の前に現れない。正体を知られたことによって、来られなくなってしまったのだろう。仕方ないことではあるが、やっぱり寂しかった。
     僕は、遊星に呼び出された。イリアステルとの最後の戦いが、これから始まるのだという。
     実を言うと、僕はまだ気持ちの整理がついていなかった。積み重ねた時間によって、ルチアーノのことも遊星のことも、同じくらい大切になってしまったのだから。どちらか一人を選ぶなんて、できるわけがない。それでも、僕は遊星のパートナーだから、共に戦う覚悟を決めた。
    「僕を、遊星の戦いに連れていってほしい」
     そう告げると、彼は驚いた顔をした。彼にとっては、予想外の言葉だったのだろう。
    「いいのか? お前は、ルチアーノと面識があるのだろう」
     僕は頷いた。とっくに、覚悟は決めていた。
    「だからだよ。もう、僕がルチアーノ話をする方法は、デュエルしかないんだ」
     ルチアーノは、僕の元に来なくなった。唯一の接点がなくなった今、彼と顔を合わせるには、彼の元に向かうしかないのだ。そして、彼の元に向かう方法は、イリアステルとの決戦しかない。
     僕の言葉を聞くと、遊星は少しだけ表情を緩めた。納得したように頷く。
    「分かった。お前が俺とのタッグを選んでくれて、嬉しい」
     僕は、本当に遊星を選んだと言えるのだろうか。どっち付かずの僕には、複雑な言葉だった。

    イリアステルが指定した場所は、シティの郊外だった。何もない場所に、白装束の人影が立っている。見上げるほどの巨体と、小さな白い影、ホセとルチアーノだ。
     ルチアーノは、遊星の隣に立つ僕を見つけると、楽しそうに笑った。
    「やっぱり、遊星についたんだね。そうなると思ってたよ」
     そこに、少しだけ寂しげな響きを感じ取って、胸が締め付けられる思いがした。
    「ルチアーノ、会いたかったよ」
     僕が言うと、彼はあからさまに顔をしかめる。
    「嘘ばっかりだ。遊星に付いたくせに」
    「今、僕がここにいるのは、君に会うためなんだ」
    「君って、物好きだよね」
     僕の言葉を聞くと、呆れたように答える。久しぶりの会話に、少しだけ安心した。
     遊星が、イリアステルに話しかけた。ルチアーノとホセが、冷酷に回答を告げる。僕は、黙って彼らの会話を聞いていた。内容は、彼らの目的とこれから起こそうとしていることについてだ。彼らは、この町を滅ぼそうとしているのだと告げた。
    「ごめん、ルチアーノ。君の計画は止めさせてもらうよ」
     僕は言った。町を滅ぼされてしまったら、犠牲者の数はこれまでとは比べ物にならないほど跳ね上がる。それだけは見過ごせなかった。
    「いいぜ。やっと、君と本当のデュエルができるんだな」
     ルチアーノが恐ろしい笑みを浮かべる。その表情は、今まで一緒に遊んできた子供とは思えないほどに冷酷だった。
    「デュエル!」
     そうして、僕たちの最後の戦いは、始まってしまったのだった。

     勝ったのは、僕たちだった。イリアステルが、本気で挑んでいたのかは分からない。彼にとって、重要なのは今の戦いではなく、これから行われる大会なのだから。
     それでも、ルチアーノは悔しそうな顔をしていた。
    「ごめんね、ルチアーノ」
     僕が呟くと、彼は顔を歪めた。真っ直ぐに僕を睨み付け、何かを言おうとする。
     その瞬間、空から轟音が鳴り響いた。石板が、地面を揺らしながら落下する。
    「新たな石板が降って来やがった!」
     空を見上げながら、ルチアーノが叫ぶ。
    「この石板は我々のものではない。不動遊星と○○○のものだ」
     ホセが、ルチアーノを諭すように言う。その言葉を聞いて、彼は噛みつくように声を上げた。
    「こいつらが、神の声を聞く者だって言うのかよ! 僕たちと同じように?」
    「そのようだな」
     僕たちには分からない話だった。疑問符を浮かべ、遊星と顔を見合わせる。
    「おい、どういうことだ。説明しろ」
     遊星が言うと、ホセは真っ直ぐに遊星を捉えた。威圧するような声で、言い含めるように告げる。
    「不動遊星、○○○、戦いは、まだ始まったばかりだ」
     いい終えると、白い光が二人を包み込んだ。眩い閃光が瞬き、消える。次の瞬間には、誰もいなくなってた。
    「消えた……」
     僕は遊星に近づいた。石板から一枚のカードが浮かび上がる。それはふわりと舞い散ると、差しのべられた遊星の手に着地した。
     そのカードには、モンスターの名前が記されていた。『シューティング・スター・ドラゴン』と、光る文字で書かれている。
    「これが、俺たちの新しい力か」
     遊星は呟いた。新しい戦いが、始まろうとしていた。



     5.5、別れ

     その夜、僕は眠らなかった。ルチアーノの訪問を待っていたのだ。
     彼が来る保証はなかった。僕たちは敵同士で、完全に決別してしまったのだ。僕の元を訪れる理由が、彼にはなかった。
     でも、僕には確信に似た思いがあった。彼は絶対に、僕の元を訪れる。それは、友達だからこそのものなのかもしれない。
     予想通り、彼は僕の前に姿を現した。眩い光が部屋中を包み込み、消える頃には、ルチアーノが目の前に立っていた。
    「もう、来ないと思った」
     僕は言った。ルチアーノが寂しそうな顔をするのが、薄暗がりの中で見えた。
    「やっぱり、遊星に付いたんだね」
     彼は言う。表情の感じられない、冷たい声だった。
    「ごめんね」
     僕の言葉を聞くと、彼は手に持っていた刃物を振り上げた。死んだような目で、僕の胸元に刃物を振り下ろす。
     突然のことに、身体が動かなかった。月の光に輝く刃物を、ぼんやりと見つめる。このまま死ぬのだと思った。
     しかし、その刃が僕を貫くことはなかった。銀色のきらめきは、僕の心臓から数センチ離れたところで止まり、力なく垂れ下がった。
    「なんでだよ」
     ルチアーノは、俯きながら言った。震える声だった。
    「なんで、シグナーなんかに付いたんだよ!」
    「ごめんね」
     僕は繰り返した。それしか、伝えられる言葉が無かったのだ。心臓がキリキリと痛んで、苦しかった。
     ルチアーノは、僕を選んでくれたのだ。たった一人の友達として、会いに来てくれた。それなのに、僕は彼を裏切ったのだ。
    「僕は……! 僕は、ただ、僕と遊んでくれるだけでよかったのに…………!」
     泣きそうな声でルチアーノは言う。僕は、反射的に彼の身体を抱き締めていた。細くて、小さな身体だった。
    「どうして、シグナーなんかに付いたんだよ! どうして、僕に深入りなんかしたんだよ! どうして、余計なことばかり探るんだよ! どうして…………!」
     ルチアーノの声が震えた。泣いているのかもしれない。俯いたまま、感情を吐き出す姿は、ただの子供にしか見えなかった。
    「どうして、僕の側にいてくれないんだよ……!」
     その悲痛な叫びは、彼の本心だと思った。彼は、ずっと寂しかったのだろう。長い間ずっと、ひとりぼっちでイリアステルとしての仕事をこなしてきたのだ。
    「ごめん。ごめんね」
     僕には、謝ることしかできなかった。全て、僕が悪いのだ。彼を突き放すことなら、いつだってできたのに。
     僕たちの間に、沈黙が訪れる。重苦しい空気が、僕たちを包み込んだ。
    「殺せよ」
     不意に、ルチアーノが言った。魂が凍りつくような、冷たい声だった。
    「プラシドの時みたいに、止めを刺せよ」
    「それは、できないよ。僕にとって、君は大切な友達だから」
     僕は答える。言い聞かせるように、言葉を続けた。
    「僕は、君のことが好きなんだ。たぶん、初めて会った時から」
     僕は、彼のことが好きだった。あの日、刃物を向けられた夜から、彼のことを忘れられなくなってしまったのだ。僕が理由をつけて彼との交流を続けたのは、彼への好意があったからだ。それは吊り橋効果なのかもしれなかったけど、僕はそれを本物だと信じたかった。
    「いっそのこと、君がただの人間ならよかったのにな。シグナーと関わりのない、ただの一般人なら、僕たちは敵対することもなかった」
    「でも、それだったら、僕たちは会えなかったよ」
     僕たちを繋いだのは、遊星とゴーストだ。それが無かったら、僕たちは出会うこともなかったのだろう。お互いを知らないまま、平和に暮らしていたのだ。
     僕たちは、出会ったときから対立する運命にあったのだ。僕の好意は、彼を傷つける刃でしかなかった。
    「僕は、君を絶対に許さない。この手で、君を殺してやる!」
     ルチアーノは言った。それは宣戦布告であり、僕にとっては、愛の告白のようにも思えたのだった。
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