子守唄 その建物からは、夜遅くまで灯りが漏れていた。コンピューターは煌々と光を放ち、タイピングの音が響いている。不動遊星とブルーノが、エンジンの開発をしているのである。
二人は、真剣な表情で画面を見つめている。その顔には隈がくっきりと浮かんでいた。
「遊星、そろそろ休まない?」
席を立ち、ソファにもたれ掛かりながら、ブルーノが大きく息をついた。
「もう少しだ。この不具合を解決したら……」
遊星は席から離れない。新しいエンジンプログラムの開発が、完成間近まで進んでいたのだ。
「ちゃんとロックをかけておけば、プログラムは逃げないよ。明日にしよう」
ブルーノは言うが、遊星は頑として動かない。
「もう少しなんだ。もう少しで、俺たちの希望が完成する」
遊星は勢い込んで立ち上がり、ぐらりとよろめいた。慌てて立ち上がったブルーノが、ソファ越しに遊星の身体を支える。
「やっぱり、休んだ方がいいみたいだね」
ブルーノは言う。そのまま、遊星の身体を支えると、ソファへと誘導した。
「ブルーノ、これは……?」
導かれるままに身を横たえると、遊星は困惑したような声を上げた。彼の頭は、ブルーノの膝の上に乗せられていたのだ。
「膝枕だよ。遊星がよく眠れるようにね」
ブルーノは言う。少しも疑問を持っていない様子だった。
「ねんねんころりよ、おころりよ」
膝枕だけでなく、子守唄まで歌っている。徹夜によって、ブルーノも平常の思考を欠いているのだろう。子供を寝かしつける大人のように、優しく遊星を見下ろす。
「ブルーノ。そんなことしなくても、俺は眠れる」
「ダメだよ。遊星は放っておくと、またエンジンの開発をしようとするでしょう」
「それは……」
遊星は言葉に詰まってしまった。彼には、既に徹夜の前科があるのだ。
「悪いけど、遊星が寝るまで見守らせてもらうよ」
ブルーノは優しい声で囁くと、再び子守唄を歌い始めた。
「ねんねんころりよ、おころりよ」
囁くように、諭すように、包み込むように、ブルーノは温かい声を発する。遊星はゆっくりと目を閉じた。漂うように、眠りの中に落ちていく。いつものように見る悪夢も、この日だけは姿を現さなかった。
朝、目を覚ましたクロウとジャックの目に入ったのは、ソファで眠るブルーノの姿だった。膝では、遊星が眠っている。
「おい、遊星、起きろ」
ジャックが起こそうとするが、クロウが止めに入った。
「寝かしといてやれよ。どうせ徹夜してたんだろ」
ジャックの手を引っ張って、眠っている二人から引き剥がす。音を立てないようにガレージを出ていった。
日が昇り、目を覚ましたブルーノが、前日の行動を思い出して赤面するのは、もう少し後の話である。