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    uthn_sumn

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    uthn_sumn

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    うちの子ハンターの目元にかつてあった切り傷についての話。ミユキ8〜10歳、ウツシ18〜20歳前後の想定でとりあえず書いてました。
    ちょっと子供には酷な言葉が投げかけられる描写がございますのでお気をつけください。うちの子プロフはTwitterから。ざっくり言うと親がカムラの人間じゃないけどカムラで産まれ竜人族勢のもとで世話をされていた子です。ゴコクさまが孫愛全開になってしまった……

    焔と傷「……よし」
    煮物に慎重に飾り切りの人参を載せて、少年は満足気に微笑んだ。普段はなかなか拝めない少年の年相応の自慢気な顔に、屋敷の熟練ルームサービスを務めるアイルーも喜びを声に出す。
    「坊っちゃまはセンスが良いですニャ。とっても綺麗なお弁当になりましたニャ」
    「あ、ありがとう……でも作ったの殆どルームサービスさんですし……」
    「何を言いますニャ、坊っちゃまがお手伝いしてくださったから品数を増やせましたニャよ。それに坊っちゃまが一人で握った握り飯もとっても綺麗ですニャ」
    ニャ、と別の段に詰められたおにぎりを指してやると少年は照れくさそうに頬をかいた。

     青みがかった銀髪を持つ少年、ミユキは、この頃まで大半の時間をゴコクやヒノエ、ミノトの住む屋敷の中で過ごしていた。本人の知らぬ特殊な出自で里に親がおらず、親代わりとなれる世代の手の空いた夫婦も居なかったのが理由の一つ。もう一つは、親の持っていた病の遺伝を懸念してだ。里で医者を務めるアイルーのゼンチ曰く、カムラでは殆ど見られぬ里外の病であり、生まれた子であるミユキに影響がないと言いきれなかったのだ。またそれを抜きに考えても幼少の時分に熱を出すことが多く病弱と思われたために、日が差す時間に表に出ることは少なかった。そのために書物を読む時間が多く、また敏かったためにミユキが疎外感を憶えてしまうのは仕方の無いことではあった。それでもゴコクはミユキの為に、屋敷に戻れる時は戻っていたし、同じ屋敷に住むヒノエやミノト、それにこちらも忙しいはずの里長や駆け出しのハンターであるウツシもよく屋敷に訪れていたため、誤魔化しは効いていたのだ。
     彼らと同じ思いで、しかし彼らよりも長い時間屋敷でミユキの傍らにいたルームサービスのアイルーは、何かをしていないと落ち着かない様子のミユキによく料理の手伝いをさせていた。最初は野菜を分けたり洗い物の手伝い程度ではあったが、やがて包丁の扱いや火の番を教えてみれば直ぐに憶えて、気づけば簡単な料理なら時間はかかるが作れるようになってしまった。そんな中でゴコクの帰りが遅くなると集会所のフクズクから報せを受け取ったルームサービスは、夕飯にお弁当を作って差し入れてみないかとミユキを誘った。夕餉の頃にはヒノエかミノトが一度ミユキに顔を見せに来るはずだし、その時に持って行ってもらうか一緒に行ってもらおうと考えたのだ。一緒に野菜の皮を剥き、初めての飾り切りに挑戦し、握り飯を握り、お重に詰め合わせたそれは初めてとは思えない出来だった。
    これはゴコク様も大層お喜びになるニャ、と口にしたところでお重を包む風呂敷がないことに気づく。ミユキが作業をしている間に少々テンションが上がって他の品数を随分と増やしてしまったため、予定より大きいお重を出してしまったのだ。これでは用意していた風呂敷では包めない。
    「あ、風呂敷」
    ミユキもすぐにそれに気付く。
    「すぐに用意しますニャ」
    「あ、場所はわかるから自分で……」
    「それではワタクシは洗い物をすませてしまいますニャ」
    ぱたぱた、と部屋へ駆けていくミユキを見て、ルームサービスは、誘ってよかったとこの時は思うのであった。

    (よいしょ……っと)
    大判の風呂敷でお重を包んだミユキは、台所に立つルームサービスを見る。上機嫌に鼻歌を歌いながら洗い物をしているのを見て、声をかけるのを躊躇う。外を見ればもう日は傾き出している。自分たちの夕餉の時刻も考えるとそろそろ家を出て集会所に向かうべきだろう、と考えてミユキはそのままお重を持ち上げ、揺らさないように片腕を下に入れて胸元に抱え込む。
    「坊っちゃまー、お待たせしましたニャ……坊っちゃま?」
    一段落したルームサービスが部屋の方を振り返ると、お重とミユキの姿はもうなかった。

    「……それでは、報酬の手続きは以上となります」
    ゲラゲラと笑いながら受付を去る他所からのハンター達に形だけの礼をしながら、ミノトはその日の夕食に思いを馳せる。最低限の腕だけはある為に多数のクエストを受注した下品なハンター達のクエスト手続きとアイテム販売をこなし、かつこれからその後処理とゴコクの業務の一部を手伝うことになるのだから、今日は姉・ヒノエの為の献立を考えても実行することは難しいだろう。勿論、自分が作れなくても屋敷のルームサービスが栄養ある献立を作ってくれるのは分かってはいるのだが。
    (出来るようになったからには、毎日姉さまのために料理をしたいものですね……)
    「ミノトねぇさま」
    「きゃっ……!?」
    突然の声がした方を見ると、そこにはお重を抱えたミユキがいた。ミノトをねぇさまと呼ぶものはこの頃ではミユキしか居ないのだから、当たり前ではあるのだが。
    「ミ、ミユキさん……!何故こちらに……?」
    「あ、あの、驚かせてごめんなさい、ゴコクじいさまにお弁当を届けに……」
    これ、と言って申し訳なさそうにお重を持ち上げるミユキにミノトは珍しく驚きをわかりやすく表情に浮かべた。
    「こちらこそすみません、考え事をしていたもので……もしや、ルームサービスとミユキさんがこちらを?」
    ミユキが小さく頷くと、ほう、とミノトは関心する。家に自分たちがいない間は書物を読むか、積極的にルームサービスの手伝いをしていることは知っていたが、ここまでしっかりとお弁当の用意ができるほどになるとは。しかし――
    「……ミユキさん、おひとりでここまで?」
    「は、はい。ルームサービスさんには洗い物を任せちゃったし、あと近道から来たから……」
    表通りにいるヒノエとは会わなかったのか、というミノトの疑問を感じ取ったのか、ミユキはゴコクらの屋敷から集会所の裏手に繋がる通路から来たと答える。いくら日が傾ききる前とはいえ、外部からの者も訪れ、かつ酒場も兼ねているここへ一人で来たことにはあまりいい顔ができない。
    「わかりました」
    しかしそれを表情には出さず、受付口から立ち上がったミノトは集会所のフクズクにルームサービスへの報せを再び頼む。一人で考え込むことの多い子だ、黙ったまま出てきてしまったかもしれないと予想したのだ。実際その予想は正しい。
    「ゴコクさまは今里の外から来た方とお話しておりますので……、私がお声掛けしますので共に行きましょうか」
    ミノトはミユキを一人で待たせるのを避けようと、共にゴコクとギルドの人間が話をしている露台へと向かった。
    「お話中のところ失礼致します。ゴコクさま、」
    「何ゲコ、今は――」
    「ミユキさんがお越しですよ」
    「ゲコォ!?」
    真剣かつ冷たい表情を浮かべていたゴコクの顔が、一瞬で驚きに塗り潰される。そのまま慌てふためいた様子で椅子から立ち上がり、ミユキのもとへと駆け寄った。
    「ど、どうしたでゲコ!?帰りが遅くてさみしい思いをさせてしまったゲコか!?」
    先ほどまでの里の長老としての威厳はどこへやら、そこにいたのはまるでただ孫を溺愛する翁であった。
    「え、えっと、ゴコクじいさま、」
    ぺたぺたとゴコクに顔を触られされるがままにされているミユキを見かねて、ミノトがコホン、と咳払いを挟む。
    「ゴコクさま、ミユキさんは差し入れをお持ちくださったのですよ」
    さあ、とミノトはミユキにはお重を渡すように、ゴコクにはもといた席に座りなおすように促した。
    「あの、これ……ルームサービスさんと夕餉の代わりにご用意したので、よかったら食べてください」
    おずおずと差し出されたお重を受け取るとゴコクはすでに今にも感涙を流しそうな雰囲気になっていた。
    「こ、こんなに大きなお重にゲコか……!?」
    ゴコクがお重を自分の膝の上に受け取り、開けていいゲコか、と問いそれにミユキが恥ずかし気に頷くとゴコクは慎重にお重を机の上に開いていく。中身を見て、ゴコクとさりげなくお重を覗き込んでいたミノトやギルドの者たちも思わずほぅ、と息を吐いた。人参の飾り切りを載せたしっかりと味の染みた筑前煮。少しだけ歪にまかれた卵焼きに、柔らかく焼き上げられた切り身のサシミウオ。それらを中心に様々なおかずが敷き詰められ、もう一段にはおかずのほかにも俵型に握られた握り飯が綺麗に並べられていた。
    「す、すごいゲコ~~~!!こんなにいっぱい美味しそうなものを作れるなんて天才ゲコ!!!!」
    「あ、ありがとうございます、あの、でもほとんどルームサービスさんの、おかげで、」
    感涙のあまり最早こねくり回す勢いでミユキの頭を撫でまわしているゴコクをしばらくしてからギルドの者たちが恐る恐る声をかけて止めた。それを少し呆れながら見ていたミノトにも、ミユキが
    「さすがに作りすぎてしまったのでミノトねぇさまも、よければ」
    声をかける。
    「まぁ、ありがとうございます。……ではゴコクさま、私はミユキさんを送ってまいりますので」
    ミノトは僅かに微笑み、ゴコクがギルドの人間に最早孫自慢を始めてしまったのを横目に、ミユキの手をそっと握り露台から立ち去る。またゴコクがミユキを捕まえてしまう前に、送ってしまったほうがいいと考えたのだ。露台でゴコクが寂しそうな顔をしていたが、本来は会議をしていたのだからこれ以上時間を割かせる訳にもいかない。ゴコクとミノトの帰りが遅くなるのはゴコクは会議が長くなりそうだったためだが、ミノトはその間にゴコクが片づけるはずだった書類を代わってまとめるためなのだ。そろそろヒノエが一度集会所に里内で依頼されたクエストの書類を纏めに集会所に顔を出す時間帯であったし、ミノトはミユキを愛する姉に預けようとし、茶屋のエリアを通り過ぎようとした。その時の出来事であった。

    「は、お高く止まった受付嬢と偉そうなジイさんは小間使いのガキがお気に入りかよ」
    「十五、六のガキにハンターやらせてる様なとこだぞ?いい鉄とか武器売り払って人買いでもやってんじゃねーのか?」
    「ならあのねーちゃんは秘蔵の奴隷が表に出て来て隠そうとしたってか?アハハ!」
    決して大きな声ではなかった。露台にいるゴコク達に聞こえないように、なんだったら昼間冷たくあしらわれた受付嬢の耳に障るか聞こえない程度に話しているつもりではあったのだろう。しかし酔いで羽目の外れた声はしっかりと集会所にいる者たちの耳に届いていた。また、露台で話し合いをしていたとは言えども、ハンターを纏め上げ情報を管理する立場にいる者たちの耳が里に対する狼藉を聞き逃す筈もなかった。彼ら以外の空気は、まるで寒冷群島のように、いやそれよりも冷たいほどに一瞬で凍てついた。
     ギルドの者たちは、恐る恐るゴコクの様子を伺う。厨から酒を運ぼうとしていた給仕アイルーのマイドが落としかけた盆とお猪口を慌ててすんでのところで掴み直す。茶屋を取り仕切っていたオテマエが一瞬怒りを顔に浮かべたのちに、はっとしたようにミノトとミユキの方を見やる。
     そこには、珍しく不快感と怒りを顕にしたミノトと、対照的に表情を削ぎ落したかのように動かぬままのミユキが居た。
    「あなた達――」
    ミノトは声を荒げようとして、途中で思い止まる。理由は二つ。一つは、ミユキが微かに外の方へと手を引いてきたから。もう一つ、そしてミノトにとって最大の理由は――

    ――集会所の入り口に、いつも浮かべている太陽のような笑顔を酷く凍てつかせた最愛の姉がいたからだ。
    「ミノト」
    「はい、ヒノエ姉さま」
    「ミユキさんを屋敷まで送って行って頂けますか?ゴコクさまや里長と、お話をせねばならなくなりましたので」
    「……はい」
    ミノトは、正直なところ冗談のつもりであろうと里の者たちに、ひいては姉と比べて不出来と本人の思う自らを姉として慕ってくれるミユキに狼藉をはたらき、挙句最愛の姉をここまで怒らせた不届き者に対して制裁を加えたいとは思っていた。だがしかし、ヒノエが怒っているところをミユキに見せたくないのだろうということも理解し、この場では自分がミユキを送り届けるのが最適解なのは理解していた。しかしミユキはとても聡い子だとミノトも理解していたため、このあと二人きりになっても、ミノトには気の利いた言葉を書ける自信はなく、一瞬迷いを見せた。その時、集会所のクエスト出発口から、翔蟲の羽音の後にトッと降り立つ音が聞こえた。
    「ウツシ、只今帰還いたしまし――?」
    狩猟明けで楽しげに暖簾を潜って帰ったらこの静まり返った空気。流石のミノトも同情しつつちょうどいい、と声をかける。
    「ちょうどいいところに来ましたね、クエスト終了の手続きはこちらで済ませてしまいますのでミユキさんを私たちの屋敷まで送って行っていただけますね、狩猟報告を手短にお願いします」
    「え、え?えっとターゲットだったヨツミワドウを狩猟した後ちょっと狂暴化してたフルフルと、後小型が――」
    集会所の凍てついた空気と有無を言わさぬミノトに気圧されていたものの、流石才気溢れる若手ハンターといったところか、青年ウツシはすらすらと口頭で狩猟の報告をしていく。
    「それではそのようにまとめますので集会所から出て行ってください。ミユキさん、すみませんが私たちは帰りが遅くなりますのでルームサービスにしっかりご飯を頂いて暖かくして休むのですよ。ウツシさんは余計なことを言わずにルームサービスの指示に従ってください。それではおやすみなさいませ」
    押し付けるようにし、責任から逃れてしまったことに、ミノトは罪悪感を憶えつつ姉の怒りを買ってしまったのではないかとヒノエの様子を伺うが、ヒノエはミノトの怒りと悲しみを読み取っており、ゴコクと自分たちが怒っている様をミユキに見せるべきではないことも判断していたため、妹を叱ることはなかった。
    「えぇー……し、失礼します……。いこうかミユキ……」
    こうしてひどくとばっちりを受けたウツシは、ミユキの手を引いて恐る恐る集会所を出たのであった。

     集会所を出て、たたら場を通り過ぎようとしたとき。それまで無言でウツシの隣を歩いていたミユキが歩みを止め、じっとウツシの横顔を見つめる。
    「?ミユキ、どうかしたのかい?」
    流石に集会所で他所から来たハンターが何かを起こしたのだろうことくらいは察していたウツシは、心配になってミユキと顔の高さを合わせるかのようにしゃがみ込む。ミユキは、たたら場を――正確には、陽が落ちた中たたら火を背にフクズクから文を受け取る里長・フゲンの姿を見ていた。それに気づいたウツシがミユキに声をかける。
    「里長、何か忙しそうだね。話したいことがあるならまた明日にでも――ってアレ!?」
    ミユキはウツシの静止を聞かずに、する、とウツシの手から逃れて里長の方へ迷いなく歩いていく。ミユキには、先ほど投げかけられた言葉の意味も、フゲンが今フクズクでなんらかのやりとりをしていた姿とその意味も、しっかりと見据えることができていた。見据えることが、出来てしまった。
    「ミユキ、ちょっと待ってってば……」
    里長の邪魔をしてはいけない、それに責任もってちゃんと家まで送らねば、と慌てるウツシをあえてそのままに、ミユキはフゲンの前に立った。
    「ミユキ、この度は――」
    「里長」
    気遣う言葉をかけようとするフゲンの声を遮り、ミユキは喋りだした。
    「私は、……私の親は、何処から来たのですか」
    少しの逡巡の末、選ばれた問がこれだった。
     ゴコクやヒノエとミノト、里長とウツシが中心ではあったが、里の者たちから向けられる愛情と、カムラで生まれ育った子という言葉に嘘はないのだろうと、ミユキはなんとなく理解していた。そして、自分と同じ青みがかった銀の髪と、海のようと言われる青い瞳、そして他の者たちよりも白い肌を持つものがこの里に居ないことにも、幼いながらに気付き、そしてその意味を理解していた。
    息を呑んだのは、フゲンだけではなかった。ミユキの生まれを知り、ミユキの生に”約束”をしたウツシは、ミユキの肩に添えようとしていた手を思わず止めてしまった。
    「……やはりお前は聡い子だな、ミユキ。我々がお前に寂しさを感じさせて、そうしてしまったのかもしれぬな。」
    すまない、と頭を下げるフゲンに対し、ミユキは困った顔で何もできずにいた。
    「ゼンチ殿ももう屋敷に籠る必要もないと言っておったし、これ以上寂しい思いをさせてしまうのは我らとしても心苦しい。お前が知りたいというならお前の生まれた時のことを――」
    「ま、待ってください!」
    此度、フゲンの言葉を遮ったのはウツシだった。
    「それはあの人の望んだことと違います!ミユキが寂しい思いをしているなら俺が側に――」
    「ウツシ!!」
    ぴしゃり、とフゲンはウツシを怒鳴りつける。
    「もうミユキは己が意思を立派に示したのだ!その意思を尊重せずして如何するというのだ!」
    「知ることでこの子が悲しむとは思わないのですか!?」
    「知識を得るこも己を守る”強さ”になることを、ハンターであるならお前も理解しているだろう!」
    「――ッ!でも、だからといってあの人のこの子への想い全てを踏み躙るわけには、」
    「こやつを何もせずに悲しませたままにすることもお前の言う親から子への想いを踏み躙ることと違わないだろう!確かにここに居ない者の意思も尊重されるべきではある!だがそれで残された者が何も知らずに傷つくことがあるのならば、未だ消えぬ炎に薪をやることを重んじるべきであろうが!!」
    ぐ、とウツシが言葉に詰まったのを感じ取り、ミユキが口を開いた。
    「僕が強くなれば、二人に納得して教えていただけるのですか」
    怒鳴り声の応酬が止み、しん、とたたら場の前が静寂に包まれる。気づけば、いつの間にかミユキの手にはウツシが腰元に下げていたクナイが握られており――
    「待て、ミユキ――!」

    ――次の瞬間、ミユキは躊躇なくクナイを右目の上に走らせた。

    「全く、お前さんはニャぁ~にを考えてるのニャ!傷が浅かったから後遺症は残らないがニャ……!」
    夕食を摂ってさっさと寝ようとしていたところ、突然ウツシに抱えられ翔蟲全力飛行されたと思いきや、今にも噴火しそうなほど顔を真っ赤にして怒るフゲンとそんなフゲンに脇に抱えられ右目から血を流すミユキという図を見せられ。なんだかんだあってなんだかんだ言いつつも的確に処置をこなし、とりあえず立場問わず立ち入り禁止にしてはいる診療所内で、ゼンチは一人ミユキと向き合い説教を垂れようとする。
    「傷は、残りますか」
    「自分でやったくせにいっちょ前に何を気にしてるのニャ!」
    「……傷跡、つけたかったから」
    「……は?」
    ゼンチはそれなりに医者をやっていたが、こういった患者は初めてだった。ニャァ~思春期特有の痛々しくてばかばかしい思考かニャ、思春期には随分早い気がするがまぁこやつは歳の割に随分と聡い子だったからこんなこともあるかニャと一人脳内で現実逃避を繰り広げていたところ、さらなる爆弾発言が降ってきた。
    「顔に傷があれば、そういう”どれい”とは思われないんじゃないかな、って」
    ――あぁ、これはバゼルなんたらの襲来だニャ。
    そんなことをゼンチが思うと、限界を迎えた障子がばたり外れ、外で耳を着けていた人々が思うがままになだれ込んできた。
    「あぁ、ミユキさん……!」
    「坊ちゃま!!」
    真っ先に飛び込んできてミユキのことを抱きしめたのはヒノエとゴコクの屋敷のルームサービスだった。二人はミユキを一人で集会所に向かわせてしまったことと、ヒノエは更にミユキに怒っている姿を見せてしまったことで相当自責の念に駆られていたのだ。ゴコクも心配したゲコ~!と声を上げながら駆け寄り、ヒノエと同じ思いを抱えていたミノトも、彼女らと違い抱きつくことはしなかったものと傍らに座り込みおろおろとしている。
    「傷口触れずに安静に、ニャ……あと障子直すついでに張り替えとけニャ……」
    すでに散々な目に合っていたのに更に吹き飛ばされてしまったゼンチは、これから起こるであろう騒乱を察してかずるずると部屋を出て行った。
     ゼンチと入れ替わるように、ウツシとフゲンが部屋に入ってくる。互いに互いのいない方に目を逸らして無言になっている様は、こんな事態でなければ見る人が見れば笑われるだろう。
    「あの、ヒノエねぇさま、前が、見えない……」
    右目の上に包帯を巻かれている中で左側からヒノエに抱き着かれ、ミユキの視界は完全に塞がれていた。
    「あら、……ごめんなさいね、つい心配で抱きしめてしまいました」
    ヒノエがミユキを離す前にこっそりと涙をぬぐったことにミノトは気づいていた。
    「いえ、僕も……えっと、これは皆に、心配かけてごめんなさい」
    「いえ、いえ!謝るのは私たちの方です、里の者を傷つけるような不届き者を里に入れてしまったのですから……!」
    「ゲコ、本当に不甲斐ないゲコ……それに寂しくて辛い思いをさせてしまったゲコな……」
    「……目までは傷がつかなかったのは運が良かったですが、もう二度とこのような危ないことはしないでください……!自分を傷つけるなど……!」
    彼女らの顔を見て、言葉を聞いてミユキは一つの確信を得ていた。未だ泣きながら抱き着いたままのルームサービスにごめんなさい、と声をかけて頭を撫で、次にミユキはフゲンとウツシの方を見た。ミユキと目が合ったフゲンは気まずそうに口を開く。
    「あー……傷が浅くて良かったが……何故、このような真似をしたのだ」
    診察室がしんと静まり返る。先ほどの爆弾発言をしっかりと障子越しに聞き取った竜人族姉妹と長老がぎろり、とミユキに表情を見せないようにしながらフゲンを睨む。
    「その、顔に傷があれば、……小間使いというか、その……そういうふうには、みられづらいかなと思い……あと髪も切ろうと思い……」
    当人は奴隷という言葉を濁そうとしただけなのだが、大人たちには逆に良くない濁し方に聞こえなくもなく、診察所の空気はもはや瞬間凍結袋の中のそれであった。
     同年代の男子と比べれば色白かつ少し細身で、整った顔立ちに美しく珍しい髪と瞳。ヒノエ達はミユキの生来のそれを引き立てるため髪を綺麗に整えていた。その髪も切られそうになっていたことでヒノエとミノト、ルームサービスは二重にダメージを受けていた。愛着を抜きにしてもその考えに至った理由があまりにも悲しいもので、この子がいったい何をしたというのだろうかと思わずにいられなかった。
    「その、じいさまや里の人たちを悪く見られたくなくて――」
    「もういいゲコ。……ああいった輩はどこでどんなものを見ようとケチを着けずにはいられない醜い連中ゲコ。決して、もう二度と、自分を傷つける形で解決しようとしないでおくれ……」
    共にハンターとして、人間の感覚では長い時間を歩いてきたフゲンでも、ゴコクがこのように悲しげにしている姿を見るのは初めてだった。
    「うむ。……お前は先ほど、強くなればと言っていたが、己を犠牲にするのは強さでもなんでもないのだ。」
    里を一歩出れば、人の悪意の他にも、モンスターという人間にとって脅威の存在が闊歩している。挙句百竜夜行というモンスターとの戦いを避けられぬ災禍に襲われるこの地で、自己犠牲という諸刃の剣は余りにも悲惨で、禁忌なのだ。
    己を心配する大人たちの余りにも悲し気な表情に、ミユキは上手く返事を紡げず、きゅ、と口を閉じて静かに頷いた。ゴコク達はようやくほっとした表情を見せた。
     悲しみの空気が和らいだところで、フゲンは本題に戻る。
    「さて、ミユキよ。強くなれれば、と言ったな。何故、そう思う」
    「……親がもうここに居なくて、多分この先逢えないことも、なんとなくわかります。だから、せめて知っておきたい。でも、今の俺に伝えられないってウツシにいさんが思うなら、ウツシにいさんみたいに皆を守れるように強くなればいいのかなって……」
    ヒノエとミノトが再びウツシを睨む。が、ウツシは今度は動じずにただミユキを見つめていた。
    「……一つ、問うが。お前は、生涯をかけてやりたいことはあるか?」
    「……上手く言えるか、わからない……けど、……」
    「ゆっくりでいい。言ってみよ」
    深呼吸をしてから、ミユキは再び口を開く。
    「ゴコクじいさまやヒノエねぇさま、ミノトねぇさまにルームサービスさんが一緒に過ごしていてくれて、里長……その、フゲンじいさまやウツシにいさんも、他の人たちも……里の皆、僕に優しくしてくれたから……里の皆に、恩返しが、したいです」
    「……そうか」
    満足げに微笑んだ後、フゲンは険しい表情に戻り、ウツシの方に向き直る。
    「ウツシよ」
    「……はい」
    「ミユキの意思を、お前はどう受け取る?」
    ウツシは、ミユキの吸い込まれそうに深く、それでも優しい光を湛える青い瞳をしっかりと見つめていた。
    「……ミユキは、とても優しくて賢い子に育ってくれたと。ただ、力の使い方を此度のように誤ることがあるなら……やっぱり俺は、あの人のことを教えるわけにはいかないと、思うのです」
    ウツシの、悲しみを湛えた琥珀色の瞳に見つめられ、きゅ、とミユキが唇を引き結ぶ。そんなミユキの手を、姉代わりであるヒノエとミノトの手が包み込み、ルームサービスも小さな手を添える。
    「フゲン、お主さては……」
    ゴコクがフゲンを見据える。
    「ゴコク殿。ミユキの意思と、あの者とウツシの意思。双方に応えるためにも、始めるなら今でなかろうか?」
    「……あいわかった。ワシもミユキのことは可愛い孫だと思っておるが、故にそれが大事なことだと理解しておるゲコ。異論はないでゲコ」
    フゲンとゴコクが互いの意を読み取り、頷きあう。
    「で、あるならば。ウツシ、お前に一つ命令を下す」
    「――はっ」
    ウツシが慌ててフゲンに向き直り、膝をつく。対するゴコクは、堂々とその命を告げる。その先の、カムラの運命を。
    「ミユキを、百竜夜行を生き抜けるように鍛えてやれ。力の使い方を、教えてやるのだ」
    「な、」
    「無論、無理にハンターや里守にしろというわけではない。適性もそうだが、本人の意思が何よりも大事だからな。それでも、最低限生き延びれる技術を身に着けさせるのはあの者の意思にも違わないだろう」
    「それはそうですけど……俺が、ですか」
    少年のころから戦いの才覚を見せ、若くしてハンターを務めるウツシも当然里守としての訓練をかなり前だが経験している。また、主に使う双剣以外の武器にも適性を見せ、鉄蟲糸技を形に成そうとしているウツシがそれらを完成させることとなれば、ウツシが他の者に技を伝授する日が必ず来る。現に双剣の鉄蟲糸技に関してはフゲンはウツシに共有させていた。その時フゲンは感覚だけで技を編み出したウツシから細部を聞き出すのに随分と苦労したのだ。そんなわけで、人に教えさせることがウツシのさらなる成長の糧となるだろうとフゲンは踏んでいた。そして、ミユキが強さを望むのならば。かの者がこの子に強く生きてほしいという想いをウツシに託していたのなら――
    ――これは、言ってしまえば必然であろう。
    「あの者の望みにこだわるのならば、お前がきちんと責任をとれ。ただし、俺はミユキが事実を知るべきだという考えを曲げるつもりもない」
    故に、とフゲンは続ける。
    「お前も強くなるのだ、ウツシ。他者を守るための武具を、他者を傷つけるものとして奪われるような愚か者を俺は認めるつもりはない。そうだな……ひと月の間に俺から一本獲れるようになれば、俺はお前と、お前の約束を認めてやる。ただし!自分のことばかりにかまけるのではなく、しっかりミユキの面倒も見るのだ。強くなり、強くさせることができるのならばお前を一人前と認めよう」
    ウツシの目の色が、変わった。
    「わかりました。このウツシ、必ずや己とこの子を鍛え上げて見せましょう」
    「うむ、その意気やよし。ミユキ、お前はこれで納得してくれるか?」
    言ってしまえば大人二人で勝手に作ってしまった取り決めだ。渦中のミユキが納得してくれないのであれば意味がない。
    「……はい。二人とも、それにゴコクじいさまも、僕のことを考えてくれたのは、わかってるつもりです」
    うむ、と言いつつフゲンは秘かに安堵の息を吐いた。
    「ウツシさん。他ならぬ貴方がミユキさんを傷つけるようなことがあれば……」
    「私たちは、貴方を決して許さぬこと、理解してくださいね」
    ヒノエとミノトは、里長たるフゲンやゴコクの意思に決して異は唱えなかった。それでもウツシを四対の瞳でしっかり見つめ、威圧をかけていた。
    「わかっています。あの人との約束だけではなく……この子の家族であるゴコクさまやヒノエさんとミノトさんを裏切るような真似は、決して」
    ウツシの琥珀色の瞳には、今までと違う決意の色が確かにともっていた。
    「ウツシよ、今までミユキは病のことを考えてあまり運動や外出をさせておらんかった。無理をさせないためにもまずはゼンチ殿としっかり相談しろ。誰しもがお前と同じように動けるとは限らぬ。しっかりと考えて動けよ」
    「はっ」
    「……ミユキよ。まずはその傷を治すのだ。そのためにゆっくり休んで、朝にもう一度己が意思を確かめろ。それでも揺るがないのならゼンチ殿と話して、まずは己の体を知ることから始めるがよい」
    「はい」
    「うむ。……おっと、その前に夕餉がまだだったな。ルームサービスよ、ミユキの夕餉を用意してやってくれ」
    「ズビッ……はいですニャ、すぐに坊っちゃまのために丹精込めてご用意しますニャ!」
    フゲンに声をかけられ、ルームサービスは涙に濡れた顔をぬぐいながら立ち上がった。
    「……折角ミユキさんとルームサービスがお弁当をご用意してくれたのです、ゴコクさま、私たちは集会所に戻りそちらを頂くとしましょう」
    「そうじゃな。ミユキ、今日はしっかり休――」
    あら、と立ち去ろうとするゴコクの言葉を遮るようにヒノエが声を上げた。
    「それならば、折角ですしこちらで皆で頂きましょう?家族皆で、ね」
    「さすがヒノエさま、妙案ですニャ……!ではワタクシは屋敷に夕餉用に用意していた坊っちゃまの分のおかずと汁物をお持ちしますニャ!」
    慌ただしく駆け出したルームサービスを横目に見ながら、ミノトも静かに立ち上がる。
    「それでは、私はお膳を用意しましょう。ゴコク様と姉さまはこちらでミユキさんとお待ちください」
    そっと部屋から立ち去るミノトを見送ったあと、ヒノエは部屋に残った者たちを見回して口を開く。
    「あらあら、ルームサービスさんったら。一人では大変でしょうから私も手伝いに参るとしましょう。ミユキさん、少しの間ゴコクさまとお待ちくださいね?」
    ミユキがこくんと頷くのを見ると、ヒノエは優しくミユキの頬を撫でてから立ち上がる。そうして部屋には男四人が残される。しかし暫くしてフゲンも、
    「家族水入らずの時間を邪魔する訳にもいくまい。ウツシ、俺たちは茶屋で食事を用意してもらうとするぞ」
    と言って立ち上がり、慌ててウツシも立ち上がる。
    「……送ってくるでゲコ、少しだけ待っててくれゲコな」
    しかしそれにゴコクも続き、診療所の出口まで着いてきた。

    「……まぁ、大体はヒノエとミノトが言ってくれたゲコ。だからこれ以上は今日のところは言わないゲコ。」
    「……はい」
    里の長老であり、ミユキの祖父代わりを務めるゴコクの声に、ウツシは身を硬くした。そんなウツシとゴコクを見て、フゲンが声を漏らす。
    「……まるであの子は、灯火の様だな」
    その目は、たたら場の消えぬ炎を見つめていた。
    「不安定に揺らめいているように見えながら、幼く、小さいのにしっかりと芯を持っておる。」
    「……人を魅入らせるような危うさも、まさに焔のようゲコな」
    まさに魅入られて溺愛しているようなゴコクがそれを言うのか、とは誰も口にはしなかった。
    「小さな灯火も、薪と新たな風があればやがて大きな焔となろう。……ウツシ、薪を絶やすな。風を吹き込む必要があっても、消して強すぎる嵐でかき消すでは無いぞ。」
    「……はい。決して消えないように、消させないように、してみせます。なってみせます」
    琥珀色の瞳が覚悟と決意に満ちているのを見て、ゴコクとフゲンはこの場ではこれ以上何も言葉にしなかった。

    こうして、カムラの里に教官の卵と小さな灯火が産まれた。
    やがて彼らが良き運命を導くことを、今はまだ誰も知らない。
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    uthn_sumn

    DONEうちの子ハンターの目元にかつてあった切り傷についての話。ミユキ8〜10歳、ウツシ18〜20歳前後の想定でとりあえず書いてました。
    ちょっと子供には酷な言葉が投げかけられる描写がございますのでお気をつけください。うちの子プロフはTwitterから。ざっくり言うと親がカムラの人間じゃないけどカムラで産まれ竜人族勢のもとで世話をされていた子です。ゴコクさまが孫愛全開になってしまった……
    焔と傷「……よし」
    煮物に慎重に飾り切りの人参を載せて、少年は満足気に微笑んだ。普段はなかなか拝めない少年の年相応の自慢気な顔に、屋敷の熟練ルームサービスを務めるアイルーも喜びを声に出す。
    「坊っちゃまはセンスが良いですニャ。とっても綺麗なお弁当になりましたニャ」
    「あ、ありがとう……でも作ったの殆どルームサービスさんですし……」
    「何を言いますニャ、坊っちゃまがお手伝いしてくださったから品数を増やせましたニャよ。それに坊っちゃまが一人で握った握り飯もとっても綺麗ですニャ」
    ニャ、と別の段に詰められたおにぎりを指してやると少年は照れくさそうに頬をかいた。

     青みがかった銀髪を持つ少年、ミユキは、この頃まで大半の時間をゴコクやヒノエ、ミノトの住む屋敷の中で過ごしていた。本人の知らぬ特殊な出自で里に親がおらず、親代わりとなれる世代の手の空いた夫婦も居なかったのが理由の一つ。もう一つは、親の持っていた病の遺伝を懸念してだ。里で医者を務めるアイルーのゼンチ曰く、カムラでは殆ど見られぬ里外の病であり、生まれた子であるミユキに影響がないと言いきれなかったのだ。またそれを抜きに考えても幼少の時分に熱を出すことが多く病弱と思われたために、日が差す時間に表に出ることは少なかった。そのために書物を読む時間が多く、また敏かったためにミユキが疎外感を憶えてしまうのは仕方の無いことではあった。それでもゴコクはミユキの為に、屋敷に戻れる時は戻っていたし、同じ屋敷に住むヒノエやミノト、それにこちらも忙しいはずの里長や駆け出しのハンターであるウツシもよく屋敷に訪れていたため、誤魔化しは効いていたのだ。
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