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    iwauchi_kakonoi

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    iwauchi_kakonoi

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    ジュザクなので圧倒的二次創作

    ジュゼットの選り好み「僕たちさ、相性いいと思うんだよね」
     いったい何を見てそう思ったのだろう。
     人気のない中庭のベンチ。遠回しに交際を勧めてくる男子生徒。冷めた頭。
     ジュゼット・ドバリーは告白されるに適していない自分の頭が、それをわかっていない男が嫌でたまらなかった。
     この男の言う相性が良いというのは、ジュゼットの察知能力に依存するものであり、虚像にすぎない。つまり、相性が良いなどジュゼットは微塵も感じたことはないのである。
     しかし、ジュゼットはその男の言葉に口を挟むことなく、お得意の愛想の良い笑みを浮かべてただ黙って聞いていた。
    「ジュゼットちゃんさえよければ、付き合ってみない?」
     膝に置いていたジュゼットの手に、男がそっと手を重ねる。
     もしかして、この男はいい雰囲気だとでも思っているのだろうか。今回もまた、話の腰を折らないよう黙ってあげているだけだというのに。
     男はYESが返ってくると信じて疑わない真っ直ぐな目で、ジュゼットを見つめていた。
    「いいですけれど……」と考えるように目を伏せる。
    「親に言われたんじゃないかとか思ってる?」
     言葉が途切れたところで、男が尋ねる。どうやら、ジュゼットが政略結婚を嫌がるタイプだと思っているらしい。
    「大丈夫、僕は本当に君が好きだ。親も身分も関係ない」
     ジュゼットは柔らかく笑んだ。「……ありがとう」
     その笑みに、男も表情を綻ばせる。
    「もちろん君は魅力的な女性だから、きっと引く手数多だろう。答えは急がないからゆっくり考えてーー」
    「いいえ、いいえ」男の言葉を遮る。「ここで答えを出すのは貴方だわ」
    「僕?」と男が目を瞬かせる。
     ジュゼットは驚く男を見つめ、蠱惑的に微笑んだ。
    「あたくしを殴ってくださる?」
     男は目を見開いて微動だにしない。ジュゼットをじっと見つめて、今得た情報を必死に整理しているように見えた。
    「殴れないというならこの話はなかったことにしましょう。これまで通り、良き友でありましょう」
    「い、いや! ええと……」
    「……無理なさらないで」ジュゼットは自虐的な笑みを浮かべる。「あたくし、少し変なの。真人間の貴方が無理に付き合っていいことはないわ」
    「……君が変だってのは社交界の人間みんな知ってるよ。それでも僕は君に惹かれたんだ。でも、被虐嗜好は、知らなかったな」
     男は困ったとばかりに頭を抱えた。
     その姿を見て、ジュゼットはため息をつく。「あたくし、うじうじする男は好みじゃなくてよ」
    「わ、わかった。君のお眼鏡にかなうかわからないが、全力でやらせてもらおう」
     頷きながら男が立ち上がったので、ジュゼットはそれに倣った。周囲を確認し、男は深呼吸をする。
    「ひ、ひとつ言わせてほしい」
    「どうぞ」
    「僕は紳士だ。君を傷つけたいわけじゃなくて、レディが望むことをいているだけだ」
     言い訳がましい言葉にジュゼットは挑発的に唇を歪ませて尋ねた。
    「それはあたくしに言っているの? それともご自身に言い聞かせているのかしら?」
    「どっちもかな」
    「そう。承知しているわ」
    「ありがとう、じゃあ」
     男がファイティングポーズをとる。慣れていない下手なそのポーズにジュゼットは小さい子供を愛でる時と同じ表情をした。
     すると、それほど期待していなかったジュゼットの頬に鈍い痛みが走った。
    「あぁすまない! 僕の愛しい人」
     男はジュゼットを気遣うような表情で覗き込み、尋ねる。ジュゼットは熱を持った頬に手を添え、硬直していた。
    「大丈夫かい、すぐに冷やさないとーー」
     男の言葉を遮るように、拳を男の顔面に叩きつける。その衝撃で男が二メートルほど後ろへ飛んで行った。
    「思い切りもパワーも及第点以上だわ、でもね」地面に倒れる男に馬乗りになり、胸ぐらを掴む。「この美しい顔に傷をつけるなんて愚かしいわ」
     驚いた顔をする男の顔にもう一度拳を振り下ろす。
    「そもそも顔を殴るのは戦意喪失のためであってダメージを与えるためじゃないわ。どうして胴体を狙う発想がないの? ナンセンスね、信じられない」
     喋りながら、何度も何度も男の顔を殴りつけた。
    「そもそもあたくしの顔に傷なんてあったら大騒ぎよ、見えないところが鉄則でしょう」
     茫然自失とした男はそれをガードするという発想がないらしかった。ノースディアウォルフ学園に通っているのに、戦闘慣れしていない印象を受ける。
     ある一発の衝撃で男の歯が飛んでいった。ジュゼットはその歯を目で追って、手が止まる。その瞬間、男は我に帰ったように声をあげた。
    「ま、まっくえ! 殴れって言ったのは君じゃないか!」
     まだそんな大声が出せるのか、とジュゼットは驚いた顔をしたが、男の言葉に笑って頷く。
    「そうね、でもあたくしの顔を殴るなんて気が触れてるわ」ジ胸ぐらを掴んでいた手を離した。「それとも何? 美しいものは汚したくなるとか、そういう人なの?」
     ジュゼットは飛んでいった歯に手を伸ばす。
    「は……?」
     歯を取って男の顎を左手でつかみ、右手で探るように歯列をなぞる。
    「美しいものは美しくあるべきよ、誰にも傷つけられるべきじゃないの。たしかにあたくしは殴れと言ったけれど、あたくしを傷つけろとは言っていないわ」
     歯一本分の空きを見つけると、そこに土がついたままの歯を力いっぱいねじ込んだ。男が悲鳴をあげてもどうでもよかった。暴れようが関係なかった。人にさえバレなければ。
    「うるせーぞ!」
     ジュゼットが弾かれたように顔をあげる。周囲を見回すと、木の向こうから見慣れた顔が出ていた。
    「人が寝てんだ、痴話喧嘩ならよそでやれ!」
     不良生徒でありながら、生徒会役員であるザッカリー・モーガンだ。長い前髪で目が隠れているというのに、彼は表情豊かで怒っているというのがよくわかる。しかし、ジュゼットはそんなことを気にせず嬉しそうな声をあげた。
    「あらモーガン! 盗み聞きなんていい趣味だわ!」
     さらに苛立ったザッカリーが声を荒げる。「お前さんに言われたくねぇよクソ女!」
     ジュゼットは男に興味を失ったように、ザッカリーに駆け寄った。ザッカリーが嫌そうな顔をしたにも関わらず、ジュゼットは隣に座る。
    「どこから聞いていたのかしら?」
     ザッカリーは険しい表情でそっぽを向いた。しかし、ジュゼットはザッカリーの顔を覗き込んで、質問を変えた。
    「言いふらす?」
    「んなことしねぇよ、」ジュゼットの背後を指差す。「するならあっちじゃねぇの」
     ザッカリーの指した方向を見ると、ジュゼットが殴りつけた男がよろよろとした足取りで校舎へ向かっていた。
    「あら、彼なら大丈夫よ」ジュゼットはカラカラと笑う。「彼も貴族なの、あたくしより下のね。ドバリー家に楯突くなんてできっこないわ。それに、プライドの高い殿方が女に負けたなんて言えないと思わない?」
    「そうかい」
     愉快そうに言うジュゼットとは反対に、ザッカリーは興味なさそうに相槌を打つ。
    「……」
     そして、沈黙。
     ジュゼットはニコニコとしているものの、何か言うわけではない。ザッカリーも居心地の悪そうな顔をしているが、クソ女とのおしゃべりを楽しむよりは沈黙がマシらしい。
    「……お得意のおしゃべりはしてくださらないのね?」と、沈黙に飽きたジュゼットは残念そうに眉をハの字に下げる。
     ザッカリーは一瞥を寄越した。「話すことなんざねぇだろ」
    「あるわ、貴方が見たものの事とかね」
    「なんも見てねぇ」と大袈裟にため息をつく。「これじゃ駄目かい」
     ジュゼットはじっと疑うように見つめた。ザッカリーが顔を逸らすと、「そうね」と頷いて目を逸らす。
    「……いいわ、貴方に得はないもの」
    「じゃあどっか行きな、オレはお昼寝の時間なの」
     ザッカリーの言葉に、ジュゼットは目を瞬かせた。「お昼寝」
    「なんだよ」と表情を顰める。「昼に寝ちゃ悪ぃかい」
    「いいえ、可愛い言葉を使うのねと思って」
    「こっちのほうがウケいーのよ」
     ジュゼットはクスクスと小馬鹿にするように笑った。
    「随分とくだらないこと考えていらっしゃるんだわ」
    「高尚な貴族様とはそりゃ違いますよ」ザッカリーは吐き捨てるように言う。「んなこたどうでもいーんだよ、まじめちゃんはとっとと教室帰りな」
    「いいじゃない、たまにはゆっくりお話するのも」
    「よかねーよ、お前さんといるとこ見られるとめんどくせーの」
    「何がめんどくさいのよ! 同じ生徒会なんだから普通のことでしょう」
     ジュゼットがむっと頬を膨らませると、ザッカリーはその顔を見下ろして疲労が飽和した息をはいた。
    「お嬢様にゃわからんか……とにかくどっか行きな!」
     ジュゼットは悲しそうに眉を下げた。「どうしてそんな嫌がるのかしら……」
    「嫌だから」
     そうハッキリ断言するザッカリーだが、律儀にジュゼットの言葉に応え、どこかに自分から行こうとすることも、力ずくで追い返そうともしない。
     それに気付いたジュゼットが笑う。
    「貴方、結構優しいのね」
     ザッカリーはひとつまたため息をついて、
    「そーよ、オレったら女なら誰にでも甘いの」
     ご機嫌に笑った。チグハグなその言動にジュゼットも笑った。
     それを見たザッカリーがジュゼットの頬を軽く叩く。
    「顔が傷つくのが嫌なら治癒魔法くらい覚えるんだな」
     頬の痛みがなくなって、ぱちくりと目を瞬かせる。
    「それと、この際言っといてやる。苦手なのか知らねぇが、細かい魔力調整はできるようになって損ねぇぜ。治癒魔法だって調整ができりゃ簡単だ。今回も、ボディと顔で強化段階を変えてれば顔に傷も付かなかっただろうしな」
    「な、何よ急に」ジュゼットは噛み付かんとする犬のように鼻根にしわを寄せた。「饒舌なのね」
    「いっつもお前を見てイライラしてたんだよ。底なしの魔力量で全身ダイヤみてぇに硬く防御してんだろ? いくら魔力が有り余ってるからってそんなん非効率的」
    「う……」
     痛いところをつかれたと言わんばかりに、ジュゼットはうめき声を上げる。そんなの、ジュゼット自身もとうの昔からわかっているのだ。
     ザッカリーは構わず続ける。
    「もっと局部的に使えるようになれば攻撃に割く魔力リソースも増えて魔物とも戦いやすくなる。会長さんの役にも立てるんじゃねぇの」
    「余計なお世話です!」ジュゼットは勢いよく立ち上がる。「ミケル!」
     にゃおん、という鳴き声とともに、どこからともなく真っ黒な猫が現れた。
    「お、」ザッカリーは挑発的に唇を歪める。「できないことを指摘された腹が立ったか? まるで貴族様だな!」
     ジロリ、と垂れた目でザッカリーを睨む。「違います」
     一瞬の怒りではなく、どろどろとした積年の恨みのような視線を受けたにも関わらず、ザッカリーは愉快そうに声を上げた。
    「違わないね! オレがイカサマ見抜いた貴族と同じ顔だ」
     ジュゼットは小さく舌打ちをする。
    「……あたくしは教室に戻ります。貴方も生徒会役員なのだから、サボるのはほどほどになさって」
    「はいはい」
    「ミケル、教室まで飛んでちょうだい」
     にゃおん、とまた猫が鳴いた。
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