かわいいひと かわいい、かわいい、って、グースがいつも言うから。
別に、そりゃ、それなりに容姿が整ってるっていうのは、これだけ生きていれば否が応でも自覚するわけで。女の子とは(いつも最後は振られてばっかだけど)いろいろ付き合ったし、なんか変な男に声を掛けられたのも一度や二度じゃなくて、それは全然嬉しくはなかったけど、男女問わずこの顔が多少は役に立つんだなっていうのはよくわかっていた。
グースだって、あの容姿だ。身長は僕よりずっと高いし、整った顔に愛嬌のある笑顔を浮かべて軽快なトークを交わせば、彼に魅了されない人間なんているわけがない。それでもグースにはキャロルっていう大切な奥さんがいて、だから、どんな女の子が声を掛けてきたところで、ちょっと会話を楽しんで、じゃあまたね、なんて果たされない約束をして終わるだけなのに。
なのに、どうして。
グースの肩にしなだれかかって腕を絡めているその女は誰なんだよ。
「グース、お前キャロルに言いつけるぞ」
そいつ結婚してるから、なんて言って女の隣に座る。こちらに視線を寄越した女の目を見つめてにっこりと微笑んでやれば、相手も品定めするように笑みを返してくるのだから思惑通りだった。この顔は結構便利で、これまでにも何度かこうしてグースの隣に居座る女の興味を自分に逸らそうとしたものだ。
グースが面白くなさそうにこちらを見てくる視線が刺さる。だけど、いつもならその距離を許さないような女に触らせているグースが悪いんだ。
「あぁもう、バラすなよ」
グースは「ごめんね」と謝りながらも女を抱き寄せると、耳に顔を寄せて何かを二言三言囁いた。
いつもなら、そんなことしないくせに。
「ほら、マーヴ、行くぞ」
そうして残された女の顔も、僕の手を引くグースの顔も見ることができないまま、おとなしく連れ出されるしかなかった。
外に出て生ぬるい風を体に纏わりつかせながら歩いていると、ふいにグースが足を止め、つんのめってその背中にぶつかる。振り向いたグースが俯いたままの僕の頬をやわやわと大きな両手で撫でた。
「マーヴ、機嫌直せって」
「おれは、別に……。 怒るならグースの方じゃないのか? おれが、邪魔したんだから」
「別に怒ってないって。あぁ、でも、キャロルには内緒な」
「……わかってるよ」
グースみたいな誠実な男が浮気なんてするはずがないけれど、それでもちょっとは疚しい感情があったのかもしれない。
キャロルやブラッドリーと勝負するつもりは勿論なくて、僕だって大好きなあの二人には、大好きなグースと幸せになってほしいだけだ。
それなのに、あんなよくわからない女まで同じフィールドに立たせるというのか。あんな女だって、「女」ってだけで、僕より優位だっていうのか。
「ほら、マーヴ。顔上げろよ」
「……やだ」
ぐちゃぐちゃな感情で嫉妬に狂う自分が愚かで、恥ずかしい。グースに対して劣情を抱いているだけでも僕は最低な相棒かもしれないのに、こんな風に彼の邪魔をして、なんて醜いんだろう。
「なんでだよ。ほら、こっち向けって。……マーヴのかわいい顔が見たいなー」
「……いやだ。だって、今、すごくかわいくない顔してる」
「お前はいつもかわいいだろ」
「かわいくない」
こんな、嫉妬に塗れた顔をグースに見てほしくない。
「どんな顔でも、お前はかわいいよ」
グースは、いつも僕にかわいいかわいいって言ってくる。それが口癖なんじゃないかってくらいに。それは特別な感情を伴っているわけではないんだろうけど、好きな人にかわいいと言われて、嬉しくないわけがなかった。他の人にどれだけ容姿を褒められても、グースの「かわいい」 に敵う言葉なんてない。
「特に今の顔。すっげーかわいい」
「見てないくせに、わかるのかよ」
きっと、ひどく、おまえを、
「わかるよ。俺のこと、すごく好きだって顔してるんだろ」
おまえを、好きだ、って顔をしている。
―――
なぁマーヴ、邪魔してごめんな。
あんな女、お前には相応しくなかったからさ。