夏を焦がす熱 焼けた肌は全体に湿り気を帯び、夏の日差しを受け、てらてらと光る。動くごとに異なる反射を見せるそこが白んで誘う。目には見えない茹だった空気が立ち込めて、一層艶やかさを主張した。
近づく程に熱い湿りが匂い立つ。甘露がひとすじ、またひとすじ。額から、首筋から、頬を、顎を、喉を、鎖骨を濡らし、渇きに飢える獣を待つ。
「う、お、びっくりした」
眼前にいたマーヴェリックに鎖骨の窪みを舌先で舐められ、グースはくすぐったさに思わず身を捩った。そんなグースの様子を気にすることもなく、マーヴェリックは首筋を流れる一筋の雫に吸い付いて喉を潤す。
「汗」
「あっついよな。いやもう毎日暑いけど。今日はここ一番の暑さって言ってたぞ」
ふ、とか、ひゃ、とか、よくわからない声を漏らしながら、グースはマーヴェリックの気が済むまでその行為を許していた。
鼻を押し当て、鼻腔いっぱいに息を吸って、喉に、肺に、その匂いを満たしていく。新たな汗が流れる度に、そうして匂いを嗅ぎ、舌で転がして、飲み干していった。
マーキングみたいだと思った。
自分の匂いと相手の匂いを混ぜ合わせて、ここは自分の縄張りだと、こいつは自分の所有物だと、主張する獣だ。
「何、俺の汗って美味いの?」
「……しょっぱい」
「だよなぁ。逆に喉が渇くんじゃねえ?」
「うーん?」
でもグースの匂いがするから、とよくわからない理由を付けて行為を再開する。
こんなにも暑い日は、いつものグースの匂いと汗の匂いが混じった一際濃い匂いがマーヴェリックを誘った。それはきっとグースのフェロモンで、だとしたら抗えるわけがないのだとマーヴェリックは己を肯定した。まるで番に引き寄せられる、本物の獣だった。
マーヴェリックはグースの匂いが脳に回ってクラクラと酩酊していく感覚が好きだった。多幸感と常習性は一種の麻薬かもしれなかった。もうずっと、この行為に依存している。喉を潤したつもりなのに渇きが増して、もっともっとと欲しがった。
最初こそグースはこの行為に戸惑っていたが、最近はもう何も言わない。ときどき手持無沙汰に頭を撫でる手からも、優しさしか見つからない。
次第に荒くなる呼吸が、暑さに眩む視界が、欲を湛えた体が、放出できない熱を逃がそうと汗を滲ませていく。
「汗の原料って、血液なんだってな」
マーヴェリックの額に浮かんだ汗をひと舐めしてグースが言った。
「だから今、俺はお前の血肉を食らってるってわけだ」
ふうん、とマーヴェリックは気のない返事をしてから、グースの額に手を伸ばして指に掬った水分を舐めた。
「じゃあこれは、お前の体液をおれの中に入れてるってこと?」
「まぁ、そういう言い方も出来るかもな」
「じゃあ、それでいいや」
それで良かった。
よくわからない感情が、マーヴェリックの目元を少しだけ熱くした。こんな風に馬鹿みたいにしてグースの熱を欲しているのだと気づいてしまった。
ほんとうに、ばかみたいだった。
狩りが下手な獣は、恰好の獲物を前にしても首筋に喰らい付くことすら出来ない。あたたかな血潮をその皮の内側に感じながら、与えられた餌を食べ続けるしかなかった。