ミスター・マザー・グース お前をひとりにしておきたくないな、というのは俺のエゴだし、それはお前を守るためだ、なんて自分に言い聞かせてみたりもする。そんなの、俺に出会う前のお前が今まで生きてきたのだから、今更俺がいないことでお前にどうこうあるわけではないかもしれないけれど、お前が醸す種々の危うさが俺を不安にさせる。というのはただの言い訳で、もっと端的に言えば、お前が俺のいないところで、俺以外の誰かをその視界に入れることが不快だった。いや、まだ少し誤魔化してるな。お前は俺のものだ、という、もっと暴力的な感情だ。
だから、いつからお前がそんな距離を許したのか、俺は知らない。
突っかかろうとするお前の頭を撫で小馬鹿にするように笑うアイスマンの瞳が、どんな感情を湛えていたか知っているか? いや、知らなくていい。気づかないままでいい。お前はそれを馬鹿にした行動と解釈して憤慨していたから、そのままでいい。
なぁ、どうしてそいつに触れさせたんだ?
怒りに曇る目が虚ろに眼前の状況を窺う。ぶん殴ってやろうか。違う、そうじゃないだろ。冷静になれ。
「マーヴ」
数フィート先にいるマーヴェリックに声を掛けると、此方を向いた顔が嬉しそうに綻ぶ。柔らかな笑みに「ぐーす」と甘えた声を乗せられて、俺の表情まで緩むのを感じる。あぁ、可愛いな。その顔は、俺の前だけで晒してくれればいい。
「悪いな、アイスマン。こいつに構っててくれたんだ? マーヴ、お前何もシツレーなことしなかったか?」
「どーゆー意味だよ!」
「いや、相変わらずキャンキャンうるさいくらいで」
「お前もなんなんだよ! 俺は別にお前に構ってくれなんて言ってないだろ」
ぶつくさと不満を垂れるマーヴェリックを促して、アイスマンへの挨拶もそこそこにその場を後にする。抱き寄せたマーヴェリックの肩越しに、一瞥した先のアイスマンの視線が鋭く絡んだ。
「グース、なんか、怒ってる?」
「なんで? 別に怒ってないけど」
あーとかうーとか唸りながらちらちらと寄越す視線が、不安と心配を伝えてくる。
「ちょっと、いつもと違う気がして……。なんか嫌なこととかあった」
勘違いならごめん、と所在無げに項垂れるマーヴェリックの丸い頭に、苛立ちを隠しきれていなかった己の迂闊さを知る。もっと、上手く隠さないと。
「うーん、そうだな。ちょっと、嫌なことがあったかも」
おずおずと俺の目を覗くマーヴェリックの視線が問いかける。それはどんなこと? 聞いてもいいこと? 話してくれる?
「だから、ハニーに慰めてもらおうかな」
雄弁な瞳の問いかけには応えずそう言えば、マーヴェリックの表情が明るくなった。 きらきらとまばゆい笑顔が喜びに溶けている。
「お、いいぞ! おれが慰めてやる!」
「じゃあ、ちょっと、そのままで。動くなよ?」
どうぞ、とニコニコしながら直立で待つマーヴェリックは健気だった。アイスマンが触れていた髪をくしゃくしゃに撫でて触れるだけのキスを落とす。ふふ、とくすぐったそうに身を捩ったマーヴェリックが、動いちゃダメだった、と再度身を固くするのが可愛い。
お前は俺のものなのに、他の男に触れさせちゃ駄目だろ。
もっと全身を愛撫してやれたらな。どこまでだったら許されているのか、明確なラインがわからない。俺たちの関係を壊さずにお前を手に入れようだなんて、土台無理な話なのかもしれない。
首筋に鼻を寄せるとマーヴェリックの体がヒクンと震えた。赤みを増す体に欲が募る。
「あ、ぐーす、……え、と、」
「うん? どうした?」
耳元で囁けば掠れた吐息が不規則に漏れる。期待に熱を帯びた空気が湿度を孕んでいる。
「…っは、ぅ……あ、ぐーす、」
くすぐったい、と喘ぐように絞り出した声で訴えるのが可笑しくて、もう少し意地悪したくなる。どうやら弱いらしい耳を食んだ。
「もう慰めてくれないのか」
「なぐさめ、て、」
え、違うよな……? とマーヴェリックから茫然とした声が零れ、彼が考えたことが手に取るようにわかる。何、お前、そうやって俺のこと慰めてくれるつもりが、万が一にでもあったの?
「ほら、疲れた時って動物を撫でると癒されるっていうだろ」
欲なんて欠片もない手つきで大袈裟にハグして背中を叩く。安堵して力の抜けたマーヴェリックの腕が俺をあやすように抱き締め返して優しく背中を撫でた。
「動物扱いかよ。しょーがねーな……」
おれの大きなガチョウちゃん、と甘やかす声が、じくじくと痛む胸の奥を引っ掻いた。