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    で@Z977

    @deatz977

    グスマヴェちゃんだけをまとめておく倉庫。
    🦆🐺至上主義強火。独自解釈多。閲覧注意。
    (全面的に自分用なので配慮に欠けています)

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    で@Z977

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    やわらかなゆめでおやすみ
    マヴェが悪夢を見るお話。

    やわらかなゆめでおやすみ「…ぐ、……す………っな、…ぃで、…」
    「マーヴ?」
     密やかな夜の静寂を破る引き攣った声にグースは目を覚ました。隣で眠るマーヴェリックが衣擦れの音と共に身を捩り、耐えるように皺を寄せた眉間の近くには薄らと脂汗が浮かんでいる。目尻には今にも零れ落ちそうな雫が月明かりに照らされて青白く光っていた。繰り返される浅い呼吸は、光の届かない漆黒に溺れないように酸素を求めているようだった。


     悪い夢でも見ているのかもしれない、とグースは当たりを付けた。
     マーヴェリックは時々こうして悪夢に魘されることがあった。大抵は父親のこと、延いては家族のことを夢に見ているらしく、未だに癒えていない心の傷が、彼に暗い影を落としているのだと如実に示していた。
     魘されているマーヴェリックを初めてグースが目にした夜、涙を流しながら手を伸ばす姿に哀れな幼子を思い、己の指を絡めて手の甲にキスをした。濡れた目尻に唇を寄せ、良い夢が見れますようにと願いを込めて額に口付ける。和らいだ表情に小さく安堵の溜息を漏らし、優しく抱きしめて朝を待った。翌朝、腕の中で身動ぎしたマーヴェリックにおはようと挨拶すると、ぎゅう、としがみつくように抱きしめ返され、額を押し付けられた胸のあたりからくぐもった声が返ってきた。


     お前に抱きしめられて眠ると、悪夢を見ないんだ。
     幾度かそんな夜を過ごしたある朝、マーヴェリックはグースにそう告白した。もとより毎夜悪夢に魘されていたわけではなかったが、それでもやわらかな記憶を刺激する出来事があった日は、高い確率で恐ろしい夢が襲ってくる。耐え難い悲しみを迎えそうな夜は、グースに抱きしめられて眠ることを求めた。


     今日はそんな様子はなかったが、とマーヴェリックの頭を撫でながらグースは思い返していた。今夜はマーヴェリックが己を求めたわけではなかったし、日がな一日共に過ごした中で彼のやわい部分を傷つけるようなことも特に思い当たらない。訓練も調子よく終わって、気持ちの良い一杯が二杯になり、三杯になり……自室に戻るのが面倒になってマーヴェリックの部屋に転がり込んだだけだった。
     俺がいない夜に、俺の知らないところで魘されていることがあるのだろうか。肚の奥がほのかな暗さを持って疼く。モヤモヤとした感情を抱きながらマーヴェリックの額に張り付く前髪を掃うと、呻くように名前を呼ばれた気がした。

    「マーヴ、おい、大丈夫か?」
    「…っ………ぐー、す、…いかな、…」
     はくはくと開く唇が苦しげに喘ぐ。不明瞭だがその名を呼ばれたのは間違いなかった。ぼんやりと見開かれたマーヴェリックの瞳からはついに涙が決壊していた。焦点が合わないまま何度も己を呼ぶマーヴェリックを強く抱きしめる。俺がそばにいるのにお前を泣かせるなんて、と繰り返し名前を呼んだ。
    「マーヴ、……マーヴ!」
    「…っ、ぐー、す、…ぁ、ぐーすっ、…ぅ、………っふ、ぁ、…ぐ、…す?」
     強張っていた体が腕の中で弛緩したのを感じ、息を吐く。グースの存在を確かめるようにマーヴェリックの唇が「ぐーす、ぐーす、」と舌足らずに紡ぐ。はぐれた迷い子がやっと再会した親を、二度と見失わないようにと必死に縋っているような姿だった。

    「どうした? 怖い夢でも見たのか?」
     俺がそばにいるのに、とは言わない。傲慢を口に出そうとは思わなかった。常よりマーヴェリックの不安をすべて取り除いてやりたいと考えていたグースは、その為に彼の依存心を増長させてしまっていることも自覚していた。そして少なからずその状況が己の喜びに繋がっていることにも気が付かないはずがなかった。
     背中を撫でているうちに、ほぅ、と呼気を漏らしたマーヴェリックが、ひとつ頷いてぽつりと続ける。
    「……グースが、いな、く、て、」
     マーヴェリックの震える指先がグースの服を控えめに握った。
    「どこにも、いなかったんだ」
     グースはその大きな手のひらでマーヴェリックの指先を包み、解くように柔らかく撫でる。
    「行くぞグース、って、お前に、声をかけたはずなのに、どこにも、いなくて、」
     やわやわと曲げたり伸ばしたりしながら絡ませる指先が不安を物語っていた。離れたくない、と繰り返し纏わる。
    「空を飛んでも、陸に降りても、お前が、」
     いなかった、と掠れた声が消えていく。

     もうすっかりマーヴェリックの心のやわらかな部分は大半がグースで占拠されていた。グースがいなくなるということが、マーヴェリックにとっては新たな恐怖だった。いつかの日に失ったものは未だにじくじくとマーヴェリックを苛んでいたが、グースの存在が真綿のように優しく包み込んで癒してくれる。そのぬくもりを手放すことなど、今更出来るはずがなかった。
    「……ぐーす、おねがい、」
     先刻まで踠いていた嫌な夢が思考を襲い涙が滲む。
    「おれを、おいていかないで、」
     おれにはおまえしかいないんだ。


     押し潰されそうな不安に駆られて掻い付くマーヴェリックの姿が、グースの心を激しく乱した。痛々しくて、可哀想で、いじらしくて、可愛くて。悲しませるものかと涙を拭うのに、己のことで涙するマーヴェリックが愛おしかった。
    「ばかだな、置いて行くわけがないだろ」
     人肌のぬくもりと心地よい心音で安心を伝えるようにしっかりと抱きしめなおす。大丈夫大丈夫、と何度も背中を擦って慰める。
    「お前のほうが、よっぽど俺を置いてどっか行っちまいそうだ」
     冗談めいた言葉は、グースの本音のひとつだった。こんなにもただ一人に依存するこの男が、いつかもっと大切な存在を見つけてしまうのではないか。それは或いはマーヴェリックの人生にとって喜ばしいことで、「正しい」ことなのかもしれなかった。その日を迎えた時に、マーヴェリックを手放したくないと思う。そんな日はずっと訪れなくていい。どうか、これから先も、俺だけのピート・“マーヴェリック”・ミッチェルでいてほしい、なんて。
    「おれにはグースしかいないのに、どうして置いて行くんだよ」
    「本当かぁ?」
    「なんだよ、……信じられないって言うのか?」
    「いや、」
     幼気に響く拗ねた声色に苦笑する。信じてる、と伝えれば緊張が解けた笑みが胸元をふふ、と擽った。
    「グース」
     身動ぎするマーヴェリックに抱きしめていた腕の拘束を緩める。うんしょ、と顔を上げたマーヴェリックの目元には乾いた涙がひっそりと光っていた。煌めく光彩が月の明かりに白む。
    「おれは、絶対に、グースを置いて行かないからな」
     意志の強い眉がへにゃりと垂れて蕩けそうな瞳がグースを写した。大好きだと縋るマーヴェリックの雄弁な瞳が、グースの胸をつまらせる。

     お前のことが好きだと伝えたかった。もう何も心配するなって、こんなにも愛してるんだからお前を置いて行くわけがないって。だけどそんな明確な答えを口にすることはできなくて、「俺も、置いて行ったりしねえよ」なんて白々しい言葉しか返してやれない。お前のことを離したくないって、俺も大好きだって、音にならない感情を乗せて笑ってやるしかできなかった。


    ―――


    「俺も、置いて行ったりしねえよ」
     そうやってはにかむグースの笑みが好きだ。優しくて、頼もしくて、あったかくて、そこにあった不安の欠片なんて全部まっさらに消え去ってしまう。おれを心から目一杯安心させてくれる笑顔だ。グースのうつくしく澄んだ瞳を隠すように細められた目に、やさしく皺の寄った目尻に、ひかえめに上がる口角に、胸がいっぱいになる。
    「グースがそう言うなら、ぜったい、大丈夫だな」
     グースの言葉なら、なんだって信じていられた。いつだって隣で笑ってくれて、困ったときは手を差し伸べてくれて、だけど一緒に迷ってくれたりもして。グースの全部がおれをかたちづくる。グースがいれば、おれはどんなことがあっても平気だった。どんなに躓いたって、苦しくたって、お前となら、ちゃんと前に進むことができるんだ。

     グースのあたたかな手のひらが、ぽんぽんとリズミカルに背中を打つ。うつらとした意識で額に当たるやわらかなぬくもりに意識が溶けていく。グースが額に落とすキスは、どんな悪夢も吹き飛ばしてくれる魔法だった。
    「ほら、まだこんな時間だ。もう少し眠ろうぜ」
     優しく抱きしめられて凭れるようにグースの胸板に顔を寄せる。大好きな匂いが全身を巡り脳が痺れていく。
    「ぐー、す、」
     朧気に甘える声が空漠たる闇に紛れる。
    「…………ずっ、…と……そばに、いて、……」
     伝えたい言葉は山程あるのに、その中のいくつがちゃんとグースに届いたかな……。

    「あぁ。ずっとそばにいる。絶対、離さねえよ」
     離れたいなんて言ったって、手放してやるものか。すっかり夢の中へ意識を飛ばしたマーヴェリックに、届かない言葉を紡ぐ。
     こんなにも愛おしい存在に、せめて共に眠る夜には幸福な夢を約束したくて、もう一度額に魔法のキスをした。
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