アイ・ラブ・ユー、マイ・ディア マーヴェリックが無茶な飛び方をするのは今に始まったことではない。天才的な飛行センスと操縦テクニックを併せ持つ一匹狼は、大空をいとも容易く我が物顔で飛び回る。まるで空全体が己の縄張りのように。
グースは、マーヴェリックの奔放で爛漫な飛行が好きだった。ルール違反や危険行為には小言を言うけれど、結局のところマーヴェリックの飛び方を気に入っている。上官から絞られては、次こそちゃんとマーヴェリックに注意する、とグースの決意が固くなる。その決意自体は少なくない回数実行されているが、毎度マーヴェリックの破天荒な飛行にうやむやにされてしまっている。そしてそれをはっきりと怒ることが出来ない程度には、グースも一緒になって楽しんでいた。
とは言え……とグースは自室のベッドに横たわって思案した。
今日の飛行訓練を思い出してぞっとする。下限高度を下回ろうと、管制塔を掠め飛ぼうと、マーヴェリックの操縦を信頼していないわけではない。トップガンではベストな成績を修めることが出来るに違いないと確信もしている。ただ、衝動的な飛び方をする彼が、時々ここではないどこかを求めているような気がして空恐ろしくなることがあった。
自由に空を翔るマーヴェリックは、その向こうに父という亡霊を探しているんじゃないのか。いつか、そのままどこかへ消えてしまうんじゃないか。俺の前から、俺の手の中から、零れ落ちてしまうんじゃないか。
この感情が単なる恐ればかりでないことなど、グースには疾うにわかっていた。いつでも傍らで一喜一憂する存在が愛おしい。 ころころと変わる表情を、己にだけ許された愛らしい姿を、ずっと見ていたい。マーヴェリックを手放したくないという独占欲があった。空にも、彼が求める亡霊にも、渡すことなどできない。己に懸想しているマーヴェリックにこの想いを伝えてしまえば、彼を掴まえておくことができるんじゃないの か。
不安が募り、嫌なことばかり考えてしまう。一向に、睡魔は襲ってこない。
―――
「マーヴ、起きてるか?」
明かりが灯るマーヴェリックの部屋を覗く。不用心に開いたドアがガチャンと耳障りな音を立てて閉まった。
「ん、起きてる…」
舌足らずな声がぼんやりと甘さをもって響いた。もうそろそろ眠ろうとしていたのかもしれない。
「グース? ……どうした?」
「いや、ちょっと、眠れなくてな」
お前が俺の前からいなくならないか心配だった、とは言わなかった。しかしそのことをどう伝えたものかと考えながらぽつりぽつりと続ける。
――家族のためにも、無茶はできない。
キャロルやブラッドリーを路頭に迷わせるわけにはいかない、というのがグースにとっての最優先事項には違いなかった。愛する家族のためにも、まずは無事にトップガンを卒業しなければならない。
それに、俺は、お前のことも……
愛しているから俺のそばからいなくならないでくれ。
脳内で懇願の言葉を繰り返す。口を開きかけて、閉ざす。これを伝えてしまって良いのか。まだ、迷っている。
「……おれの家族は、君だ」
ふいにマーヴェリックの唇から紡がれた言葉が思考を奪う。
家族のために、と一等大切なものの話をした。そのアンサーが、マーヴェリックにとっての己の大切さを伝えてくる。彼にとって、一番優先されるところに、俺がいる。
「だから、グースの信頼は裏切らない。約束する」
どうしてこんなにも健気なのか。 マーヴェリックの言葉にグースは胸を締め付けられた。それと同時に、重く圧し掛かるしがらみも感じる。 家族。それはマーヴェリックが長い間欲し、そして彼の手からはとうに零れていったものだった。
俺は、お前のことを愛してる。
伝えたかった言葉は飲み込んだ。マーヴェリックも同じ気持ちであることに疑いはなかったけれど、「家族」というワードに押し込まれた想いを無下にはできない。
これは決して保身ではないと、己に言い聞かせた。