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    で@Z977

    @deatz977

    グスマヴェちゃんだけをまとめておく倉庫。
    🦆🐺至上主義強火。独自解釈多。閲覧注意。
    (全面的に自分用なので配慮に欠けています)

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    で@Z977

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    ベスト・フレンド
    グスの特別でありたいマヴのお話。スラとマヴが話してたりスラとグスが話してたりグマちゃんが話してたり。
    派生元ついまとめ➠https://min.togetter.com/d4IG7NA
    この後のスラアイ
    https://privatter.net/p/9802800(べった)

    ベスト・フレンド 本当は、どこかで少しだけ、おれはグースの特別なんだと思っていた。
     グースに言われる沢山の「かわいい」がおれの望む意味じゃなくても、その言葉をくれるのなら、彼にとって「かわいいマーヴ」でありたかった。



    ――……アイス……、…かわいい……


     ドアの向こうから漏れ聞こえた声が、脳内でずっとリフレインしている。鼓膜にこびりついたそれは繰り返す毎に鮮明な音に変わった。グースの声だった。会話の内容まではわからなかったけれど、「アイス」と「かわいい」の二つの単語だけは確かに捉えていた。


     ざわざわと耳鳴りがした。殴られたように視界が眩む。
     おれの特別が、奪われていく。



    ―――



     これまでもグースがアナポリスの頃から見知った連中と談笑をしているときに、得も言われぬ寂しさがマーヴェリックを襲うことは幾度もあった。ましてやトップガンに来るほどの優秀な人材にはアナポリス出身者が多く、顔の広いグースが行く先々で旧知の仲を深めるのを、傍らで微笑ましく、同時に多少の歯痒さをもって眺め続けた。
     それでもグースが「俺のパイロット」と誇らしげに周囲に紹介してくれることは、面映ゆい心地ながらマーヴェリックの胸の内をあたたかな安心感で満たした。
     グースにとって、いくつもの「特別」でありたい。

     グースが与えてくれる「かわいい」は、そんな「特別」のひとつだった。はず。なのに。
     それは、本当に、「特別」な言葉だった?


     マーヴェリックの心に影が差す。特別な意味を含まない「かわいい」に縋っていたのは、自分が抱く劣情を正当化したかっただけかもしれない。グースの「かわいい」が何の意味も持っていないひとひらの言葉だなんて、すっかりわかっていたんじゃないのか。或いは、
    「アイスマンのほうが、グースにとっては特別なのかも」
     それも当然のように思えた。アイスマンとはアナポリスの頃から既知の仲だったようだし、彼の優秀さをマーヴェリックに語ったのもグースだ。

     そもそもマーヴェリックがグースと組むようになったのは、性格や飛行スタイルが特定のRIOとの関係を長続きさせないからだった。その中で組んだ一人が、偶然にもそんなマーヴェリックを受け入れて、共に飛んでくれるようになっただけのこと。RIOの中には感覚で飛ぶアビエイターを嫌がる者も多い。複座機の操縦はアビエイターとRIOの意思疎通が要であり、不確かな感覚を共有して飛べるほど単純なものでもない。マニュアルが重視される理由のひとつはそこにある。“感覚”を共有できる相棒を得られることは奇跡だった。

     アイスマンは優秀なアビエイターだ。
     そんなこと、数回の飛行で嫌という程にわかっていた。理詰めの飛行は美しい。きっと、彼と組みたがるRIOは多い。それでも。

    「グースは、おれの操縦が好きだ、って、言ってくれた。おれの、後ろに、座っていたいって……」
     自分に言い聞かせるように口にする。
     それはグースからもらった初めての「特別」だった。もしくは残っている最後の特別なのかもしれなかった。それすらも失ってしまったら……。


     閉ざされた室内から聞こえてくる笑い声で我に返る。二人が一緒に笑っている顔は見たくなかった。どうしたらいいのかわからない。ドアが開く前に、この場を立ち去らないと。
     踵を返して足早に廊下を進む。どこに向かっているわけでもなかった。どこでもよかった。前を向くことができなくて、足元を睨みつけてがむしゃらに逃げる。



    「うわっ」
     角を曲がると同時に筋肉質な体に顔面を打つ。頭の上からは短い驚きの声に続いて軽口が飛んだ。
    「あ? あぁ、マーヴェリックか。悪いな。小さくて見えなかった」
    「すらい、だー……」
     ぶつかった相手を認め、コールサインを口にする。
    「え、なに、おい、嘘だろ。どうした?」
     顔を上げれば「待て待て待て」とスライダーが慌て始めた。「どっか変なとこ打ったのか?」「痛いとこでもあるのか?」なんて見当違いな心配までする図体のでかい男が滑稽で視界が滲む。
    「頼む、俺の前で泣くなって……」
     こんなとこ見られたら、とブツクサ漏らしながら太い親指が雑にマーヴェリックの涙を拭った。
    「とりあえずここはまずい。……マーヴェリック、ちょっと来い」



     どこでもよかった。
     グイと半ば強引に掴まれた腕を導べにして、縋るようについていった。


    ―――


     ああでもないこうでもないと唸りながらスライダーはマーヴェリックを伴っていくつかの部屋を覗き歩いた。既に人が疎らな時間帯とはいえ、全く人がいない場所も都合よく見つからず、結局選んだのはひとまずこの後に使用予定のなさそうな教練室だった。ひとつも疚しいことがあるわけではないのに窓から室内が見えることが気がかりで、スライダーは自分の体で申し訳程度の死角を作りマーヴェリックの姿を隠した。


     ずず、と鼻を啜る音が聞こえる。俯いた顔から涙は零れていないようだが、自分がいなかったら思い切り泣いているのかもしれない。立ち尽くすマーヴェリックを前に、こんな時この男の相棒ならどうしてやるか、とスライダーは思案した。

     考えるんじゃなかった。

     どうせハグをしてキスをして甘やかすんだろう、とあたりをつけて、自分はそんなことをしてやるつもりなどさらさらないのだからと無駄な想像に辟易する。しかし他にできることもなく、慰めにもならない社交辞令の言葉をかけた。
    「なぁ、どうしたんだ? あー、いや、別に話さなくてもいいけど」
     おざなりに心配の態度を見せながら段々と面倒くささが増す。わざわざライバルのパイロットがしょげているからといって話を聞いてやる義理などないのに、どうして厄介事に首を突っ込んだのか。頭を抱えたくなる。
     そもそも「どうした」なんて聞かなくてもわかる。十中八九、目の前の小柄な男が涙を浮かべているのは、彼の相棒に関する事に違いない。


     本当に面倒くさい。
     スライダーの心中をその一言が塗りつぶす。心底面倒くさかった。あの場所に置いてきても問題なかったんじゃないのか。
     マーヴェリックの大きな瞳に浮かぶ涙が溢れる前に拭って手を引いたのは、単にあの場を彼の相棒に見られたくなかったからだ。マーヴェリックを溺愛しているグースに、あらぬ疑いをかけられるのは御免だった。

     あぁ、嘘だろ。それなら、この状況は?

     ちらりと窓の外を見遣る。人の気配はなかった。室内と廊下を隔てる無骨なドアを、まるで地獄の門に見紛う。



    「とりあえず、落ち着くまでいてやるから」
     それこそ放っておけばいい。首を突っ込むな。長年鍛えた勘のおかげか、それとも単に本能が察知した危機感か。スライダーの脳内には警鐘がうるさく鳴り響いていた。判断ミスをするわけにはいかない。どの選択が、正解なんだ。

     例えばこんな状態のマーヴェリックを知っていながら、ひとりで残して何か間違いがあるのは困る。更にそんな“何か”が起きて、事のあらましを説明する羽目になったマーヴェリックが、グースの前でうっかり俺の名前でも出そうものなら、怒り狂った彼の相棒の矛先は確実に自分に向く。どうしてひとりにしたんだ、って。ひとりにしてるのはお前だろうが。空想に浮かんだグースにツッコミを入れる。
     普段柔和に見せている男が怒り狂うという意外な一面も見物ではあるが、如何せん敵に回すには相手が悪すぎる。グースは存外食えない奴だ。簡単に人の懐に入るくせに、その実自分の懐には簡単に近づけさせない。弱点も欠点も自ら曝け出しているような態度をとるから多くの人は引かれた一線に気づくことすらできないだろう。仲間や友人として付き合うには気の好い男だが、そうして手にした他人の弱みはいくつあるのかと思うとぞっとする。下手に怒りを買うよりは、飄々と躱しておくくらいが丁度良い。


     最適解を求めて巡らせていた思考は、ズッと再度マーヴェリックが鼻を啜った音で遮られた。 
    「グースは、アイスマンのほうが、いいのかもしれない」
     若干舌足らずな口調でもごもごと沈黙が破られる。
    「あ? 何で俺のパイロットをグースにやらなきゃなんねーんだ」
    「……うん、」
     再び沈黙。埒が明かない。
     吐き出すつもりのなかった溜息が思いの外大きく響いた。
    「あいつはお前のRIOだろ?」
    「でも、グースは……」
    「グースが、アイスがいいって言ってたのか?」
    「……アイスマンのこと、かわいいって言った」
     言うか? 考えてみたところでいまいち想像できない。グースが、アイスに、可愛い? そりゃアイスは可愛いけど。

     マーヴェリックの証言にのみ委ねられた状況説明に納得がいかず、スライダーは自身の見解を述べることにした。
    「んーーー、わかんねーけど、グースはお前みたいな可愛いのが好きだと思うぞ?」
     つーかお前を好きなんだろ、あの執着は。
     グースがわかりやすく牽制していることは周知の事実なのに、当のマーヴェリックはその事実など知る由もない。グースが気づかせないようにしているからだ。残酷だった。しかし藪をつついて蛇を出すつもりはないので言及はしない。
    「でも、グースは、アイスマンに、かわいい、って言ったんだ。きっと、おれみたいなのじゃ、駄目なんだ……」
     しょんぼりと項垂れる頭が小柄なマーヴェリックを一層小さく見せた。こういうところも、あの男にはたまらないんだろう、とスライダーは普段からマーヴェリックを溺愛しているグースを思い返す。溺愛して甘やかして雁字搦めにしているくせに、大切だとかなんだとかで、マーヴェリックが求めるものなど掠めるだけで与えてやらない。そんな狡猾な顔を持つ男に愛されているマーヴェリックが憐れにすら思える。

    「……俺は、マーヴェリックのこと、可愛いって思うけど」
     憐憫。好奇。同情。迂闊なことはするなと鳴り続ける警鐘に視界が眩む。
     客観的に見て「可愛い」に分類されるマーヴェリックにそのことを伝えても、何らおかしいことじゃない。問題は、目の前の男が、時に予想だにしない言動をぶちかますことだ。

    「だったら、」

     やめろ。
     スライダーは先刻の自分の一言が悪手だと気づいていた。けれど、口を衝いて出たものは戻せない。眼前の男がこれから発するであろう、きっと地獄の門を開く鍵になる一言でさえ。


    「スライダーは、おれに手を出せるか?」


     滲む涙で光る不思議な色の瞳に、赤く染まった目尻が痛々しい。不安げに眉根を寄せて上目遣いにこちらを見るその姿は、普段の強気さを覆い隠して確かに庇護欲をそそる。馬鹿なことを言うな、と一蹴してしまえ。誰が、お前に――。

     右手をマーヴェリックの頬に添える。親指でなぞるように目元から頬を伝い唇まで触れた。揺れる瞳にスライダーを映したマーヴェリックは、溜まる涙を増やしながらその行為に耐えている。
     元より男も女もイケるクチだ。手を出せるか、と問われれば答えはイエスだった。だからと言って、わざわざ男に手を出すほど女に困っているわけでもなければ、何よりも今は自分を虜にしている男が他にいる。敢えてマーヴェリックに手を出す理由はない。出すつもりなど、毛頭ない。の、だけれど。
    「す、らい、」
     コールサインを呼ぼうとした下唇を親指でふにと押さえる。熱く甘やかな呼気が指先を掠めた。キスのひとつくらいすればマーヴェリックも納得するんじゃないか。これは憐憫を掻き立てるマーヴェリックへの同情で、この男と相棒の関係に対する好奇心でもあった。
     下顎に指を添え、そっと唇を開かせる。頬を掴むようにして上向かせれば、丁度キスしやすい角度になった。

    「マーヴ!」

     バンッと地獄の門が開く乱暴な音に室内が振動する。血相を変えたグースが肩で息をしながら大股で近づいてくるのを待たずに、スライダーはマーヴェリックからさっと身を離した。潔白を証明するように両手を上げる。

    ――どうして厄介事に首を突っ込んだんだ。
     スライダーの脳内に、先刻と同じ問いが繰り返された。


    ―――


     閉ざされた地獄の門の向こうで、処刑を待つ心地のマーヴェリックは平気だろうか。ぽつねんと室内に残された姿が窓越しに見える。
     普段柔和な男が怒ると怖い。というのは正解だった。弁明を許され誤解を解いて尚、目の前のグースの視線は鋭い。

    「おい、スライダー。聞いてるのか」
    「聞いてる聞いてる。だから、さっき説明したとおりだって。別に本気で手を出すつもりはなかった。だいたい、お前が誤解させるようなこと言ってたのがそもそもの原因だろ」
    「それは……」
     誤解させたのは不可抗力だろ、というグースの言葉ははっきりとしない。思いがけずマーヴェリックを傷つけてしまったことが、グースの心に重く圧し掛かっている。
    「俺もさすがに狼ちゃんが憐れだったわけよ。お前はずーっと手放すでも手に入れるでもない中途半端な位置であいつを縛り付けておいて、何ひとつ肝心なものは与えてやらない。そこで他の奴を口説いてんの聞いたら、そりゃ自信もなくなるだろ。俺も鬼じゃないからな。困ってる奴がいたら手助けくらいしてやりたくなるんだよ」
     スライダーはニヤリと嫌な笑いを作り、それに、と続けた。
    「キスのひとつやふたつなら、手を出すには入らないだろ?」
    「スライダー、お前…っ」
    「お前が来なくても手を出すつもりはなかったってのは本当だ。だけど、まぁ、」

    ――もう少し遅かったら、唇くらいは味わえたかもな。

     ガシャンッと幾重にも重なる嫌な音が鳴り響く。胸座を掴まれ壁に押し付けられた拍子に近くの窓ガラスや建付けの悪いドアが上げた悲鳴だった。幸いにも壊れたものは何もなさそうで内心安堵する。くだらないことで処分を受けるわけにはいかない。
    「グース。冷静になれよ。こんな所に来てまで暴力沙汰はやめようぜ。あいつと飛べなくなってもいいのか?」
     こめかみに浮かぶ青筋、鋭い眼光、荒い呼吸。獰猛な威嚇だった。マザー・グースが見せる、執着による一面。珍しいものを見せてもらった、とスライダーはほくそ笑む。敵に回すつもりはないが、グースが抱える弱点を衝いたことでフェアな土俵には立っている。ニタニタと笑ってやると放るように手を離された。
    「……もういい、行けよ。あとは、マーヴと話す」
    「そりゃどーも」
     乱れた服装を雑に整えながら、チラと室内に視線をやる。先の衝撃音に驚いたのか、動揺を隠しきれていないマーヴェリックの瞳が呆然とこちらを眺めている。狩られる直前の憐れな狼だった。
    「優しくしてやれよ」
     ダメ押しに捨て台詞を残す。けれどもそれは、グースが大切にしている可哀想なパイロットへの親切心もあったのかもしれない。或いは、ライバルたるRIOへの宣戦布告か。
    「あ?」
    「マーヴェリック、多分お前に怯えてるぞ」
     あんなにもやわやわと愛してやっていたのにな。


    ―――


     窓越しに見えるグースとスライダーを、そして室内と廊下を隔てる地獄の門を交互に見遣る。マーヴェリックの心境はまるで今か今かと処刑の時を待ち侘びる罪人のようだった。地獄の門が閉ざされ続けることを願う。愚かな願望など聞き入れられるはずもないのに。
     ギイ、と静かに軋んで門が開いた。


     室内に響く靴音が耳鳴りのように脳を揺さぶる。明らかに普段と違う雰囲気を纏ったグースが近づいてきて、マーヴェリックは顔を上げることもできず床を見つめて呆然と立ち尽くした。
    「マーヴ」
     いつもより低く耳に届く声は、本当に低いのかそれとも恐怖が錯覚させているのかわからない。返事をしようにも、声を出せば涙が溢れてしまいそうで唇を固く結んだ。じり、と無意識に半歩退こうとして左腕を掴まれた。
    「俺から逃げるつもりか?」
     ハッとして踏みとどまる。どうにか首を横に振って否定の意だけ伝えようとする。
    「俺が、怖い?」
     マーヴェリックは繰り返し首を振った。怖い。けれど、恐ろしさの正体はグースに対してではない。
     この後グースからもたらされるであろう“拒絶”と“終焉”が恐ろしいのだ。

     その事実に気づいた途端、倍増した恐怖がマーヴェリックの全身を駆けて襲った。
     こわい、こわい、こわい。
     グースに嫌われたくない。堰を切ったようにボロボロと浮かんでくる涙を、拘束されていない右手で乱暴に拭う。嗚咽を堪えようとするのに涙が止まらなくて、体が引き攣るように震えて乱れた呼吸ばかりが室内にこだました。頭上から降るグースの大きな溜息に絶望して、一層涙腺の制御ができない。どうにかして最悪の事態は避けたかった。グースとの関係が、終わってしまう。
    「グース、おこって、る?」
    「怒ってないように見えるのか?」
     硬い声色を受けた体が反射的にビクッと震える。グースが怒っているのは明白で、その矛先が自分とスライダーに向けられていることはマーヴェリックも理解していた。それでも、どうして怒っているのかという明確な理由がわからない。競い合っている相手チームのRIOと二人で会っていたことが、グースの怒りを買ったのかもしれない。マーヴェリックは以前グースから聞かされたことを思い出していた。敵の情報収集もRIOの大事な務め。だとしたら、競争相手のRIOが自分と組んでいるパイロットに接近することを快くは思わないはずだ。
     スライダーはマーヴェリックを慰めようとしていただけだが、事情を知らないグースには、そんなこと関係のない話だ。
    「……ごめん…」
     項垂れたまま謝罪の言葉を口にする。どうにかして許してもらいたかった。軽率な行動をとったことは今更どうしようもない。それでも、何も心配するような――敵対するRIOからの情報収集だとか、そんなことはなかったのだと伝えておきたかった。
    「マーヴ。それは、何の謝罪だ?」
    「え、と、おれが……スライダーと会ってたから……? で、でも、スライダーは悪くないんだ。おれを慰めようとしてくれてただけで」
    「なんであいつの肩を持つんだ?」
    「え?」
     一歩距離を詰められる。影が濃くなった足元から目が離せない。
    「慰める? どうやって? あいつに何をさせようとしてた?」
     頭上から矢継ぎ早に問われて回らない頭が一層混乱する。
     先刻大きな音と共にスライダーが壁に叩き付けられているのを窓越しに見た。暴力に訴えるグースなど珍しくて、それは彼の怒りがどれほど大きいかの証左でもあった。

     スライダーが何をどこまで話したのかはわからない。もしかしたらグースは、マーヴェリックが大切な友人を汚そうとしたことに腹を立てているのかもしれなかった。
    「ごめん、なさい……」
     悪いのは自分なのに、どうしても目の前のグースを直視できずにぼやける視界で足元に落ちる影を睨み続けた。もう全部、グースからの特別をすっかり失ってしまうのだと思うと、このまま意識さえも遠ざかってほしかった。きつく目をつぶって望んでも、その時は一向に訪れない。

     代わりに訪れたのは、強く抱きしめられる感触だった。呼吸をすれば押し付けられた胸元から汗と煙草の匂いに混じって大好きなグースの匂いがする。頭を撫でてくれるのはよく知っている大きくて優しいグースの手のひらだった。その事実が嬉しくて、でもきっとこの慰めのハグが終わったらもう抱き締めてもらえないかもしれなくて、悲しいのか寂しいのか一層涙が溢れそうだった。堪えようとした喉から、引き攣った嗚咽が情けなく漏れる。


     マーヴェリックがぐしゃぐしゃになって一頻り泣き続けている間もグースは何も言わずに頭や背中を撫でてくれていた。いっそ怒鳴ったり詰ったりしてくれればグースとの別れも諦めがつくかもしれないのに、相変わらずのあたたかい手のひらに離れがたいと感じてしまう。グースの手のぬくもりにあやされながら、呼吸がゆるやかなものに落ち着いていく。緩められた腕の拘束が寂しい。ずっと抱き締めていてほしかった。

     泣きじゃくった後の情けない顔を見せるのは避けたかった。それでもグースの手のひらに促されれば抗えるはずもなくて、マーヴェリックは涙で濡れた顔を上向かせた。乾ききらない目元を優しく拭われて、子供にするような慰めのキスが目尻に触れる。
    「こんな可愛い顔、スライダーにも見せたのか?」
    「かわいく、ない」
     グースから与えられる「かわいい」の言葉が、未だに特別でありたいマーヴェリックの心を刺激する。揶揄いの言葉にすぎないだろうそれは、ひどく残酷な言葉の刃だった。ゆるくなった涙腺が、被害者ぶって新しく涙を溢そうとする。
    「……かわいい、って、言うな」
    「なんでだよ。カッコイイ、の方が良かったか? でも、」
     クス、と優しい吐息で笑われる。
    「お前、やっぱりかわいいから」
     悲しいのに嬉しくて、それでもやはりつらかった。グースからの「かわいい」を独り占めしたい。どうして。どうして、グースは。
    「グースは、アイスマンのことも、かわいいって、言うだろ」
     嫉妬だった。情けなくて、馬鹿みたいで、汚らしい感情。グースからもらえるものは何もかも嬉しいはずなのに、特別じゃないなら、いらない、なんて。
     ぐるぐると渦巻く感情に翻弄される。どうしたらいいのかわからなくて、いつもの癖でつい脳内にひとつのフレーズが浮かぶ。声に出していないはずの言葉に応えるように、マーヴェリックの髪の毛をグースの大きな手が柔らかく乱した。
    「そう、それ。それがな、お前絶対勘違いしてるんだよ」
    「でも、グースの声、だった」
     思い出したくない言葉が鮮明によみがえる。もう、考えたく、ない、のに。
    「んーーー、いつ? 何て?」
    「……さっき、資料室で……、アイス、かわいい、って、」
    「他には?」
    「…………それ、は、」
    「よく聞こえてなかったんじゃねーの?」
    「……ぅ…、でも、」
     グースの言うとおりだった。確かに会話の詳細を繰り返せるほどには聞こえてない。だけどマーヴェリックの脳裏には明確な記憶となって植え付けられていた。二つの言葉を紡いだ、グースの声が。
     うーん、と視線を彷徨わせながら唸ったグースが、八の字に眉を下げてマーヴェリックの瞳に視線を絡めた。
    「あのなぁ、多分……“アイスにも可愛いところがあるんだな”って、まぁ、それは言ったんだけど」
    「言ってる……」
    「だぁから! んー、なんつーか、まぁスライダーの話になった時に、アイスがあんまり素直に褒めてるから言ったんだけどな。でもそれって、俺がマーヴに言う“かわいい”とは意味が違うだろ」
    「違う?」
     諭すように懸命に伝えようとしてくれているグースの続きを待つ。見つめている柔らかなブラウンが優しい。
    「そりゃ、まぁ……お前に言うのは、特別、だから」
    「とくべつ……」
     不安が少しずつ色を変える。マーヴェリックの胸の内に安らぎを与えてくれるのは、いつだってグースだった。グースの言葉が、世界を彩る。
    「そ、特別。それで泣いてたんだろ? 俺がアイスのこと、」
    「言うな。……言わないで、」
     おれだけに、言って。
     グースからもらえた「とくべつ」を、今だけでも独り占めしたい。
    「はいはい、わかったよ。俺のかわいいマーヴ」
     ちゅ、ともう一度目尻に唇を落とされ、柔らかく頬を撫でる手のひらに顔を預けた。グースの親指が頬をなだらかになぞりながら唇に辿り着く。やわやわと円を描くように表面を擽っていた指先が粘膜を探すように触れて湿るのがわかった。
    「……お前も、こんなかわいい顔、他のやつに見せるなよ」
     言葉を返したいけれど、グースの指に阻まれてそれは叶わない。どういう意味なのか逡巡する。
    「お前が泣き顔見せるのは、俺の前だけでいい。こんな顔で、他の男を……、」
     グースが言い淀む言葉の続きはマーヴェリックには見つけられなかった。叶うはずのない想いを夢想するほどロマンチストではない。それならばと現実に向き合って、マーヴェリックは一つの答えを導き出した。


    ――スライダーに、というか、他のチームのRIOに泣き顔を晒すというのは弱点を晒しているのと同義だったのかもしれない。グースは、そう考えているのかも。


     正解と思しき考えに至り、思わず「グース!」と大袈裟に名を呼んだ。
    「弱み、握られたりとかは、ないぞ?」
     そのことは伝えておかなければ。グースが心配していることがあるのなら払拭しておきたい。いつも彼がそうしてくれているように。
    「……は?」
    「RIOは情報収集も仕事なんだろ? だから、でも、おれ、別にスライダーには何も……」
    「あー……? あぁ、そうか。うん、えらいえらい」
     クシャリと笑ったグースにぽんぽんと頭を撫でられて胸の内があたたかくなる。グースにも安心をあげたかったのに、結局安心をもらっているのはおれの方だった。

     嬉しくて、幸せで、自然と顔が綻んでしまう。
     この手のひらのぬくもりも、おれの特別だったらいいのに。


    ―――


    *以下おまけ。派生元のグスとスラさんの会話(ついログ)*

    「俺が本気でマーヴェリックに手を出すと思うか?」
    「まさか。俺を敵に回す愚策は取らないだろ」
    「わかってんならそんなに睨むなよ」
    「でも、そうやってあいつに触れたのが気に入らない」
    「あのなぁ。言っとくけど、俺に手を出させようとしたのはマーヴェリックだぞ」
    「は? んなわけ…」
    「……グースはアイスマンみたいなやつが好きなんだー、って泣きついてきたんだよ」
    「泣きつい……!?」
    「泣かせたのはお前だからな。俺はカワイソーなマーヴェリックを慰めてやろうとしただけだって。……おっと、変な意味に取るなよ? グースはマーヴェリックみたいな可愛いのが好きだと思うぞ、ってちゃんと言ってやったからな?」
    「で、なんであんなことに…」
    「マーヴェリックが……、グースがアイスマンのことかわいいって言ってた、おれみたいなのじゃ駄目なんだ、とか言ってたんだよ。いや、実際どうかは知らねーけど、わざわざ嘘吐く必要もないだろ? ……なぁ、お前アイスに手出すつもりだった?」
    「んなわけあるか! 想像でキレんな! だいたい俺がそんなこと…………。あ、あーーーー、もしかして、」
    「あ?」
    「違う違う! アイスも可愛いとこあるんだな、って言っただけだ! それこそ変な意味はねーよ! お前こそ慰めるだけっつって結局手出そうとしてたのはなんなんだよ」
    「んー? お前に手を出してもらえない不憫な狼ちゃんがカワイソーだったから、俺はマーヴェリックのこと可愛いって思うけど、って……」
    「で?」
    「マーヴェリックが、じゃあおれに手を出せるか、とかなんとか……」
    「ほーーーぉ、」
    「そこで、お前に邪魔された」
    「おい」
    「だーかーら、手を出す気はなかったって! お前が変なタイミングで来たから誤解してるだけで、俺は今アイス以外の男にはキョーミねーの!」
    「んなこた知ってる。……でも、ほら、マーヴ可愛いから」
    「………はいはい、わかったからお前らの痴話喧嘩に巻き込むなよ……」

    とかいうついーとから派生したお話でした。
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