明日の朝もそばにいて 明日は休みだからと二人で繰り出したバーでいつもよりハイペースに呷ったアルコールは、マーヴェリックの小柄な体を確実に苛んで巡っていた。繰り返されるアルコールの巡回にすっかり警戒心が薄れてふわふわになったマーヴェリックが「ぐーす、つぎなにのむ?」と不明瞭な声色を紡ぐものだから、ついにグースは「マーヴ、俺もう限界。帰ろうぜ」と小さな掌で遊ばれていた空のショットグラスを奪って水の入ったグラスを押し付けた。
「おれ、まだへーきなのに」と口を尖らす姿も可愛いけれど、「俺が限界なの。お前んちでゆっくりしたい」と言えば納得した様子でにんまりと笑みを返された。
足取りが覚束なくなるほど酩酊したマーヴェリックを抱き寄せながら酔い覚ましついでに歩いて官舎を目指す。いつもの子供体温よりもさらにぽかぽかとしたぬくもり。頬を撫でる冷たい空気とは裏腹に、マーヴェリックに触れているところだけが妙に熱い。
時折何かを見つけたマーヴェリックがふらつきながら「ぐーす、あれ、なんだろ」と離れていこうとする。そんな幼さについて行ってやったり、腕を引いて「ただのビニール袋だ、ばか」と歩みを阻んだりした。
―――
「……ぐーす、ねむい」
「ほら、もう着いたから。部屋まで頑張れ」
「んぅ……」
ぎゅう、と腰のあたりに腕を回して幼子に駄々をこねられる。胸に押し付けられていた額からゆっくりと力が抜け、呼吸が穏やかになっていく。
「こら、寝るな」
声をかければイヤイヤをするようにぐりぐりと小さな頭が再び胸元をくすぐった。子供みたいな仕草に絆される。「どうした?」と声をかけてぽんぽんと頭を撫でた。
「ぐーす、帰る?」
おれ、眠くて、と続いた言葉がぼんやりと夜に溶けていく。
そういえば、とバーを後にした理由を思い返せば、マーヴェリックの家でゆっくり過ごしたい、と適当な提案をしたのだった。単にあれ以上飲ませるわけにもいかず、帰宅を促すために紡いだ言葉に過ぎなかったそれを、マーヴェリックは酔いの回った頭で覚えていたのだろう。
マーヴェリックの発した「帰る?」の問いが、正確には「帰ってくれ」なのか、或いは「帰るな」と言いたいのか。悩むまでもなく後者だろうな、とグースは当たりをつけて答えた。
「お前が寝るなら、まぁ、帰ってもいいけど」
帰るな、と言えばいいのに。一緒にいてほしい、って。
「……まだ、ねむく、ない」
「どっちだよ」
クスリと笑って跳ねている髪の毛を撫でつける。
「おれんちで、ゆっくりする、だろ?」
「……そうだな」
睡魔に抵抗しながらここまで言われては、これ以上無下にするなど難しかった。そもそも飲みすぎたマーヴェリックを一人にすることすら心許ない。たとえマーヴェリックが「帰れ」と言ったとしても、適当に理由をつけて転がり込むつもりだった。小さな体が許してくれればベッドを借りて、それが無理ならソファを陣取るなりするつもりだ。
「よかった」
何を以てして「よかった」なのかはわからない。警戒心が解かれたマーヴェリックが、俺と共にいることの喜びを、頑なな心から少しばかり綻ばせているのかもしれない。
―――
ソファに座るなり横になったマーヴェリックをその場に残し、勝手知ったるキッチンで取り出した二つのグラスにボトル水を注ぐ。手にしたグラスを一口傾けてローテーブルに置いて、マーヴェリックの前にももう一つ寄越し、「水。飲んどけよ」と声をかけた。飲み直すつもりはなかったし、ある程度酔いを覚ましておきたかった。
体を起こしたマーヴェリックの丸い頭が、うつらうつらと舟を漕いでいる。ゆらゆらと不安定に揺れる体が時折大きく傾くのが危なっかしくて肩を抱き寄せた。体重を預けたマーヴェリックが不思議そうに唸っているけれど、肩に回した手でそのまま頬を撫でてやれば「ぐーす」と小さな囁きが薄く開いた唇のわずかな隙間からこぼれ落ちる。
「眠いんだろ? 寝るならベッドで寝ろよ」
「でも、ぐーす、かえる、だろ?」
帰ってほしくないなら、素直にそう言って甘えればいいのに。普段から甘えておきながら、どうして肝心なところで甘えないのか。こんな我儘なんて、何も深い意味がなくたってするものだろ。それでも言葉にできないマーヴェリックがいじらしくて、伝えられない我儘を叶えさせたくなる。
そろそろ、助け舟を出してやらないと。
「そうだな……でも、もう遅いし、結構飲んだし……、帰るの面倒だな」
「……泊っても、いいけど、」
「お、本当か? 助かる。……じゃあ、ベッドも借りていい?」
「ん」
承諾の吐息が安堵とともにふわりと漂い、マーヴェリックの体からくったりと力が抜ける。
このまま狭いソファに二人で眠るのはさすがに難しくて、グースはひとまずマーヴェリックをベッドに連れて行くというミッションに取り掛かることにした。