スペクトラの面影———
デルタンダルを追って宇宙にきていたアースガロンとブレーザー。
追跡中、突如出現したワームホールにブレーザーが巻き込まれゲントが目覚めると、見知らぬオフィスのような部屋におり、驚いた表情でこちらを見る4人の人間がいた。
まばゆい光と共に現れた謎の人間に、メフィラスと同様の外星人と考えた田村が拳銃を構える。慌てて敵意がないことや、自身がブレーザーであることを伏せながら怪獣の追跡中に事故があったことを伝えるゲント。その中で出てきた「ワームホール」という言葉に滝が反応する。
「人間が通れるワームホール…?もし実在するのなら、…ウルトラマンを探すことも出来るかもしれない」
滝の一言により、お互いが住む星でも怪獣/禍威獣という巨大生物が出現し、“ウルトラマン”と呼ばれる巨人が存在していることを知る禍特対とゲント。
並行宇宙にある別の地球の人間だと判断した禍特対は、ゲントに自分たちが「禍威獣特別対策室専従班」という組織であることや、自分たちが生きる日本では禍威獣第6号パゴスまでは人類が駆除したこと、禍威獣第7号と第8号をウルトラマンが倒し、第9号以降は再び人類が破壊していることを説明する。
「第9号以降、ウルトラマンは?」ゲントの疑問に顔を曇らせる禍特対。
意を決したように、船縁が口を開く。
「この地球は1年前、ウルトラマンの同胞によって、廃棄処分という決定を下されたことがあります」
人類との融合は、ウルトラマンの故郷にとって禁忌であった。
人類が生物兵器として転用可能であることを知った知的生命体によって、宇宙の秩序が乱れることを危惧した裁定者ゾーフィによって、地球ごと燃やし尽くされる危機に立たされたのだ。
その決定に抗うため、ウルトラマンから得た知恵と自分たちが解き明かした計算式を元に、ウルトラマンは天体制圧用最終兵器に単身で立ち向かい、生じた衝撃波によって並行宇宙に吸い込まれていったのだった。
ウルトラマンと邂逅した、同じ名前を持つ星が辿った壮絶な道のりに思わず瞑目しながら、絞り出すようにゲントは言った。
「元ウルトラマンの男に…会うことは出来ないでしょうか?」
この地球でウルトラマンと融合した唯一の人間は、研究所で検査・保護という名の半ば監禁状態にあった。
浅見と田村の根回しによって、研究所から離れたビルの屋上で神永新二と接触する事に成功したゲントは、彼にのみ自身の秘密を打ち明けることを決めていた。
「初めまして、俺は比留間弦人といいます。この会話は記録に残らない、調査でも尋問でもありません。…似た者同士の雑談だと思って、聞いてくれませんか」
浅見によって事前に比留間弦人が別の地球からやってきた人間であることを知っていた神永は話を静かに聞いていたものの、彼がウルトラマンブレーザーと融合し、変身が可能であることを聞いた途端、その表情は切迫したものに変わった。
「貴方とウルトラマンは、共生関係に…」
「色々ありましたが、今は欠くことが出来ない共に闘う大事な相棒です。あなたにとって、ウルトラマンはどんな存在ですか?」
自分にウルトラマンだった時の記憶はないと話す神永。しかし目が覚めると、自身に無いはずの知識が己の脳内に詰め込まれたことが分かったと語り始めた。
「世界中の言語、歴史文化、政治経済…今までに人類が培った学問のあらゆる専門知識を理解していました」
浅見に当時のウルトラマンの動向を聞くと、彼は自分のデスクに大量の本を持ち込んでいたと言う。その後の調査によって、彼は書庫へ赴き、長時間にわたって本を読み続けていたことも分かった。
「検査の際、私の膨大な知識量を知った研究者の目が忘れられない。丁重でありながら目の前の人間を人として扱わない、飼い殺しのような日々です。それなのに、この星で見られる景色ひとつひとつが美しく、愛おしいと思っている自分がいる」
「彼は楽しかったんですかね。厄介な置き土産を託して消えていった、身勝手な半身です」
自分の置かれた境遇に対する嘆きの中に、そんな状況すら俯瞰で眺めているような諦観。
どこか人間離れした異質な雰囲気を感じ戸惑う中、禍威獣の出現を知らせるサイレンが街中に鳴り響く。
遠くの方で、禍威獣が闊歩している姿が見える。禍威獣の周辺は既に土煙が上がっていた。
蒼い光を纏いながら左腕にブレーザーブレスが出現したのを見て、駆け出そうとしたゲントの右腕を掴み、神永は首を横に振った。
「直に自衛隊と禍特対が現着します。…この世界は、ウルトラマンの亡霊に追い縋っている。帰り方が分からない今、ここで変身したら貴方の身が危険だ。あんな目に合う人間は、もう増えなくていい」
自分を掴む手が僅かに震えている。ゲントはその震えを受け止めながら、神永の手をそっと下ろした。
「気にかけてくれて、ありがとうございます。それでもやっぱり俺は、見過ごせない。少しでも多くの命をこの手で救えるなら、救いたいんです」
一礼し、踵を返しながらブレーザーストーンを取り出す。
やがて丹碧の光と共に現れた巨人を見上げ、神永はひとり胸中で呟いた。
“あぁ、あれがウルトラマンなのか”
禍威獣との戦闘も無事に勝利を収め、ゆっくりと禍威獣とは逆の方へ振り返るブレーザー。しばらく一点を見つめた後、両手を高く掲げ、身をかがみながら頭を垂れる。その先には、神永の姿があった。
再び地上に戻ったゲントに神永は言う。
「当時の人たちの気持ちが分かった気がします。…あの姿を見たら、無理もない。誰だってヒーローだと信じて止まないでしょう」
自分が眠っている間、ウルトラマンが見ていたものは僅かに知っている。
自分が最も知らなかったのは、あの時人類が何を見たのかだった。
「ようやく、この世界で生きる人たちと同じ場所に立てる…そんな気がします」
それは良かった、ゲントが呟いた瞬間、後ろから風が吹き、背後にキラキラと輝く光の渦が現れた。
光の先から、「ブレーザー!」と必死で声を上げる仲間の声が聞こえてくる。ヤスノブとエミ、そしてアーくんだ。
どうやってこのワームホールを作り上げたのか、理由は釈然としないが、どうやら帰れるらしい。
「並行宇宙の人間がいつまでもいたら、あの星も都合が悪い…そんなところか」
神永は何か勘づいたような口ぶりだったが、深く聞くのは辞めておくことにした。
ブレーザーブレスが再び左手に現れ、ゲントは神永の方を向く。
「この後の騒ぎのことを考えるとちょっと気が引けるけど…行かないとダメそうですね」
「こちらのことは気にしないでいい。...相棒と仲間と、自分のことも大切に。貴方に会えて良かった」
「俺もだ。ありがとう」
本来起こるはずのない巡り合わせに感謝の気持ちを込めて、互いの手を強く握る。手を離す寸前、ゲントが何かを思い出したような調子で「そういえば、」と切り出した。
「…最後に一つだけ。ウルトラマンが本を読んでいたこと、楽しかったのかって言ってたけど」
「?」
「多分、知りたかったんだと思います。あなたのことを」
少し驚いた表情をした後に見せた、どこかすっきりとした微笑みに安堵して、光の渦に足を踏み込む。徐々に近づいてくる仲間の声を聞きながら、ゲントは目を閉じた。
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記憶自体は失ったものの、リピアーが融合時に学んだことは受け継いでいて、それ故にどこか神様じみた視点を得てしまった神永さん。
自分とウルトラマンに対する世界の盲信的な姿への恐怖と、心のどこかに刻まれた人類への愛情の狭間で苦しむ中、人間として生きているゲント隊長とウルトラマンブレーザーを見ることで、もう一度人間に還っていく。という話でした。
禍特対はこんな見ず知らずの人間に実情を話すことは無いだろうなぁとか、神永さんの口調分からんなぁとか、ツッコミどころは多々あるけどご容赦ください。
その後は裁定者の「その程度の検査を続けて被験者を消耗するくらいなら、己の研鑽を積み重ねた方が実りは遥かに大きい」という助言(脅迫)を受けて、神永さんの社会復帰が始まったらいいな。とか
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おまけ
ゲント隊長が帰ったことを知った後、研究者2人の会話
「まさかもう元の地球に帰るなんて…いや、喜ばしいことなんですけどね?もう少し、ワームホールの件も聞きたかったな…ゾーフィめ…」
「外に頼らず自分たちで何とかしろってことなんでしょうねぇ」
「…あの比留間さんって…ウルトラマン、ですよね?」
「帰る方法を探すよりまず神永さんに会いたがっていた理由はそこね。浅見さん、『ウルトラマンと融合した人間って皆そういうもんなの?』ってキレてたわ」
「融合した人間同士、何を話していたんですかね。なんか、あっちの地球のウルトラマンは随分叫んでましたけど」
「うちのウルトラマンは発声器官を持っていなかったのかしら。発声にリスクがあったのか、私たちには聞き取れない音域なのか、もしくは…すごくシャイだったとか」
「…また会えた時に、聞いてみましょうか」
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