🎀「……え、なにあのリボン……」
動画が終わる。悠は学校、巳波と虎於は個別レッスン、そして午後からオフであったトウマはグループのメンバーである御堂虎於が出ている配信動画を自室で眺めていた。
……で、この感想だ。首に直なんだ。不思議と似合っているけど。不思議と、って、まあ失礼かもしれないけど。整った顔の下、その首元の存在が気になって仕方なかった。当然、きつく結ばれたわけではないようで、ちょっと激しく動いたときに解けないのか、とか思うし、余った部分はひらひら揺れるし。虎於のことだから、マイクにひっかけて解けるなんてアクシデントは練習でもなかったんだろうな、とか考えてしまって。何が言いたいかと言うと、こう……。
「あれつけてるとき、会いてえなあ〜……」
ちょっとなんか、解いてみたい。
数日後の夜。トウマの部屋でふたりで夕飯を食べて、ソファに並んで座ってまったりとした時間を過ごしていたとき。今日会ったスタッフのこと、ひとりの現場で起きたこと、そんな風に互いに言いたいことを口にしていて。マジかよ、と相槌を打とうと隣に座る顔を覗き込めば、晒された首元に目がいった。近頃寒い日が続いていたのだが、今日は比較的あたたかく。虎於はVネックのトップスを着ていて、シャツ自体も質が良さそうだし、首に巻かれたゴールドのネックレスももちろん、控えめながら煌びやかに光っていた。そのきらきらにつられて、というか、このところハイネックで首元を覆っていることが多かったから、その反動でというか、白い喉仏を見つめたまま固まってしまった。そのまま脳は、先日のシャッフルユニット衣装を思い出させる。
俺の視線が動かないことに気がついたのか、虎於はトウマ? とひとまず俺を呼んだ。あー、としか返せない俺を不審に思ったのだろう、おい、と声をかけられる。
「こないだの衣装さあ、あるじゃん」
「どうし、……は? なんだって?」
「陸たちとのユニットで着てたやつ。あるだろ」
「ああ……それがなんだ?」
不審、というより心配してくれていたらしい。どうしたと聞いてくる困惑の声に被せるようにもにょもにょと言ってみた。鎖骨から顎下、未だそこをじろじろ眺めていれば、いよいよ何か感じたのか、ぐいっと雑に肩を押される。押されるままソファの背もたれにくっついて、視線を上げて顔を見た。
「あの、首にしてたリボンさあ……いや、あれじゃなくても良いんだけど、」
解いてみたい。と言いかけて、あれ、これって、もしかして言ったらキモいやつか? と再び固まる。
「トウマ?」
「ほ、……解いてみたい」
今度は虎於が固まる番だった。はあ? と眉を寄せてこちらを見てくる。勢いに任せて、いや、直前で逡巡したせいで情けない声色にはなったけど、あとで掘り返されてはたまらない、と思い切って言ってしまった。じっと虎於を見つめ返事を待つ。
「服を脱がせるんじゃダメなのか」
「は、」
そしたら意図を汲み取らずこう返された。説明は難しいけれど、それは少し違うくて、ていうか墓穴だぞ、いつもなら。
虎於は雰囲気作りというか、いわゆるそういうムードに持っていくのが上手いし、好きだ。わざとらしく目を細めながら俺の頭のてっぺんに手を乗せて、手のひらで撫でながら降りてきたところで耳をくすぐられる。んぐ、と変な声が漏れる。
「そ……それはさ、いつもやってるじゃん」
「……へえ、不満か?」
「いや! なんでだよ。全然脱がせたいよ。うぅ〜ん、ちがくて、脱がせるのもやるんだけどぉ……」
なんだ、歯切れが悪いな。そう言われても、難しいんだよ。なんだよ下心の説明させられるって。爪で形をなぞるように耳を撫でられる。くすくす笑っているし、これはもう面白がられている。
「あ。じゃあ、えっと」
いたずらをしかける手を両手で捕まえて虎於の膝に置いてから、おもむろに立ち上がる。どこに行くんだという視線をスルーして、自室のクローゼットを漁った。
「これ!」
手に取ったのは黒い革のチョーカーだ。ベルトタイプで、比較的お気に入りのもの。
「これ……って」
「これ付けてよ。俺が解くから」
はい、と渡せば、虎於は微妙な顔をしながらも受け取ってくれる。俺を見たあとでチョーカーを見て、レザーを撫でて観察しているようだ。トラが持つと高級品っぽいな。べつに安物というわけでもないが、この男のアクセサリーと比べてしまえばかなり良心的だろう。しばらく目を落としていたが、首元にそれを持っていく。
「見すぎだ」
「いーじゃん、いーじゃん」
鼻を鳴らしつつも、挑戦的な瞳をちらりと向けてきたところを見ると、やってくれる気であるらしい。する、と革が肌を撫でる音。黒い革を首に纏わせて、前にまわした金具の部分に爪まで整った指が乗る。シルバー同士がかちゃりと触れた。やけにゆっくりこなされている、ように見える。実際もったいぶっているのか、気が付かないうちに食い入るように見ていたせいなのか。
位置を決めたのか、ようやくベルト穴に金具が刺しこまれる、
「やっぱりやめだ」
「へっ?」
というところで、虎於は端を掴んでそれを解いてしまう。留まっていないベルトは容易に首をすり落ちて、ぷらんと垂れる。
「なん、どうした?」
「やっぱりやめる」
「ぇえ」
押し返された。反射で手を出せば、はいどうぞと乗せられる。気がつけば足が痺れていた。無意識にソファの上に正座をして待機していたらしい。それくらい期待していたのに、と不満未満のこの気持ちを隠さず表情に出せば、虎於は笑って頬に手を添えてくる。
「お前に解かれるのはな」
ちゅ、とリップ音を響かせる可愛らしいキスが1回。え、なに? 顔を見れば困ったような、でも優しげなような、眉を下げた笑顔と目が合った。
「トウマ、これ付けてくれ」
「……へ、え?」
状況が分からないのだが、これ、というのは間違いなくチョーカーだろう。
「なんで? ていうか、キス」
ああキスな、と言うように親指の腹が唇を撫でてくる。虎於の言いたいことは分からないが、これは明確に煽られている。さっきからずっと。手首を捕まえてその指に舌を這わせる。これだけじゃ表情が崩れないことなんて分かっているから、ぢゅっと吸ってから爪ごと噛むように歯を立てた。すると喉を鳴らして笑われる。それが聞こえるってことは顔が近い。額同士がこつん、とくっついた。
「ほら。これ」
「なんで俺がつけるって話になってんの?」
「いま言った、解かせないって」
チョーカーの乗った手のひらを、虎於の手がとんとんと叩く。
「もう1人にはさせない……って言っただろ、トウマ。お前も俺たちのことは手放すな」
至近距離で視線が交わる。じっと見つめられる。見慣れた虎於の瞳。安心させるようで、でもどこか含みのある声色。期待と、懇願、のような。虎於の瞬きにはっとして、自分もぱちり、瞬きしてしまう。
「え…………っちの話だろ、いま……」
「冗談でも嫌だったんだよ」
「えっちって冗談なの……?」
「……」
深入りしたくない、と目を逸らされる。否定がないという事は、するつもりではいてくれたのか。
ていうか、ふうん、そっか。ほのかに赤く染まった耳が見えた。手の中のチョーカーを親指でひと撫でして、握りしめた。