気持ちの自覚「あいつのこと、本気になっちまいそうだ」
酔ったマトリフの言葉に、何を今更とアバンは思った。てっきり自覚しながら戯れあっているのかと思っていたからだ。アバンは問いを返す。
「本気になったら駄目なんですか」
「まずいだろ。あいつは敵だぞ」
「そんなこと、最初からわかっていたでしょう」
二人が惹かれあっていくのを側から見ていた。止めたってしょうがない。心が通じる相手が偶然にも敵だったのだから。
話の接ぎ穂がなくなる。しばらく沈黙が続いた。解決しない悩みは山ほどあるし、これもその一つに過ぎない。やがてマトリフが重い溜息を吐いた。
「悪い。忘れてくれ。今日は変に酔っちまった」
言いながらマトリフはアバンのグラスに酒を注いだ。その横顔を見る。酔っているとは思えない眼差しが、ここにはいない誰かを見ているようだった。
1920