Steal the SceneTake#1

一人の男が海辺を散歩している。 威厳が漂う長い金髪と軍服のコートを海風になびかせるラインハルトだ。
真っ白な砂浜はどこまでも続いていて、どこまでも続く。 突如吹く風に立ち止まった彼は、襟を立ててどこか遠くを眺めた。
季節は冬だった。 永遠に凍ることのない茫茫たる大海の塩水に雪足が舞う……



Interlude#1

「どうやら時間的背景を変えた方がいいようだな、ハイドリヒ」
背の高い金髪の美男子と、彼より一回りほど小柄な黒髪の中性的な男が向かい合ってカメラを覗き込んでいた。 黒髪の男は監督で、金髪の男は有名な俳優だった。 その姿に通行人の視線が集まったが、いつもなら休養地を埋め尽くすはずの人だかりは、本能的に彼らの周囲を遠ざけようとした。
二人は今、自宅から1万2千キロほど離れたリゾート地のビーチにいた。 監督、メルクリウスが「次の作品を構想するためにインスピレーションが必要」などと言い出してから22時間後のことだった。
監督は個人用に首から下げられるカメラを持ち、俳優は自宅前のカフェに呼ばれた格好のまま空港に行き、最速の飛行機に乗った。 残りは現地調達という名目だった。
「せっかく一年中温暖な保養地に来たんだから、それを反映して軽く着こなしてくれ」
その穏やかな気温の中、軍服を着ていても汗を一滴も流さず、ラインハルトは尋ねる。 それも来る途中の飛行機の中で聞いた話だった。
「卿の次回作の舞台は冬ではないのか？」
ラインハルトが今、冷たい風が吹いていて、そこに雪が混じっているような演技をしたのはそのためだった。
「まだ決まっていないから、可能な限り試してみたいんだ」



Take#2

一人の男が裸足で海辺を歩いている。 いつも着ていた威厳のある軍服を脱ぎ、シャツ一枚にショートパンツという軽装になったラインハルトだ。
季節は真夏だった。 ラインハルトが長い髪をいつものように乱れるままにせず、きちんと結んでいるのもそのためだ。
人影のない白い砂浜の向こうに、粗末な簡易食堂が見える。 それを見つけたラインハルトの金色の瞳が輝いた。 どういうわけか、彼は異国の屋台に向かって歩き始め、その逞しい足から出る大きな歩幅はすぐに彼を建物の前に連れて行った。
間近で見ると、建物は年月を感じさせる。 しかし、看板も店内もとても綺麗なことに彼は注目した。 最近オーナーが変わったという情報は本当だったようだ。 そして新しいオーナーとここに出入りする者たちは、特別な意図を持っているのかもしれない。 少なくとも、レストランの運営よりも非日常的なことをしているのだろう。
そう思いながら、ラインハルトは色とりどりに飾られたテーブルの一つに腰を下ろした。



Interlude#2

「ここで食事シーンを？」
「探偵が自然に周囲の雰囲気や店主の動向を探ることができるシーンだから重要なんだ」
ラインハルトはその言葉に納得した。 まだ台本は届いていないが、この劇で彼が演じる"私立探偵"はそういう人物らしい。
あらかじめ用意された場所ではなかったので、とりあえずラインハルトはカールを隣に呼び、一緒にメニュー表を見始めた。 ミアジャンセンを含む撮影全般にこだわりがある男なので、このような小道具にもこだわりがあるのかもしれない。
悩んでいたカールもやがてメニューを選び、ラインハルトに要求する。
「マカダミアナッツソースをかけたパンケーキとシェイブアイスをそれぞれここに置いて、いつもの君と同じようにちゃんとフォークとナイフを使ってパンケーキを食べてくれ」
そう言いながら、食べ物を置く場所まで指で指定してくれたが、おそらく実際に料理が出たら、ラインハルトが皿を並べた後も、本人が何度か手を加えることだろう。
「一人で食べる料理というには不自然ではないか？」
ラインハルトの感想に、メルクリウスは良い考えが浮かんだかのように、大げさな新派調のリアクションを見せた。
「おまえはやはり優秀だ。 ここで依頼人と接点を持つのもいいだろう、私が相手役をやるから試してみよう」
メルクリウスは監督であり脚本家であり俳優でもあったため、普段からラインハルトとコンビを組むことが多かった。 実際の作品でも相手役で出演したり、ひどいときは、ヒロインとラインハルト以外の配役が誰も決まっていないということで、"決断のインスピレーションを得るため"に二人だけで映画のシナリオを一本まるごと演じたこともあったという。
だからこそ、その瞬間、ラインハルトが解決すべき疑問は一つだけだった。 「カメラはどうするつもりだ？」
「ここに置いておけばいい。 とりあえず私が、いや依頼主が画角の外から入ってくるところまで撮ろう」



Take#3

注文した料理がテーブルに運ばれてきた。 白いソースをかけたパンケーキとシロップで真っ青に染まったシェイブアイス、身近でありながらどこかエキゾチックな食べ物を前に、探偵は食器を手に取った。
パンケーキを切り分けて口に入れる間、彼の視線は建物の入り口に集中していた。 彼が入ってから初めての客だった。 黒髪を長く伸ばした男が……



Interlude#3

そしてメルクリウスが近づき、カメラを切った。 十三人目だった。
ラインハルトは実際に一口食べたが十三枚くらい食べた気分になるパンケーキと、溶けてブルーハワイになったシェイブアイスを見つめながら、友人に話しかけた。
「そんなにインスピレーションが湧かないなら、最初からやり直したらどうだ？ 失敗した脚本を可能な限り書き直そうとするのは卿の悪い癖だ」
「......ああ、主演俳優の心からのアドバイスを聞かないのも悪い」
そして監督は素直に席に座った。 俳優はその様子を興味深く見守っていた。 彼が「カルクラフト」と呼ぶ男、メルクリウスは、当初の意図した方向へ導くためだけに、自分の失敗を認めた。 少なくともラインハルトの前では。
この男は決して嘘をつかないが、ラインハルトは何度も彼の手のひらの上で遊ばれた。 友人のために追加注文した食事を共にしながらの会話の途中で、ラインハルトは改めてその事実を思い出した。
「次のシーンは予約しておいたホテルにしようか」
「予約？ そんなのいつの間に用意したんだ、カール」
即興の旅だというのに。 俳優の嘲笑混じりの感嘆にも、監督は笑顔を崩さなかった。
「即興で電話したら、2人部屋しか残ってなかったんだ。 大丈夫だろう、ハイドリヒ」
まあこの男が彼を失望させないことだけが約束だったのだから、誘導された彼の前にあることが面白ければ、他はどうでもいいのだろう。 ラインハルトは、その緩く、かつ満たされ難い基準を今まで満たしてきた友人を見つめながら、そう思うのだった。



End Credit#

その後、2日間にわたって数十テイクを撮った後、二人は飛行機に並んで座って帰国した。 撮影中にNGサインを受けた映像のうち、どのデータも削除されることなくカメラに記録されている。 メルクリウスがただ一緒に夏休みに行こうと言っただけなら、ラインハルトは承諾したであろうことは誰もが知っていたが、あえて堂々とせず迂闊な方法をとるのは、ある種の気質の問題であった。 例えば、拒絶されることへの恐れ、そしてそこに起因する大義名分への執着。 そういうのは直すのが難しい。 二人の関係においてすでに何十年も続いてきたやり方ならなおさらだ。
いずれにせよ、すでに監督はカメラを大切に抱きしめていたのだから、それを手に入れたやり方は些細なことになった。 カメラに収められた数十のシーンに共通していることが一つあるとすれば、画面のどこかで監督の友人、彼の神スティラーが視線を引き寄せていることだった。 ラインハルトはいつも監督の期待の2倍くらいは自分の役割を見事にこなしている。
これらのシーンの中には、あまりにも日常的なものもあれば、あまりにもプライベートなものもあり、とても構想中の作品には使えなくなってしまった。 監督は妙に楽しそうにそう言いながら、映画のストーリーボードから切り取ったシーンをひとつひとつめくっていく。
隣に座っていた俳優は、監督を見て、やはり少しも理解できないことをしている、と笑い声混じりの声で言い、目を閉じた。 空に浮かんでいる間、目をつけるだけのようだ。 いつものように首まで締めたボタンは眠りにつくには窮屈かもしれないが、おそらく俳優が外でボタンを外して首筋を見せることは、少なくとも明日まではないだろう。
そうして監督は、唯一の目撃者であり共犯者から幇助を得た。 監督兼脚本家が自分の作品を前面に押し出して盗撮したシーンが世に出ることは、これからも未来永劫ない。