模造蓮の家庭環境は端的に言ってめちゃくちゃだった。 物質的豊かさでも補償できない最悪の保護者というのは、確かに蓮と同じ家に住んでいた人たちのことだろう。
まずはメルクリウス。 名前から見た目までこの国の生まれには見えなかったし、それに関するいかなる説明も聞かなかったが、山積した他の問題に比べればその程度は何でもなかった。 すべてを俯瞰するような視線と青磁を翻弄するためにわざとぐるぐる回す話法、そしてそこに売られた精神が戻ってきてからよく考えてみると、それ以外には何もはっきり覚えていない幻影のような男。 それが蓮の記憶の中の彼の姿だった。
最も大きな問題は幼い蓮にメルクリウスが教えたたった一つの事実が「彼は蓮の父親だ」という点だった。 それを聞いてからしばらく蓮は鏡の前に立つ度にそこに映る明白な証拠と本能的な拒否の間で合意点を見出さなければならなかった。 偶然の瞬間、その場面を目撃したメルクリウスはいつものように口元をひねったような笑みを浮かべるだけだった。
その他に誰と結婚して蓮を得たのかをはじめ、家族に関する諸般事項はメルクリウスの口から出たことがなかった。 そんな男から親の愛を期待するのもおかしなことだ。 蓮は彼の顔を週に一度も見ることができないという事実に疑問さえ持たない幼少期を過ごした。 むしろ2日に1度来る家政婦の方が蓮に関心があっただろう。
そしてラインハルト。 蓮は彼が一体自分に何かも正確には知らなかった。 幼い蓮と初めて会った時からすでに大人のようだった彼を名前で呼び続けてきた理由の半分ぐらいは、ラインハルトを一体何と呼べばいいのか分からなかったからだ。 人前で話さなければならない時は、彼を年の離れた兄弟だと紹介したが、話す自らも全くその言葉に信憑性がないと思った。 父親からそっくり受け継いだ蓮の黒髪とラインハルトの金髪の間にはどんな関係もなさそうに見えたが、彼らが兄弟だという説明がとにかくラインハルト本人の口から出た言葉に基づいているという事実が蓮を最も混乱させた。
問題の発言があった日、言い換えれば蓮がラインハルトの存在を初めて知ったのは小学校に入る前の一時だった。 メルクリウスが突然姿を消してから数日後、彼は交代するように蓮の家に現れた。 開けておいた窓から初夏の涼しい風と暑い日差しが差し込む週末午後だった。 人の気配を感じて玄関に出ようとした蓮は、金髪を長く伸ばした初対面の男がまるで自分の家であるかのようにドアを開けて入ってきては靴を整理する場面に出会うことになった。 怪物でも見た心情だった。
もちろん、そのように感じる理由はいくつも挙げることができた。 身長が190cmを超える人を見たのはその時が初めてで、携帯電話越しの誰かと会話をしていた彼の声は蓮の耳に息を殺した獣のうなり声と区別がつかなかった。 彼がドイツ語で話していたことを知ったのはずいぶん後のことだった。
しかし、いざ蓮を支配したのは恐怖や違和感ではなく、自己破壊欲求だった。 肩口から曲がる金髪で、すっきり伸びた手足、しなやかな指のようなものが子供に持ってくるのが今すぐ死にたいという衝動だったのか？ 蓮自らも正確に正体を把握できなかったその欲求がますます濃くなり、ますますこの状態が正常ではないことも明らかになった。 正体不明の欲求に包まれた割には不思議なほど冷たく冷めた頭でその衝動の出所を探すのは難しくなかった。 頭の中とは対照的に、血筋の中で沸騰した血が騒ぐことを知らないわけにはいかなかった。
そして侵入者と蓮の目が合った。 金髪の怪物は通話していた相手に一方的に別れを告げた後、電話を切った。 端末機の向こうから不満な声が溢れ、途切れてしまう。 あまりにも余裕があり堂々と見える侵入者はそのまま蓮に近づき、少年が知っている唯一の言語で話しかけた。 怪物の口から流れ出た非の打ち所もなく自然な母国語を聞いた瞬間、蓮は現実に戻って背筋を横切る本当の恐怖を感じた。 そんな中でも蓮は血が冷めた隙を狙って正体不明の衝動から抜け出そうと努力した。
蓮が返事をしないにもかかわらず，彼は気にせず自分の名前を明らかにした。 続いてラインハルトが状況を説明するために必要ないくつかを並べたが、蓮の耳には一つも入らなかった。 ラインハルトの口からこの言葉が出るまではそうだった。
「カールの息子なら、私たちは兄弟の間柄になるだろう」
実際、当時の蓮はラインハルトの言葉を理解できなかった。 カールが誰なのかも知らなかったからだ。 少年がその言葉を言葉を覚えている理由は別の場所にあった。
聞いた言葉を考える前に突然長身の男が立っていたところで悪意と混同するほど純粋な好奇心が輝き始めた。 散らばった星の粉のように小刻みだった光はあっという間に増え、四方八方を食いしばって一寸先も見分けがつかない極地の白夜の真ん中に蓮を一人残しておいた。 家の中に小さくこだましていた低音が全て散らばるまでラインハルトは何も言わず、これまで高温に溶けた金のような視線が高いところからぽたぽた落ちて少年の肌を燃やすようだった。 そんな中、蓮はまばたきさえせずに彼をにらんだ。 怖くないからではなかった。 目を閉じた瞬間、このまぶしい光の中で二度と自らを見つけられなくなるという確信があったからだ。
蓮は時間感覚を失ったまま光の中に残された。 やがて目がくらんでしまいそうな光が噴き出した時ほど、突然すべての光を収めたラインハルトがその場に立っていた。 網膜ではなく脳に残像が残ったようにめまいが起きたため、蓮は吐き気を催し始めた。 うずくまった背中に次の瞬間広がるぬくもりを感じ、反射的に頭を上げた時は伸ばした手を戻しながら寝室の方へ歩いていくラインハルトの背中が見えた。 気付いた時、すでにめまいは消えていた。
蓮はラインハルトが蓮の寝室かメルクリウスの部屋に行くと思った。 しかしラインハルトは蓮の寝室を通り過ぎ、メルクリウスの部屋まで行く前に立ち止まった。 彼は蓮が生まれて開かれるのを一度も見たことのないドアの前に立っていた。 背丈にふさわしい大きな手がドアノブを握って自然に回す。 すると、これまで蓮がつま先立ちをしていくら努力しても開かなかったドアが呆れるほど簡単に開いた。
蓮はその向こうに見える光景に内心期待と緊張を抱いていた。 彼もそのように一度も開けたことのないドアだ。 その後ろにあるべきは、当然博物館に展示された永遠の宝物のようなものでなければならなかった。 しかし、ラインハルトの肩越しに見えたのは平凡な部屋だった。 朝、主人を見送って以来変わらない姿で待っていたが、短い外出から今帰ってきたばかりの主人を迎える部屋のことだ。
いざラインハルト本人が怪しそうに首をかしげ、独り言でつぶやいた。
「全部片付けたと思ったら、カール」
蓮はまもなくラインハルトがカールクラフトと呼ぶのが自分にはメルクリウスだという事実を知った。