太陽が二個も昇った日 「なんと？」
この質問を何度繰り返したか自分でもわからない。永劫回帰の中で繰り返しているという話ではない。いや、そうではないのだ、この瞬間も確かに未知ではないからだ。それでも、水銀の蛇は自発的に基地を再生産せざるを得なかった。
「なんと言ったか、ハイドリヒ？」
人間の真似をしている場合ではなかった。いきなりファミリーネームで呼ばれた友人は意外と驚かなかった。
「私、この人が怖い。とても、とても.......」
そして明らかに友人を指定した質問に答えたのは、不思議なことに女神の声だった。水銀も言葉の内容には同意する。マルグリットもそう思ってくれるなら、計画通りに進んでいるのと同じことだろう。 しかし、しかし.......。
しかし、マルグリットが顔に浮かべたのは、どう見ても恐怖ではない。
「怖いって、これが愛してるってことでしょ？カリオストロ」
どう形容すればいいのだろう。純粋な武具を具現化したような今の女神は、褒められたい学生のような表情だった。どことなく誇らしげ、どことなく爽快感。愛らしい金髪がふんわりと揺れる下、白い頬は薄く浮かび上がっている。あまりにも美しい光景だったが、水銀は賞賛の言葉を発することすらできずにぼんやりとしたまま、呆然として視線を逸らした。普段なら想像もしなかったことだ。
無言で説明を求める水銀の視線の先で、友人が肩をすくめた。期待を裏切らない堂々とした風貌だった。 その上に浮かんだのは「卿の女ではないか。卿が知らないことを私が知るわけがない」というような表情。むしろハイドリヒのほうから聞きたいように見える。いや、これは杞憂だろうか。 頭が過熱しすぎたのかもしれない。もしかしたら、単なるコミュニケーションの誤解に過ぎないのかもしれない。 そう自分をなだめて、水銀は再び敬愛しあう二人を見つめた。

その後に続くマルグリットからの説明は、聞けば聞くほど腑に落ちないものであった。 受け入れがたい現実としか言いようがない。 しかし、水銀が納得しようがしまいが、現実は待ってくれない。女神の話が終わるまで、ようやく処理できたのは、黄金の城で二人がワルツを踊った瞬間に何かがおかしいということだけだった。
「マルグリット、それは恐怖のはず.......」
修繕を試みるが、言い終わる前に、水銀は何の役にも立たないことに気付いてしまう。女神の緑色の瞳はすでに空っぽで、透明で綺麗だった頃のものではなかった。 澄んだ瞳から、ある種の意志が感じられる。
水銀の視線が無意識のうちに再び友人に向けられる。返されたのは、残酷なほど深々と吐き出された言葉だった。
「心臓が鼓動したようだ、恐怖か愛か」
そして、音をナイフで切ったような静寂が訪れた。耳元で鳴り始めた耳鳴りが、急に心停止を告げる機械音のように聞こえ、水銀は頭を抱え込みそうになった。彼が辛うじて平静を取り戻そうとした瞬間、決心したかのように女神が言葉を発した。
「カリオストロ。私、この人と結婚します......！」
そう宣言し、マルグリットはハイドリヒの腰に腕を回す。 いや、少なくともそうしようとした。「こうするんでしょ？蓮の家で見た」と言っているような少女は、言うまでもなく愛らしい。 何を見たのかはわからないが。 体格差に加え、ハイドリヒが肩にかけたコートのせいでぐったりしている姿勢、それでも全身で決然と叫ぶ少女の態度が、気高さを増す。何を見たのかは本当にわからないが。
結局、水銀が訴えることができる場所は一つしか残っていなかった。
「他人事みたいに平然としてないで、ハイドリヒ。お前が当事者だろ。 まさか合意したのか？」
「自分の足で来る女は別に止めない主義なんだけどな」
「止めろと言ってるんだ！」
水銀がそう叫んだのは不可抗力だった。友人を信頼しているとは別に、何となくそうしなければならないような気がした。
ハイドリヒはそう言ったが、マルグリットが友人の女であるという認識は彼の中で今も健在だろう。その証拠に、ハイドリッヒは自分の腰にかかる女神の手を親切に離し、元の位置に戻していた。 するとマルグリットがハイドリッヒの手を握る。再び優しい拒絶が返ってくると、次に女神の手が向かったのはハイドリヒの髪だった。自分の長い金髪の先を子供のように抱きしめる少女に何を言う気にもなれないのか、ハイドリヒはそのあたりで妥協することにしたようだ。 それを許したかのように、友人の方を見上げた女神の顔に花のような笑顔が咲く。
仲の良い親子、あるいは兄妹のように見えないはずもない光景だった。女神の頭の中では全く別の物語が繰り広げられているようだということはさておき、絵に描いたような美しい人たちだ。一枚の絵の中にいるのが眩しいほど。ああ、マルグリット、貴女はこうも輝いている。ハイドリッヒ、友よ、君はやはり素晴らしい男だ。水銀の蛇はそのまま気を失ってしまいたくなった。しかし、そうすることはできなかった。 彼はすでに狂っていたからだ。

次に口を開いたのはハイドリヒだった。
「まあいいんじゃないか、意外これが未知なのかもしれない」
「えっ？」
水銀の口から出たのは、そんな感嘆の言葉だけだった。ああ。きっと水銀自身がそう言ったのだ、あなたは面白い、と。水銀自身がそう言った、あなたは何を求めているのか、と。 だから意思を表明するのは友人の権利であり、それを受け止めるのが水銀の義務。そして水銀の蛇はそれを喜びと思った。 それは結局自滅因子の願いなのだから、宿主の利益に回帰しないのか、と誰かに問われても、鼻で笑って全く耳を貸さない自信があるほどの純粋な喜びだった。 今回ばかりは、そんなはずの友人の声が死刑宣告のように聞こえた。
いつか部下をからかったように、そのいつか彼と賭けをしたときのように、この際、冗談だと言ってくれないだろうか。いつも彼をからかう水銀への小さな復讐であり、残酷ないたずらだったと言ってくれないだろうか。 小さく開いた口も閉じられないまま、機能をほぼ停止した水銀の脳が思いついたのは、とても素朴で切実な願いだった。もし彼が正気であったなら、今の自分の境遇は、飼い主の一言を待つ小さな子犬よりマシではないと自嘲するのも無理はないだろう。
「チェス盤をひっくり返すキング、以前にそんな言葉を聞いたことがあるようだな。 もしかして、卿のクイーンがそのような選択をしたのか試してみないか？」
しかし、毎回彼の運命を宣告する声は今回も止まらない。水銀も頭の片隅ではそう思っていた。友人の声がもたらす果てしない絶望の果てに、「やっぱりお前はそうしないと」などと呟く自分の声が耳元に響いたような気がした。
「えー.......」
ただ、友人の口から出たのは水銀の言葉であったことは感じられた。今回の回帰では話したことのない会話だろうに、魂に刻まれているのか、嬉しい～。今や現実から脱出寸前の意識が勝手に構成した文章は、水銀の口から出てこなかった。正確には出なかった。幸い、水銀に言語を話す精神が残っていなかったからだ。

「......獣殿？」
「起きたか？」
目を開けるとすぐに視界に入った黄金の獣は、クラフトの青白い手首を握っている様子だった。おそらく脈を測っているようだった。友人にとってクラフトが眠っている姿よりも死んでいる姿の方が理にかなっているということなのか、霧のように霞んだ思考がどうやら良いことを考えている間、友人はデジャブを感じるように静かに彼の手首を離した。大きくて暖かい手が、なぜか彼の両手をお腹の上に幾分か寄せてくれる。しかし、その意図を問うよりも、急ぎの質問があるような気がした。
「......彼女は？」
ようやく友人はクラフトの目を見つめた。言葉の意図を探しているのだろう。金色の瞳が次第に好奇心で輝いてくる。
「眠りについたか、夢でも見たようだな。卿にそんな機能もあったのか」
嘲笑うような、しかし友情に満ちた声に、クラフトは目を細めた。 その顔を見下ろした黄金の獣が苦笑した。
カール・クラフトは横たわったまま、友人が頭を下げると、顔にかかった金髪が自分の鼻先をくすぐるのを感じていた。 そしてすぐに、今まで頭を置いていたのが友人の太ももであることに気づいた。
他人から見れば奇妙な形だろう。まるで死にゆく者の遺言を聞いているように見えるかもしれない。 そうであろうとなかろうと関係なかったので、水銀の脳裏にはすぐに後頭部に触れるしっかりとした感触だけが残った。
感覚が一つ一つ蘇るにつれ、水銀の触覚は世界の中に戻ってきた。先ほどの夢を思い出すと、手足から力が抜けるのを感じた。夢の内容はすぐに忘れてしまう人が多いというが、数え切れないほど繰り返されたデジャヴューが噛み付くのであれば、彼らもまた別だろう。
「まだ起きてないのか？」
起きようとしない水銀に向かって、叱るふりをする友人の声が飛んでくる。心さえあれば、抵抗しない状態の彼を放り投げることもできただろうが、スミョンに向けられたのは小さな笑い声だけだった。
「とにかく面白い男だ」