似而非 音もなく開いたドアの向こうに、白いベッドカバーの上に座っている子供が見えた。一高八歳くらいに見える金髪の少年は、膝の上に手を揃えて置き、向かいの白い壁を眺めていた。しかし、よくここに来る子供たちがそうであるように、緊張しているようには見えなかった。冷静に沈んだ瞳が、ドアを開けて入ってきた人に向かった。訪問者は微笑みながら軽く敬礼した。
少年は何の反応も示さなかった。ただ、視線を壁に戻しただけだった。少年が彫像のように固まっている間、訪問者はベッドの反対側、少年が見ていた方向に簡易椅子を引きずって座った。大人一人分の視界が遮られたにもかかわらず、少年はそのまま自分の見ていた場所、つまり訪問者の向こうの壁を眺めているようだった。 彼がカルテを置き、少年を見つめる間、静寂が流れた。 すると、ふと、気丈な、しかし幼さを感じさせる声が問いかける。
「ここは病院か？
「そう言われれば、似たようなもの、と言うべきか、そうでもないだろう。
答えとして出てきたのは、たぶん独り言、良く言えば放言に過ぎない口調だった。唯一の質問に返ってきた答えが格好悪いものであったにもかかわらず、少年は何の動揺もなく納得した。「そうか」それで終わりだった。親どころか知り合いもいない真っ白な部屋の中に、見知らぬ者と二人きりで残された子供とは思えないほど心細い態度だった。
*(中略)
医者は真っ黒な目を伏せたまま、時折うなずいた。その口元には、抱擁なのか無視なのか、見る者を困惑させるような笑顔が浮かんでいる。白い手袋に包まれた手は万年筆を握り、カルテに何やら忙しそうに書いていた。一組の夫婦がその前で、盛んに話を打ち明け合っている最中だった。
装飾用のオルゴール、卓上、鉢植え、そして医者。 特筆すべき特異点を見つけるのは難しいが、医者の執務室の中の情景は、人の心をくすぐるものがあった。実はそれが原因でなくても、この部屋の主人が客の気持ちを落ち着かせることなど全く関心がないことは容易に理解できた。数言の会話が交わされた後、誰でもそう思うようになる。彼の口からは高尚な言語がひっきりなしに飛び交っていたが、それを一皮むけば、客を挑発し、侮辱する言葉で編まれた組織が露わになった。しかし、たとえ侮辱されたと感じても、医者の面前で暴言を吐く者は稀であった。 ここへ来た人間で、数言の侮辱に心境の変化を感じる者はいなかったからだ。
今、医者と話している夫婦は、ここに到着したとき、疑心暗鬼に満ちていた。知人に紹介された病院の外観は、どこにでもある古い邸宅のようだった。こっそり覗き込んだ息子の表情はいつものように動じない。本当にちゃんと来たのだろうか？冬の荒涼とした庭を横切り、整頓された広い内部まで入る間、彼らの不安は解消されるどころか増幅した。彼らは長男の手を握ったまま、固く閉ざされた扉が並ぶ廊下を通り過ぎた。 その間、職員も患者も誰一人として顔を合わせることはなかった。夫婦は、途中で少し迷ったことを息子に気づかれずに済んでよかったと思った。こんなところで息子を不安にさせたくない。 彼らが知らないはずもなく、知っていても不安になるはずもないことを二人はよく知っていたが、努めて無視した。
別室を見つけた頃には、彼らはすっかりうんざりしていた。事前に案内された通り、貴重な長男をここに置いて別の部屋を探して屋敷の廊下に出るのは、まったく正しくないと感じるほどだった。 しかし結局、夫婦は互いに励まし合いながら、噂の医者が待つ執務室へと足を運んだ。別室を出るまで子供は口を開かず、医者の前に放り出される直前まで、彼らは他の人に会うことはなかった。
その後、何が起こったのか、夫婦は詳しく知らない。 彼らはさらに数分迷い、躊躇した後、執務室を見つけた。ドアを開けて入ると、普通の医者のオフィスのような風景が広がり、光を吸い込むような真っ黒な黒髪を可愛らしいレンギョウ色のリボンで整えた男が彼らに椅子を勧めた.......。そして今に至る。話を打ち明けながらも、彼らは合間合間に疑問を抱いた。あの男のどのような面が彼らに信頼を与えたのだろうか？口を開けたくなったのだろうか？真っ白なローブの代わりに着た黒い服なのか、底が見えない瞳なのか？それとも万象を見下ろすような、古い風のような声だったのだろうか。
*(中略)
医者の黒い瞳と彼らの視線が交錯した瞬間、静寂が足首から巻き起こる。笑っている医者の口から、独特の訛りのある言語が流れ出し、部屋中に響き渡った。夫婦はその言語に浸るように医師の言葉を聞いた。恐怖に、圧倒され、いつの間にか藁をも掴むようにお互いの手を握りしめながら、彼らは首をかしげ始めた。医者が言葉を終える頃、紳士は万年筆で小切手を書き、奥さんは息子の額に唇を重ねて別れを告げた。
夫婦は月に一度、子供に会いに来ると言って立ち去った。医者は見送らなかった、彼らは戻ってこないだろう。彼が示したのは、これまで訪れた他のどの医者にも与えられなかった信頼だった。だからといって、実際に彼が信頼できる人物であるとは言えないだろうが、医者は癖のように笑った。
その間、金髪の子供は騒ぎが去った席の真ん中で、台風の目のように座って静かに床を眺めていた。口角が上がったような上がらないような頬には、拭き取れない血痕が残っている。この子がこの混乱の末に捨てられた自分の境遇を全く理解していないと、誰かは同情するだろう。しかしその感想こそ、この子を理解できない者のものだ。医者は知っていた。
子供は心の底から穏やかだった。ただ、先ほど自分が穴を開けて覗き込んだ愛らしい生き物を思い浮かべているのだ。この子は今、自分が真に理解できないもので満たされた外の世界から少し目をそらし、すでに壊れた、自分が壊したもので満たされた自分の中の城に座っている。医者は、子供がそう思った理由も推測できた。先ほどから病人の咳払いのように喉を掻く笑いが止まらない理由はそれだった。
じっくり味わっている間は、次のものを壊さないからだ。 どうにかして理性の糸を握りしめている子供は、限界まで自分の理解を反芻し、必死に無視していた世界の別のものが目に入った瞬間、それに恋をしてしまうのだ。正確には、それを愛する自分の心を知ってしまう。おそらくその周期に合わせて肉親たちは別の医者を探し、今度こそ息子が元気になったと信じたのだろう。ああ、早くに壊れてしまいそうな閃光のような瞬間を無理矢理でも握りしめている息子をもっと褒めるべきところではないか、無知蒙昧な諸君。嘆きのシンパゾを吐く医者は、しかしクスクス笑っていた。
医者が子供に手を差し伸べた。小さな金色の瞳には何の感動も映らない。それでも彼は子供の手を掴み、椅子から起こした。導かれるままに引きずり込まれる小さな体を連れて廊下を渡る途中、ふと下を見ると、子供は自由な腕で何かを測っていた。
"猫があの大きさだったんだね。"頭上から落ちた言葉に、初めて少し驚いた目が医者を見上げた。彼は笑いをこらえきれず、足を早めた。彼が子供を連れて行ったのは、この屋敷の一番上の部屋だった。
ここでは好きなだけ愛していい。 医者の言葉に、子供はいつの間にかまたぼんやりとした酔った目を彼に向けた。ふざけんなよ、知らないふりなんてしなくていいのに。 クスクス笑う声に、子供は理解できていないという意思表示のように、ゆっくりと首を横に振った。自分はこれで満足というように、ゆるく閉じた口元が小さく丸くなっている。
カール・クラフト。医者は自分の名前を紹介した。彼は手に持っていたカルテを無造作に投げ捨てた。カルテに書かれていることよりも、彼はすでに多くのことを知っていた。
「行こうか、ハイドリヒ」