強いフォルテ、弱いダレカ作りかけの世界で目を覚ました。
白い宮殿は、俺1人で住むには寂しいくらいに広かった。
いいや、寂しいのはきっと場所だけじゃない。
俺自身が寂しい存在だった。
青い瞳に映る世界の色はいつも淡くて、儚さを感じられる。
俺はその世界の風景が好きだった。
ぼんやりと世界を眺めている時は、空っぽの自分が世界に溶けていくような感覚がした。
俺も世界の一部だと思うと、少し寂しさが紛れた気がした。
だけど…その景色を黒く濁すものがあった。
ぐにゃぐにゃして、滴って、不安定なそれが、無題と呼ばれている事は知っていた。
俺は無題が嫌いだった。
衝動的に、俺は無題を斬り裂いた。
赤い髪に黒い何かがへばりつく。
悲しくはなかったし、嫌でもなかった。
俺はやっぱり空っぽなんだと気付くと、尚更世界を汚すものが嫌いになった。
…本当に嫌いと思っていたかも分からないけど。
俺は世界に固執していった。
「…それで、ずっとこんな事してるのね」
ある時、俺の世界に来た女が言った。
俺が睨みつけると、そいつは苦笑いした。
「嫌ね、私は無題じゃないわよ?」
怯える事なく、俺に近づいて来る。
怯えていたのは、もしかしたら俺の方かもしれない。
だとしたら、さぞかし情けない顔をしてただろうな。
「私、レイラって言うの。貴方は?」
「……ない」
「そう」
笑みを絶やさぬまま、彼女は言った。
「分かったら教えて。またね、ダレカさん」
そう言って、彼女は淡い世界に溶けて去ってしまった。
俺は、黒く塗れた刀身を見つめた。
それからというもの、レイラは時々俺の前に現れた。
「今日はお菓子を持ってきたの。やっぱりリィルが作る味には勝てないわ」
「…何で俺に?」
「お腹空いてるんじゃないかなって。ずっと運動してたら、お腹も空くでしょ?」
「……そういえば…」
言われるまで、空腹にも気付かなかった。
「じゃあ食べるしかないわ。食べる子と寝る子は育つのよ〜」
「俺はガキじゃない」
「ふふ、どうかしら」
俺の口にシフォンケーキを詰め込みながらレイラは言う。
「確かに背格好はね。だけど貴方、名前も無くひとりで迷って泣いてるわ。私にはそれが子供に見えるの。…馬鹿にしてる訳じゃなくてね」
「……」
その通りだと思った。
がむしゃらに棒切れを振り回してる俺はガキだ。
「苦しい時に苦しいと言えるのが大人よ。頼って頼られて、そうしないと、人って生きていけない」
レイラは柔らかく笑った。
「私を頼っていい。だから貴方が貴方を見つけた時は、ちゃんと頼らせてね」
「……分かった。約束するよ」
彼女は笑っていた。
俺は…笑えていただろうか。
笑えていたなら、よかった。
それがふたりで交わした、最初で最後の…
♬
「初めまして、フォルテ兄さん」
「ああ、初めまして、ニア」
俺の…フォルテのすべては、ニアから始まった。
絹のように白い長髪も、ルビーのように赤い瞳も、水より透き通ったその声も、何もかもが俺には愛おしい。
だが、今にも折れてしまいそうな身体ばかりは心配だった。
実際、ニアの体は弱かった。
喘息は当たり前、時にはふらつき、酷い時には熱を出して、寝たきり数日間は目を覚まさない。
ニアがこんな目に遭うのは、この世界のせいだ。
俺はこの世界が嫌いだ。
外には無題が跋扈していて、とてもニアを外に出せない。
あんなものに、ニアを触れさせはしない。
俺のたったひとつの大切なもの。
儚く美しいこの妹を、何者にも穢させはしない。
俺は兄として、強くあることを望んだ。
何者にも負けないほどに強くなる。心も、体も。
俺はあの子の兄だ。
妹の悲しい顔は見たくない。
だからニアの苦しみはすべて、俺が背負わなくちゃいけない。
どれだけ無題に塗れても、ニアの前では笑顔でいる。
彼女の為なら、俺はどこまでも残酷になれる。
その為に、俺は弱い自分を捨てた。
赤い髪も青い瞳も、不完全になった。
ニアの兄でいられるなら俺は、何だって出来る。
それが俺の役割だから。
ニアこそ、俺が存在する理由すべて。
「大丈夫だ、ニア。お兄ちゃんは強いから」
「俺を、めいっぱい頼ってくれよ」
空っぽのダレカは、もういない。