グレムル前提のヒスムル(仮)17ヒースクリフがグレゴールに免許を取る為の知識を叩き込まれて1年が経った。
ここまで来て漸くフィクサー免許を取得して次は工房で働く為の免許の取得が課題になった時、ヒースクリフはグレゴールに薦められて改めて事務所を見学する事になった。
とは言えこんな一介の事務所に見学に来る者など殆ど居らず、グレゴールの紹介でたった一人見学に来る事になったのだが……
「なんであんたの紹介で来たのに俺一人で見て回んなきゃなんねーんだよ。」
「しょうがないだろ〜、仕事が山積みなんだから。」
そう言うグレゴールのアームは鋸に取り替えられており、これから仕事に行こうとしているのが丸分かりだった。
「一応案内係は付けておいたから許してくれよ〜。」
「案内……?」
ムルソーの顔が脳裏に浮かんだ瞬間。
「そなたが!!見学者でありまするか!?」
「うぉっ……!お前かよ!」
髪も目も金色で居るだけで眩しいあの時の少女が後ろから声をかけて来た。
「当人は案内人のドンキホーテにありまする!!」
「……俺はヒースクリフ。」
「ヒースクリフ殿!今日はこのドンキホーテに付いて事務所の設備と労働環境を……」
「はいはい、分かったから……」
「……気持ちは分かるけどあんま子供扱いしない方が良いぞ。そいつお前さんよりも歳上だから。」
「……は?」
今日一番の爆弾発言を聞いて呆然としながらヒースクリフはドンキホーテに引き摺られて行った。
* * *
途中ムルソーが居るフロアでドンキホーテがまた演説を披露するアクシデントはあったが、最終的にヒースクリフは武器が製作される部署に辿り着いた。
「このバラのスパナ工房では4種類の武器を扱っておりまする!一つ目が長槌、ムルソー君が扱っている武器でありまする!二つ目が鋸、グレゴール殿が愛用しておりまする!三つ目が両槌、ガラム殿が扱っている武器でありまする!そして四つ目が共振スパナ!代表が使っておりまする!」
「長槌と両槌って何か違いあるのか?」
「使用感が違いまする!長槌は重くて長いので腕力が必要であるが……両槌はそこまで力が無くとも充分な打撃を与えられる武器になっていまする!」
「じゃあ初心者に向いてるのか?」
「うーむ……二つあるので点検する時は二つとも見る必要があって……あと、販売する時はセットで販売しているからその分少しお高くついておりまする。」
「なるほど……」
やはり扱いやすくとも多少のデメリットは付き物のようだ。
実際に手に取ってみると多少ずっしりとはしているが振り回しやすそうな軽さである事が分かった。
「ヒースクリフ殿はどの武器が気になりまするか?」
「うー……ん……」
ヒースクリフは迷った末に鋸を指差した。
「鋸……でありまするか?」
「うん。デメリットは大体予想付くけど……やっぱりなんか、かっこいいなって。」
この工房の武器は長方形を基調として作られているように見える。
槌に挟まれている鋸も当然長方形で少し異物感があるが……ただ一つ、剣のような形をしているのが良かった。
「ああ、それグレッグも同じ事言ってた。」
何だかグレゴールと似た雰囲気の女の声がまた背後から聞こえて来たので振り向くと、コートを羽織った髪の長い女が立っていた。
他のフィクサーとは違う、風格のある格好をしている。
(……あれ?茶色くて長い髪でコート羽織ってるって……)
以前グレゴールの話に出て来た特徴だった。
「ヒースクリフ殿!こちらがバラのスパナ工房の代表、ロージャ殿でありまする!」
「代表……」
「そうだよ〜。よろしくね。」
今まで何度か聞いた単語だ。
だが実際に見た事は無いので少し面食らってしまった。
「ロージャ殿!こちらは見学人のヒースクリフ殿でありまする!」
「知ってる。グレッグの紹介で来たんだよね?」
「あ……はい。」
一瞬誰の事か分からなかったが語感的にグレゴールの事だと予想がついた。
「つまり……ここで働く気があるんだよね?」
……なんだか圧を感じたが頷いた。
「良かった〜、ここに来れば将来安泰だよ〜!」
「……なんで?」
「お給料にだけは自信があるから!ふふっ」
そう言ってロージャはニコッと笑った。
(……おっさんがここに居る訳だ。)
そう思いながら不意にムルソーが居るフロアのフィクサー達の事を思い出した。
「……あんた、下で働いてる……ムルソーの、顔見てないのか?」
「見てるけど?時々。書類渡しに来るんだから当然でしょ?……あ、もしかしてそこが不安要素になってる?大丈夫大丈夫、新人ちゃんにあんな事しないから……」
「そうじゃねえよ。」
ロージャが疑問符を浮かべたような顔をした。
「なんで誰も止めないんだよ。ドンキホーテは止めてるの見たけど……あんた、ムルソーの現状知ってるんだったら止めてくれたって良い筈だろ?」
「……」
「もし過労死したらどうするんだよ。あんた、代表なんだろ?あんたが何か言えば……」
ロージャは首を傾げて唸ると。
「……でも、ムルとグレッグがあそこまで働いてるのは進んでやってるからでしょ?2人が手を緩めない限り言っても解決しないと思うんだけど。」
「……」
「2人は働けば働く程ボーナス入るし、2人ともその為にやってるんだから。それを解決しろって言われてもねえ……」
「……ぐぬ……」
確かに、それはそうだ。
「それに〜、一応1ヶ月に1回は強制で休ませてるから死にはしないと思うけど?」
「……少なくねぇか?」
「それでもムルの限界よりは早いよ?3ヶ月。」
「……一回限界迎えたって事だろ、それ……」
「……ヒースは2人の為にウチに来たいと思ってるの?」
ロージャはじっとヒースクリフを見ると、そう聞いて来た。
「……そうだけど。」
「素直だね?」
「嘘つく理由も無いだろ。」
「なるほど〜……グレッグが可愛がる訳だ。」
「……」
いちいち反応するのも馬鹿らしいので顔を顰めるだけに留めていると……
「あ、ねえねえ、グレッグってさ……」
この事務所、辞めるつもりなの?
「……‼︎」
ロージャはニコニコと笑っていたが、その真意は計り知れなかった。
「別に引き止めようって訳じゃないんだよ?ただ一人で工房やるってなると大変なんじゃないかなーって思っただけ。」
「……」
そう言えばグレゴールは完全に独立するつもりのようだった。
『お前さんさえ頑張ってくれればあの工房にぎゃふんと言わせる事が出来るんだけど……』
そんな事を言ってヒースクリフを誘って来た記憶がある。
ただの誘い文句だったのかもしれないが、グレゴールはこの事務所に不満を抱いているからあの言葉が出て来たのではないかと思った。
「……この事務所を頼るとろくな事にならないからじゃねえの?」
正直にそう言ってみるとロージャが渋い顔をした。
「やっぱりグレッグにはお見通しか……」
「何しようとしてたんだ?」
「武器って生産する場所が必要でしょ?工房なら尚更大量生産しないといけないからここの製作所を貸してちょっとだけ場所代貰おうかと……」
「……なるほどな。」
金を稼ごうとする事に余念が無い事が分かった。
「……それにしても、金払いは良いみたいだけど……あんたの懐的にはどうなんだよ?依頼が多いって事は依頼料がそんなに高いって訳じゃなさそうなのに。」
「ふふふっ……」
ロージャが何故か満面の笑みを浮かべた。
「それはね〜……増やしてるからだよ。」
「……何で?」
「オンラインカジノ。」
「……はぁ?」
そこへずっとそこら辺をうろうろしていたドンキホーテが割り込んで来た。
「代表の運はすごいのでありまする!百発百中!もんのすごーーーい勢いで勝ってお金が増えていくのでありまする!ヒースクリフ殿にも見てもらいたい物である……」
「……えっと……依頼料って全部代表に行ってそっから配られるんだよな……?」
「うむ!」
「大事な金一か八かのカジノに注ぎ込んでんじゃねえよ!!負けたらどうすんだ!!」
「負ける?私が?」
ロージャが心底不思議そうな顔で首を傾げた。
「……あんたまさか不正な事してるんじゃ……」
「ふ〜ん……随分な事言ってくれるねぇ?」
「う……っ、」
ロージャの笑顔が怒りのこもった物に変わったのが目に見えて分かった。
「私ね……こう言うので負けた事無いのよ。長年培って来た経験でやってるんだよ。それを不正とか疑いかけられたらそりゃあ怒るよねぇ?」
「……」
ヒースクリフが知らない間にロージャは熾烈な経験をして来たのだろう。
そう思わされる程に圧が凄まじかった。
「……ご、ごめんなさい……」
ドンキホーテすらも頬を膨らませて見て来るものだから折れてしまった。
完全にアウェーである。
「ふふふ、良いんだよ〜これから知って行けば良いからね〜……」
ロージャは笑顔を張り付けたままヒースクリフの肩をぽんぽんと叩いた。
今更だがロージャはヒースクリフと殆ど背の差が無い事に気付いた。
むしろ少し背を抜かれているような気がする。
威圧感の正体はこれだったのかもしれないと思った。
その時、一人のフィクサーがこちらに駆け寄って来た。
「代表!ここに居たんですか……またサボって……」
「……サボって……?」
「もう!人聞きの悪い……サボってるんじゃなくて~、新しい商品のアイデアが降ってくるのを待ってるの!」
「その前に溜まりきってる書類処理してくださいよ!」
「……あ?」
ロージャを白い目で睨むが本人には届かなかったようだ。
「あんた達が勝手にやってくれて良いって言ったでしょ〜?ほら、ハンコ。」
「何度言ったら分かるんですか!いくらムルソーさんが通せる物と通せない物を仕分けてたとしてこっちが可決したとしても代表が後から『あ、それダメだよ』とか言ったら全部台無しになるんですよ分かってるんですか!?」
「えぇ……」
「だから!!最初から目を通せって何ッ回も言ってますよね!?」
彼自身の限界を感じる程に鬼気迫った表情でキレ散らかしているフィクサーとそれに圧倒されて渋々書類の確認をし始めるロージャを見て、ヒースクリフは呆れ返って溜め息を吐いた。
「ダメダメじゃねーか、この事務所……」
だが、だからこそ……
こんな所でムルソーをずっと働かせる訳にはいかないと思った。
そしてその思いに至ったのはグレゴールも同じなのだろうと悟った。
(おっさんの夢、絶対に叶えないとな……)