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    act243129527

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    悪魔パロ下編2話目
    前回2編に分けるって言ってたのに3編構成になっていた……

    悪魔パロ 下②グレゴールが1年中眠るようになってから、ムルソーは毎日エネルギーを擦り減らしてアイツの状態を保っていた。

    元々、俺が貰っていた筈のエネルギーが、アイツに注がれてる。

    正直、気に入らない所はあった。

    ムルソーの角を折ろうとしたのを俺は忘れていないし、そもそも俺達二人ともアイツに殺されかけた。

    自分が招いた因果とは言え、未だにその事が胸に残っていた。

    「……気に入らないのか?」
    「え?」
    「視線から漏れているぞ。」

    たった今、グレゴールにエネルギーを使ったばかりのムルソーがこちらを振り向いていた。

    「……」

    何故か、否定も肯定も出来なかった。

    本来なら否定しなければならない立場だと言うのに、否定も出来ず、首を横に振る事も出来ず……ただその場に立ち尽くしていた。

    「……来い、ヒースクリフ。」

    俺は……言われた通り、ムルソーの側に行った。

    ムルソーはまっすぐ俺の目を見つめて来た。
    俺が目を合わせて居られなくて目を逸らすと、ムルソーが俺に手を伸ばして来た。

    一瞬、目を引っ掻かれた記憶が蘇って目を閉じそうになった。

    でも、ムルソーは俺の首の後ろに腕を回して、抱き寄せた。

    「……随分伸ばした物だな。」

    何事も無かったかのように髪を弄んで来るムルソーに、何だか安心した。

    「……勝手に伸びただけだよ。」
    「切ろうか?」
    「……」

    疑念を込めた目でチラリと見ると、ムルソーの目が細められた。

    「大丈夫だ。仕返しなど考えていない。」
    「……ほんとに?」

    思わずそんな言葉が出て来た。

    「貸した物は返してもらったし……今となっては済んだ事だ。……私にとっては、だが。」
    「……」
    「私よりもお前を憎む理由のある者は多く居るだろう。この男もその一人だ。」
    「……俺にだって憎む理由はあるけどな。」
    「だが、結局はお前の行動の結果だ。私がお前を許したのも、結局は私が特別だからだ。」
    「……、」
    「……寂しいだろう。皆に憎まれるのは。」
    「別に、寂しくなんか……」

    ムルソーの腕の中でもぞもぞと身じろぎした時、ムルソーがポツリと呟いた。

    「……私は……寂しかった。」

    その声が、本当に寂しそうに聞こえたものだから……耳がピクリと動いてしまった。

    「……お前が居ないと、この部屋がどんなに静かなのか……この部屋での時間がどんなにつまらない物なのか……身に染みて分かった。それに……お前を理解出来ないのが、苦しかった。」
    「……」

    ムルソーは、ヒースクリフを抱き寄せて頬を擦り寄せて来た。

    「……ごめん……ムルソー……」
    「……今となっては過ぎた事だ。まあ……まだお前は憎まれているが。」

    ムルソーはそう言って身を離し、椅子に座って本を読み始めた。

    「……あんたってそんなに本読んでたっけ?」

    この頃、ムルソーは四六時中本を読んでいた。
    空いた時間があれば本を、用事が無ければ、いや、無くなった瞬間に本を取り出して読んでいた。

    「胃が……久々に戻って来たからか空腹を訴えて来てな……出来るだけ腹に詰め込みたい。」
    「……吐いたりすんなよ……」
    「物理的なエネルギー源の場合は胃もたれする事がこの間分かったが、こうして生成されたエネルギーはある程度グレゴールに使っているから問題は無いだろう。」
    「……胃もたれ?」
    「グレゴールが……無茶をする物だから吹っ飛んだ体のパーツを食べていたら。」
    「……」

    色々な考えがごちゃ混ぜになったが、結局吐き出す事は出来ずに溜め息を吐くだけに留めた。

    そんな時だった。

    「……!」

    空間に裂け目が出来て、そこから心眼の悪魔が出て来たのは。

    「……?何か用か……?」
    「先程、ヒースクリフさんの今後の扱いについて議論していたのですが……イシュメールさんからとある提案がありました。」

    イシュメール……恐らくあの時、炎を使っていた悪魔だろう。

    「グレゴールさんから瘴気を奪ったのを見て、それを利用出来るのではないかと考えたそうです。」
    「……何に……?」
    「……今回のグレゴールさんのように、時折悪魔化する人間が居ます。今の人員で言えば……靴の悪魔であるロージャさんが良い例ですね。」
    「……彼女か……」

    ムルソーが少しだけ苦い顔をした。

    「例えば……彼女から靴と瘴気を奪えば彼女を人間に戻す事も可能なのではないかと、そう言った話です。」
    「……だが、彼女はもう……」
    「ええ。もうとっくに戻れない領域までに至っています。ですので……まだ成って間も無い個体を対象に、ヒースクリフさんの手による浄化を実施しようと言う結論に至りました。」
    「は?なんで勝手に……」
    「これも罰の一環です、ヒースクリフ。」

    ファウストが厳しい口調でヒースクリフを制した。
    それを聞いてヒースクリフは頭を掻いて黙り込むしかなかった。

    「……ああ、連れて行く前に……」
    「?」
    「身嗜みを整えさせてほしいのだが、構わないか?」

    そう言ってムルソーは机の引き出しからハサミを取り出した。

    「……お好きにどうぞ。」
    「お、おい……どうでも良いだろ、俺の身嗜みなんか……」
    「駄目だ。私の下に帰って来たのならもう少し綺麗にしろ。」
    「別に帰って来た訳じゃ……」

    そう言いかけたが、ムルソーがじっと見つめて来るので勘弁してムルソーの方へ歩み寄った。

    数十分掛けて髪を切られ、服を整えられた後、ヒースクリフはファウストに連れて行かれる事になった。

    「用事が済んだらここに帰って来い。待っている。」
    「……あんた、ほんと……ハァ……」

    ヒースクリフは何か言いたげだったが、結局何も言えずに連れて行かれた。

    「……ふ……」

    私は少しの寂しさと胸のくすぐったさを噛み締めながら部屋に戻った。



    「……ふむ……」

    カレンダーを見て私は未だ眠っているグレゴールをチラリと見た。

    (そろそろ起きる頃合いだな。)

    そう思って暫く本を読んで過ごそうとしていると、空間に裂け目が出来た。

    「……変わらず元気そうだな。ムルソー。」
    「……包帯に自動消滅機能は付いていないのか?」
    「そんな物、本来は付ける必要も無いからな。」

    どうやらウーティス自らの手で包帯を取らなければならなかったらしい。

    ウーティスがグレゴールの目元に手を翳すと、包帯が溶けるように消えて行った。

    「……ん……」

    そして案外すぐにグレゴールは目を開いた。

    「気分はどうだ?グレゴール・エドガー。」
    「……まあ、悪くはないな。」

    目を覚ましたグレゴールは案外穏やかだった。

    「お前が眠っている間、ムルソーがお前の体力を維持させていた。礼は言っておくように。」

    用事を済ませるとウーティスはさっさと裂け目の中へ戻って行った。

    グレゴールはぼんやりと私の体を眺めた後、視線を上げて私と目を合わせた。

    「礼、ね……何かやった方が良いのか?腕とか。」
    「そもそも無くても構わないが……くれるのなら貰っておこうか。」
    「……嘘だよ。最後の一本まで失って堪るか。」
    「私も冗談のつもりだったが。」

    グレゴールは目を閉じて溜め息を吐いた後、ぽつりと呟いた。

    「……ありがとう。」
    「……」

    グレゴールは身じろぎして、ベッドに腰掛ける体勢になった。

    「……私の所にはまだ居座る気で居るのか?」
    「……家が見付かればすぐ出て行くさ。」
    「今の所探す気も無さそうだが。」
    「……」
    「ふむ……」

    グレゴールの中では迷いが渦巻いているように感じられた。

    「……今後の目標は、何かあるのか?」
    「……」
    「……悪魔を狩る夢は捨てたのか?」
    「別に、夢って程の物じゃないけど……まあ……全部消せるんなら消したい所だな。」
    「……その割には浮かない顔をしているが。」
    「……」

    グレゴールの表情から察するに、今は悪魔狩りよりもやりたい事があるように思えた。

    「……キャサリンか?」
    「……ああ。」

    それまで俯いていたグレゴールが顔を上げた。

    「……邸宅に戻って……彼女の遺品を集めたい。」
    「……分かった。付いて行こう。いや……」

    空間を爪で裂いて、グレゴールを振り返った。

    「連れて行こう。」

           *  *  *

    邸宅の中へ入ると、胃を取り戻した私でも気圧される程の凄まじい残留思念を感じた。

    「……」

    グレゴールは乾いた血を見て目を伏せていた。
    恐らくこの居心地の悪さを感じているのは私だけなのだろう。

    「……皆の死体は……どこに……」
    「……おおかた、腹が減った悪魔が食い尽くして行ったのだろうな。」
    「……」
    「……そうやって感傷に浸っていないで、さっさと用事を済ませろ。……酷い空気だ。私も早く出たい。」
    「……言われなくても。」

    キャサリンの部屋の扉を開けると、血まみれだった廊下とは打って変わり、以前の様子を残しているのが感じ取れた。

    「……ここだけは……綺麗だな。」

    グレゴールがゆっくりと部屋に足を踏み入れる。

    それに続いて部屋へ入ると、やはり廊下とは違って殆ど残留思念は感じられず、私も肩の力が抜けるのを感じた。

    グレゴールはタンスから迷い無く一冊の本を取り出すと、それをじっくり読み始めた。

    「……」

    ページを捲る頻度が少しずつ早くなって行き、やがて半分を過ぎた頃、グレゴールはその本を閉じた。

    「……帰ってから読むべきだな。」
    「……」

    先を促す事無くじっと待っていると、グレゴールが引き出しからペンダントを取り出した。

    「……あの人に黙って作った物だ。……今思ってみると、気持ち悪いかもしれないな。」

    グレゴールはペンダントを懐にしまい、私に向き直った。

    「……それだけで良いのか?」
    「ああ。全部持って行こうとしたらキリが無いからな。」
    「……」

    グレゴールと共に帰ろうとすると……邸宅のどこかから、物音が聞こえた。

    「……空き巣か……?」
    「……いや……人間では、ないな。」

    不満気に呟いたグレゴールは私の言葉に眉を顰めた。

    「じゃあ、悪魔か?」
    「……似たような匂いはするが、違う。……さっき廊下で感じた……」

    そう言い掛けた時だった。

    『……さま……ご主人様……どこに、いらっしゃるのですか……』
    「……、」

    複数人の声が、同時に言葉を発している。

    (……魔物……か……)

    人間達の強い残留思念が魔物に変化する事があると聞いた事がある。
    長い年月を生きた私でも遭遇した事は無い存在だった。

    だが……現れてもおかしくない空気ではあった。

    「……ここだ……!」

    グレゴールが、魔物の呼び掛けに答えた。

    「……手に負えなければ逃げるぞ。」
    「お前だけ逃げれば良いさ……でも、俺は……残らないと……」
    「……」

    部屋の前へ近付いて来る気配がする。

    それが部屋に到達する前に、グレゴールは廊下へ出た。

    『……あなた、は……』
    「俺だ……グレゴールだ……」
    『あ、ああぁ……』

    私も廊下に出て、魔物の姿を見た。

    まず、上着を羽織り、肖像画を手にした首の無い人間の上半身が見えた。
    その下には……下半身の洞穴の中に、木で出来た髑髏が見えた。
    そしてその左右には木で出来た腕が生えている。

    ちょうど、変異したグレゴールの右腕のような。

    『生きて、いらっしゃったんですね……』
    「……生き残っちまっただけだ。」
    『ああ……良かった……良かった……でも……』
    「……」

    複数の視線が、私に注がれる気配がした。

    『それは……その悪魔は、どうして貴方の後ろに居るのですか……』
    「……生きる為に……復讐する為に、契約したんだ。」
    『……どう、して……悪魔なんかと……』
    「……」
    「この男も不本意だった。」

    そう言って、グレゴールの前に立った。

    「殺し合いになって、この男が死ぬ間際に契約を持ち掛けた。そうやって今も付き添う事になっている。」
    『……まさか……ご主人様……その右腕は……』
    「……」
    「私が奪った。代償としてな。」

    そう答えた瞬間に、魔物がこちらへ向かって来た。

    『離れろ!!この汚らわしい悪魔が!!』

    魔物の攻撃を受ける前に駆け出し、上半身の腹を引き裂く。

    だが、それで狼狽える程甘くはなかった。

    『ぅぁああああッ!!』
    「っ……」

    引っ掻く攻撃を辛うじて避けたが、頬に擦り傷を負った。

    次の攻撃を喰らう前に獣の形態になり、魔物を廊下の奥へ突き飛ばした。

    「……手に負えないな。」
    「……その状態でもか?」
    「ああ。攻撃に対処しているだけで消耗していくだろうから……それに……」

    再び廊下を這いずってこちらへ向かって来る魔物を見据える。

    「……意思が、強過ぎる。殺そうとしても死なないだろうな。」

    魔物には死ぬ意思が無い。
    何がなんでも諦めないでこの世にしがみついて生き続ける。

    元々は残留思念なのだ。
    恐らくそんな存在なのだろうと思った。

    「……だが……美味いな。」

    ただの怨恨ならともかく、こうして何かに執着する思念は美味いのだ。

    ここまでの物は中々味わえないので、もう少し味わってからにしようと思った。

    突進して来る魔物とやり合っていると、不意にグレゴールが声を上げた。

    「俺は……いいんだ……‼︎だから、あんた達も……穏やかに……」
    『……、』

    主人の声に、魔物が動きを止めた。

    『……ご主人様……』
    「俺だって許す気は無いさ……でも……そうやっていつまでも縛られたまま生きるのが、どんだけ苦しいか……俺には分かるんだよ……だから……」

    それは、グレゴールが今までを振り返って感じた本心だったのだろう。

    だが……

    「……残留思念には、そんな文句は効かない。」

    例え主人が何を言おうと、この魔物は決して止まらないだろう。

    『……あの狼は……どうなりましたか……?』
    「……、」
    『まだ、生きているのなら……あいつだけは、殺さないと……そうでないと、私達は……!』
    「……はぁ……」

    殺さなければならない理由が出来てしまった。

    「……」

    だが、グレゴール自身……ヒースクリフを殺そうとする意思が薄らいでいるように思えた。

    『ご主人様……私達の復讐の為に、剣を持って行ったのでしょう……?なら、あいつを……!』
    「……出来なかったよ。」

    グレゴールは絞り出すような声で、そう言った。

    「……俺も、悪魔になって……殺そうとしたけど……それを途中で投げ出したんだ。キャサリンが……降りて来てくれたから……」

    暫しの沈黙が舞い降りた。

    『……キャサリン……?どなた、ですか……?それは……』
    「……、」

    グレゴールは目を見開いてから、納得したように目を伏せた。

    「ああ……そうか……君達は……あの人の事を……」
    『それよりも……!投げ出したとは、どう言う事ですか……?貴方が一番許せなかった筈なのに……!どうしてそんな……!』
    「……」
    『……私達の、ご主人様なら……果たしてくださいよ!!私達を本当に想ってくださっているのなら!!』
    「……ごめん、な……」

    それまで魔物と睨み合っていたが、背後から不穏な物音が聞こえてハッと振り返った。

    「う……」

    グレゴールの足下に、髑髏が現れていた。

    「グレゴール!!」

    油断していた。
    今までの魔物は近接攻撃しかして来なかったから、攻撃手段がそれだけなのだと思っていたのだ。

    駆け付ける間も無く、髑髏はグレゴールを飲み込んで床に消えた。

    「……ッ!」

    契約者の魂をみすみす逃す訳にはいかない。

    魔物の方へ向き直り、攻撃を始めた。

    獣形態になってから飛び掛かり、半人姿へ戻って全身を引き裂く。

    『ぁぁぁああああああッ!!』

    痛みに悶えている訳ではない、ただ怨嗟だけが込められた叫び。

    その中に、微かにグレゴールの思念を聞いた。

    咀嚼して、その声だけを聞き出す。

    『……俺は……皆に、安らかに眠ってほしいんだ。バトラー達にも……キャサリンにも……』

    追撃を加えて、もっと思念を引き摺り出して耳を澄ませる。

    『アイツを殺す気が無いのは……アイツを殺したら、きっとあの人が泣いてしまうから。だから……殺せないんだ。』

    『恨みはいつまでだって残る。消せる訳無い。でも……踏み止まる苦しみを、噛み殺す事で……あの人が安らかに眠れるのなら……俺はいくらでも苦しむさ。』

    『……だから……君達の無念だけは、晴らせてやれない……』

    『好きなだけ恨んでくれ。憎んでくれ。死んだ後、苦しめてくれたって構わない。』

    『……たとえ、あの人が俺よりもアイツの事で悲しむんだとしても、俺は……』

    「うぅっ……!」

    気付けば、魔物の下半身にある髑髏の口からグレゴールが這い出ようとしていた。

    攻撃の手を止め、グレゴールの手を掴み、引き抜いた瞬間……

    『ぁぁぁああああああッ!!』
    「ッ……!」

    私の足元に髑髏が口を開けて現れた。

    掴んだグレゴールを放り投げ、痛みを覚悟して目を瞑ると……

    「何やってんだよ、あんた。」
    「……!」

    黒い獣が私を咥え、その場から飛び退いて着地した。

    「……ヒースクリフ……」
    「……嬉しそうな声出すなよ。」

    ヒースクリフは私を床に下ろすと、半人姿になった。

    「……、」

    グレゴールの顔に戦慄が走ったが、憎悪は見えなかった。

    「あんたならこんなのに首突っ込まずに逃げてた筈だろ。」
    「……グレゴールが、呑まれてな……」
    「はぁ……そもそもそうなる前に逃げる事出来たろ。そんなボロボロになっちまって。」
    「フ……流石のお前でも分かるか。」

    私は立ち上がって魔物と向き直った。

    「どうする……つもりだ……?」

    グレゴールが焦ったような声で聞いて来る。

    「……消すしかないだろ。何言ったって変わらねえ残留思念を救うのなんか無理だ。」
    「………」
    「つーか、こう言うのを消す為にこき使われてたんだけどな、さっきまで……」

    よく見るとヒースクリフも服装や髪が乱れていた。
    僅かに血が滲んでいるが、恐らく傷は魔物から奪った残留思念で治癒したのだろう。

    「……頼む。」
    「「……」」

    思わず二人でグレゴールを振り返った。

    「……解放してやってくれ……あの人達を……」
    「……」

    ヒースクリフは笑う事も、何かを返す事も無かった。

    ただ無言で、魔物に向かって駆け出した。

    「……」

    あの魔物がヒースクリフによる惨事の産物である事はグレゴールが一番分かっている事だろう。
    そして、ヒースクリフも……それを理解している。

    ヒースクリフに頼るしかなかったのは悔しかった筈だ。

    「……随分、毒が抜けたな。」
    「……冷静になっただけだ。」

    グレゴールはそれだけ返して、魔物とヒースクリフの戦いを見つめていた。

    全部奪い切るのは時間を要したのだろう。
    かなり長い時間を掛けて、魔物は消え去った。

    「はぁーーー……終わった……」

    疲れ切った様子でヒースクリフがその場で伸びをした。

    「今まで何体処理して来たんだ?」
    「5体ぐらいかな……滅多に出ねえから覚えられるぐらいしか居ねえよ。」
    「……」
    「……言うなら言えよ。分かってる事だけどさ……」
    「それなら言う必要は無いだろう。」

    そんな会話を交わしながら家に戻る為に空間を裂くと……

    「……ありがとう。」
    「「…………」」

    またしても二人でグレゴールを振り向いた。

    「……言うべき礼は言わないとだろ。」

    グレゴールが顔を逸らしてぼやいた。

    「そう言えば私にも礼を言って来たな。」
    「マジで?こいつが?」
    「お前にも礼を言っているのだから分かるだろう。」
    「………」

    ヒースクリフは焦ったそうに溜め息を吐いて頭をガシガシと搔いた。

    「……調子狂うな……マジで……」



    その日の夕食は3人で食べる事になった。

    終始ガツガツと夕飯を掻き込むヒースクリフを見てグレゴールは顔を顰めていたが、暫くの間は黙っていた。

    だが、ヒースクリフが半分まで食べ終えた頃遂に口を開いた。

    「……こいつにマナーを教えた事無いのか?」
    「無いな。私も徹底している訳ではないから。」
    「………」
    「何だよ。」
    「……もう少し綺麗に食う事を覚えろ。」

    貴族の生まれ故に許容出来ないのだろう。
    グレゴールは深い溜め息を吐いてスープを口に運んだ。

    「じゃあやってみせろよ。」
    「………」

    グレゴールは今も片腕のままだ。
    マナー通りの作法が出来る訳が無い事をヒースクリフは分かっていて挑発したのだ。

    「……ヒースクリフ。」

    流石に見過ごす訳にも行かなかったので口を挟むと……

    「……この汚え××××の××××が……」

    グレゴールの口から抑えきれなかった凄まじい悪態が漏れ出た。

    「んだと……?」

    それをあの頃から変わっていないヒースクリフが簡単に流せる訳も無く……

    「……お前達。食事中に言い争いはするものじゃ……」
    「うるせぇ、×××××の羊野郎が‼︎」
    「テメェ……ッ、誰にそんな口利いて……‼︎」
    「ふん……っ‼︎」

    テーブルに手をついて立ち上がったヒースクリフの頬にグレゴールの拳が炸裂した。

    「この……っ、」

    二人が床に転がり落ちて獣のような唸り声を上げながら取っ組み合いを始めた。

    「この……っ、汚え犬コロが‼︎」
    「うっせえ‼︎やさぐれジジィが‼︎」

    二人とも程度の低い暴言を吐きながら取っ組み合っているのをただ眺めていると、お互いが動きを止めた。

    「……お前……何泣いてんだよ……」
    「……っ、」

    テーブルに乗り上げて様子を見てみると、グレゴールがヒースクリフに馬乗りにされながら泣いていた。

    多少の引っ掻き傷は付いているものの、ヒースクリフが手加減をしたのか大した怪我はしていないようだが……

    「……なんで……こいつなんだ……」
    「はぁ……?」
    「キャサリン……どうして、こいつを選んだんだ……」
    「……、」
    「俺のほうが……ずっと……愛してたのに……」

    それを聞いて、ヒースクリフの体から力が抜けるのが見て取れた。

    「……んな事で泣くなよな……」

    ヒースクリフがそうぼやいた瞬間にグレゴールが殴った。

    「お前にとったら、その程度の感覚なんだろうな……だから……あの人は……」
    「………」

    何かを言いたげにヒースクリフは顔を顰めたが、溜め息を吐くだけに留めた。

    ヒースクリフはグレゴールの上から退くと、席に着いて黙々と夕飯を食べ始めた。

    「……」

    言おうとした戒めを飲み込んで、私も食事を続けた。

    グレゴールは私達が食事を終えるまで床に丸まっていたが、私が食器を片付けている間にテーブルの脚に背中を預けて座り込んでいた。

    「……」

    もう泣いては居なかったが、ずっと何かを考え込むように下を向いていた。

    「……」

    私が何もせずに椅子に座っていると、不意にグレゴールが立ち上がり、ふらふらと歩き始めた。

    「……どこに行くんだ?」
    「……」
    「……」

    グレゴールが剣を持って出て行くのを見届けた後、私は寝室で寝転がっているヒースクリフの元へ向かった。

    「……納得が出来なかったのだろうな。グレゴールは。」
    「……」
    「だが……あれを受け止めてやれるのはお前しか居ない。だから……」
    「……はぁ……追いかけろって事だろ。俺に。」
    「そうだ。」
    「……本来殺し合う仲だってのにどうしろって……」
    「心根をぶつけ合ってみろ。お前達にしか無い物があるだろう。」
    「……はぁ……」

    ヒースクリフはベッドから起き上がり、頭を掻きながら出口へ向かい始めた。

    その頭を撫でてやってから寝床についた。
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