死蝶とR社のグレムル白い蝶の群れが、私を覆い尽くさんと襲いかかって来ていた。
その蝶達を装甲と手甲剣で引き裂き、その度に腹の奥底が冷える感覚を味わう。
「おいで、可愛い子。俺と一緒に行こう……」
「……ッ!」
収まる事の無い蝶の群れに奥歯を噛み締め、粉砕覚悟で突進した。
R社の第4群、サイチームが出動する事になる場合は大抵が施設の破壊が目的の時だ。
R社は他の翼の特異点を保護する為に傭兵を動かす。そんなR社から下される任務に施設の破壊が入る理由は説明せずとも分かるだろう。
対人戦は大抵ウサギチームやトナカイチームの管轄だが、動くだけでも施設が壊せるサイチームは殆どの場合、施設の破壊が管轄と言っても過言ではなかった。
今回もサイチームは先陣を切って施設の人間の防御を壊し、後はウサギチームに適度に暴れ回らせて、施設の破壊に移れば良いだけだった。
だが……
確認の為にある区域を覗き込んだ時に、背筋が凍った。
薄暗い空間の中、ウサギチームやトナカイチーム、果てはサイチームの人員までもが、地面に倒れ伏していた。
皆、その体に薄く発光する蝶をとめている。
装甲の損傷も、負傷も見受けられない。
何かガスが充満していたとしても、ヘルメットを被っている状態でそんな物が効く訳が無いのだ。
異様な静けさと、死の匂いに体を震わせた。
どうにかここから他の情報を得られないかと目を凝らしてみると……人間の輪郭を見つけた。
暗順応した目が、その姿を捉えた。
その男は棺に腰掛け、煙草を吸っていた。
「人は死んだらどこに行くんだろうな……」
それが、呟くように言葉を話した。
「君達は随分な地獄を見て来たんだな。」
それが口元に薄い笑みを浮かべながら、こちらを見た。
「自分殺しだなんて……想像も出来ないぐらい恐ろしかっただろうに。」
「……」
「可哀想にな……そうするしかなかったから、そうやって……今もまだ、この世に縛られてるんだな。」
この男は……外部の人間が知っていてはならない事を知っている。
孵化場の……R社の特異点の事を。
「まだ、こんな会社の為に何かしなきゃいけないんだな……」
「……それが羽の条件です。」
「可哀想にな……翼に生えている以上、勝手に抜けるのは許されないのか。」
男は棺から立ち上がり、二丁拳銃をまっすぐ構えた。
「俺が引っこ抜いてあげないと。」
そうして蝶の掃射が始まった。
外骨格スーツに電流を走らせ、突進する。
この蝶に当たってしまったらどうなるのか分からないからこそ、片っ端から電流で弾いた。
蝶一匹一匹は脆かったが、問題は数だった。
この電流は私の体からエネルギーを吸い取って発生させている物だ。
先程動き回って疲労を感じている中で長続きはしない。
早く仕留めなければ……
男を眼前に捉えて手甲剣を胸に刺し、突き抜ける。
手応えはあった。
だが……柔らかかった。
「……いったいな……」
胸に手甲剣を刺され、持ち上げられながら……男は血を吐く気配も打撃を与えられた様子も無く、ただ冷めた目で私を見下ろしていた。
胸の底から、本能的な恐怖が湧き上がった。
人間ではない事は分かっていた。
なのに……いざ、思い知らされると……恐ろしくて堪らなかった。
その口角が吊り上がり、二つの銃口が向けられた事に遅れて気付き、腕を振り下ろして男を叩き落とした。
だが……追撃に、移れなかった。
(どうやったら殺せる……?)
それが分からず、私は立ち尽くす事しか出来なかった。
殺せないのだとしたら、動き回って不利になるのは確実にこっちの方だ。
その時、私はミスを犯した。
「ばん」
敵の前で、一瞬でも隙を見せてしまったのだ。
男の人差し指が私に向いて……私はその場に崩れ落ちた。
心臓がゆっくりと動きを止めて行った。
……嫌だ……
死にたくない……
「おいで」
私は……力の入らなくなった体から抜け出て、羽根をばたつかせていた。
私の意思ではなかった。
必死にばたばたと羽ばたかされ……男の指に、力無くとまった。
「一緒に行こうな。」
『……行きたく……ない……』
「受け入れろよ。君はもう死んだんだ。向かう先はここしか無いんだよ。」
『……でも、私は……また……』
この男は、今の私が魂その物であると本気で思っているらしい。
だが、私は知っていた。
私は魂ではなく、意識でしかないと言う事を。
私がここでどこかへ行っても、また私は複製され、選抜され……また生きるのだと。
それなら……
少しぐらい、休んでも良いかもしれないと思った。
「花を探しに行こう。君達を讃える花を……」
彼が私に口付けた時……心が安らいだ。
彼の指から肩に移動した。
彼が手を動かすと棺が開き、彼はその中に横たわり、目を閉じた。
それと同時に蓋が閉まり、暗闇で満たされた。
……もしかしたら、彼も安らぎの場所を探している蝶の一人だったのかもしれないと思った。