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    悪魔パロのグレムルだかヒスムルだかの前編

    悪魔パロ人間は興味深い生き物だ。
    知れば知る程に奥の深さを感じられる。
    理解出来る事もあれば、出来ない事もあった。

    ……今の私には、複雑に絡み合っている彼等の心は総じて理解出来ない物と化したが。

    「……フー……」

    飲み干したコーヒーが食道を通り、温度が胸に染み渡る。
    対して、今読んでいる本はどうにも頭に染み渡って来なかった。
    まるで砂が満タンの器から滑り落ちて行くかのように、数刻前に読んだ文章が残っているだけだった。

    (今日はここまでか……)

    溜め息を吐き、栞を挟んで本を閉じる。

    ……あの夜、あの夜が全てを空っぽな物にさせた。
    そして……未だに私の胸を疼かせては空虚さを思い知らせて来る。

    もう、あの夜から3ヶ月になるようだった。
    私は3ヶ月も砂を噛み締めるような思いをしていると言う事だ。

    再び、深い溜め息を吐いた。

    ふと時計を見やると、そろそろ教会を施錠しなければいけない時間だった。

    私はランタンを持って立ち上がった。

    ……いつも通りに施錠をするつもりだったのだが、今日はイレギュラーな出来事が発生した。

    人間一人が私の下を訪ねて来たのだ。
    身なりは整っているが、死の匂いと嗅いだ事のある残り香を漂わせた男だった。

    その男が、扉を開けた瞬間にレイピアの切先を隙間から素早く差し込んで来たので、私はそれを避けてすぐさまその男を礼拝堂の中へ引き摺り込んだ。

    「……ッ!」

    キッとこちらを睨み付ける目からは殺意とどす黒い怒りを感じた。
    それ以外には何も無く、そちらに大した手が無い事も分かった。

    だから、姿を曝してやる事にしたのだ。

    「退く気は無いようだから聞かせてもらうが……いつ気付いた?」

    私は、教会の神父をする事で人間に紛れ込んでいる悪魔だった。
    もう何年もやっている事なので今更バレるとは思えなかった……いや、一つだけ心当たりはあるが。

    「ちょっと前にな……てめぇが講釈垂れてる時に気付いたさ……悪魔らしい演説だったからな。」
    「……なるほど。ではこれからは気を付けるとしようか。」

    レイピアの剣心を折り、爪で首と胸を引き裂いて右目を潰し、右腕を引き抜いて転がすのにそう時間は掛からなかった。

    「ぅ……かはっ……」
    「……呆れた物だな。死にかけのくせに何故私に喧嘩を売った?」

    少しも動けなかったのを見るに、元から衰弱していたようだった。
    取ってやった腕も少しの筋肉が付いているだけで全体的に細い。
    喰っても大して腹の足しにはなりそうもなかった。

    「……、」

    目の前で腕を喰ってやっても、その男の態度は崩れなかった。
    弱りながらもまっすぐとこちらを見据えて、静かに息をしている。

    正直、気に入った。

    腕を食べ終え、ゆっくりと近付くと、男はぽつりと呟いた。

    「……このまま、死ぬぐらいなら……せめて、一体だけでも……仕留めようと、思ったんだ……」

    不意に、先程嗅いだ残り香を思い出した。

    (……そうか……これはあいつが暴れ回った結果なのか……)

    「……でも……死ぬのか、俺……」

    胸を焦がすような男の恐怖が伝わって来た。
    ああ、こいつを育てれば今よりも美味くなるな……

    「……お前は狼の悪魔を追っているんだな?」

    それまで揺らがなかった瞳が、揺らいだ。
    その瞳が、ゆっくりとこちらを見上げた。

    「あいつとは知り合いだが、裏切られた仲でな……お前がその復讐に人生を賭けると言うのなら、私が奪った腕と目に免じて体を修復しよう。」

    男にとっては、その復讐が人生の救いだったらしく……喜んで私と契約を交わした。

    失血によって気を失った男を寝室に運び、ベッドに横たわらせると、男がうなされている事に気付いた。

    酷い魘され様だった。

    (……あいつ……どれだけ暴れ回ったんだ……?)

    私とて、あの日の記憶を思い出せば腹が鈍く痛むが……この男の魘され様は尋常ではなかった。

    「……おい。」

    居た堪れなくなって揺さぶってみると、男はハッと目を覚ました。

    はぁはぁと荒い息をして暫く天井を見上げた後、こちらを向いた。
    やはり、真っ直ぐとこちらを見据える目だった。

    「……お前、は……」
    「少し前の事も忘れたか?」
    「……忘れる訳無いだろ……」

    そっと手を離すと、男はゆっくりと起き上がった。

    「……息が……しやすいな……」
    「……どこまで修復されたかについては私は知らない。契約を交わすのは私だが、達成されるまでの過程は私の管理下に無いからだ。」
    「……悪魔のくせに随分曖昧だな。」
    「悪魔を万能の存在だと思うな。……私は、特に。」

    向けられる視線に込められた物が、憎しみから好奇心に変わるのが分かった。

    「……お前は、落ちぶれてんのか?」
    「……正直、否定は出来ない。本来四つある胃を三つも奪われたからな。」
    「……あいつにか?」

    私は目を伏せて頷いた。

    「……はっ……俺はあいつにも……あいつに胃を奪われた奴にも……奪われたって訳か……」
    「……」

    この男からは尋常ではない憎しみを感じる。
    殺意と、怒りと、憤りと、憎悪が混ざり合ってドロリとした物を感じた。
    下手すれば、こちらが呑み込まれそうな程の物だ。

    「……お前は……あいつに何をされたんだ?」
    「……気付いたら……邸宅の人間が全員殺されてたんだ……床も、壁も、天井も……血塗れで……」
    「……お前に、怪我は無かったのか?」
    「不思議な事にな……でも……記憶に、余白があるんだ……だから……記憶を取られたんじゃないかって思ってる。……それだけで済ませたのは当てつけか何なのか知らねえけどな……」
    「……」

    そう言えば、あいつは……1人の女に執着していたな……

    「……お前は……邸宅に住んでいるのなら、跡取りか何かなのか?それなら婚約者は……」
    「……居ない……筈なんだがな……指輪、付けてた跡があるんだ。だから……多分……」
    「………」

    私が黙っていると、男はふぅっと息を吐いた。

    「……俺は……あの悪魔を見つけるまで出来るだけ悪魔を狩るつもりだ。見つかるまで力を付けないと……また、やられるからな。」
    「……それは結構だが……上級の悪魔には手を出さない方が良い。殺されるだけだし、何より私の立場上問題がある。」
    「立場?悪魔に?」
    「……悪魔にも社会体制という物がある。下級の悪魔ならすぐに増えるから消しても問題は無いが……上級の悪魔は唯一の存在が揃っている。消したらこちらが処刑されるからな。」
    「……じゃあ、あの犬コロは……」
    「あいつも一応上級の悪魔だ。……今は……指名手配されているが。」
    「……は……あいつはどこからも追われてる身って訳だな。」
    「……それはともかく……あいつを殺すつもりなら、私が首根っこを掴んで連れて来た時だけにしろ。一度審判に掛けなければならないから……」
    「……まるで人間だな。」
    「色々と守るべき規定が定まった都合でこうなっただけだ。お陰で人間達は無闇に喰われずに済んでいる。……過度な干渉は禁忌とされているからな。」

    そこで私は修道服を脱ぎ捨てて男を壁際に追いやりながらベッドに横になった。

    「な……なんで服脱いだんだ……」
    「この状態で就寝するのが最も心地良いからだ。」
    「あり得ない……せめて寝間着ぐらい……いや……所詮悪魔か……」
    「……貴様、少し悪魔を軽視し過ぎだぞ。」
    「フン……半裸の羊がよく言う……」
    「……少なくとも、アダムとイヴ程度の感性は持ち合わせて……」
    「……そもそもあんた……俺と一緒に寝るつもりか……?」
    「お前がベッドの上でしか寝れないと言うのならな。」
    「………」

    男が黙り込んだので遠慮無く目を閉じた。

    「……そう言えば、お前の名は何と言うんだ?」
    「……グレゴール・エドガー。」
    「そうか。私はムルソーだ。」
    「……よろしく。」
    「うむ。」

    少しの沈黙の後、グレゴールがぼそぼそと声を発した。

    「……あんた、よく寝れるな。寝首掻かれると思わないのか?」
    「……もしそれが出来たなら大した物だと誉めているだろうな。……そもそも、お前は私を殺す気など毛頭無いだろう。」
    「ふん……」

    グレゴールが仕方無く目を閉じた気配を察知し、本格的に眠る準備をした。



    『ぐぉッ……ゔ……!』

    ひたすらに暴れて、少しの躊躇いを押し殺し、爪で目や体を滅茶苦茶に引っ掻くが、腸を弄る手は止まらなかった。

    『ゔぁッ……ヒース、クリフゥゥッ!!』

    悲痛な悲鳴など意に介した様子も無く目的の物をひとしきり腹に収め、素早く身を引いて行ったその黒い獣を追うように、どうにか腕で起き上がる。

    血反吐を吐きながらも腕を伸ばして、足首を掴んだ。

    『ぅ……待て……ッ……かえ、せ……』

    本来四つあった胃の内三つが無くなり、獣の腹に収まっていた。

    獣は、紫色に光る目で私を冷たく見下ろし……容易く足首を掴む手を振り払った。

    『……あんた、そんな弱かったっけか?』
    『……ッ……』

    その一言だけで、私の執念は打ち砕かれて、爪の先は地面を引っ掻く事しか出来なくなった。

    『……どうしてだ……?』

    情けない声で、情けない言葉が漏れ出た。

    『どうして……!私は……お前の事を……信じていたのに……』

    私は……ヒースクリフが、揺らいでくれるのを望んでいた。

    胃を返してくれる事を、元の関係に戻ろうとしてくれる事を。

    だが。

    『……悪いんだけどさ……本当はこの胃、ずっと分けてほしかったんだ。』
    『……な……?』
    『4個もあるんだしあんたなら1個でも充分足りるだろ?俺に分けるエネルギーがあるくらいなんだからさ……』

    私は……何も、言えなかった。

    『欲しい魂があるんだ。あれさえ手に入ればこの胃もあんたに返してやるよ。』

    そう言ってゆったりとした足取りで去って行くヒースクリフを追う事も出来ずに、私はただただ震えていた。

    ヒースクリフがああも容易く私を裏切った事。
    自分の力が失われた感覚。
    傷口の激しい痛み。
    全てに、打ち震えていた。

    あの日から、私はこんな腑抜けになってしまった。

    「……人の事言えないぐらいの魘されっぷりだったぞ。」

    目が覚めてすぐ、契約を交わした人間にそんな事を言われるぐらいには腑抜けていた。

    「……ハァ……今、何時だ……?」
    「6時。」
    「……シャワーを浴びて来る。」

    私がそう言ってベッドから降りようとすると、グレゴールがそれを引き留めた。

    「……俺も……浴びさせてほしいんだけど。」

    私は昨日喰ってやった右腕の事を思い出し、承諾した。



    シャワー室に入るなり、グレゴールは私の股間を凝視した。

    「……あんた……その……玉……付いてないのか?」
    「悪魔に生殖は必要無いからだと思われる。」
    「思われるって……そう言うの解明されてないのか?人間よりも進んでそうなのに……」
    「悪魔は自然に沸く物だから原理を解明しようがないのが実態だ。」
    「……」

    グレゴールは眉を顰めた。

    「……だが、無限に沸く訳ではない。悪魔にも人間と同じように死や病がある。」
    「……ふぅん。」
    「……これは委員会の悪魔の一人の仮設だが……全ての生命は増え過ぎないように様々な脅威が訪れるようになっているらしい。治しようがない病や寿命、突然死はその影響なんだそうだ。」
    「……俺はその脅威の一つにあんたらが入ってると思うんだけどな。」
    「その通りだ。」

    横目でこちらを睨み付けるグレゴールを見遣る。

    「私達は人間を減らす存在だ。だが……減らし過ぎてはいけないからルールが制定されている。そして殆どの悪魔がそれを理解し、過度な干渉を控えている。」

    持っていたシャワーヘッドをグレゴールに向け、頭からお湯を被せた。

    「うっ……!」
    「だから、過度な批判は控えるように。」

           *  *  *

    グレゴールには自室で過ごしてもらう事にし、聖堂へ足を運んだ。

    今日は、心中穏やかでは居られなかった。

    昨日は殆ど面識の無かった人間に正体が知られたのだ。
    今まで以上に人間になりきる事を意識しなければならなかった。

    それを一日中続けて自室に戻ると、酒の匂いが鼻を突いた。

    入ってみるとグレゴールが机に突っ伏して酔い潰れていた。

    その周りには来客用に買い込んでいた酒全てが空になった状態で置かれていた。

    「……おい。」
    「ぅぅ……」

    髪を掴んで顔を上げさせると見事な泥酔顔でこちらを見上げた。

    「好きに飲み食いして良いと言った覚えは無い。そもそも家中ひっくり返す事が許されていない事ぐらいは分かっていた筈だろう。」
    「おれひとりここにとじこめておいてなんものみくいするなって?」
    「……せめて許される物かどうかの区別は付けるべきだ。」
    「はっ……いやならおれようのさけかくいもんおいてくんだな……」
    「……ハァ……」

    掴んだ髪を離すとグレゴールの額は机に落下した。

    監視下に置けない日はせめて大人しくしてもらわなければならない。

    渋々酒と食料を買いに行く事を決めた。

    「ん……いまからいくのか……?」
    「……私も、酒が飲みたくなった。」



    「……悪魔って、酒飲むんだな……」
    「……当たり前だ。悪魔と言っても基本的に……人間と殆ど変わりは無い……」
    「……悪魔は人間よりも酔いが回りやすいらしいな?」
    「……私が……特別弱いだけだ……」

    少し酔いの醒めた様子のグレゴールがベッドに、少し酔い始めた私が机にそれぞれ突っ伏していた。

    「まえは……ここまででは、なかったのだが……ハァ……力を……奪われたからだろうな……」
    「……胃を奪われたんだったか……」
    「ああ……それも、ただの胃ではなく……悪魔としての力の根源を……」
    「……」
    「……今となっては……あいつに分け与える程の力が私にあった事自体……不思議で仕方無いな……」
    「分け与える……?」
    「……あいつは……ヒースクリフは……私達と違って、エネルギーを得なければ……生きられない悪魔だった……」

    悪魔が生命の維持に必要とする物はそれぞれ僅かな違いはあれど、自分から行動を起こさずとも得られる物だった。

    一番接種しやすいのは人間の感情だった。
    人の波に揉まれていれば自然と吸収出来て……大抵の場合それだけで一日を平穏に生きられる程度には、栄養のある物だった。

    だから、人間の肉体や魂は栄養豊富ではあるが必須の物ではなく……人間で言うデザートのような感覚に近かった。

    殆どの悪魔が人間を栄養としているからこそ、当時の私にとってはヒースクリフの襲撃自体が不可解な物だった。

    教会を施錠している最中に、ヒースクリフは私に襲い掛かった。

    その時は私とヒースクリフの間には力の差があったので容易く返り討ちに出来た。

    「……何故私を襲った?」

    ヒースクリフはゼェゼェと肩で息をしながら壁に叩き付けた額を押さえていた。

    「……答えろ。何故私を襲った?私が羊だからか?」

    ヒースクリフは半獣の姿で、その姿には犬や狼に近いパーツが多かった。

    「そんな理由じゃねーよ……」

    今正に頭を掴まれて地から足が浮いていると言うのに、随分尊大な態度だった。

    「……喰わねーと死んじまうから……」

    ヒースクリフは……どこまでも、素直な奴だった。

    正直に物を言うし、何より真っ先に顔や体に出る。

    ……だが……あれは胃があったからこそ分かったのかもしれない。
    胃の無い今の私には、ヒースクリフの行動が理解出来なかったから。

    「……つまり……お前の権能は奪う力で、何かしらエネルギーが無ければ生きられないと言う訳か。」

    ……悪魔は自分の立場を選んで生まれて来れない。

    悪魔には上級と下級があるが、それも何の姿や依代をとって生まれて来るかによって異なる。
    姿、生態、地位、力量……全てが生まれた瞬間に勝手に付与される。

    悪魔はそうして持って生まれた基礎能力でしか生きられない為……稀に不満を持った悪魔が他の悪魔を襲撃する事がある。

    悪魔の権能の核である……私の場合は胃を、他の悪魔が奪いに来るのだ。
    殆どの場合は大した脅威にならなかったが、時々奪われるケースも発生した。

    それでも大抵は奪った者の自滅や権能を使いこなせずに奪い返されるのだが……ヒースクリフの場合は違った。

    ヒースクリフの権能自体、他人から奪う力だったからだ。
    奪った力が身の丈に合わなかったとしても、その力にどうにか適応出来てしまうのだろうと言う確信があった。

    「……」

    その時はまだ、ヒースクリフは特別警戒されるような存在ではなかった。
    だが……これからそうなる可能性を考えると、何だかそれが惜しく感じた。

    ヒースクリフはあくまでも生きるのに必要なエネルギーを求めているだけだ。
    定期的にエネルギーを与えてやる者が居ればトラブルは起こさないだろうと思っていた。

    「……喰らう以外に、吸収方法は無いのか?」
    「……ある……けど……」

    途端に歯切れの悪くなったヒースクリフに小首を傾げると。

    「……交尾……」
    「………」
    「おい、その顔やめろ。」

    片や命の危険があるので当然断られ、片や命に問題は無くともプライドが傷付くような手段だ。
    確かにこうなると喰らった方が話が早いのだろう。

    「………試しに……一度だけやってみよう……」

    私も相当考えたが、ヒースクリフを放ったらかしにすると彼が処罰される事になる可能性があった。
    それが何だか嫌だった。

    「……やったのか……?」
    「ああ……感想でも聞くか?」
    「やめろ。気持ち悪い……」

    グレゴールは酔いも手伝ってか嫌悪感に身を震わせていた。

    「……お前は……私も殺したいと思うか……?」

    グレゴールの方を振り向いて聞くと、グレゴールの目に一瞬殺意が宿った。

    「……そうか。」

    私は最後の一口を呷ってから服を脱いで、ベッドに横になった。

    勿論殺されてやる気は無いが……ただ、何となく……このぐらいの殺意に晒されていた方が、安心出来た。



    金曜日の夜、私はグレゴールと共に路地裏を歩いていた。

    部屋に戻るとグレゴールが熱心に剣を研いでおり、悪魔狩りに出るのだと言って聞かなかったからだ。
    制限するつもりはないが……もし上級の悪魔に手を出したりする事があれば契約した悪魔の責任になるので手を出して良い悪魔かどうかを助言する為に付き添っている。

    それに……もしヒースクリフと出会すような事が私の知らぬ間に起これば厄介な事になるのは目に見えていたからだ。

    よって、念の為監督が必要だと判断した。

    「……む……あれは……」
    「何級の奴だ?」
    「……下級だ。狩っても構わないだろう。」

    グレゴールは下級の悪魔だと分かればすぐさま突っ走って剣を振るっていた。

    それなので殆ど毎回負傷して、時折四肢のどれかが吹っ飛ばされるのでそれをつまみつつ治してやって見守っていた。

    終わった頃にはグレゴールは血塗れになっており、悪魔は体の様々な箇所が抉れた状態で息絶えていた。

    「……満足したか?」

    念の為そう聞いてみたが、グレゴールは首を横に振った。

    「……ここら辺にまだ居るんなら……そいつも……」
    「……ハァ……」

    グレゴールはかなり躍起になって悪魔を狩ろうとしていた。

    正直、怪我も構わず突っ込んでいるようではヒースクリフになど到底敵わないと思っていたが何も言わないでおいた。

    ……どうせ直接やり合う事は無いのだろうから。

    それに、エネルギーを使う代わりにそれなりに腹を満たせるのだからと思って一晩中グレゴールの狩りに付き合った。



    その夜、私は聖堂で人を待っていた。

    2年前に契約した人間だ。
    魂と引き換えに地位を願った男だった。
    家族が居て家計に苦しんでいたらしい。

    本当はもう少し長くする事も出来たが……このぐらいの時間の方が考える事も多く、感情も入り乱れて魂が美味くなるから2年間にした。

    そして、男は聖堂に来た。
    男の意思ではない。
    私との契約で期間を指定する際は強制的にここへ来るようにしてあったからだ。

    男は震えながら聖堂の扉を開き、その場に崩れ落ちた。

    「……お……お願いします……もう少しだけ……それで、満足しますから……っ!」
    「駄目だ。契約の期間を今更引き延ばす事は出来ない。」

    私は容赦無く男の首を掴み、男の叫び声にほくそ笑みながら鳩尾に手を当てて、一気に魂を引き抜いた。

    蒼い炎のような魂を一欠片齧ると、魂の叫びが聖堂に響き渡った。

    (ああ……美味い……)

    一口、二口と齧って噛み砕き、胃に収める。
    久しぶりに腹が満たされるような心地がした。

    どんな悪魔にとっても、この時間だけは皆幸せを感じられる。

    ……そして、快感も。

    あと一欠片を一気に飲み込んだ時だった。

    「……ッ、」

    胸に激痛が走った。

    見てみると、細い剣心が私の胸を貫いているのが分かった。

    「……ハァ……」

    前に歩いて剣心を引き抜き、振り向いた。

    グレゴールが、息を荒くして今にも倒れそうな姿勢で私を見ていた。

    「……折角の食事が台無しだ。」
    「……ッ!」

    爪の先で鳩尾を貫いた。

    「ッあ"……、がっ、は……ッ!」
    「邪魔さえしなければこんな事にはならなかった。覚えておけ。悪魔は理由も無く人を襲わないが食事に水を差すような事だけは許せない生き物だと。」
    「ゔッ……ぉ、ぐっ……」

    爪を引き抜くと、グレゴールは左腕で傷を庇ったので受け身も取れずに床に転がった。

    爪に付いた血を舐めてから傷を治してやると、荒い息遣いだけが残った。

    「……次からは気を付けろ。衝動的に動くだけでは何度もバラされるだけだ。」
    「……っ、く……」

    魂の無い抜け殻に手を掛けた瞬間だった。

    「……ただ、食って、寝て……薄っぺらい事しか吐けなくなった……羊の癖に……」
    「……!」

    抜け殻を掴む筈だった手が、グレゴールの首を掴んだ。

    「……もう一度言ってみろ……八つ裂きにしてやる。」
    「ははっ……気にしてる……って……事だな……?」
    「ッ……」

    グレゴールは首を掴んで持ち上げられながらも、嘲るように笑っていた。

    「……やってみろよ……人間の挑発にまんまと乗らされて……悔しくないんならな……くくっ……ふははははっ……」
    「……、」

    ……この挑発には何か……意味があるような気がした。

    怒りや憎しみだけでは……ないような気がする。

    でも……分からない……

    ……胃が、胃さえ揃っていれば、分かったのだろうか……?

    私は……結局何も出来ずに、グレゴールを地面に下ろした。

    「……つまんねぇ奴だな。」
    「……その安い挑発に意味を込めているのなら……私が理解する事など、期待するな。」

    私はグレゴールに背を向けて、抜け殻に手を伸ばして、食べ始めた。

    グレゴールは暫く黙っていたが……

    「……いつか……お前の事も……」

    そう呟いて、去って行く音が聞こえた。
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