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    悪魔パロ③
    後日談が長くなってしまったので一旦切る

    悪魔パロ 中②……俺は、生まれた日から同類を喰って生きて来た。
    意思が芽生えた時にはそうしてたっつーか……
    だから、周りの奴は俺に近付こうとしなかった。

    俺としてはそんなのどうでも良かったんだけど、俺自身の存在が知れ渡り過ぎてエネルギーを貰おうとしても逃げられるか返り討ちに遭う事が多くなった。

    犬っコロにやられた時が一番屈辱的だったな。
    薄汚いアイツなんかに負けるぐらい、俺は弱ってたってのに。

    『汚ねぇ野良犬め‼︎そのまま飢え死にしてろ!』
    『……テメェも汚ねぇ犬コロだろうが。』
    『何……⁉︎』

    こうして追い討ちを掛けられ、もう相手なんて選べなくなっていた。

    ひたすらその辺に居る人間やら低級の悪魔やらを喰ってどうにか生きていたが……それでも足りなかった。
    元々弱ってる俺が襲える奴なんか程度が知れている。

    だから……あの夜、ムルソーの所に行ったんだ。
    当然ムルソーもボッコボコにして来たけど……それでも話を聞いてくれて、エネルギーも分けてくれた唯一の悪魔だった。

    悪魔は普通、共感する力とか心なんて持ってない生き物だ。
    でも……ムルソーにはそれがあるって、あの時の俺でも何となく分かった。

    勿論、感情を揺さぶられる事は無かったんだろうけど、人の心を揺さぶる説教が出来るって事はそう言う事なんだろうなって思う。

    ……苦しそうな人間の魂を心底美味そうに食う奴ではあったけど。

    そんなムルソーは同じ悪魔である俺に対しても説教臭かった。

    「……お前は少し……服を着ると言う事を覚えた方が良い。」

    普段全裸で寝るクセに何言ってんだコイツ、と思いながらムルソーを見ると、それを察したのか説明し始めた。

    「……私が寝る時に服を脱ぐのは服から、役職からの解放が必要だからだ。だが、お前は常に服を着ずに過ごしているだろう。だから言った。」
    「……人間と触れ合うわけじゃねえのに何の為に服着なきゃなんねーんだよ?」
    「自分の中に規律を存在させる為だ。……お前は何故人間が皆服を着ていると思う?」
    「あー……この前聞いた。羞恥心があるからだろ?」
    「それもある。だが……人間は下半身を露出させて外を出歩いた場合、取り締まられる。公然の場で曝け出すべきではないからだ。」
    「………悪魔もこんな飾りみてーなもんを出しちゃいけねえのか?」

    俺にとってはまあ大事な機能を持っているが、他の悪魔にとっては子供を作れないのでただの飾りでしかなかった筈だ。

    「ああ。まあ……私やお前のような獣の悪魔なら問題は無いだろうが……それにしてもお前は体毛に頼らず隠す事を覚えた方が良い。」
    「……あんたが毛剃ってんのも同じ理由とか言うのか?」
    「うむ。そもそも人間と同じ生態をしてみなければ人間の心など掌握出来ないからな。……ああ、そうか。毛を剃れば着る気にもなるだろう。」
    「なっ……!おい、やめろよ!コレ無いと冬厳しいんだよ‼︎」
    「代わりに服を着れば良い。私が見繕ってやる。」
    「っ……!嫌なもんは嫌だ!!ぜってーやだ!!」

    真面目な顔で鋏を持ち出したムルソーから逃げて逃げて……無駄に遠くまで来てしまった。

    (人間の姿してりゃあ良いんだろ、人間の姿してりゃあ……)

    そんな事を考えながら耳と尻尾と毛をしまうと、人目に触れるとまずい状態になった。

    「………」

    あの時ばかりは服を着ていなかった事を猛省した。

    しまっていたパーツをまた出してその辺の路地の奴から服を奪ってまた逃げた。

    奪った服を着て草原に辿り着くと、その場に寝転がって目を閉じた。

    服越しに感じる日差しは正直気持ち良かった。

    (……たまには良いかな……)

    そんな事を考えてうつらうつらとし始めると、不意に陽の光が遮られた。

    雲かと思って目を開けると、そこには人間が居た。

    金色の髪を伸ばして、茶色っぽいドレスを着た女が、俺を見下ろして微笑んでいた。

    「……何だよ。」

    そう凄んでみせると、女はくすくすと笑った。

    「日向ぼっこかしら?狼さん。」
    「え?」

    なんでそれを、と思った瞬間に耳がピクリと動いたのが分かった。

    「ぅわっ‼︎」

    飛び起きて頭を振って耳をしまうと、女はまたくすくすと笑った。

    「そんな風に変身出来るのね。」
    「くそ……何なんだよ、お前……」
    「ここ、私の家の庭なの。気に入ったかしら?」
    「え……」

    てっきりどこかの公園なのかと思っていたら……
    辺りを見渡してみると邸宅が見えたので本当らしい。

    「あら……尻尾、出てるわよ?」
    「えっ⁉︎」
    「嘘、嘘。ふふ、尻尾もあるのね。」
    「〜〜〜っ!」

    腹が立って耳と尻尾を出して女に飛び掛かり、その場に押し倒した。

    「わっ……」
    「あんまりナメてると今こここで喰ってやるぞ。」

    威嚇のつもりでがるる……と唸ってみせると、女は目を見開いて黙り込んだ。
    でも、恐怖とかではなくて興味深い物を見たみたいな顔だった。

    「……チッ……」

    効果が無い事が分かって女の体から退いて背中を向けた。

    「……ねえ。貴方って悪魔なの?」
    「……そうだとしたら何だよ。」
    「……願い事、叶えてくれるの?」
    「……まあ……代償くれんなら。」
    「……なら、私の願い事、叶えてくれる?」
    「……」

    その言葉に、つい女の方を向いてしまった。

    ムルソーに聞いた話だが、契約者を作っておくと後々美味い魂が沢山喰えるからある程度作った方が良いらしい。

    この女は自らその第一号になろうとしていたのだ。

    「……何だよ、願い事って?」
    「叶えてくれるの?」
    「お前が見合ったもん出してくれるんならな。」

    とは言え、俺にもその"見合った物"はわからなかったのだが……

    女は俯いて黙り込んだ。

    「……ハァ……怖くなるんなら初めから言うなよ……」
    「っ、ちょっと待って……何が良いか、決めてるから……」
    「じゃあ早くしろよ。」
    「……じゃあ……まずは……」
    「……まずは……?」

    その言葉に引っ掛かりを覚えたが、結局願いを叶える事にはなった。

    この女の願い事は本当に多かった。

    兄貴の機嫌の悪さを解消してほしいだとか、旦那の心が晴れるようにしてほしいとか、メイドがもう少し優しくなってほしいだとか……本当に色々だった。

    願い事は基本何でも叶えられるが、それ相応のエネルギーが要る。
    女から貰った代償は小さな物だったので、その日はその三つが限度だった。

    そうやってムルソーにエネルギーを貰いに帰る羽目になった。

    ムルソーは本を読みながら何事も無かったかのように俺を迎え入れた。

    「どうせ帰って来るだろうと思っていた。」

    どことなく満足げに笑ってムルソーは俺を見て……見慣れない服に目を丸くした。

    「あ……その……俺も、良い服見つけてよ……」
    「……その服……人間の匂いがするが、奪って来たのか?」
    「……ん……」

    めちゃくちゃ怒られて引き剥がされた。

    「服は私が買ってやると言っただろう。これは持ち主に返して来なさい。」
    「……ん……」
    「……所で……」

    ムルソーがまた匂いを嗅いだ。

    「花畑にでも行って来たのか?」
    「あー……そうそう、邸宅の庭に……」
    「……」
    「そこでさ、契約者……作ったんだ。」

    眉をピクリと動かしたムルソーだったが、契約者の話を持ち出した途端に顔色を変えた。

    「……お前が?」
    「そう……めちゃくちゃ要求多くてさぁ……これからいっぱい搾り取れそうなんだよ。」
    「……エネルギーが足りなくなったからここに戻って来たのだろう?」
    「…………うん……」
    「はぁ……経験が足りないからだろうが、代償が小さかったのが目に見えて分かる。次からはもう少し取ると良い。」

    ムルソーからエネルギーを貰って、次の日から邸宅の庭に通い始めた。

    その内、女の名前がキャサリンである事が分かり、色々と事情が見えて来た。

    エドガー家に嫁入りした事、その旦那は病気で苦しんでいる事、幼い頃から兄貴が気分屋で困る事が多かった事、旦那の妹があまり好きじゃない、などなど……

    願い事はそれらに関係する物だった。

    俺が代償を多めに貰うのもあってか、キャサリンは日に日に弱って行き、最後の逢瀬はキャサリンの自室になった。

    「……貴方には……沢山お願い、聞いてもらったわね。」

    窓から入ると、キャサリンは俺を見て微笑みながら言った。

    「ほんとだよ。ちっせぇお願いばっか言いやがって。」

    不意に、キャサリンの顔色が曇った。

    「……私、もうすぐ死ぬのかしら。」
    「まあ……その内死にそうな顔はしてんな。代償も結構貰ったし……」
    「……そう……」

    キャサリンが笑わなくなったのを見て、何となく気まずさを感じて頭を掻くと、キャサリンがこんな事を言った。

    「……最後のお願い、聞いてくれる?」
    「は?お前、この期に及んで何言う気だよ……?」
    「……」
    「……はぁ……別に良いけど……」
    「……ありがとう。」

    キャサリンはそう言って、暫く黙り込んだ。

    「……決めてないなら言うなよ……」
    「だって、今逃したら……貴方、もう私の所に来なくなるでしょう?」
    「……まあ、そうだけどさ……でも、待つの嫌いだから早くしろよ。」
    「……もう、急かさないでよ。私が誰の為にこんなに悩んでると思ってるの?」
    「知らねえけど。」

    そう返すと、キャサリンはハッとしたような顔をして俯いた。

    「……ごめんなさい。」
    「……はぁ……」
    「……あのね……」

    キャサリンは未だ迷った様子で口を噤んだ。

    「……何だよ。」
    「……私の、心……食べてほしいの……」
    「………はあ?って、おい……何泣いてんだよ……」
    「……お願い……私……私の気持ち……分かって……おねがい……」

    キャサリンがぼろぼろと泣くものだから、俺も焦ってしまったのだ。

    「分かったって……ほら、食ってやるから……それで良いんだろ?」
    「……」
    「代償は……この願い事自体代償みてーなもんだから要らねえよ。だから……泣くの、やめろよ……」

    それなのに、キャサリンは泣き続けた。

    「ハァ……ほら、食うぞ。」
    「……っ、」
    「なっ、」

    キャサリンは……俺の頭を抱き抱えて、キスをして来た。
    俺はそのまま、キャサリンの心を食って……

    「……ぁ……」

    キャサリンの心を知った。
    愛を……知った。
    好意って物が、自分の中で形になって……

    「……、」

    抜け殻になったキャサリンを見て、涙が溢れた。

    心が塗り重ねられたんだ。
    俺は……その時初めて、キャサリンが、好きになった。

    「……キャサリン。夕食を持って来たよ。一緒に食べよう……」

    だから……何も知らないまま、キャサリンに微笑みかけて来たこの男が……心底憎くなった。

    「……、誰だ……?なんで、その子の側に居る……?」
    「……遅えよ。もう……死んじまった。」
    「……っ、」

    グレゴールの手から夕飯が滑り落ちて、耳障りな音を立てた。

    「……お前が……殺したのか……?」
    「……そうだよ。」
    「ッ……!」

    ああ……あの目……あの目だ……

    「その子から離れろ‼︎穢らわしいてめぇが側に付いていて良い人じゃない‼︎離れろ‼︎」
    「………ハッ……」

    本当に……こいつは何も知らなかった。

    キャサリンが俺の事を愛してた事も、自ら色々と差し出して来た事も……何も知らないこいつを見て、優越感に似た物が初めて俺の中で湧き上がった。

    「人間で言う旦那って奴だったか……随分惚れ込んでたみたいだな?」
    「っ、何を……」
    「その妻は俺に色々な物をくれたってのに、お前には何も話してなかったんだなぁ?クククッ……」
    「っな……そん、な……キャサリンが……こんな奴に……」

    不意に、キャサリンが今まで見て来たグレゴールの顔が浮かんだ。

    どの顔も、笑っちまう程目が蕩けていて……輝いていた。

    「……キラキラしてんな。その記憶、俺にくれよ。」
    「ッ……!」

    ふらっと歩を進めると、あっと言う間にそいつの頭に手が届いた。

    「やめろ‼︎これはキャサリンと俺だけの物だ‼︎触るな‼︎汚すな‼︎」

    そいつの絶叫など意に介さずに、記憶を奪い取った。

    グレゴールの叫び声を聞き付けたバトラー達を一人残らず殺した後、ムルソーの所へ行った、

    ムルソーは一人分のスペースを空けて、ベッドで眠っていた。

    「……」

    今、ムルソーの胃を奪えば……俺は、キャサリンの心をより詳しく知る事が出来る。

    だが……あの時は、流石に迷った。
    奪った物を返せないのは自分でも分かっていたし……何より、ムルソーの事は好きだったから。

    「……、」

    どうしようかまごついていると、ムルソーが起きてしまった。

    だから……もう、迷ってる暇なんて、無かった。

    どうせ俺は……狼だから。

    「……ムルソー……」
    「ん……どうしたんだ?」
    「……胃、くれよ。俺に……」
    「……?」
    「必要なんだよ……あいつの為に……」

    覚悟を決めて、全身の毛を奮い立たせる。

    「……ヒースクリフ、」

    その腹に、爪を立たせた。

    「ぅゔッ……!ゔぁあ"ッ……!」
    「ゔッ……!」

    ムルソーが……俺の目を引き裂いた時の痛みは、あの瞬間は……今でも覚えている。

    俺は、そのぐらいの事をしたんだって、分かっていたから。

    でも、消えたキャサリンの魂を探さなければいけなかった。
    キャサリンの魂を、手に入れたかった。

    だから、探し続けた。

    鯨の悪魔から何でも照らせる蛍光灯を奪って、必死に探し続けた。

    その結果、見付からずに……心眼の悪魔を狙う事にしたのだ。

    包帯の悪魔に邪魔をされて、全て見通されていた事が分かって……ムルソーがその場に来るのを、待つしかなかった。



    出会った瞬間に殺されるもんだと思ってた。
    そのぐらい……ムルソーは俺を憎んでるって、思ってた。
    それなのに……それなのに、あんたは……

    「ゔ……ッ、ん"ッ……ぅっ……」
    「……っ、」

    ミシミシと角から音が聞こえる。

    木の根から抜け出そうと必死に踠くが、踠く度に木の根は強く締め付けて来た。

    今、獣の形態になれば……恐らく、かなり痛い思いはするが抜け出せるだろう。

    「ッ……!」

    構うものか。

    ギチギチと背中を締め付ける枝を振り払って、皮が剥げるのも厭わずにグレゴールに向かって突進した。

    「っ……」

    グレゴールの首に噛み付き、ムルソーから引き剥がして投げ捨てた。

    すぐさまグレゴールに駆け寄り、追撃に移ろうとしたが……

    「ゔぅッ……!」

    突進した勢いを利用されて、目に剣を深く突き立てられた。
    元々失明していた目だったのは不幸中の幸いかもしれないが……それでも、視界が赤く染まるぐらいには痛かった。

    「……はっ……性根の弱い奴だな。俺ならこの状態でも動ける。」
    「ッ……!」
    「動けないってんなら引き抜いてやるよ。ほら。」

    グレゴールが剣を引き抜き、動こうとした瞬間に喉を切り裂かれた。
    鼻も、耳も、狼狽えている合間に切り刻まれて行く。

    終いには枝が腹を貫き、獣の形態を解除せざるを得なくなった。

    (痛え……けど……あいつが、やられるよりは……)

    そう思っていたが、甘かった。

    ムルソーは今この瞬間もエネルギーを吸い取られており、ぐったりと倒れ伏していた。

    「っ……おい、ムルソー……っ!しっかりしろよ……‼︎」

    ムルソーはぴくりとも動かなかった。
    代わりにグレゴールが嘲笑で答えた。

    「はは……お前が胃を3個も取らなきゃ、まだ元気だったかもな……?」
    「ッ……」

    今、体の中にある胃。
    ムルソーから、剥ぎ取った物。

    『……あんた、そんな弱かったっけか?』

    そんな事を言った記憶がある。

    あの日から、ムルソーは……

    「うーん……あと少しで吸い切れるけど……もう少し生かしておくか……フッ……あいつのお陰で今こうやって生きてるんだしな……」
    「……てめぇ……クソっ……」

    どうにか貫いて来た枝を抜こうとするが、腕が震えて自分の体を持ち上げる事すら出来なかった。

    「……殺してやるよ。ヒースクリフ。」
    「……、」

    黒い、黒い目が……俺を睨んでいた。

    「お前が俺から奪った分だけ痛め付けて……殺してやる……!」
    「……」

    ……その奪った物の中に、きっとキャサリンの記憶は無いのだろう。

    「……」

    キャサリンは……忘れられたくなかっただろうに……俺は……

    「……ごめんな、キャサリン……」

    そう呟いた時だった。

    視界が一瞬にしてオレンジ色に染まった。

    何が起こったのか、熱気で肌がひりついてから理解した。

    「漸く捕まったのかと思ったら、まさか守る事になるなんて……」

    ぼやく声の主をヒースクリフは知らなかったが、その燃えたような翼を見て彼女が辺り一帯を燃やした主だと分かった。

    「ッ、ゔ……!」

    所々から木の枝を生やしたグレゴールにも燃え移ったようで、グレゴールが狼狽えているのが見えた。

    「ぐ……ぅぅ……」

    ヒースクリフの腹を貫いた枝も燃えたので多少の痛みはあったが、火傷で出血する事は無かった。

    「ムルソー……!」

    ヒースクリフはグレゴールを置いてムルソーの所へ向かった。

    ムルソーに絡み付いていた枝は燃えて無くなっていたが、それで奪われたエネルギーが戻って来る訳も無く、ムルソーはぐったりとしたままだった。

    腰に手を当ててどうにか持っているエネルギーを送ろうとするが、出来なかった。

    「ーーーッ!くそ……っ!」

    どんな方法を思い付いてやってみても、与える事は出来なかった。

    今までも、そうだった。

    気まぐれで与えてみようとしても、奪う事しか出来なかった。
    与える事だけは、契約を介してでないと出来なかった。

    「……何を……してるんだ……」
    「っ、ムルソー……」
    「……手を……貸してみろ……」

    ムルソーに言われるがままに手を差し出すと、ムルソーが大きな爪と黒い毛の生えた手でそれを包んだ。

    「……ッ!」

    温かい物が流れ込んで来るのに気付いて必死に手を振り解こうとするが、ムルソーは離してくれなかった。

    「おい……何やってんだよ‼︎離せ‼︎やめろって‼︎」
    「……あの日……私は、お前が変わってしまったと思った……でも……」

    ヒースクリフの手を握り締める力が、より一層強まった。

    「お前は……何も変わっていなかった……それが……嬉しかった、だけの事だ……」
    「頼むから……離せよ……」
    「……私は……ずっと……お前を、愛してた……」

    流れ込んで来る物から、温もりが次第に消えて行った。

    「……ムル、ソー……」

    握られていた手を動かすと、すんなりと抜けられて……ヒースクリフは、俯いて涙を流した。

    「……お前……」

    怒りに塗れた声が、耳に届いた。

    「俺の獲物すらも……奪いやがったな……?」
    「……」
    「どれだけ、俺から奪えば気が済むんだ‼︎この薄汚え犬ッコロが!!」

    根なのか、枝なのか……それらが、視界を埋め尽くして……

    炎がそれを焼き尽くす前に、包帯がそれを阻むように伸びて、俺を吊り上げた。

    「グレゴール・エドガーと言ったか……狼の悪魔には我々が罰を下す。今は退いてほしいのだが。」
    「……悪魔が……っ、邪魔するな‼︎コイツに罪があるって言うんなら俺にだってコイツを罰する権利はある筈だろう‼︎」
    「貴方の今の行動は人間で言う私刑に値します。下したい罰があるのなら事前に取り決めておかなければなりません。」
    「てめぇらの罰なんか……どうせ同類だから死なない程度の生ぬるい罰しか下さないんだろ……俺は……俺は、そんなもんじゃ満足出来ない……」
    「……言っておきますが。」

    ファウストが数段低い声でグレゴールに言い放った。

    「……貴方は我々悪魔に加害をした身です。本来であれば貴方や……貴方と契約した悪魔にも処罰を下さなければならないのですよ。」
    「それが何だって言うんだよ……?」
    「……今すぐに攻撃を止めるのです。これ以上続けば話し合いでは済ませられなくなります。……いえ、そもそもの話……羊の悪魔を瀕死に追い込んだ時点で、貴方を殺さなければならないのです。それをしないのは……」

    ファウストのオレンジ色の目がこちらを向いた。

    「狼の悪魔が貴方から奪った物を返す事が先決だからです。」
    「……、」

    その言葉に、グレゴールが一瞬揺らいだように見えた。

    「……狼の悪魔が貴方から奪ったのは……貴方の妻の記憶です。」
    「……妻……?俺の……?」
    「……その記憶の有無で、貴方の状態が左右されるであろう大事な物です。」
    「……なん、なんだよ、それ……そんなもん……」

    グレゴールの目から、涙が滑り落ちた。

    「……今更……どうでも良い……筈なのに……」
    「……、」

    バチッと白い閃光がその場に弾けた。

    その場の奴等は何か分かっていない様子だったが、俺には分かった。

    「キャサリン……‼︎」

    閃光は一箇所に集中して明滅していた。

    俺は……包帯から抜け出して、その光に手を伸ばした。

    触れた瞬間に、それが人の形を取って……キャサリンが現れた。
    周りはいつの間にか、知らない白い場所に移り変わっていた。

    『ヒースクリフ。』

    その体を抱き締めた俺の頭を、キャサリンの冷たい手が撫でた。

    「やっと……やっと、見つけた……」
    『……ごめんなさい。ずっと……探してくれてたのに……ずっと見てたのに……』
    「……なんで……いきなり……」
    『……やっと、降りて来られたの。今までずっと、空の上に居たんだけど……』
    「……天国……?そんなの、本当にあったのか……?」

    この世界に人間が信じるような神は居ないのだとムルソーから聞いた覚えがある。
    天国も地獄も存在せず、そう言った世界は地続きになっているのだと。

    『あのね、私にも……よく分からないんだけど……私の体、心が無くなって空っぽになったでしょう?その時に……同じように空っぽになった私の魂が、上に昇っちゃったの。多分……風船みたいな状態だったんだと思う。』
    「……それが……なんで今、落ちて来たんだ……?」
    『……貴方と、あの人が……私の事を想ってくれたから。』

    キャサリンが、ヒースクリフの手を握った。

    『貴方達の想いに惹かれて、降りて来たら……空っぽの私の魂に貴方が触れてくれて、こうして元の状態に戻れたの。』
    「……ちょっと、待てよ。それじゃ……俺が喰ったお前の心は……」
    『……私の中に、戻っちゃった。』
    「……」

    無意識に、キャサリンの手を握った手に力を込めた。

    『でも、そのお陰でこうして会えたの。それに……あの人も、助けられるかもしれないの。』
    「……、」

    正直、良い気はしなかった。

    全ての発端が俺だとは言っても、あいつは……ムルソーを、酷い目に遭わせたから。

    『あのね……心も、魂の一部なの。貴方……あの人から記憶の一部を取ったから、その心の隙間に悪魔の残留思念が入り込んじゃってるの。だから……それを追い払って、戻してあげないと。』
    「……でも、俺……返し方……分かんねえよ……」
    『大丈夫。』

    キャサリンの傍から白い大きな手が浮かび上がった。

    『私が、手伝ってあげるから……羊の人にも、鯨の人にも、返してあげよう。』
    「……うん。」



    気が付くと、元の場所に戻っていた。

    キャサリンも一緒だった。

    「……、誰だ……?この……白いのは……」

    グレゴールはキャサリンを見て後ずさった。
    キャサリンは少し悲しそうにしていたが、すぐに白い手を動かし、そっとグレゴールに触れた。

    「………、」

    少しするとグレゴールは目を見開き、白い手に震える手を添えた。

    「……キャサリン……本当に、君なのか……?」
    『うん、そう……久しぶりね、グレゴールさん。』
    「……ぁ、ぁあ……っ、」

    グレゴールはその場に崩れ落ちて……キャサリンはそれに近付いた。

    「お前が……あいつが探し回っていた魂なのか?」

    ウーティスの問いにキャサリンは首を横に振った。

    『私は……ほんの一部です。他の部分は全部、上に……』
    「……天国……?」

    ファウストが目を見開いた。

    「……そんな場所が……あったのですね。」

    ファウストがそんな事を呟くと、グレゴールがハッとしてキャサリンから身を離した。

    「俺に触ったらだめだ……汚れが……移っちまう……」
    『私は、大丈夫だから……』
    「俺が許せないんだ……だから……」
    「……ハァ……」

    俺は仕方無くグレゴールの木のような右腕に触れた。

    「ッ……!触るな……‼︎」
    「大人しくしてろ。その汚え部分取ってやるからよ。」
    「な……っ、」

    大多数が取るに足らない雑魚共の残留思念な中、ムルソーのエネルギーが混ざっていたので全部を奪い取った。

    「……ぅ……」
    「わあ……案外使い道あるんですね、奪う手って。」
    「……」

    俺はグレゴールに背を向けてムルソーの方へ向かった。

    「……」

    白い手が付いて来てくれた。

    目を閉じて、体の中から物が無くなっていく感覚に耐えていると……

    「……ぅ……」

    ムルソーが小さく上げた呻き声に反応して目を開いた。

    「……?」

    ムルソーは不思議そうに瞬きをして、俺を見た。

    「……胃を……返してくれたのか……?」
    「……やっぱその察しの良さ……おかしいと思うんだけど。」

    懐かしい感覚がした。
    ムルソーの胃が無かった頃の、あの時の感覚が。

    「……グレゴールは……」
    「何つーか……えっと、まずキャサリンが……俺の代わりに、俺が奪ったモン返してくれて……そんで、俺があいつの…………」
    「……こびり付いていた悪魔の残りカスを奪ったんだな。」
    「……そう……」

    何だか恥ずかしかった。
    胃が無いだけで、こんなに言葉に詰まって頭がこんがらがるのだ。
    やっぱり1個ぐらいは欲しかった。

    「……キャサリンは、どうやって見つけたんだ?」
    「それが……いきなり現れたんだよ。聞いてみてもよく分かんねーし……まあその、あのキャサリンは魂自体じゃないらしいんだけど……」
    「……」

    不意に、こんな風に話していて良いのか……気になった。

    いくらムルソーが俺の事を許していると言っていても、俺は気になってしまったから。

    「……キャサリン……どこに行くんだ……?」

    グレゴールの涙声が聞こえ、ハッとしてそちらを振り向くと、キャサリンの姿が薄くなっていた。

    「ッ……!」

    俺も焦ってそちらに駆け寄ると、キャサリンはこちらを向いて悲しげに微笑んだ。

    『……ごめんなさい。せっかく……食べてもらったのに……』
    「っ、待てよ‼︎」

    キャサリンに触れようとすると、グレゴールがそれを邪魔した。

    「触るな‼︎また彼女を喰う気か⁉︎」
    「ッ……テメェだって引き留めようとしてたくせに……」
    『……ごめんなさい。行かなきゃ……駄目みたいなの……』

    キャサリンはどうにか輪郭を保とうとしているようだったが、既に声すら遠くなっていた。

    『……もっと……一緒に……』

    最後にキャサリンの呟きが聞こえて、その場には悪魔達と人間一人が残された。
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