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    グレムル前提のヒスムル(仮)13話
    かぜっぴきヒース

    ヒスムル(仮)13話朝、私はヒースクリフが咳き込む声で目を覚ました。

    廊下に出るとリビングで寝ていたグレゴールとヒースクリフの会話が聞こえて来た。

    「あんやぁ……熱出てるなぁ。」
    「う……まじか……」
    「薬あるかな……お、」

    リビングに入る一歩手前で立ち止まっていると、グレゴールと目が合った。

    「……風邪をひいたのか?」
    「ああ。まあ、ただの風邪……だと思うんだけどな。家に薬あるか?」
    「解熱剤と咳止めがある。貴方は氷嚢を作ってくれ。」
    「はいよ。」

    昨日のグラタンを温め、解熱剤と咳止めと一緒にヒースクリフの下へ持って行った。

    「食欲はあるか?」
    「まあ……頭がぼーっとしてるだけで腹は減ってるな……」
    「なら、食べられそうなだけ食べておきなさい。食べ終わったら薬を飲んで……」
    「……所でさ……」

    ヒースクリフは痰が絡んだのか咳払いをしてから不安そうに私を見た。

    「あんたは、大丈夫なのか……?うつったりとか……」
    「今の所は問題無い。恐らく貴方の風邪は免疫が弱くなって感染した物だろう。」
    「……そうだと、良いんだけど……ゴミ捨て場とかにずっと居たから……」
    「……今度からは公園にしなさい。」
    「やだよ……ガキいっぱい居るし……」
    「貴方もガキだ。」
    「……急にそこまで言うか、普通……?」
    「私に普通を求める物ではないと貴方が言ったのだろう。」

    ヒースクリフは呆れたような顔をしてグラタンに手を伸ばした。

    「ほいよ。これで熱冷ましな。」
    「いっ……!!」

    グレゴールがポリ袋に氷と水を入れた氷嚢をヒースクリフの頭に乗せると、ヒースクリフは顔を顰めて氷嚢を投げ捨てた。

    「あっぶな……爆散するとこだったぞ……」
    「ぅ……冷た過ぎて、つい……」
    「……寝ている間は熱を冷ます事に専念しなさい。多少痛くとも後が楽になる筈だ。」
    「ん……」

    ヒースクリフが頭を抱えながらグラタンを食べ始めた時だった。

    「あー……その、誰か看病に回っといた方が良いよな……?」

    グレゴールが頬を掻きながらそう言った。

    「……忘れていた。」
    「俺ならまだ有給あるから休めるけど。」
    「え……?いいよ、看病とか……自分で適当にやるから……」
    「熱あって頭もぼーっとしてるとか言ってる奴が無理するんじゃないよ。」
    「グレゴールの言う通りだ。ただの風邪であろうと貴方は病人なのだから安静にしていなさい。」
    「……でも……」

    私は彼がまた何か遠慮をしているように思い、ヒースクリフに言葉を返そうとすると、グレゴールが間に割り込んできた。

    「じゃあ聞くけど、お前さん……俺に看病してもらいながら罪悪感に苦しむのと一週間日中一人で放置されるの、どっちが良いんだ?」
    「……」

    ヒースクリフは私が家に帰らない時間を思い出したのか無言で私の方を見た。

    ……放置される方が嫌だったようだ。

    「よし、決まりだな。これならあいつらにも仕事回るだろ……」
    「……では私は事務所に行って来る。グレゴール、ヒースクリフを頼む。」
    「任せとけ。」

    私はヒースクリフの頭を撫でてから家を出た。


    今日の事務所は静かな物だった。

    私とあと数人、誰かのタイピング音と電話の声が響いているだけで本当に静かだった。

    「……、」

    途中、私が目の痛みに唸ると周囲の視線が一斉にこちらに向いた。

    「……何か?」
    「いや……何でも……」
    「……」

    不可解だったが私にとってはどうでも良い事だった。

    「あ、あの〜……いつもありがとうございます……」
    「……どうも。」

    あの日以降、同僚の態度が変わった。
    毎日エナジードリンクをデスクに積んで行く彼はいつも通りだが、他の者達は私の一挙一動を窺うようになった。

    いずれにせよそうなったところで何も変わる事は無いが。

    ……いや、考え直してみれば私の仕事量が少し減ったのは大きな変化だった。

    「……」

    あの人にどんな心境の変化があったのか私は考えるつもりは無いし、そもそも私はあの人の事があまり好きではない。

    だが……彼とヒースクリフがどんなやり取りをしたのかだけは気になっていた。



    「……」

    嫌な夢を見てヒースクリフは目を覚ました。
    断片的にしか思い出せないが、一人で街を彷徨う夢……だったように思える。

    「……」

    グレゴールは紙にペンで何かを書き込んでいるようだが、ヒースクリフの位置からは見えなかった。

    一人ではない事実にほっと息を吐いた。

    頭はまだぼんやりとしていたが、それでも気分は良かった。

    不意にグレゴールが立ち上がったのでそちらを見てみると、キッチンでがさごそと何かを漁っているようだった。

    ヒースクリフがそれを見ているとグレゴールが下の収納から缶詰を次々と出して何かを作ろうとしているのが分かった。

    (……何作るんだろ……)

    グレゴールの様子を見ていると、フライパンを取り出してその上にありったけの缶詰を開けて出しているのが見えた。

    ツナ、トマトソース、コーン、そして米と更に肉類を入るだけぶち込んでかき混ぜている。

    (……美味そう……)

    そう思っているとグレゴールがニヤニヤしながらコンソメとチーズを追加で入れた。

    (腹減って来た……)

    そう思っていると不意に咽せそうになって思わず咳き込んでしまった。

    グレゴールは最初からヒースクリフが起きている事に気付いていたのか皿に料理を盛ってトレーに乗せるとヒースクリフの下へ持って来た。

    「あ……今聞くの遅いかもしれないけど……食欲あるか?」
    「ん……作ってくれてありがと……」
    「起き上がれるか?」
    「大丈夫……」

    頭を押さえながら起き上がり、膝の上にトレーを置いてもらった。

    グレゴールが水を汲みに行っている間に料理を食べてみると、かなり美味しかった。

    「どうだ?適当に色々ぶち込んでみたんだけど……」
    「めちゃくちゃ美味い。て言うか……これ即席なのかよ?」
    「うん。元々そんなに自炊とかするタイプじゃなかったからレシピとか全く分からなくてな……」
    「……これで店開いた方が良いんじゃねえの……?」
    「そんなに美味かったのか?俺も食べようかな……」

    グレゴールは自分の分をよそってヒースクリフが座っているソファの傍に椅子を持って来て食べ始めた。

    「……なんで俺の近くで食うんだよ。」
    「ん……、邪魔だったか……?」
    「……うつるだろ、風邪。」
    「……そうか。」

    グレゴールは寂しそうに笑って、続きを食べ始めた。

    「……」

    ヒースクリフは諦めてそのまま食べ続けた。
    咳き込むのを我慢するのは至難の業で、時々袖で口を覆って咳き込んだ。

    「……あー……」

    グレゴールが気の抜けそうな声を上げるのでそちらを見ると、向こうも気まずそうな顔でこちらを見て来た。

    「……もしかして、変に気張っちゃってるか……?俺が居る事で……」
    「……」
    「ごめん……そこまで考えてなかった。」

    グレゴールは申し訳無さそうな顔をしながらも離れる気配は見せなかった。

    多少の不安はあったが、それでもグレゴールが側に居てくれて安心出来たのは事実だった。

    「……いいよ。………嬉しい、から……」

    気恥ずかしくて、ぼそりと呟くように言うとグレゴールが皿を置いていきなりヒースクリフの頭をわしゃわしゃと撫でて来た。

    「うわっ、ちょっ……‼︎」
    「お前さん……やっぱこうしたくなる可愛さだな。」
    「ゔ、むせそ……」
    「ほい」

    本当に器用な事に右腕のマジックアームでマスクを口元に押し付けて来て、その中で咳き込む事になった。

    「……めちゃくちゃ器用だな……」
    「もう何十年もこいつとやって来てるからなぁ。もう家族以上だよ。」

    にへ、と目と口元を綻ばせるグレゴールを見ているとヒースクリフも自然と肩の力が抜けた。

    「……あんたと居ると気が抜けるよ。」
    「変に気張るよりは良いだろ?」
    「……まあな。」

    そうして笑い合って、時間は過ぎて行った。

    食べ終わってヒースクリフが目を閉じているといつの間にか眠りに落ちており、目を覚ますとムルソーが帰って来ていた。

    「……あれ……早いな……」

    そう呟くとグレゴールとムルソーが驚いてこちらを見て来た。

    「調子はどうだ?」
    「眠い……」
    「そうか。辛かったら寝ていて構わない。……夕食はどうする?」
    「……食べようかな。」

    グレゴールがトマトリゾットを温めている最中に熱を測ると、今朝よりは下がっていたが37.1℃とまだ高かった。

    「このまま安静にしていればすぐに治るだろう。……後はいつもよりも多めに栄養を摂る事だ。」
    「おーい、ちゃんと野菜と肉たっぷり入れてるだろ〜?」

    3人分のトマトリゾットを持って来たグレゴールをジトリとした目で見て受け取ると、ムルソーが一口食べた。

    「……味付けをコンソメでしかしていないな。」
    「あ、あは……でもこれ以上味加えようあるのか?」
    「まずトマトソースに先にコンソメを入れてよく混ぜた後ツナと肉を入れて味を染み込ませるべきだ。米も先に入れたからべちゃべちゃになっている。病人に食べさせるには充分だが健康な時に食べる水っぽさではない。」
    「それお前の好みだろ⁉︎」
    「貴方はゼリー飲料とインスタント麺を食べ過ぎだ。その調子ではいつか歯と顎が使い物にならなくなるだろう。」
    「お、おまっ……そこまで言うか……?」

    やはり言い合いにおいてはムルソーが最強のようでペースに乗った事でグレゴールに対して罵りが始まった。

    「貴方が偏る程摂取している栄養は脂肪が増えやすい物ばかりだ。今は摂取したカロリー以上の運動で消費しきっているようだが例えば貴方が自分の工房を持って楽に暮らすようになった時にその食生活が祟って余分な脂肪だらけになるだろう。貴方に食生活を改善する気が見られない上に好きなだけ食べれるようになればそれは確実だろうそしてそうなった場合脂肪を落とす事は困難だ、特に貴方であればダイエットも嫌がって取り返しがつかなくなるのは確実だ。」

    ……あまりにもあんまりだった。

    「じゃあエナドリばっか飲んで食事もろくに出来てないお前はどうなんだよ⁉︎人の事言えんのか⁉︎」
    「貴方が見ていない所で必要最低限の栄養は摂っている。」
    「……ほんとかよ。」
    「嘘つけ!じゃあ何食ってるか言ってみろ!」
    「……差し入れの、野菜ジュース。」
    「お前人の事言えた口か⁉︎何だよ野菜ジュースって子供じゃないんだからそれだけで栄養摂ったとか自信満々に言いやがってこの……!」

    グレゴールが両腕を使ってムルソーをゆさゆさ揺さぶり始めた。

    ヒースクリフはそれを見て笑いながらトマトリゾットを食べた。


    グレゴールはムルソーの家に泊まって、明日の容体次第で看病を続行する事に決まった夜。

    ヒースクリフがうとうとしながら二人が寝る支度をしているのを眺めていると、ムルソーがこちらに近付いて来る気配がして目が覚めた。
    髪を固めていないムルソーは久しぶりに見た気がする。
    あの時よりもかなり伸びていて、前髪が目にかかっていた。

    「……すまない。貴方と話す時間が無くて……」
    「ん……いいけど……なんかあったのか……?」
    「……単純に気になっているだけなのだが……グレゴールは、話しやすいか?」
    「まあ……な……」
    「……そうか。」
    「………え?それだけ?」
    「ああ。」

    ヒースクリフはムルソーの顔をじっと見つめた。

    (……あれ……?こんな目の色してたっけ……?)

    向こうの部屋の明かりに照らされてムルソーの目が僅かに緑がかっているように見えた。

    青い瞳は気分によって明るさが変わると聞いた事があるが、緑の場合でもそうなのだろうか。

    ……それにしては気分が良さそうに見えないが。

    「……貴方とグレゴールが一緒に居る時間の方が多くなりそうだな。」
    「仕方ねえよ。あんたは忙しいんだから……おっさんは無理して時間割いてくれてるだけだし……」
    「……何か、埋め合わせが出来たら良いのだが。」

    そう言って考えているムルソーの表情は真剣その物だった。

    「……じゃあ、今度こそ……買い物、とか……」
    「……ああ、そうだったな。一緒に服を買いに行こう。」

    ムルソーはヒースクリフの頭を撫でて目を細めた。

    「……」

    こんな風に……優しい目で見られたのは久しぶりだった。
    だからこそ、良い思い出と共に悪い思い出も記憶の底から浮かび上がって来た。

    「……あのさ……」
    「何だ?」
    「……一回だけ……あの家に居た頃……じいさんが死んだ後、風邪引いた事あって……それがバレたくなくて、布団から出なかったんだけど……バレてさ……その時、『風邪引いてるんだったら早く言えよ』って言われたんだよ。あれって……うつされたくなかったからそう言ったのかな。それとも……心配してくれてたのかな。どっちだったんだろう……」
    「……」
    「分かってるよ。あんたはあいつらの考えてることなんて分からないんだろ?でも……今朝……あんたに嫌な顔されないかって、思っちゃって……」

    ムルソーは困ったように眉を動かして、じっとヒースクリフを見つめて来た。

    「……ごめん、変な事聞いて……」
    「……ヒースクリフ。」
    「ん……?」

    ムルソーの表情は少し険しかった。

    「……私がそれを説明出来ないと理解しているのは結構だが……もう少し、安心して私達に理想を抱いてほしい。貴方が望むような行動を、私達は取っているつもりだから。」
    「……うん。」
    「……と言っても、私が貴方を傷付けないとは保証出来ないのだが。」
    「怖え事言いやがって……」
    「嘘は吐きたくないから。」

    ヒースクリフはじっとムルソーを見つめて質問してみた。

    「……あんた、おっさんに嫉妬してるだろ。」
    「……そう、なるのかもしれない。」
    「あんたもやきもち妬くんだな。だからさっきボロクソに言ってたのか?」
    「あれは……ただグレゴールの食生活を改善させようとしただけだ。」
    「……野菜ジュース……」
    「……んん……」

    ムルソーは少しだけ恥ずかしそうに喉を鳴らした。

    「ふふっ……自分で分が悪いっての分かってたんだろ?」
    「……」
    「……あのさ……確かにおっさんは話しやすいけど……あんたとおっさんは……二人とも全然違うタイプだから良いって言うのもあるんだよ。だから、あんたがおっさんを羨ましがる事無いと思うんだけど……」
    「……だが……」

    ムルソーは目を逸らしながらぼそりと呟いた。

    「……先に会ったのは私の筈なのに、グレゴールの方が長い時間を貴方と過ごしていると思うと……何だか、複雑なんだ。」
    「……ははっ、ちょっと親バカが過ぎねえか?」
    「……親……?」

    ムルソーが僅かに目を見開いた。

    「うん。親。」
    「……親、か。」

    ムルソーは噛み締めるように呟くと、ヒースクリフの髪に指を通し、額をくっ付けた。

    「……思っていたよりも嬉しいものだな。」

    そう言って僅かに口角を上げたムルソーの額が離れて行った。

    一日中氷嚢を置いていて冷たかった額が少しだけ温まった気がして、寂しくなった。

    「おやすみ、ヒースクリフ。」
    「ん……おやすみ。」

    ムルソーが部屋に入って行くのを見送ってから目を閉じた。

           *  *  *

    「……ムルソー。」
    「?」
    「お前、俺にヤキモチ妬いてたのか?ヒースクリフが懐いてるから……」
    「……貴方にだけ懐いている訳ではない。」
    「わっかりやすいな〜お前。」
    「……だが……」
    「ん?」
    「……貴方にしか話さない事があるのは確かだ。……それが、快くない。」
    「……何でも話してほしいって?憧れの奴に?」
    「……何故それが難しいのか分からない。
    「そう言うとこだよ、お前の欠点は。」
    「……」
    「……まあなんて言うか……そう言うもんなんだよ。とりあえずそれで納得しておきな。」
    「……分かった。」
    「おやすみ。」
    「おやすみ、グレゴール。」
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