starry sky――全てが夢であったかのように、穏やかな夜だと思う。
戦勝記念祭を終えたバルドゥークの街は祭りの後の静けさを取り戻していた。僕、アドル・クリスティンは皆と別れて、一度は床に入ったのだが眠ることが出来ず、こうしてバルドゥーク大聖堂前の噴水近くにあるベンチに腰掛けて夜空を見上げていた。
ある選択をした。それは仲間たちのこれからを決めるものだった。これからも怪人たちはグリムワルドの夜を戦い続けてバルドゥークの均衡を守り続けるか、それとも怪人たちを解放しバルドゥークはあるべき姿へと戻り、厳しいながらも新たな一歩を踏み出すか。僕は選択を迫られて、後者を選んだ。
怪人たちもこれから自分たちが戦ってバルドゥークを守っていけば良いと団結していたし、クレドとジュールにとっては呪いは必要なものだと言っていたこともあった。勝手に決めてしまったが、自分の判断は正しかったのだろうかと考えてしまい、こうして外で空を見上げている。
――彼なら、どう選択したんだろうか。
栓無きことを考えてしまい、首を横に振る。気にはなるが、そんな風に思っていては僕に想いを託してくれた彼に申し訳が立たない。そう言葉では切り替えているはずなのに、心の靄は一向に晴れてはくれなかった。
「アドル。」
聞きなれた声が脳内で響いた気がした。僕はハッとしてあたりを見渡すが、人通りはほとんどなく声の正体は見当たらない。でもさっきの声は聞き間違えなんかじゃないと、僕の中では確信になっていた。
「こっちだよ。」
彼の声に導かれるままに慌ててベンチを立って、元来た道を走って戻った。その気配と声を辿って、ただひたすらに静寂のバルドゥークの街を駆ける。しんとした街に自分の足音と走りながら切らした息だけが反響する。
こうして戻ってきたのはダンデリオンの店の前だった。全力で走ってきて乱れた呼吸を膝に手をつきながら整える。その声の正体に、予感はしていたがまだ本人かは半信半疑だった。そしてようやく落ち着いた所で、ダンデリオンの屋根の上に座っている人物を見上げる。声の主である彼は月明かりに照らされて屋根の上に座りながらこちらを見ていた。もう会う事の叶わないと思っていた彼との再会に僕は驚きを隠せず一瞬目を見開くが、その表情はすぐに彼と再会できた嬉しさから緩んでいった。
「また君に会えるとは思っていなかったよ。赤の王。」
「それは僕もかな。ちょっと皆に我儘を聞いてもらってね。こうして身体を与えてもらったんだけど、時間は長くはないんだ。今日は星もきれいだし、少しだけこっちで話さないか?」
「うん、僕もそうしたいと思ってたんだ。でも、僕はもう異能が使えないからさ…ちょっと手伝ってくれる?」
「あ、そうだったね。ちょっと待ってて…よっと。」
屋根の上から赤の王は立ち上がれば、軽くジャンプし地上に降り立った。ふわりと翻るマントが月明かりで輝いているように見えて、彼は自分でもあるのだが相変わらずかっこいいなと思う。すると彼は僕の方へと近づいてきたかと思えば軽々と僕を抱えた。
「危ないからちゃんと掴まってて…ね!」
そう言って赤の王は地上のコンクリートの地面を蹴った後にもう一度空中を蹴る。何もない空中に火花のような赤い衝撃が散ったかと思えば、あっという間に僕を抱えたままダンデリオンの屋根の上に戻ったのだった。
そうしてゆっくりと僕を屋根の上に下ろせば、さっきのでずれてしまったのか手袋をぐっとはめ直して身なりを整えていた。自分で言うのもなんだけど、こうして第三者の視点から見た王様は一つ一つの仕草に貫禄があって、見惚れてしまう。
じっと見ている僕の視線が気になったのか、王様は困ったように笑っていた。
「さっきから僕のことをじっと見てどうしたんだい …?」
「えへへ、こうして間近で見ると王様はやっぱりかっこいいと思ってさ。」
「そう言われると悪い気はしないね。でも僕も正直この姿は自分でかっこいいと思ってたな。やっぱり僕と君の感性は同じみたいだ。」
少し照れ笑いをしながらも、王様はダンデリオンの屋根に先程と同様に腰掛ける。その隣をぽんぽんと誘うように屋根を叩いたので、僕も王様の隣に腰掛けた。
「今日はいい夜だね。静かで、風も涼しい。星がよく見えるからこうして眺めているだけで落ち着くと思わないかい?」
「うん、そうだね…。」
今日の夜空は綺麗だと、僕も心からそう思う。先程ベンチで見ていた時よりも夜空が近くて星も瞬いているが、心に悩みを抱えている僕はその夜空に飲み込まれてしまいそうな感じがして、見上げるのが少し怖く思っていた。
「アドル、何か悩んでるの?」
ふと、隣から見透かしたように王様が視線は夜空に向けたまま声をかけてきた。僕の今の胸の中を締めているのは、今目の前にいる王様や仲間たちのことについてだった。
それは弱音になってしまう気がして、言葉にするのが億劫になる。でも、これを逃したらもう彼とこうして話すのは叶わなくなるだろう。だとしたら、今言葉にしておかないと後々後悔することになる。意を決して僕は彼の横顔を見つめつつ、問いを投げた。
「僕は、皆やバルドゥークを過去から解き放つ選択をした。それが本当に正しかったかは、きっと誰にもわからないんだと思う。それでも、君が…赤の王ならどう決断したのかっていうのが、気になっていたんだ。」
自分の中に、確かに赤の王の記憶はあった。彼がどう感じていたのかを自分が感じたかのように感じることができた。だが、そう思えていたとしても実際に怪人たちやダンデリオンの皆、バルドゥークの人々と長く関わってきた彼と自分では多少ではあるが感じ方が違うのではないかと思う所があった。だから、こうして再び別々の存在として話ができる今、聞いておきたかったのだ。
隣の赤の王はきっとそんな僕の気持ちもわかっていたのだろう。その問いに思い返すように目を伏せて、アドルへと話し始める。
「ジュールは自分の望みを諦めない強い子で、でもその勇気を与えたのは外で冒険を続ける君の姿だと言っていた。ユファは明るくて優しい分、人の事ばかり優先してしまう所があったけど、君が最後に背中を押してくれたから弟や妹たちに話すことができたんだと思う。アネモナは自分の目で多くのものを見て感じて、どんどん成長していったよね。そして、ちゃんと自分の大切だった記憶を手繰り寄せた。」
「うん…。」
「クレドは粗暴に見えて誰よりも周りを見てくれていた。だからこそあの時仲間と離れる決断をしたんだろうし、君が彼を繋ぎ止めてくれたことには心から感謝している。キリシャは最初と比べて物怖じせずに何でもはっきり言える子になったよね。彼女はきっとこれからもどんどん素敵な大人の女性になっていくんだろう。」
「うん…そうだね…。」
それは、赤の王が仲間たちと駆け抜けて感じた話と、僕にバトンを渡してから見守っていた時の話だった。
「僕だけじゃない。君が皆の背中を押して、僕の想いも継いで前を走ってくれたから今があるんだ。それが正しいのかは君が言った通り、僕もわからない。ただ、僕が選択を迫られたとしたら…」
星空から隣にいる僕の方へと視線を移して真っ直ぐに見つめる。どこまでも吸い込まれそうな同じ漆黒の瞳。一切の迷いを感じない、常に前を駆け抜けてきた王様の目を僕も逸らすことなく見つめ返す。するとその表情はいつも通りの優しい微笑みへと変わった。
「皆はもう自分がやりたいことも、進むべき道も見えていた。だとしたら、もう過去に縛られる必要はない。皆もバルドゥーク自体も新たな一歩を踏み出すべきだって…僕も、君と同じ選択をしたと思うよ。」
皆、家族や過去、自分自身について悩んでいる部分があって一歩踏み出せないところがあったのを知っている。それを乗り越えた仲間たちにもう檻は必要ない。過去に縛られず、行きたい所に行って、やりたいことをやってほしいという彼の想いなのだろう。
それはバルドゥーク自体にも言えることだ。過去は尊く慈しみ、大切にすべきものだとは思うが、時代はもう進んでいる。怪人、過去の英雄達が戦うのを繰り返すのでは何も変わらない。新しい未来をこれから切り拓いていくことで、きっと変わっていく。彼の言葉に胸を撫で下ろし、笑みを零す。その言葉が聞けて、僕は心底安心した。
「僕は君なんだから、ある程度予想はついてたんじゃないか?君の中には記憶として、ちゃんと居たんだから。」
「そうだったとしても、こうやって話して言葉で聞くのとはまた違うだろう?僕は君の口から聞きたいと思ってたんだ。願いが叶ってよかった。」
「そうだね…僕もこうして君に直接お礼が言いたかったんだ。願いが叶ったよ。感謝しないとね。」
自らの右手のひらを見ながら尊むように呟く赤の王。一度消えてしまった彼を一時的にでも具現化させるような奇跡の力。それを可能とする存在は、何となく予想がついていた。
「赤の王、君を具現化させてくれたのって…。」
「あぁ、想像の通り、君が話した魂魄達だ。『アドルさんの背中を、最後に押してくれませんか?』って頼まれてね。彼女が言った方が君も嬉しいかと思ったんだけど。」
「今ので誰がそう言ってくれたかわかったよ。相変わらず僕は彼女に助けられてばかりだ。」
「こうして僕も願いを叶えてもらったわけだし、僕達は彼女に頭が上がらないね。」
目を閉じれば、透き通るような青い髪、優しい声色が今でも蘇る。決して忘れることのできない自分にとっての始まりだった女性。魂魄の姿だったとしても、再び話せただけで奇跡だと思ったのに、こうして僕達二人とも彼女に背中を押されたんだと思うと本当に頭が上がらないなと苦笑する。そして、僕と同じように王様も彼女のことを大切に思っていてくれたことが嬉しかった。
「アドルにとって、バルドゥークの冒険はどうだった?」
ふと、次は王様から問いが投げかけられる。さっきは王様に答えてもらったから次は僕の番だなと、僕も今回の冒険を思い返すように目を伏せる。
「まさかいきなり捕まって投獄されるなんて思わなかったよ。団長の手刀も痛かったなぁ…。」
「ははっ、そうだったね。でもアルタゴの時もすぐ投獄されたし、あんまり変わらないんじゃない?」
「あの時はすぐに出してもらっただろう?」
「サイアスが出してくれたんだっけ、懐かしいね。」
「でもまぁ、そのおかげで監獄都市らしい冒険ができたのは確かかな。監獄の中でもグザヴィエやマリウス、他にもいろんな人と出会った。一人だけじゃきっとここまで辿り着けなかったよ。そして、君が道を切り拓いてくれた。だからこそ、僕はその先へと進めた。」
僕にとっての赤の王は僕であるし、でも僕よりも頼もしくて彼の背中はとても眩しく思う。だからこそ怪人の皆やダンデリオンの皆は迷わず彼を信じてついてきたんだと思う。そんな君と一緒に冒険できたバルドゥークでの体験を、僕は忘れる事は無いだろう。
「あと僕、兄弟がいないからさ。お兄ちゃんが居たらこんな感じなのかなって。」
「それは面白いね。というか僕がお兄ちゃんなんだ。」
「誰が見たってきっとそう言うよ!だって王様の方がかっこいいし!」
「君はそういうけど、僕はアドルのことがかっこ良いと思うよ?やっぱり第三者視点で見るとちょっと違うのかもね。」
そういうものかなぁと空を見上げた後に、お互いの顔を見合わせて同時に笑った。こうしてもう二度と会えないと思っていた彼と他愛のない話ができる時間が尊くて、大切で…でもそれが長くは続かないということもわかっていて、だからこそ楽しい話をしたいと… そう思っていたのに。
「アドル…?」
急に王様が心配そうに僕の方を見ていた。その理由がわからなくて一瞬うろたえるが、その原因は自分の瞳から一粒、真っすぐ雫が頬を伝っていってようやく気が付いた。
「あ…れ…、ごめんね。ちょっと笑い過ぎちゃったのかな…。王様と話してる時間が楽しくてさ…きっとこれ以上気の合う友人と出会えることは無いんじゃないかって思うくらい…たのしくて……。」
「うん、そうだね。僕もこんなに気の合う友達と出会えたのは初めてだったかもしれない。」
「楽しいから、もっと楽しい話をしたいと思ってたのに…おかしいなぁ…。」
笑っているのに、何故か瞳には涙が溜まった。自分でもよくわからなくて、きっとわかろうとしていなくて。わかってしまったら、王様を困らせるだけだと、そのことだけは明確にわかっていたからだ。 ぐっと、雫がこぼれる前に目尻を拭う。何とか引っ込めようと堪えれば堪えるほど鼻の奥がツンと痛んだ。
「アドル、ちょっとこっち向いてくれる?」
いつの間にか隣に座っていた王様は、いつの間にか胡坐をかいて正面を向きで座っていた。ちょいちょい、と手招きしながら言われれば、僕も同じように王様に正面から向き合うような形で座った。
どうしたんだろうと不思議そうに見ている僕を安心させるように王様はふわりと笑みをこぼす。そして、ゆっくりと目を閉じれば、右手をまっすぐ前へと伸ばして、そのまま僕の右胸に指先から優しく触れた。
「もちろん僕ももっと話せたら楽しいだろうなって思うよ。でも、不思議と寂しくはないんだ。こうして話したりすることはできなくても、僕は君と共にある。僕が駆け抜けたバルドゥークでの冒険を、君の記憶と合わせて連れていくことができる。僕の魂も、記憶も、消えることはない。そう思ったらさ、僕のために涙を流してくれた君には不謹慎なんだけど…」
「ワクワク、するよね。」
王様の言葉にする前に、その言葉を僕は口にする。きっと、彼が言いたい言葉もそれなんじゃないかと、そう思って。
その言葉を聞いて、王様はゆっくりと目を開いて、正解だと言うように、にっこりと笑って見せた。
「そういうこと。だから、もしこの身体が消えてしまったとしても僕はその先に君と歩む冒険のことを楽しみにしているんだ。だから、言うとするなら二度目になる
んだけど」
僕の胸に当てていた手を、そのまま今度は僕の前に王様は差し出した。
「一緒に連れて行ってくれないか?アドル・クリスティン。」
あの時と同じように伸ばされた手を、僕は迷わずに握り返した。王様が言うように、何も寂しがることはなかったんだ。これからも僕たちの冒険は続く。王様の記憶を連れて、僕はひたすらに前へ。まだ見ぬ冒険が、僕たちの前にはまだまだ広がっているのだから。
「絶対に退屈させないからさ。これからもよろしく、赤の王。」
「それは今から楽しみだね。改めてよろしく、アドル。」
ぎゅっと、王様の方から手を握り返されたと思えば、急に王様の身体が青く光り始めて、僕は察してしまう。もうこうして話せる時間も終わりなんだと。
「そろそろ時間みたいだね。いざ最後だって思うと、やっぱり少しだけ寂しいね。」
「王様…。」
「うん、でも後悔は一つもない。作られた身だったけど、僕は幸福すぎるくらいだと思う。だから、これでいいん
だ。」
ぽんぽん、と僕の頭をあやすように撫でれば、そのまま屋根の上に立ち上がる。左手を勢いよく横へと伸ばせば赤いマントがバサっと音を立てて翻り、その音は静寂の街に反響した。彼と言葉を交わすのが最後かと思えば寂しさもあるが、月光の下で青の光と鮮烈な赤が混じり合うその光景は、心から美しいと思う。
「アドル、これからも君は好奇心のままに前へと進んでほしい。冒険は楽しいことだけじゃなくて、辛いこともいっぱいあると思う。それでも君は君らしく、ワクワクする気持ちを忘れずに歩んでほしい。そうじゃないと、一緒にいる僕も張り合いがないからね。」
くすりと笑いながら、王様はそう僕へと願いを託した。
最後まで僕を気遣って言葉をかけてくれる優しい王様。 僕は彼に心配をかけまいと、その言葉に満面の笑顔で返した。
「退屈させないって言っただろう?王様が寝てる暇もないくらいに、これからもいろんな所へ連れて行ってあげるから、楽しみにしてて。」
「うん、その言葉を聞いたら心の底からワクワクするな。」
僕の言葉を聞いて、子供っぽく無邪気に王様は笑った。こうして最後の時を、彼が笑顔でいてくれることが何よりも嬉しかった。きっと残された時間も多くはない。僕は青い光と共に徐々に淡くなっていく王様の姿を目をそらさずにずっと見つめる。
その時、静寂の街にバタバタと数人が走ってくるようなコンクリートを蹴る音が聞こえた。真夜中のバルドゥークには似合わない音だ。その音は、徐々に大きく聞こえて、こちらに近づいてきているのだとわかる。
やがて、その音はすぐそこにまで近づいて、正体を現した。
「待ってください!!赤の王さん!!」
王様は目を見開いて驚いたような表情で屋根の下に目を向ける。そこにはキリシャ、クレド、アネモナ、ユファ、ジュール、アプリリスと共にバルドゥークを駆け抜けた仲間たちが揃っていた。
「みんな…どうしてここに…?」
「私も夜、眠れなくて…。そうしたらお部屋に不思議な花弁が舞い込んできたんです。それに導かれるように走ってきたら、偶然皆さんとばったり遭遇して…。」
「というか、僕たちもキリシャさんと同じで花弁に導かれてここに来たんだよね。色は違うみたいだけど。」
そう言ってジュールが手のひらを開けば、青い花弁が光っているのが見えた。そして、皆握っていた拳を開けばクレドには黒い花弁、アネモナには金色の花弁、ユファには蒼い花弁、キリシャとアプリリスには青白い花弁が手のひらの上でちかちかと光っていた。
それを見て、僕と王様は顔を見合わせて笑った。
「魂魄たちの残留思念ってところかな。王様は愛されてるね。」
「うん、これは僕のことを甘やかしすぎかなって思うけどね。でも、これで最後に皆とも話ができる。」
ふぅ、と一息つけば王様はダンデリオンの屋根の先に立って、駆け付けた仲間の方へと近づく。王様の身体を見るに、残された時間も少ない。そんな中で赤の王は、会うことも諦めていたであろう仲間ともう一度会えたことに、少し瞳がうるんでいるのがわかった。
その屋根に佇む王の姿を、ただ下にいる仲間たちは目を逸らすことなく、じっと見つめていた。王様は言葉が纏まったのか、一人一人に視線を配って話し始める。
「ジュール、君は目標を叶えるために自ら手を伸ばす意志の強さを持っている。これからは大切な人との時間も大事にしながら、君らしく色んな目標に手を伸ばしてほしい。諦めない想いが、きっと君に沢山の景色を見せてくれるはずだ。」
「うん…ありがとう、赤の王さん。僕は何かを悲観したり、諦めたりしない。きっと僕が目指す目標に追いついて見せるから。」
「ユファ、君の優しくて明るい所にはいつも助けられていたよ。その分、君は頑張りすぎるところがあるから自分にも優しくしてあげてほしい。自分の幸せについてもそろそろ考えてあげてもいいんじゃないかな?」
「私も赤の王さんの優しさにいっぱい甘えてたよ…。ありがとう。これからはみんなと自分の幸せについても考えて、どうするか決めていくね。」
「アネモナ、君の自分の目で見てみたいって気持ちが色んな感情を引き寄せたんだと僕は思うよ。その探求心を、手に入れた想いを、これからも大切に過ごしていってほしい。この世界には、まだまだ発見はいっぱいあると思うよ。」
「貴方の隣にいたからいろんな景色を見て、色んな感情を知ることができました。私たちを導いてくれた王よ… 心から感謝しています。」
「クレド、君なら自分で殻を破ると信じていたよ。これからの生き方は自分で決めているんだろうけど、どうか君の思うままに自由に進んでほしい。新しい経験や新しい出会いが、きっと君をより強くしてくれる。」
「言われなくてもそうするつもりだ。まぁ…テメェが来てからはなかなか退屈しねぇ日々で、悪くなかったぜ。」
「キリシャ、最初に会った時よりも随分強くて物怖じしない素敵な女性になったね。君が…僕が本当のアドルじゃなくても関係ないとすぐに言ってくれたこと、本当にうれしかった。君は僕のおかげで前に進めたと言っていたけれど、僕もあの言葉に救われたんだ。ありがとう。」
「赤の王さんは私たちと共に過ごした仲間で、それは今でも揺るぎません!赤の王さん、あなたと出会えて本当によかった…!」
「アプリリス、僕に皆と戦う力を…『赤の王』という名前を与えてくれてありがとう。おかげで今回も素敵な仲間と最高の冒険ができた。最初はちょっと恥ずかしかったけど、今はこの名前が、皆の先頭に立つ存在になれたことが僕の誇りだ。」
「貴殿のような誇り高き王と共に戦えたことは私にとっても誉れだ。こちらこそ礼を言わせてほしい…ありが
とう。」
一人一人に、王様は最後の言葉を託す。それは今までの感謝の気持ちと、仲間のこれからを気遣う言葉だった。全員に声をかけ終わった後には、王様の身体はほとんど実体を保てていなかった。それでも王様の表情に陰りは無くて、清々しさを感じるほどだった。
「赤の王という名前と、皆と過ごした時間が、僕の生きた証だ。皆やバルドゥークに良き未来が訪れることを、僕は心から祈っている。」
その身体はついに光の粒となって足元から消えていく。そんな状態でも、うろたえることなく堂々とした背中と仲間やバルドゥークの未来を案じる優しい声。 もう伝えたいことは伝えた。そう言うように彼はそっと瞼を閉じる。そして、魂魄たちの奇跡によって具現化されていた赤の王の身体は光の粒となって目の前から姿を消した。
そして、役目を終えたというように皆の手のひらに握られていた花弁も光の粒となって天へと昇っていく。それを少し悲しそうに見つめながらキリシャは呟いた。
「赤の王さんは、消えてしまったのですか…?」
彼の前では泣くまいと我慢していたのか、泣きそうな表情で僕に尋ねた。その言葉に、僕は確信をもって首を横に振った。
「彼は僕の中にいるから、消えてないよ。だから今までと何も変わらない。これからも僕と冒険しながら、きっとバルドゥークのことも見守ってくれてるはずだ。だから大丈夫だよ。」
赤の王は、ちゃんとここにいる。光が流れ込んできた胸にそっと手を当てればふわりとあたたかくなるような気がした。そのあたたかさが、彼はちゃんと一緒にいるんだと伝えてくれる。
「あ!!みんな見て見て!!」
「あ?こんな時に何だ牛女。」
「空だよ空!!」
「空に何かあったの…ってこれって…。」
ユファが慌てて空を指さすのを見て、クレドとジュールも渋々顔を上げた後に目を見開いていた。僕もどうしたんだろうと空を見上げれば、その理由がわかった。 見上げた星空にはいつの間にか無数の流星が夜空に線を描いていて、幻想的な景色を作り出していた。
「流星群か、珍しいな。」
「これが流星群…。私も初めて見ました。」
アプリリスとアネモナも珍しいものを見るようにその夜空を見上げる。それにつられて、キリシャも夜空の方へと目を向けた。
「アドルさん。」
「何だい?」
「赤の王さんも、この夜空を見ていてくれますかね。」
夜空から僕の方へと視線を移して、そう僕に尋ねるキリシャに、僕はもう一度胸に手を当てながら答える。
「あぁ、王様のことだから、きっと目を輝かせながら見ていると思うよ。」
そう答えれば、安心したようにキリシャも表情が綻んだ。僕もそれに笑顔で返して、夜空を見上げる。
この景色を、君も見ているだろうか。それは僕の憶測でしかわからないけれど、この胸のあたたかさとバルドゥークを愛していた君なら、見ているんだと信じている。
「すごく綺麗な夜空だね。王様。」
心の中の彼に語り掛けるように、小さく呟く。
赤の王は怪人でありながら、子供から大人にまで人気なバルドゥークのヒーローだった。優しく、どこまでもまっすぐに道を切り拓く彼のことをそう思っているのは、僕も同じで。でも彼は特別な人間ではなくて、ただ人より好奇心が旺盛で冒険が大好きな青年だということも知っている。
君と交わした他愛のない話も、約束も、僕は決して忘れない。これからも、お互いにまだ見ぬ冒険に心を躍らせながら、道なき道を歩んでいこう。
きっと思い思いのことを皆考えながら見上げる誓いの夜空。その表情には曇りはなく、彼との約束の通りにこの先の未来を見つめていた。