偶像の死人も神も、その生の幕を閉じる時というのはあっけないものだ。
磔にされた体が、縛られた両腕が、血を流す頭部がひどく痛む。体中にガソリンが染みて不愉快なはずだというのに、私は己に降りかかった全てを他人事のように感じていた。
人間ごときが神たる私に罰を下すなど片腹痛いと思ったが、今の奴らに私の威光はもう通用しない。人間を言葉で操れなくなれば力でねじ伏せられる、そんな単純なことが起こったというだけなのだ。
まあ良いだろう。私という神の有難さが理解できなかった愚者共にはあの世から罰を与えてやる。神殺しの未来に光が見えることは無いということをその身で知るが良い。
とある人間が近づいてくる。
嗤うそいつは黒いフードで目元を隠しているが、隙間から緑色の髪が見えた。
間違いない、あいつは。
15年前、教団の中で信者から特別視されている者がいた。
私はそれが許せなかった。
崇め讃えられるのは私だけで良い。人間は皆この私にひれ伏すべきだ。
しかし、そいつを教団から追放するだけではつまらない。余す所なく利用して要らなくなれば捨ててやろう。
そう考えた私は、そいつに考えうる限りの苦痛を与えた。お前にとっては怪我のひとつぐらい大したものではないだろう?そう言いながら。
まさかそいつが私への叛逆を先導していたとはな。昔は虫も殺せぬ顔をしていたくせに生意気じゃあないか!
せめて最期に神からの有難い言葉をくれてやろう。
「貴様は誰よりも残酷な死を迎える。ただ死ぬだけではない、その身にありとあらゆる苦痛が降り注ぎ、私を殺したことを後悔しながら死んでいくのだ!愚かな男、狩辺テヱム!」
「……」
「何か言ってみたらどうなんだ? 今からでも懺悔して心から謝罪するなら赦してやる」
「……」
男は黙ったままだ。
「おい、本当に殺すのか……? この神たる私を? 今すぐやめろと言え、早く言えよ!!」
「……うるせえな。それがなんだって言うんだよ、関係ねえ」
彼はそう言いながらフードを取る。その顔は、知っている筈なのに知らない顔をしていた。
「それに、僕とあのクソ兄の見分けすら付かないなんて笑い種だな」
は?何それ、聞いてない。
私を取り囲むようにして火の手が上がる。目の前の男が着火したのだ。
それは一瞬にして私の全身を這い回った。
暑い、熱い、あつい。
信者だった奴らは我先にと施設から逃げていく。
フードの男は子供のような笑い声を上げながら出口へと歩いていく。
酸素を奪われ喉を焼かれて声が出ない。
私を信じる者は、もういない。
そう思うとなんだか笑いが込み上げてきた。こんなに素晴らしい神を崇拝するどころか殺すだなんて、やっぱり愚かとしか言いようが無い。
自分すらも救えぬ神は人間がいなければ生きていられないというのに。
その後、カルト教団のアジトが全焼したというニュースが世間を騒がせた。
教団は数々の犯罪に手を染めており、信者から搾取して私腹を肥やしていた悪名高い団体だった。
施設内からは数人の幹部と思わしき人物、刺殺された教祖、磔にされた1人の女性が焼死体となって発見された。
警察は犯人の行方を追っているという。
シャトウの死を悲しむ信者はもう、いなかった。