Dom/Subユニバース ①___物心ついた時から、何かが足りないような気はしてた。私を大切に育ててくれた両親も、優しく頼れる友人もいて、恋人はいないけれど、周りと比べても自分は裕福なのだと思う事もある。まぁ一部を除いては何不自由無く、平和に、幸せに生きてきた。でも、あと1ピースだけ無くしてしまって埋まらないパズルのように、何が足りないのか分からないのに、足りないような気がしてた。理由は分からないけど、夢を見る度何故か懐かしい気持ちになっていた事だけは覚えてる。
20歳の誕生日。一人暮らしの私は、大学の帰りにケーキ屋に寄り道をして自分用のケーキを買った。ケーキの箱を片手に持って、ゆっくり歩く。両親は遠くにいる私に誕生日プレゼントをわざわざ送ってくれて、友人も誕生日を祝ってくれた。近くの店に何か食べに行こうとも誘われたのだけど「今日は少し疲れちゃったから」と嘘を吐いて断った。「そっかぁまた行こうね」と友人は私の心配をしながらもそう言ってくれた。少し、というかかなり罪悪感があったから次行く時は奢るわね...。
断ったはいいものの、特に何も無いし...。今年の誕生日はぼっちなの?私。友人と一緒に食べに行けばよかった!...断ったのは自分なんだけど、自分じゃないっていうか...。偶にこんな風に自分が自分じゃ無くなってる気がして仕方が無い。口が勝手に動いたり、体が勝手に動いたり。でも病気じゃない自信だけは何故だかあった。
夕暮れの空を見上げながら歩く。
ふと、目の前の路地裏から怒声や汚い笑い声などが聞こえてくる。まだ暗くもないのに酔っ払いたちが暴れてるのかしら。こういうのは関わらないのが1番。1人でその路地裏の入口の前を通りかかったとき、"Command"が聞こえてきた。
通り過ぎようと思っていたが、Commandが聞こえてきた為足を止める。近年ダイナミクス関連の犯罪が増えているとニュースで聞いた。ここで見て見ぬふりをして通り過ぎるのは本当に適切な行動なのか。そんなの考えなくても分かる。警察に通報する為にスマホを握り締め、とりあえず中の様子を確認しようと路地裏の奥へ目を向けた。
心臓がドクリと跳ね上がり、頭に金槌で殴られた様な衝撃が走る。直後、私は無意識に走り出していた。鞄もスマホも、何となく大切に持っていたケーキの箱も地面に落として。目が熱くなって、頭はモヤが晴れたように妙にクリアで、それでいて、腸が煮えくり返りそうだった。
あぁ、思い出した。あのSubは、あの男は、あの人は__
私のものよ。
「退きなさい」
「あぁ?なんだァ?...ひっ!?」
「退きなさいと言ったの、聞こえなかったかしら?」
「ひ、ひぃぃ!!ば、化け物!!」
ひぇぇと奇声を上げながら、私のものに手を出したDomは逃げていった。化け物はどっちよ、弱い物いじめしか出来ないクソ野郎が。
私は目の前のSubに、ウツシさんに目を向けた。
幸いSub dropはしていない様だけど、顔色は悪いし、微かにだが震えている。
「ウツs...」
名前を呼ぼうとしたのを咄嗟に止めて考える。
さっきまで私は前世...でいいのかしら、とりあえず記憶を失っていたし忘れてた。ウツシさんの記憶が無い可能性も大いにある。
その場合私、ストーカー扱いされないかしら??
危機的状況だったと言えど、自分のSubだと認識してDefenseになった訳だし、GlareをDom相手に放ったし...。
あー!そんな事は後で考えましょう!とりあえず優先すべきはウツシさんよ。Commandを使われていた訳だし、Careを優先しないと...!
「ウツシさん。"Look"」
無言だが、ゆっくりと顔を上げてくれる。
お世辞にも顔色は良いとは言えないし、目の下の隈も目立つ。さっきのだけではここまでならないはず。Playを最近して無いのかしら。
「"Good"!よく出来ました。ウツシさん、私の名前は言えるかしら?"Say"」
これは賭け。私の今の容姿は前と変わってない。もし、ここで、私の名前が出てきたなら...。
「...シ、ハル...」
「!"Good boy"、ウツシさん」
覚えてる、って事で良いのよね。
いつまでもここにいる訳には行かないわよね。私の住んでるマンションはもう少し歩いたらすぐに着くし、そこに行くべきね。
「歩ける...かしら...?」
私の言葉にコクリと頷いて立ち上がる。少しフラついてる気がしなくも無いけど、歩けそうね。
「私の家に行きましょ。手を繋ぐわね。それじゃあ行きましょう」
手は繋いだはいいものの、ウツシさんがそこから動く気が無さそうなのよね。そんなに手を繋いだのが嫌だったのかしら...。かなり傷つくわよ。
...それとも、Command待ち?
「ウツシさん、"Heel"」
ゆっくりと私の横に来てくれるウツシさん。
Command待ちだったのかは分からないが、私の言ったCommandで動いてくれているだけ良しとしましょうか。
走り出した時に落とした鞄やスマホやケーキも回収して自宅へと歩き出した。
あ、スマホの画面割れてる...。
ーーーーー
あれだけたくさんの記憶が入って来たけど、今生きてる時代の記憶も忘れる事はないし、頭も痛くないのが不思議だわ...。
エレベーターに乗って、自分の部屋の階へ昇って、部屋の鍵を開けて中へ2人一緒に入る。勿論鍵はすぐ閉めたわ。
連れ込んだ私が言えることじゃないけど、危機感大丈夫かしら...。
「"Good"ウツシさん。お疲れ様。とりあえずリビングに、っとと」
「シハルっ、シハル...なのかい...?」
「えぇ、ウツシさんの"特別な"愛弟子、シハルですよ」
「っ、ぁ...あぁ....」
「泣かないでウツシさん、私は貴方の涙に弱いのよ」
ギュッと抱き着いてきたウツシさんを抱きとめながらあやす様に背中を摩る。ウツシさんは、いるから記憶があったのかしら...。年齢差は前と余り変わらないように見えるけど。
落ち着いて来たのか、たどたどしくだが言葉を紡いでくれるウツシさんの話を聞いていた。
「いつ、記憶が戻ったんだい...?」
「ついさっきよ。...ねぇ、何だかその言い方、私の事を知ってた様な...」
「...20歳の誕生日に、記憶が戻って。運命の巡り合わせかのように、幼い君と会った」
「20歳の誕生日...ウツシさん、今で何歳なの?」
「28歳だよぉ...俺、これ犯罪にならない...?」
「愛があるから大丈夫よ。じゃ無くて、私は今日で20歳なの!12歳の時に...ウツシさんと会った事あったかしら」
「!誕生日おめでとう」
おめでとう。と言う言葉に、素直にありがとう。と返して少し考える。20歳に2人とも記憶を取り戻したのね...。歳の差は前と変わらず。うーん、12歳の時の記憶が曖昧だわ...。
「君、その時12歳だったんだね。それなら、覚えて無くても仕方が無いんじゃないかな。俺が会ったのも1回だけだし。」
「1回だけ?」
「そう。1回だけ。格好悪いんだけど、君が俺の事を覚えてないのが分かって、それがかなりショックでね。まぁ、あとは年の差が...。」
「12歳と20歳は...そ、そうね...。」
確かに私もウツシさんが覚えてなかったら、かなりショックを受ける自信がある。
...思い出せて良かった。
「それにしても、ウツシさん、その隈と顔色は何」
「これは、ちょっと疲れてて、寝不足でね...」
「私の、目を、見て、言ってくれるかしら?」
「あ、はははは...あー...えと、簡単に言えば薬の副作用で」
「抑制剤の?」
「そう。DomのCommandを受けると、気分が悪くなってしまってね。中々Playが出来ないんだ。」
Commandを受けると気分が?もしかして、私のCommandはウツシさんをより追い詰めてたの...?
「き、気分は...」
「大丈夫だよ。君のCommandも、君の手も、全部心地いい」
「本当に...?」
「あはは、君は変な所で臆病なんだから。本当だよ。Playがこんな風になったのは、はじめてだ...」
私の肩へ頭を預けて擦り寄る仕草を見せるウツシさん。ふわふわの髪の毛が少し擽ったい。
「ウツシさん。好きよ。ずっと、ずぅーっと愛してる」
「俺も好きだよ」
「うふふ、嬉しい。じゃあ、恋人に、パートナーになってくれる?」
そう言えば、ウツシさんは目を少し見開いて、驚いたような顔をしていた。今の流れはこういう事じゃなかったの...?!
「ぁ、...っ嬉しい、よ。...よろしくお願いします」
「ふふ、ウツシさん、泣き虫になっちゃったの?」
「ふ、ははっ、そうかもしれない」
2人で少しの間笑い合っていた。
ウツシさんは遠慮していたけど、ご飯を食べてもらって、お風呂に入ってもらって、泊まっていってもらった。私がして欲しい、という事を強調すればウツシさんが断れないのを知った上のやり方よ。
翌朝少し顔色が良くなって、隈も少しだが薄くなったウツシさんは仕事へ出かけて行った。連絡先を交換したからいつでも連絡が取れる安心感が良い。
私は朝から昨日食べようと思っていたけど、食べなかった少しぐちゃっと形の崩れたケーキを取り出して食べた。
普通に美味しかった。
大学へ行った時、「昨日の誰!?」「だから早く帰ったのか〜?このこのー!」「てか、恋人いたの?!」
なんて、一緒に歩いていたのを見られたのか、質問攻めに合う運命はのがれられなかった。
どこから見てたのよ!?