誰が為に身を焦がすスカイランドの王族、もとい政府は何も最初からアンダーランドを見捨てた訳では無い。国土の一部に犯罪天国があるだなんて到底認められるものではなく、当時の政府は何とかアンダーランドを管理下に置こうと警察を強化したり、ライフラインや公道を整えたり、大企業をぞくぞくと導入し住民に雇用口を与えたりと色々と模索していた。が、それらは全て破綻してしまった。多く雇用口を与えたところで『それらに適応できるならそもそもこんな土地に居着かない』訳であるし、警察も毎日の様に起こる血で血を洗うような悲惨な事件に段々と屈折していった。そしてとうとう警察内で犯罪者が生まれた時、政府はアンダーランドから撤退する事を決定した。
国が国民を見捨てた瞬間であった。
それを見て大企業も次々に撤退していき、伯爵がアンダーランドへ住み着いた頃に残されていたものは腐敗が進む警察と、生活苦でスカイランドから移り住んできた低収入者達と、噂を頼りに国内外で流れ着いては際限なく増え続ける犯罪者達だけ。
その当時の名残りでアンダーランドにはあちこちに古アパート、空き店舗、廃ビルなどが乱立している。死者の国の平和な発展を願って建てられたそれらの今の役目は悪人の根城か、サバトの会場か、弾丸を避ける盾代わりになる事なのだから、何とも悲壮な結末であった。
背後から飛んできた弾丸が足を掠め、エルは小さく舌打ち。だからといって足を止めたら今度は確実に我が身を撃ち抜かれる。生き残りたいなら駆け抜けるしかない。それを今までの人生経験から身に沁みて知り得ているエルは白衣を翻し、建物の隙間を全力疾走していく。
ディメーンが配下に置くこの地区は住宅街としての発展を目的とし、所狭しとアパートやマンションが建設された場所だ。今はそれのどれもこれもが進む老朽化でまともに個室を呈していないものばかりであり、遮蔽物として利用して身を隠しつつ逃げ回るのにうってつけの場所であった。しかしながらそれは追い掛ける側も同じであり、身を隠しやすく奇襲を仕掛けられやすい場所でもある。その事を意識しつつエルは曲がり角に頭を出した。
そうしたら案の定、である。
【くたばれぇえッ!!!】
そう叫びながら待ち伏せしていた男共三人が警棒を振り翳し、エルの頭蓋骨目掛けて一斉に振り下ろしてきた。
無論、そんな愚かすぎる攻撃をわざわざ浴びてやるほどエルは慈悲深くはない。
踏み出した足を突っ張り、思い切り上半身を引く。すれば三本の警棒はなびくネクタイを掠めるだけとなる。そして振り下ろしきった体勢の男共は無防備だ。そこへエルが右手に握る拳銃を三つの頭蓋骨目掛けて放ってやれば、三人は瞬時に物言わぬ骸となった。
「バカ三人寄ればクソの知恵ってな」
捕獲ミッション故に銃器を使わない作戦に出たらしいが、三人がかりで鈍器を頭に振り下ろせば人は死ぬという事には気付けなかったのだろうか?エルは呆れたように首を振り、弾切れとなった銃を投げ捨てた。そしてマガジン満タンの新しい拳銃を死体から剥ぎ取っている最中、複数人の足音を察知して急いでその場を離れる。それからてきとうな空き部屋に窓から飛び込んで身を潜めた。
「っふぅ…………!」
体力には自信があるが、全神経を尖らせて地区間を走り回るのは流石に疲れる。汚れる白衣など眼中なく壁に寄り添い座り込み、回復も兼ねてゆっくりと深呼吸を繰り返していると、察知した足音がどんどんと大きくなってきた。
それを聞きながら思い返すのは昨晩の事。緑の星の瞬きを浴びたあの時の事だ。
『僕が君達の御主人様になってあげるよ』
そう言い放った緑の貴公子は権力者の顔をしていた。仕事の上で幾度となく接してきたこちらをただの駒としてしか認識していない、傲慢で暴慢で高慢な暴君の顔だ。
「…………さすがは『俺のオリジナル』だこって…………」
そう小さく呟くとエルは鼻で嗤い、近くを彷徨く輩共に気付かれない様に腰を落としたままに移動を開始した。
ランデブーポイントまではまだまだ距離がある。
●●●●
遠く、定期的に鳴り響いてくる銃声に驚かなくなってきている事に、人間の備え持つ順応力の高さに改めて感心と畏怖を感じた。
「始まった…………!」
「……………………」
方角的にあの音は彼であり、彼を狙う者達が放っている音だ。その事に椅子に座るいつもの黒ツナギと緑のスカーフを着たエル…………もといドクタールイージは呟く。真っ白な衣装から真っ黒な衣装へと着替えた彼の言葉に、同じく椅子に座っているルイージは返事をしなかった。
二人が待機しているそこはMr.兄弟が保有する数ある住処の一つであり、今まで過ごしていた住処とは全く異なる場所にある。裏取りを防ぎたいエルが二人を移動させていたのだ。何でもここは伯爵の本拠地に近いらしく、ディメーンを含む周りの組織は迂闊に手を出せない領域なので安全性は高いんだとか。
パン、パパン、と乾いた音が幾度となく窓の向こうから聞こえてくる。ドクタールイージの視線は窓から離れないが、立って覗きに行く事は決してなかった。それは自殺と同じ行為だからだ。
窓から目を離し、隣の席を覗く。ダイニングテーブルを前に椅子に座るルイージは俯いていて、縋るようにエルのスマホを握り締めていた。
「…………ごめんルーくん。僕のせいで…………」
「大丈夫だよ、ドクター。君のせいだなんで思ってないよ」
心配そうなドクタールイージの声にルイージも顔を上げて目を合わせてくる。その顔は少し青褪めていた。
「兄さんにあんなに怒られたのは生まれて初めてだったから、ちょっとドキドキしてるだけ。心配かけてごめんね」
そう言ってルイージは微笑むが、それはぎこちない。それもそうだ。あんな重い決断をした後に平気な顔をして笑える者がいたのなら、それはもう人間ではないだろう。
ルイージは、世界中に愛されるムービースターの一人である緑の貴公子は、骨の髄まで裏社会に染まっている人間と手を組みたいと自ら交渉を持ち掛けたのだ。
『君達がいつもお金お金と言っているのは他に頼るものがないからでしょ。元上司にあたる伯爵って人とは仲が良いみたいだけど、その配下から抜けている君達を何処まで守ってくれるのかはわからないし、いつ裏切られるかもわからない。だから君達は何も言わず決して自分を裏切らない、自分の思い通りに動いてくれるお金が大量に欲しいんだ。だったら、それ以上の保証を僕が示せば僕達の命の安全は確保されるよね?…………今日から一年間、君達を買おう。契約金は十二億円。それを毎月一億ずつ払うよ。足りない八億円分の対価は君達の仕事のバックアップだ。新しいアジトが欲しいと言えば確保してあげるし、強い武器が欲しいと言うなら手配するし、【綺麗な名前】が欲しいと言うなら用意してあげる。僕の使える力を全て使って何でも用意してあげる。代わりに僕の配下となる君達は僕達の命とここからの脱出の保証をする事。兄さんの情報を売らない事。僕の命令をちゃんと聞く事。それが守れるのなら…………僕が君達の御主人様になってあげるよ』
そう言い放ったルイージの表情は氷結していた。それが演技だという事にドクタールイージはすぐ見抜いたが、話に割って入る事が出来なかったのだ。
こんな好条件の交渉など断る理由など何処にもない殺し屋二人はそれを了承し、契約関係が結ばれた事でエルは身代わりとしてドクタールイージに扮して敵陣に乗り込み、親玉の首を狩る作戦に打って出たのである。
その旨を兄に恐る恐る話してみれば、当然の如く大目玉を喰らったという流れだ。
…………これは、本来なら付き人であるドクタールイージが、それこそ命を懸けてでも止めなければならない話であった。しかし『星』が輝いてしまったのだから、『何も持たない自分』が止めに入った所で彼を止められる訳がなく且つ彼が止まれる訳がないのだから、どうも仕様の無い話であった。
あの時の彼を止められる者は、彼と同じく『星を宿す者』のみ。
血縁関係がありながら『彼ら』と『自分達』は『まるで違う人間』なのだと幾度となくまざまざと教え込まれてきていたドクタールイージ。
だから。
「それにあの人達はきっと更生してくれるって、僕は信じてる」
この従兄弟が自分を追い詰める悪魔のように見えてきていた。
「…………ほんとに、彼らを、キノコ王国へ、連れて
、帰るの…………?」
「うん」
ドクタールイージの震える言葉にルイージは頷く。
「いくら利益になるからってわざわざ争い事の種を背負うのは、裏でも表でも結構リスクな事だ。大きな組織ならまだわかるけど、彼らはたったの二人しかいないのにさ。それに彼らの手慣れた感じを見るに、このやり口は僕が初めてじゃない。多分、何度もやってきてると思う…………それってよくよく考えてみてば、凄い遠回しな『人助け』なんじゃないかなって思ったんだ。やり方は酷く乱暴で全く褒められたものじゃないけど、逆に言えば『支払いさえ約束すればそれまでの身の安全は保証してくれる』って事だよね?こんな死と隣り合わせの危険な土地でだよ?現にこうして僕らが身の安全を確保された場所でゆっくりお喋り出来ているのが何よりの証拠だよ。それって、死者の国じゃ破格の対応なんじゃないかな。だって『お金以外を要求してこない』んだもの」
ルイージは力強く告げた。
「エルさんとシグマさん、本当は悪い人じゃないんだよ。環境とか生い立ちとかが邪魔しちゃってるだけで、本当は心の優しい人なんだ。だから誰かが正しい道を示してあげれば、整えた環境を与えてあげれば、きっと更生してくれる。それが命を救われた僕が彼らに出来る、最大の恩返しだよ!」
そう語るルイージの瞳は輝いていた。希望と夢と明るい将来に満ち足りた青い瞳は美しい。見る者に幸福を運ぶ瞳だ。
「……………………そう、だね…………最高の恩返しだね…………」
ドクタールイージは辛うじて絞り出した声で一言呟くのが精一杯であった。
あの兄弟の正体と、あの兄弟は決して表舞台には連れ出してはいけない事情を知っている身からすれば、失笑したくなるほど彼の未来図は滑稽で幼稚で能天気なものだったのだから。
「…………ごめんよ」
小さく小さく呟いた従兄弟の言葉は、従兄弟には届きはしなかった。
●●●●
ルイージ達が擦れ違っている中、一方のエルはなかなか辛い状況に追い込まれていた。オルヴォワール勢とDBM勢、その両方の追手に同時に見つかってしまったのだ。
「クソっ!革靴ってのは本当に走りにくいな!」
だからと言って、汚泥に塗れた使用済みの注射器が無造作に転がっている地面を裸足で走れる訳が無い。エルは窮屈な思いに苛立ちながら弾丸掻い潜りつつ奔走していく。
【待てクソ野郎!!】
【逃がすなッ!!捕まえろッ!!】
【おいお前ら回り込め!!】
背後左右から聞こえてくる声から判断し、エルは最適解の道を選択しては間一髪で逃亡を続けている。度々出くわす輩は全て排除し、その度に武器を奪い取っては逃亡し、排除するの繰り返し。
アンダーランドを代表する三大マフィアの内の二つの組織が総力を上げてたった一人の男を追いかけているのだ。未だ捕まっていないだけ奇跡に等しい。『生け捕りにする』という条件が無ければこうはならなかっただろう。
【見つけたぞ!!!こっちだ!!!】
【そこをどけインポ野郎!!】
【ふざけるな!!見つけたのは俺等だぞ!!】
【ああ!?お前らから殺してやろうか!?】
それと彼らの間に仲間意識など皆無である事も功を奏していた。皆が皆、手柄を独り占めする為に足を引張合い殺り合っている。追われている身からすればそのまま対消滅して欲しいところだ。
そんな内輪揉めを耳に入れながらエルが駆けるこの道は正面は行き止まりで左右に道が分かれている、所謂丁字路だ。物音から察するに進むべき方向は左の道であり、シグマとのランデブーポイントからは少し離れてしまうからこのまま振り切ったその先でどこかに身を潜めつつ進みたい…………と、エルが思考していた時だった。
突如として背後から猛烈な殺気を感じ取り、エルは咄嗟に振り返る。
そしてとある男が持ち込んできたものを視認した時、全身が総毛立った。
「ッッバッッ」
エルが叫び終わるよりも早く、男は雄々しく構えたロケットランチャーの引き金を引いていた。
「ッッカヤロウッッ!!!」
煙を上げてこちらに突き進んでくる弾頭。エルは汗も唾も飛ばして着弾地点へ向かおうとする足を緊急停止。地面を滑りながら身を翻して反対方向へ舵を切った。しかし間に合わない。
発射された弾頭はそのまま真正面のマンションへ着弾し、中に仕込まれた弾薬が引火、そして爆発。轟音と共にマンションは木っ端微塵に吹き飛んだ。その爆風を背中に受けたエルは後ろから強く突き飛ばされ、つんのめるように派手に転倒してしまう。
「ゔッ!!…………ちっ、くしょ…………」
急所は守った。直撃は避けた。しかしながら遮蔽物が無いところで爆風と衝撃波は防ぎようが無く、そこにコンクリート片の飛来物まで降ってきてはすぐには動けない。受け身もろくに取れなかったおかげで全身を貫く衝撃に息も詰まっている。だがこのまま地に這いつくばっていては捕まってしまうだけ。その判断からエルは揺らぐ視界の中で何とか体を起こそうと必死だった。
そんな彼の元へ、一つの声が聞こえてきた。
「…………ルッ…………ェル…………」
「…………?」
「エルッ!!」
「!」
爆音で若干痺れた鼓膜が捉えたのは聞き慣れた声であり、そいつはエルの腕を遠慮もなく掴んで起き上がるのを手助けしてきた。
「シ、グマ」
「エル大丈夫か!?怪我は無い!?」
「あぁ、至近距離で受けてねぇから大丈夫だよ。怪我も軽い打撲か擦り傷程度だ」
「なら良かった…………」
自身の手を離れてしっかりと自立するエルにシグマは安堵の声。
「ポイントに向かってたらいきなり爆音が聞こえてきてさ。ポイントの周辺だしまさかと思ってこっちに来たんだけど、正解だったな」
「っあ〜〜いってぇなぁ…………どこの世界に捕獲対象にRPGブッ放してくる馬鹿がいんだよ…………!」
「もうこの世にはいないから安心してよ」
シグマが親指で後方を指す。そこには弾頭の無いロケットランチャーの筒と、それに酷似した姿の男共が数人転がっていた。エルが地に伏せもがいている内にシグマがさっさと片付けてしまったらしい。それを見てエルは眉を顰めてシグマを睨む。
「俺の為にとっとくって事は考えなかったのか?このムカッ腹はどこにぶつけりゃいいんだ?」
「そんなのはこれからたっぷり晴らせばいい」
と、シグマは体に巻いていた二本のベルトの内、袈裟懸けに巻いていたガンベルトを外してエルに渡した。変装の為に置いてきたエルの愛銃とポーチに詰めに詰め込んだ予備弾倉と、おまけに手榴弾までついたスペシャルコースだ。
「それとこれは僕の愛♡」
「けっ」
そう言ってシグマがウインクしながら差し出してきたブーツと煙草をベルトと共に奪い取り、エルは颯爽と着替え始める。
暑くて邪魔、キツくて邪魔だった白衣とネクタイをポイと脱ぎ捨て、腰にガンベルトを巻く。慣れ親しんだ重さだ。
それから革靴をぶんと履き捨て、ブーツに履き替える。これじゃなきゃ動き回れない。
ついでにとワイシャツの袖を捲ったり首元を開放させたりとエルがアレンジしていると、そのサマをじーーーっと凝視していたシグマが一言漏らした。
「ガン掘りセックスしたい」
「このカスが」
「痛ッ!!」
脛を容赦なく足蹴りされ、その場に蹲ったシグマは蹴られた脛を両手で擦って痛みを紛らわせている。
「こ、これから沢山人殺しするっていうのに、なんで戦力下げるような事するの!?」
「うっせぇな。大して効いてねぇくせに喚くなクソ野郎」
みーみー泣いて訴えるシグマに見向きもせず、エルは煙草に火を付けていた。
煙を吸って、煙を吐く。
煙草は一呼吸分、寿命に近付いた。
「…………シグマ、さっさと『こっち』に戻ってこい。俺は『今のお前』と組む気はねぇって散々言ってきてる筈だぜ」
「…………あ〜…………」
エルの言葉にシグマは悪ふざけをやめ、すっと立ち上がる。それからエルを目を見て、少し眉を下げて笑ってみせた。
「そう心配しなくても、もうすぐ『そっち』に戻るよ」
緩く口角を上げて爽快に笑うシグマは生き生きとしていた。表情から全身から正のエネルギーを感じ取れる程、漲る活力に溢れ返っていた。赤色の瞳は強く煌めき、希望と夢と強い意志に満ち足りた何とも言えぬ美しさ。見る者に勇気を与える瞳だ。
それは普段のシグマにはほんの一欠片も存在していない、対極の力だった。
「包囲網を確実に突破するには使わざるおえなかったからさ…………ここまでくるのに八人は殺ってるし、三角飛びだの垂直壁登りだのやったし、やっぱり吸っといて良かったよ」
あはは、とシグマは頬を掻く。
「ハッパの量を調整したからそろそろ切れてくる筈だよ。ていうかもう感覚鈍ってきたから、後一分も持たないと思う。合流が間に合って本当に良かったな」
「そーかい」
相変わらずエルは素っ気ない。ふぅ、と煙を吐くだけ。そんなエルにシグマはやはり微笑みかけると、ふと空を見上げた。
建物の隙間から見える小さい星空。
曇りガラスを通さないで見上げたそれは記憶に残る、とても綺麗な風景画であった。
「…………僕的には、こっち側の方が好きなんだけどな。世界がはっきり見えるし、物事がしっかり捉えられるし、頭の中もすっきりするし、体もがっつり動くし…………」
けど。
けれど。
けれども。
だけれども。
「でも、エルが嫌いっていうなら仕方ないよねぇ〜」
再びエルへ視線を戻したシグマは目尻を下げてふにゃりと笑う。それに対しエルは何も言わず、視線を外しただけだった。
「…………ん…………」
そうこうしている内に一分が過ぎたのか、シグマに変化が起きる。
胸を張っていた体勢が緩く前屈みに。それに合わせて肩はだらりと落ち、腕はぶらりと垂れ下がる。よく動いていた表情筋は活動を止め、上がっていた口角は真一文字へ。あれだけ輝いていた瞳は一気に光を失い、どんよりとした暗い瞳へ堕ちていく。
急激に正のエネルギーを失い、負のエネルギーを纏い始めたシグマに対してエルはいまだ無言であった。
「…………んんん〜…………」
放出が終わったのか、ぶんぶんと首を横に振ったシグマがエルを見つめてくる。その目は今にも閉じてしまいそうな程、無気力であった。
「ただんま」
「おう」
シグマの一言にエルはようやく口を開いた。
「アタマン中もやもや、いつも通りネ」
「そら幸いなこって」
ぐりぐりと肩を回すシグマと煙草を捨て踏みつけるエル。それからだんだんと聞こえてきた複数の足音と人の声に反応し、戦闘の構えに入っていく。
「気張れよシグマぁ。アレに捕まったらお前の未来はドブネズミのクソで、俺は変態二人の共用オナホだぜ」
「わーおミリョクテキな未来」
「全くだよクソッタレ」
「歩みたい、薔薇色人生、モトム」
「この戦争に勝てたら貰えるシステムだってよ」
「たしかし」
「そういや『保険』の方はどうなった?」
「ばんじおけ」
「よっしゃ。…………じゃあ」
エルはホルスターから銃を引き抜く。
シグマはホルスターからナイフを引き抜く。
安全装置を外して準備完了。
もう一本も引き抜いて両手で逆手に構え、準備完了。
「いくぜ!」
「うん!」
二人の殺し屋が反撃に出る。