昼に近い午前中の柔らかい日差しが、天井近くまである窓を通して差し込んでいる。窓の外には青い海がいつもと変わらない顔をして広がっていた。
空港に程近い、ホテルのレストランだ。
二人がけのテーブルには、すでに皿が並んでいる。
ガンガディアは、フェタチーズとドライトマト、柘榴の入ったシグネチャーサラダをフォークでつつきながら、さきほどからマトリフの終わらない愚痴を聞いていた。
「トムヤムガイが冷めるよ」
夏バテ気味のマトリフが辛さと酸味を好んで選んだスープだ。
引退したら釣りだけをして暮らしたいと言っていたマトリフだが、昔とった杵柄、今でも繋がりのあるビジネス仲間からの相談に乗ることがあった。
今日も朝から商談のアドバイザーとしてこのホテルのラウンジに呼ばれたのだったが、一時間もしないうちにマトリフから呼び出しの電話があり、慌てて駆けつけたガンガディアに下されたのは、なんでも好きなものを食べて良いから黙ってオレの話を聞け、というひと言だった。
商談の相手が悪かった。地元の有力者の伝手があるらしく権力を笠に着て無茶を通そうとする輩で、マトリフはあくまで第三者の立場上、喧嘩をするわけにもいかず鬱憤が溜まったらしい。
もう少し若い頃のマトリフなら相手を殴ってさっさとホテルを飛び出していただろう。
丸くなったものだと思う。
「日本食もあるね。照り焼きサーモンはどうかね」
「オレは良いんだよ」
「食欲がないなら、フルーツか、スムージーか。甘いものでもいいから口にした方がいい」
マトリフは、つまんねえこと言うなよ、という表情をしているが、メニューを取り出して広げることにしたようだ。だんだんと機嫌が直ってきたようだ。
ガンガディアは、マトリフの呼び出しを最高に嬉しいと思っていた。
今までなら同じことがあってもひとりで機嫌を取っていただろうに、明らかにガンガディアに素直に甘えるようになってきたからだ。
困難は二人で分かち合っていきたい。
二人の指には揃いの指輪が、控えめに輝きを放っていた。