僕を騙して 男女の愛は永久には続かない。
幼い頃から知っている事実だった。だから僕は恋なんかしないし、彼女なんてできるわけが無いと思っていた。なのに今がある。
隣を見るとこちらを向いて可愛らしい寝顔で寝ている彼女がいる。僕を引っ張って、支えて、守って、無償の愛をくれる彼女。僕が人殺しにも関わらず。何でそんなふうにしてくれるの?と尋ねる度に彼女…詩音は「悟史くんを愛しているから」と簡単で単純な理由を返す。でも、詩音だっていずれは離れてしまうのだから。僕は彼女を愛しているけれど、どこか本気にしていない節があった。
僕らの周りでも結婚する人が増えた。結婚指輪をつけて、幸せそうに笑う同僚を僕は毎日見ている。そしてその同僚から「お前も早く結婚すればいいのに。」と言われる。長年付き合っている彼女がいる事を知っているからそう言ってくれるのだろう。しかし僕はプロポーズどころか、結婚の話にすら踏み切れなかった。
男女の愛は永久には続かない。
僕と結婚すると「人殺しの妻」という肩書きを背負わせてしまう。
自己保身と、彼女への罪悪感。それが僕を狂わせる。
なんで詩音は僕なんかを好きになったの。たった一度守っただけだよ。ちょろすぎるよ、ばかみたい。
僕に夢を見させないでよ。ずっと一緒に居たいくらい大好きだけど、どうせ君も去っていく。人柄がどうであれ、きっと男女の関係ってそういう運命なんだ。分かってるから、分かってるのに…詩音ならもしかしたら一生傍にいてくれるかもしれないって、思いたくない。裏切られた時に苦しいから。
突然柔らかくて、細くて、温かいものが僕の目の下に触れて、右から左へと過ぎていった。
「どうしたんですか、怖い夢でも見ましたか?」
優しく微笑む彼女は、まるで聖母のようだった。この人なら僕の全てを受け入れてくれる。楽しいことも嬉しいことも、悲しいことも辛いことも、ぜんぶぜんぶ。
「僕…泣いてた?」
「うん、泣いてた。」
詩音はもう片方の目に溜まっていた涙を拭ってくれた。その仕草、優しさ、体温、伝わる気持ち…全てが僕の何かをダメにする。もう戻れないところまで来てしまったのかもしれない。
僕は詩音をきつく抱きしめた。ふわりと香るシャンプーの匂いが心地よい。今この時だけはこの不安全部忘れさせて、君の全てで見えなくして、僕を騙して。ただただそれを切実に願うのだった。