大事なもの「やだ!やぶらないで、おかぁさん…っ!」
大事にしてた家族写真。血の繋がった父と母と自分と小さな妹。離婚した両親を受け入れられない僕が唯一縋れるものだった。でも母はそれを破り捨てた。そりゃそうだ、もう思い出したくない顔を大事にされたらいい気はしないだろうから。
でもこの頃の僕には到底理解できなかった。確かに両親は仲が悪かった。でも、僕にとっては唯一の肉親で、代わりなんて居なくて。
「なんで…おかあさん…っ」
僕は泣きじゃくることしか出来なかった。すると沙都子も泣いてしまって。母は怒っていた。なんで怒ったかは覚えてないけど、少なからず僕はその時泣くことは悪なのだと思った。
夢から醒めて病室特有の天井が見えた時、息ができなくなった。喉から変な音がする。頭がクラクラする。
誰か助けて。そう言葉にできなかった。息ができないから、というのもあるがきっと今見た夢のせい。最近夢を見ては怒られて、怒鳴られてばかりで。鳴り止まない喉の音を鋭く感じながら僕は胸元の布団を握りしめる。焦点が合わなくて、自分が何処を見ているかも分からない。これ、まずい、しんじゃう。…いや、死んでもいいんじゃないか。人殺しなんて、沙都子に合わせる顔がない…こんな僕なんて。
「悟史くん…っ!」
突然泣き叫ぶ声がした。意識がそちらに飛んだことで色んな音が拾えるようになった。ゆっくりと首を右に動かすと、涙を溜めた女の子が自分の手を僕の手に重ねてくれていた。
「大丈夫だから…すぐ監督来ますから。私も居ます。だから…死なないで……っ」
焦点があってきて、女の子の顔がはっきりとしてきた。この子は…
「し、おん…」
「…はい、はいっ!私です、詩音です。」
念を押すように自分の名前を呼ぶ詩音。よく僕のところに来ては色々してくれる女の子。唯一僕が外の世界を知れる窓口。僕に何があっても優しく寄り添ってくれる子。この子なら……受け入れてくれるだろうか。
怖い、拒絶が怖い。面倒くさがられるのが怖い、雑にあしらわれるのが怖い。否定されるのが怖い。
そう思うとまた呼吸が難しくなって、また変な音が部屋に響きだす。詩音は青ざめて、彼女の手が震えだして、でも。
「大丈夫、ですよ。私はここに居ますから。居なくなったりしないから。大丈夫、大丈夫…」
震えた声で、青ざめた顔で、涙を零しながら、詩音は微笑んでいた。
本当に、大丈夫?君は、受け入れてくれるの?
僕はゆっくりと起き上がる。起き上がるとなんとなく息がしやすくなった気がする。詩音は困惑しながらも動かさない手に絶対手を添えてくれていた。そして僕は詩音の腰に腕を回した。ベッドの上で座る僕と、立って僕を見守ってくれている詩音。上半身から、腕から伝わる彼女の熱が心地よくて、気持ちが楽になる。
「お願い…助けて……」
情けない声で僕は詩音に言う。今だけでいいから、このままで居させてほしい。苦しくなくなるまで。
「…私でよければいくらでも。」
まだ声は震えていて、でも少し嬉しそうな声色だった。詩音は優しく腕をこちらに回し、包み込んでくれた。こんなに温かいものに触れたのはいつぶりだろうか。じんわりと涙が浮かんで、視界が滲む。いつの間にか息苦しさは収まっていて、彼女の温かさが僕の心を癒していく。
この人の前なら、泣いてもいいかもしれない。大事なものを守ってくれる気がした。