雨が降っている。
天気予報が外れた、にわか雨の中。残照はコンビニで買った透明な傘をさして、空を見上げながら帰路についていた。雨に関わる名前の同僚をふと思い出し、糸雨とはこんな感じの雨なのだろうか、などと考えていると、
「にゃあ」
猫の鳴き声が聞こえた。下を見れば、野良猫と、雨宿りしている子供の姿。どこか不安げな顔をして猫と話していた。
「なあ、これいつ止むのかなあ」
「にゃあ」
「てんきよほーだと晴れだっておかあさん言ってたのになあ」
「にゃあ」
「はやくかえらないとおこられちゃう…」
「にゃあ…」
そうか、と思い当たる。この子どもは、傘を持っていないのだ、と。少しずつ強まってきた雨脚は、子どもが濡れて帰るには些か強いかもしれない。どうせおれが持っているのは安物のビニール傘だ、あげてしまっても問題はない。愛着もないことだし。
「これ、やる」
「え?おにーさん、誰?」
「………猫好きのひと、だ」
「ねこずきのひと?」
「ああ、そうだ。とりあえず、それで帰れ。…きみのおかげで、可愛い猫、見つけたから。礼だ。ほら」
「わっ、え、いいの?ありがとう!じゃあね!また返すね!」
「いらない」
元気に駆け去って行く子どもを見送りながら、さて、と猫に向き直る。せめてひと撫で、と思ったのがいけなかったのだろうか。フシャーッと威嚇されたが最後、手のひらを引っかかれて逃げ去ってしまった。ついでに雨脚もさらに強くなってきた。愛猫がいながら何をしているこの浮気者、と言わんばかりの仕打ち。子どもも早く帰れて、おれは猫を可愛がれて一石二鳥だ、と思っていたのだが。
「…これが、二兎を追うものは一兎も得ず、か。…ん、違う、か?まあ、いいか」
なんとかなるだろう、と駆け出して土砂降りの中帰った次の日。
おれの見込みが甘かったと思い知らされたのは、体調を崩して酷い頭痛と寒気の中出勤し、帰宅後ベットに倒れ込んだ後だった。なるほど、あれはアウトか。次の雨の時に参考にしよう。
重い体を引きずり、なんとか寝る体勢にはなったものの、体が熱い。水を取りに行く力も無く、ぐてりと身体をベットに横たえる。
ぺちり。と愛猫の肉球が額に乗った。
「…アールグレイ?どうした、珍しい、な」
寄ってきてくれた愛猫は興味を無くしたのか、踵を返して奥に行ってしまった。違う、あれは浮気ではなくただ挨拶がしたかっただけで、などと、誰に向けてかも分からない言い訳をした。