他愛もない夢湿気のこもる部屋で二人きり。むせ返るような熱風がじとりと体に纏わりついて、にじむ汗が肌を伝って落ちていく。息を吐いて少しでも冷まそうとするのに、吸った息の熱さに更に内臓が焼けていく。
「もう限界かよ。情けねぇな」
挑発的にかけられた声は、普段なら嘲るような響きを感じるのに、今は何故か他愛もないからかいに聞こえる。
「まさか。てめぇこそ真っ赤じゃねぇか。無理ですぅって鳴いて出てってもいいんだぜ、ブタ野郎」
頬が上がっているのを自覚する。絶対に負けてやるものかという気負いと、吠え面かかせてやりたいという対抗心が混ざって、どこかワクワクとした喜びに似たものが満ちている。
相手も同じように笑っていた。顔も体も真っ赤にして、目も少しずつ虚ろになりながらも、その奥には輝きがある。
サウナでの我慢対決なんて馬鹿らしい。時々アニメなんかでは見るけど、自分でやることは絶対にないと思っていたし、そんなことで張り合うなんて健康に悪くてやってられない。
それでも、今の状況はとにかく楽しかった。体は限界を訴えているのに、頭もぼんやりと霧がかってきているのに、ただアッシュの瞳だけが鮮やかで、ずっとその目と向かい合っていたいと思った。
とは言っても無限に続けられるものではない。ふと目眩を感じて体が傾ぎ、倒れそうになった視界で同じように傾くアッシュを見て。
は、と目が覚めた。
汗だらけの体は冷えていて、吐く息も冷たい。もうすぐ冬になる明け方の空気もまたひんやりとしていて、段々頭が覚醒していく。
変な夢だった。アッシュと一緒にサウナとか絶対に勘弁だと思うのに、まるでそれが当たり前で、至極楽しい遊びのようですらあって……。
夢の中でグレイはジェットだった。二人は同じ存在で、アッシュと軽口を叩きあっていた。確かにジェットならやりかねはしないけれど。
いつからそんなジェットとアッシュの関係を感じるようになったのだろう。最初はジェットはアッシュを本気で殺そうとしていて、絶対に許さないと言っていたのはむしろ彼だった。けれど今のジェットは楽しそうにアッシュに絡む。他愛もないイタズラを仕掛け、からかって笑っている。
グレイのことを除外すれば、むしろそれがジェットにとっての自然体なのかもしれない。ジェットはグレイと同じ体験をしていない。知っているだけだ。グレイがどれだけ酷いことをされたか、グレイがどれだけ苦しんでアッシュを消したいと願ったか。
もし、アッシュと出会ったのがグレイでなくジェットという存在であったなら。アッシュに臆せず対抗できていたならば、もしかしたらアッシュの隣にいたのは。
(――グレイ? どうした?)
グルグルと悪い方向にばかり回っていく思考に、ふと気遣うような声がかけられた。ジェットも起きていたらしい。起き上がったまま動かない自分を心配してくれたのだろう。悪夢を見る事が多いグレイを知っているから。
(ううん、ちょっと目が覚めただけ。大丈夫だよ)
さっきのは悪夢だっただろうか。過去のいじめを思い出すものとは全く違って、夢の中ではずっと楽しい気持ちですらあった。
けれど、もう見たくはないと思う。
(あのさ……ジェット、もし……)
グレイがアッシュを許したなら、過去の因縁がなかったとするなら、ジェットが己の好悪だけでアッシュと向き合うなら。
(――ん?)
(……なんでもないや)
あり得ないから夢なのだ。ジェットはグレイが生み出した人格で、薬がなければ生まれなかった存在だ。アカデミーの頃のグレイはジェットになり得ない。
夢の中のアッシュの、只管に喜びばかりある楽しそうな瞳も、もうはっきりと思い出せやしない。
もう夢は見ませんようにと願いながら、グレイはもう一度布団に潜って強く目を瞑った。