両片想いはいいぞ「おはよう」
「…おはよ」
まだ眠そうな声で言葉を返す彼女に、朝弱いもんなあ…となる。
「…?あれ…」
「どうしたの…?」
「いや…なんでも…ない」
「…そう…?」
「うん、だから大丈夫だよ」
さっきあの一瞬でなにに疑問を感じたんだろうと思いながらも彼女のただの気のせいとかそういうものなんだろう、僕にはそう考えることしかできなかった。
それから数日…彼女の様子がおかしい、つい昨日までなににも興味を示さなかった彼女が突然かわいい服とかそんなものばっかり着るようになってきた。でも…僕は考える、これをおかしいと捉えてしまう僕がおかしいだけなのではと思ってしまう。女の子だしおしゃれとかに気を配りはじめるのは自然な流れなのではないか、そう考えたら彼女に対してなにも言えない。
日に日に異質におしゃれにこだわりはじめていく彼女に疑問を感じつつも、なにも言えないでいた。
そんな日々から2週間くらい経った後だろうか、僕は家にある本を取り出していた。様々な奇病が書かれた本だ。そう思いたくはないけど…やっぱり、彼女の様子はおかしいと思うから…
彼女に該当する症状を出す病気を探す。すると案外すぐに見つかった。
「蝶羽化症候群…あの子が患ったのはこれ…なの…?」
確かに症状に書いてある通りだ、急に彼女が倒れたりしたときは無理をしすぎているかと思っていたが、元々この病気を患うと倦怠感が出てきたり手足の動きが重くなったりするらしい。でも、彼女が芋虫のように這っている姿は見たことがない。
でも…なによりも目に止まったのは…羽が生えてくるというところだろう、写真に載っている羽化した姿があまりにも美しくて…でもそれと同時に彼女もこの病気だとしたら羽が生えてきた後に、死んでしまう。そう考えたら恐ろしくて仕方がなかった。
この病気は、認めて貰うということが必要らしい、それを見たとき僕は…僕には、無理だと思ってしまった。この病気は治療のために特定個人を指すわけではないらしいが、でも大切な人に認めて貰う方が治りが早いと思う。なら僕じゃダメなんだ、僕の片想いの気持ちで彼女を認めたって、気持ち悪いだけだし、彼女にとっての大切な人にやってもらった方がいい。
彼女にとっての大切な人に認めてもらって、彼女は満たされてハッピーエンド…そこに僕が入ることはない、それで…いい。
分かっていても僕の思考回路だとそうなってしまうことがなんだか悲しくなってきてその日はもうその日は誰にも会わないように、なにも考えないようにした。誰かに会ったら、思い出してしまうから…
次の日、彼女が倒れたらしい。ずっと眠っているらしいし、きっと蛹になったんだろう。もう彼女に残された時間も少ない。だから彼女の大切な人を探すことにした、彼女の元へ行かないというならなんとか説得して、彼女の元に出向いて貰おう、僕はそう思った。
僕が彼女にとって王子様のような存在だったら、どれだけ幸せなままハッピーエンドにできたのだろう、でも僕は、自分のことを僕と言ってるから周りから気持ち悪いだのなんだの言われ、孤立していくなかで彼女に手を差し伸べてもらってこうして、僕はそんな彼女に一方通行の恋をしている。一生…叶うことはない。
負けヒロインにすらなれない僕の代わりに、主人公が彼女を助けてくれよ。そう思いながらもあまり自分のことは語らなかった彼女の大切な人は探せなかった。
探しに探し続けて2週間、彼女の大切な人についてはなんの収穫もなくて僕はかなり焦っていた、そろそろ羽化する頃なのに…
そして次の日、彼女は僕たちに姿を見せた、思わず見惚れてしまうような、そんな美しい羽をひろげて。彼女の羽の色は、僕の好きな色でもあった、好みが似ていたのだろうか、だとしたらちょっと嬉しいな。
彼女は、真っ先に僕に話しかけてきた。
「久しぶりだね!すごいでしょ、この羽!美しいと思わない?」
「うん…綺麗だと思うよ」
綺麗だと思う、これは本心だ。真っ先に僕に話しかけてくることには少々疑問も感じるところはあるがまあ最初に目に映ったのが僕だっただけなのだろう。
彼女は学校からこのまま治ることはないし別にもう行く必要はないと言われるまで無邪気に笑っていた。
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」
「わたしは全然気にしてないよ!掃除で思ったより時間がかかったとかそういうのでしょ?」
「そうだよ…」
「君のことだし真面目に掃除に来てない子の分までやってたんだろうなって」
「…そこまでお見通しとは」
「君のことはしっかり見てきたからさ、でも君のそういうところ…」
「…」
「好きだよ」
友達同士の軽い好きとしてもやっぱりドキドキしてしまうな…
「僕もそうやって人のことちゃんと分かろうとしてくれてるキミがすき…だよ」
ちょっと声が小さくなってしまったが僕もそう返すと彼女はパタパタと羽を動かしながら嬉しそうにしていた、彼女に喜んでもらえたのなら、よかった。
そうやって羽化してからは毎日2人で話していたら、日が経つにつれ、段々と彼女のことが分かってきた、彼女は家ではひとりぼっちだということ、そして…本当に小さな声で呟いていたのを聞き取ってしまっただけなのだが…彼女の友達だと思っている人たちは彼女のことが嫌い…らしい。ひとりぼっちにしてくる親も、友達を騙る人たちも、きっと彼女はそんなに好きではないのかもしれない、そう呟いたとき一瞬曇る彼女を見てそう思った。
じゃあ…彼女にとって大切な人って誰なんだろう、でも…友達だと思っていた人も違えば、親でもないなら…あれ…?
もう気付いたときには、遅すぎた。
あと1日で羽化してから2週間が経つ、そしたらきっと、彼女は…
心の底から後悔した、きっと僕なんだ、彼女を救えたのは、自分のことを恨んだ。
「ねえ、その羽…」
「ん?どうしたの…?」
「その色、僕が好きな色で…」
「わたしも好きなの、この羽の色…君を思い出せるから」
「っ…」
確信…した。僕は…僕は彼女が病気だと分かっていながらずっと彼女に会わないようにして…それでも僕のことを彼女は…
「恨んで…ないの…?僕のこと…だってキミが眠っていたときも…」
「あのときは忙しかったんだよね、ずっと」
「僕…ずっとキミには僕なんかより大切な人がいるんだと思ってて…その人を探してた」
「…君らしいって言えば君らしいかもね、そういうところ、眠っていたとしても君がくればすぐ分かるのに…」
「でもあれ昏睡状態で…」
「それでも…」
「キミがいうならそうかもね…ごめんね、ずっと一人にして」
「わたしが急に変わって困惑しちゃってたんでしょ?しかも急に倒れたりするから心配までかけちゃって…迷惑だったかな」
「…そんなことはない、迷惑なんて思うより…キミのことが心配で堪らなかった…キミのことが本当に好きなんだ、僕…だから…」
「…わたしも、君のこと好き…なんだ、両想いだったんだ、わたしたち」
もっと早く気付けてたら…彼女のことを救えたのかな、気付けてなかったとしても…ちゃんとどんな彼女だろうと認めてあげたらなにか違ったかなあ…
「ねえ、わたしからわがままいってもいい?」
「…どんな願いだろうと僕はかまわないよ」
「ずっと…わたしが朽ちるまで側にいてほしいの」
「…わかった」
初恋は実らないというが僕の初恋はこれを越してくることはないであろう絶望と共に実った。
それからはずっと遊んだりした、いきなり外に出たかと思えば彼女がこの羽は飛べるといって飛んで見せたりして…充実した1日だった。
夜…当たり前だけど、寝れない。
眠れない代わりに彼女と抱きつきながら想いを言葉で綴っていた。
「僕は、ずっとキミのことが好きだったんだ
、どんなキミだって愛してみせるよ」
全部、遅すぎる内容ではあるけど…
「嬉しいな、初恋って、ちゃんと実ることもあるんだ」
お互い初恋だったんだ…
「わたしのこと、絶対後悔しないでね、わたしだってみんなと仲良くしてる風に装ってただけだし、君なりに頑張ってくれただけだし…」
ごめんねでも、やっぱりそれは無理だよ。
「だからさ、わたしの最期くらい笑ってよ」
そう言われて泣きながらも笑顔をつくってみせる、自然にできたかはわからない。
「最期に満たされて、わたし幸せなの…こんな幸せにおわれるなら…わたし、この瞬間まで生きててよかった、じゃあね、君が変なところで死んだりしないよう見守りながらいつか君がわたしが行くところに来る日まで…ずっとまってるから」
そういって彼女は眠りについた。まるで体温も感じない、でも…朽ちてなお美しい彼女の姿をずっと、日が開けるまでずっと見つめていた。