春の吐瀉
末の弟は窮地に陥り夜深に姿を晦ませた。彷徨い駆ける午前零時、恐慌を来す。春の嵐の夜の紺青、縋るように仰望する。
兄に愛された森羅の領域に饐えた暗渠は見当たらず、陰翳すら清らかだった。惨憺たる兇行から逃れ、弟は退路を索るが断つように爛漫に咲き誇る桜樹の群れ。眼界を巡る。
――春とは、おまえの彩に溢れているんだな。
綺麗だと、微笑んでいた男は。
数刻前、悠仁は夕食の席で裏切りの兇器を突きつけられた。ふたりきりでは持て余す広い食卓、空の巣にて。
愕然とした。入念に磨き上げられた鋭く閃く銀色は、悠仁を仕留めようとする兄の思いつめた牙だった。
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