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    Roll_sno

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    Roll_sno

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    しょくもつれんさのさいかそうで展示したやつです。いい感じの続きが思い浮かばないので普通に公開します。へい。

    人外パロさめししです。

    村雨様のお嫁様 村雨様がお通りになる。この土地ではある季節に雨の降ることをそのように表現した。そこに初めて訪れた男は、奥まって新しい文化の入る機会に欠ける土地独特の因習と言い捨てられない程度に、こびりついた何者かの気配を感じている。この土地を縄張りとするその何者かに挨拶でもするべきだろうか。男はそのようにも考えたが、果たして縄張りなどという意識を持つ相手なのか、挨拶をするにしてもそれ相応の手順や振る舞いやらがあったりはしないか。何より、ただ用件も伝えられないままに呼ばれて来た自分がどのぐらい滞在することになるのか、ともかく何一つわからなかったので、そのまま宿の一室に手荷物と共に思考を放り投げた。

    「まあ、俺の知ったこっちゃねーわな」

     否、放り投げたかった。けれども男はそのように独りごちながらうろうろと部屋の中を歩き回ったかと思えば、頭を掻いて仕方なさそうに宿を後にする。格上格下問わずして、素性の知れない新参者に縄張りを荒らされるのは酷く不愉快なことだ。少なくとも、人の姿をとってはいても獣の本性を持つ男にはそう思えてしまう。であるならば、此方が新参者の身である場合には挨拶ぐらいはしなければいけないと、彼はそのように考える男であった。

     獅子神、と。此処より幾許か離れた土地で、男はそのように呼ばれ畏れられていた。実際のところ、彼は獅子でもなければ神でもない。しかし化かしに精通するその身を使い、森に住まう獣達を人間が脅かすことの無いように、或いはその逆のこともまた起きないように。この世ならざる異形に化けて、過ぎた行いをする者の前に幾度と姿を現していくうちに、そのような名で呼ばれるに至っている。張りぼての霊獣、とは此処に彼を呼んだ者の談だ。

     ざく、ざく。気配の強く感じられる方へ、祀るのならば社祠の一つもあるだろうと獅子神が足を進める山中は、幾年もの時をかけて人間により踏み固められ、彼がその本性を顕わさずともそれほど難なく歩いて行けた。途中までは。ある時点から不意に人の手の入る部分が一つとして見当たらなくなり、行く先のわからなくなった獅子神は相応に狼狽した。自らの道間違いをまず疑った彼がすんすんと鼻を鳴らして痕跡を探ると、此処まで辿った道からは間違いなく人間の匂いがする。最近も使われた道で間違いないと確信をして、この土地の者は件の村雨様とやらを祀り上げておきながらもその信仰を忘れ去り、今では社祠に至る道の中途だけを生活に利用しているのだと。そういうことだと理解した。

    「獅子神さんはこういうの、嘆かわしい! とはならないんだね」
    「生活より大事なもんはねぇだろ。それより呼び出すだけ呼び出して用も場所も伝えねぇお前の方が腹立つわ」

     生きることは忙しない。そう理解している獅子神に嘆かわしいという思いはないが、人間たちが世代を跨ぎその接し方を変える程度にはこの地に長く信仰を残すのだから、村雨様とやらが如何に格の高いものかと思い、頭が痛かった。獅子神は、たかだか獣である。そこいらにいるような、言葉も交わせない有象無象の獣よりかは長く生きてはいるものの、化生としては世に存在してそう長くはなく格の高い方でもない。現に、いつから真後ろにその古鏡が居たのか、とんと見当がつかない始末である。人間の姿形をとれども、生き物の匂いを纏わぬ古鏡。霊獣の張りぼてを剥がし壊した愉快犯。名を真経津という。

    「で、社祠はあんのか」
    「あるって言ってたよ。あっちの方だったかな」
    「言ってた?」
    「うん。僕はまだ行ったことないんだけどね」

     仮初の指先が示した先はなるほど、用もなければ突き進もうとは思わぬ薮だ。この道なき道を行くことは、人間には難儀なことだろう。ただし、元から人ならざる化生にはさして問題にはならない。美丈夫の姿を捨てて、髪と同じ金の毛皮を晒した獅子神は、小さな身体でがさがさと草を揺らして駆け抜ける。目的の者は、確かにその先にあった。屋根の塗装は剥がれ落ちて軒は先から腐りきり、柱はもはや支えより重しと呼ぶに正しく、御扉の片側も失った有様のそれが未だ祠と呼べるかと問えば、答えは分かれることだろうが。

     さて、獅子神は人の手の入らなくなった人工物というのがどうにも苦手だ。忘れ去るほど古くもないが記憶の奥に押し込んだ、枯れ果てた土地の末を想起させる。故に直したい、この朽ちた祠を。けれども、祀られているそのものの許しもなく手を出すわけにもいかない。祠の周囲をぐるぐると歩き損傷個所を眺めているうち、遂には雨が降り出した。

    「どうしたもんかな……」
    「何がだ」

     雨と同時に現れたその姿は曇天の中、獣の目でも正確に捉えられなかった。山奥に現れるには不自然な細身の男。だが、そんな視覚情報よりも雄弁に、この男が村雨様なのだと獅子神の本能が囁いた。この降り頻る雨こそが彼なのだ、とも。だとすると存在する時間の桁が違う。少し格上などというものではない。

    「別に、大したことじゃねぇよ。それより勝手に縄張り入っちまったけど大丈夫か?」
    「獣らしい杞憂だが、私は縄張りなど持った覚えはない」
    「……そっか」

     縄張りだ何だという考え方はあくまで獣基準、或いは土地に根差すものの基準ではあるのだ。土地の信仰から生まれた者であれば土地の者を守ろうという意思を持つことが多くあるし、そうでないのに気に入った土地に居座る者も居る。結局は各々の性質による部分が強く、少なくとも村雨は人間に関係なく存在し、祀られていようがいなかろうが土地に興味はなく、些細なことを気にせず自由だった。

    「村雨さんだー! 元気にしてたー?」
    「あなた、また来たのか」

     自由といえばこの古鏡だ。何をしでかしてそうなるに至ったかはもはや彼の他に知る者もないが、真経津は何時かの人間に封印されて何百年何千年を退屈に身を委ねて過ごしていたと。それが最近になり、少々無軌道な神主が封印を解いたのでこれ幸い、各地の化生の噂のもとへ好奇心のまま東奔西走ふらふらしているとのことらしい。つまりはそういうものも居ると、そういうことだ。

     自然から在るもの、人の手から在るもの。二つの古きもの達が語り合うさなか。どろん、と獅子神が霊獣に化けたのは決してかつてのように己の力を誇示したかったわけではない。薮を抜けるのに人間の形は邪魔だったのか、ふわふわと本性の姿で重力に逆らい浮いている真経津にとびかかったのも、彼を傷つけようとしたわけでは断じてない。

    「何で人間の姿してねぇんだよ! 錆びるだろうが!!」
    「大丈夫だよ。獅子神さんは心配症だなぁ……」
    「テメーの心配はしてねぇよ! 御手洗がうるせぇだろうが!」

     嘘だ、と村雨には直ぐわかった。獅子神の本性は初めに目にしているが、今の姿は彼の本性からは程遠い。それが化かしにより形作られた紛い物としてその上でなお、初対面の自分にここまでわかりやすい嘘があるものかと、いっそ不思議にさえ思っていた。

    「その鏡はあなたよりよほど古い。不要な心配をするなマヌケ」
    「心配してねぇって言ってんだろ!!」

     叫びながら、どろんと人の姿を取るのだからやはり嘘を吐くのに向いていない。雨を遮る質量がなくなったことで古鏡は再び雨曝しとなったが、事実として真経津は今更この程度のことでどうこうなる化生でもなく、放置しても問題はないだろう。それよりも、村雨はこの獣の方に興味が湧いていた。

    「それで、心配性のあなたは何を心配して祠の周りを徘徊していた?」

     げ、だとか今にも言い出しそうに眉を顰めて、それから獅子神はついと目を滑らせた。なんともわかりやすいことだと、村雨はやはり不思議に思う。此処に在る者たちには到底及ばないとはいえ、そこいらの獣よりかは余程生きている筈だというのに。
     
    「いや……その祠さ、修復したりとかしねぇの?」
    「これといって予定はないな。必要もないだろう」
    「あー……なら良いわ、うん」
    「駄目だよ獅子神さん。言いたいことはちゃんと言わないと」

     誰が見ても古びた、金目のものが使われているわけでも納まっているわけでもない祠だ。特異な造りをしているわけでもなし、至って普遍的といえるそれの付加価値が何か有るとするならば、自分を祀っているものであることぐらいだろうと村雨は認識していた。尤も呼び名は土地により違えども、一所に留まらず雨を降らせて回る彼を祀る物は此処の他にも有るので、それさえ大した価値とは呼べないだろうが。

    「な、直して良いか? いやもうここまで来ると建て直しになるんだけどよ」

     獣の姿の時でさえ種の割に大柄だった、人の姿ともなれば逞しいその身をそわそわと揺らめかせ、此れといった得の見当たらぬ提案をする男が村雨には不可解だった。建築となれば雨が降ってはいけないという方便は、自分をこの場から退かすには悪くないのかもしれないとも考えたが、退かしたからといって何が出来るとも思えない。

    「あなた、何か企んではいないだろうな」
    「面白いことになれば良いなとは思ってるけど、企むようなことは何もしてないよ」
    「まさかそれで信用されると思っているのか」
    「うーん。御手洗くんと獅子神さんならこれで引いてくれるんだけど」
    「お前、俺をナメてるよな?」

     例えば村雨を害するものがあるとするならば、真経津がそれにあたっただろう。まるで信用ならない真経津の戯言を聞くも馬鹿馬鹿しく、とはいえこの騒がしい古鏡に居座られるよりかはその面白いこととやらに乗ってやった方が話が早いかとも、村雨には思えていた。

    「それで、どの程度の時間が必要だ?」
    「…………え? いいのか?」
    「期間にもよるが、その間は私に関わらないというならば良いだろう」
    「だってさ、獅子神さん」
    「あなたもだ真経津」

     ひどいなあ、なんて形ばかりの拗ねた声を出す真経津の言葉を本気にとる者は此処に居らず、話は流れ進む。おおよそ三ヶ月、とそのように獅子神が提示した時間で村雨が良しとしたので、仕方ないなあと妥協するようなていで真経津も引き下がってみせたので、さっくりと話は纏まった。

    「三ヶ月後、楽しみにしとけよ!」
    「……そうしよう」

     村雨に伝えたところで信じられないと眉を寄せるばかりであろうが、獅子神は人の中に紛れて世の中を渡り歩くだけの化かしの能力と理解力を持っている。三ヶ月、という期間の中で目的を達成させるためにまず獅子神は人から木材やら瓦やらを買った。葉を化かした紛い物ではなく、本物の紙幣で。宿に放り投げていた荷物の中には、人間なら持っていて可笑しくないもの持っていて当然のもの、そういうものが詰まっている。そのうちの一つ、本来ならば獅子神には必要のないものの一つが紙幣だ。しかしあると便利なことが多いとも知っている。

    「木なんて幾らでも生えてるじゃん」
    「生えたまんまのは使えねぇの」
    「ふーん。面倒臭いね」
    「そうか?」
    「こんな面倒臭いのに、何で祠を直したいの?」
    「あ? そりゃあ……俺が見てて落ちつかねぇだけだよ」
    「こんな山奥の祠なんて、見ようと思わなければ見えないのに?」
    「……どうせお前にでも呼ばれてまた来ることになんだよ」
    「ね、本当にそれだけ?」

     他にあれを買ってこれを買って、それらを背負って抱えて山を登って。そうしている間も特に何を持つわけでもないのに真経津は獅子神に着いてきて、話しかけてくる。暇なのかとは思いながら、獅子神もそれを無視できる性分ではない。

    「…………こんなに朽ちてちゃ建てたやつも浮かばれねぇし、あいつの祠がこんなにボロいんじゃ駄目だろうが」
    「ふーん」

     少なくとも獅子神にとって、雨は良いものだ。それが訪れなかった所為で作物の育たず種の根付かず、枯れきって潰えた土地を知っている。そこで飢えた人間達が領分も弁えず山を登ることで起きた獣達との諍いの数々と、土地を捨てて人間が去った後の静けさを知っている。それに至る何一つを止められなかった己の無力を知っている。雨は良い。あの時、それさえあれば失わずに済んだ。しゅる、しゅるる。葉を化かして形作った鉋を獅子神の手が木材の上で滑らせて、木肌は美しく平坦に整っていく。こういった人間の技術も今は暮らす者の居ないその土地で知ったのだ。

     祠が完成するまで結局は三ヶ月かからなかったが、それだけの時間を獅子神は山奥で過ごしていた。なんてったって雨が降らないことは確定しているのだ、現地で全部進めてしまった方がいい。喜ばしいことに都合のいいことに山は恵みに満ちていて、獅子神の食事だけであれば困らない程度の収穫があった。彼は人間の姿を取った際の体格に反して、食はそう旺盛でもない。この期間で獅子神にとって意外だったことを一つ挙げるならば、そのうちに飽きてどこへなりとも行くだろうと思っていた真経津が最初から最後まで居たことだろうか。何がそんなに興味を惹かれることがあったのか、未だに腑に落ちていない。

    「終わったか」
    「おー。ちょうど昨日な」

     空が翳り、雫の落ちて。まったく素晴らしいタイミングで村雨は帰ってきた。獅子神が出来る限りで同じような装飾に造った祠は、初めての雨をぽつぽつと受け止めている。

    「早く帰って来すぎだろ。完成してなかったらどうすんだよ」
    「あなたは余裕をもって期限を設定すると思っていた」
    「そうだけど、だとしてもだろ」
    「あとは、ずっとあなたを見ていた」
    「ずっと見ていた?」
    「あの程度の距離であれば、見えないこともない」
    「いや、そっちじゃなく。ずっと?」

     格の高い奴はわけがわからない。出来ることの幅が尋常じゃなく、その上でやることなすこと理解不能だ。だが知ってはおきたいと獅子神が聞き返せば、村雨は大変に機嫌良く答えた。なにせ、聞かれるつもりでそう言ったのだから。

    「あなた達は化かし騙すのを領分とすると思っていたが、あまりに嘘が下手なので気になった。私を此処から退かして何をするかと思っていたのにあなたときたら、本当にただ祠を建てるつもりでいる」
    「人間から物を買う時には本物の紙幣を使い始めたものだから、私はあなたの本性を見誤ったかとさえ思った。その上で大工道具は葉を化かした物を使い出すのだから、どう考えても素直が過ぎる」
    「挙句、なぜ私の祠の建て直しなどという得の無い雑用を上機嫌で引き受けたのか。真経津に聞いたがあなた、私の祠がボロくては駄目だと言ったそうだな」
    「あなたのそういったところが好ましくて、つまり月並みだが目を離せなかったというところだ」

     今、馬鹿みたいな面をしている。獅子神には自覚があった。うっかり尾が出て揺れちゃいないかと、手を組む素振りで後ろにやって、人間の姿を保てていることを確認する。しなければ、少し自信が無かった。正しく怒涛と言うべきか、つらつらと語る男の顔が見てみたいが、薄暗い所為でよく見えない。

    「獅子神、私の伴侶になって欲しい。いや、あなたに合わせるなら番と言うべきか」
    「い、や……だって俺、お前の顔も見えてねぇし? よく知らねぇ奴と番ってのは違うだろ」

     照れ隠し、或いは時間稼ぎ。完全に気圧されて何とか口にした言い訳は、案外悪くないんじゃないかと獅子神に心の余裕を与えた。だって相手は雨だ。晴天とは相容れない筈で。

    「そんなことか。本当にあなたはかわいらしい」

     けれど、ざぁっと開けた空。雨の雫は止まない日の光の下で初めて明確に目にした男の顔は少し意地悪く、けれど真っ直ぐに獅子神を見つめていた。そのまま一歩、二歩と距離を詰めるのを誰も止めやしないまま。

    「これで、問題はないな?」

     にい、と悪戯に吊り上がった唇の意外な血色の良さが、瞳の色より獅子神の印象に残っている。自分のそれと重ねあおうと迫る赤を、じっと見つめてしまったから。止めるどころか受け入れて、その感触までを知ってしまったから。


    「ほら、面白くなったでしょ」

     狐の嫁入りには、古鏡だけが機嫌良く参列していた。
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