父親の剥製 新港ふ頭の風は生温い。孝雄はメビウスを暫し唇の先で弄ぶと、思い出したように胸ポケットのライターを取り出してやっと火を点けた。風除けに窄めた手のひらの内側で、燻された空気は血生臭かった。
一服して吐き出した煙のカーテンを透かして、潤輝の背中が見える。コンテナの影、彩度の低い長方形の隅に、ダークグレーのスーツがしゃがみ込んでいる。ダークグレーにときどき墨のような黒が混じる。墨のようなそれは、いまや肉塊と化してビニール袋に静かなそれの液体である。
「……潤輝」
久方ぶりに喉から出た音は、うまく声帯を震わせきれずに嗄れていた。海を渡ってくる風の声のほうがよほど響いて、それでも潤輝は手を止めた。瓦礫を握りしめた手は白く、そこにも滲んだ墨色の赤のほうが、よほど生命を感じさせる。
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