適材適所①いつもと同じ曜日。いつもと同じ時刻。いつもと同じ地下スタジオ。そして、いつもと同じ、練習場にいる面々。
しかし、今日ばかりはいつもと雰囲気が違っていた。
「は、初めまして!黒崎紅音といいます!どうぞよろしく……」
そう言ってぺこりと頭を下げる、いつもとは違う顔。それも、思わずハッと目の覚めるような美少女だ。黒崎紅音と名乗ったその黒髪の美少女は、緊張しているのか少し震えている。
「オイオイ、そう固くなるなって!オレたち、もう仲間なんだからよ!タメ口でいいぜ!……だろ?富良野?」
「そうにしたっていきなりグイグイ距離縮めるのはセクハラなんだなリーダーwwww」
「ちょっ、誤解を招くようなこと言うんじゃねぇよ!せっかくうちに入ってくれたのに警戒されるだろ!」
ゴホンッ!と咳払いし、月下は紅音に向き直る。
「改めて、オレは月下!ギターボーカル担当で、このバンドのリーダーだ!で、こいつはドラム担当の富良野!デカくて厳ついけど良いやつだぜ!ちょいと軽薄すぎるのが玉に瑕だがな!」
「ちょwwww一言余計なんだなwwwwww」
「事実だろうがよ!このっ!このっ!」
その2人の掛け合いに、紅音は気が緩んだのか少し表情が綻んだようだ。
「お二人は仲がよろしいんですね」
「おうよ!まだ会ったばかりで日が浅いけどな!TWFのことでよく話が合うんだぜ!」
「当然なんだな、TWFは人生のバイブルなんだな」
どこかカッコつけた風にそう言う富良野に、紅音はフフッと笑いを漏らす。
「そういえば、入ったばかりで早速だけど彼女にはどのパートを担当して」
「おう!そのことなんだけどよ……オレから重大発表があるぜ!」
ジャジャーンッ!とギターをかき鳴らし、月下はニカッと鋭い牙を見せて笑う。
「オレは、今日限りでギタボは辞める!」
「…………………え?」
富良野と紅音は固まった。特に、富良野は飲み込めないと言った表情をしている。
「あの、リーダー。それはどういう」
「安心しろ富良野!別にバンドから脱退するわけじゃねぇぜ!ただ、紅音にボーカル担当してもらってオレはギターに専念するってだけだ!」
名案だろ?と笑う月下に、富良野は信じられないといった表情を浮かべる。
「文化祭でな、オレは紅音のギター演奏と歌声に聴き惚れちまったんだ!こいつこそ、うちで前に出るべきだってな!だからこそ、オレはすぐに紅音に声をかけたってわけだ!」
「もしあの場に他に音楽業界の関係者がいてすぐスカウトされちまったら元も子もねぇからな!」と明るくそう言う月下。それでも納得がいかないという表情の富良野に、紅音はオロオロとしている。
「ギターも渡したいとこだけど、オレはキーボードもベースもできねぇからな!だからギター担当として、これを機にギターのクオリティ上げるぜ!大丈夫、ただ歌わねえってだけで今まで通りリーダーするからそんなに変わらねぇって!それに、ボーカルほどじゃねぇがギターリストだってモテるし!」
「……リーダーがそこまで言うなら……まあ……」
富良野が渋々と了承すると、じゃ決まりだな!と月下は笑顔で親指を立てる。
「じゃあ早速だが、楽譜を配るぜ!まだオリジナル曲はねぇが、今ネットで流行ってる曲があるからそのカバーをするぜ!まずは各自練習な!」
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「やっぱすげぇな紅音!オレの目に狂いはなかったぜ!やっぱボーカルはお前以外考えられねぇよ!」
「あ、ありがとうございます……」
しばらくして休憩に入り、紅音はマイクのスイッチを切る。
「あの……お手洗いに行きたいんですけど、どこにありますか?」
「おう!それなら廊下をまっすぐ行って突き当たりの左にあるぜ!迷うなよ!」
「さっ、流石に迷いませんよ!」
そう言って頬を膨らませて、紅音は練習場から出て行った。
「さてと!今日の練習風景をインスタにあげっか!いい写真何枚か撮れたから厳選して」
「リーダー」
ギターを降ろしスマホをいじる月下に、ずっと黙っていた富良野が話しかける。
「なんだよ富良野?今忙しいんだけどよ」
「リーダーは……本当に、それでいいんだな?」
今までになく険しい顔でそう問い詰める富良野に、月下はオイオイと呆れた顔になる。
「オイオイ、さっきその話は終わっただろ?リーダーのオレが、自分の意思で紅音にボーカルを譲りたいと思ったから譲ったんだ。それでいいじゃねぇか」
「よくないんだな。あまりにも唐突すぎるし、納得がいかない」
「なんだよ、お前……紅音の歌声聴いただろ?それでも納得しねぇのかよ?」
「……確かに、彼女の歌声はすごいんだな。プロ並み……いや、それ以上なんだな。でも、某が気になるのは……リーダーが11年間続けたギタボを、そうあっさり手放せるものなんだな?」
ーこいつ、こんなグイグイくるようなやつだったっけ?
そう疑問に思いつつも、月下ははぁ……とため息をつく。
「あのなぁ……富良野、世間のやつらにオレたちの曲を聴いてもらうには、売れるにはどういうことが必要かわかってるか?」
「それは、いい曲を作って地道にライブしていけば」
「それもあるけどよ、無料で楽しめるサブスクが溢れているこのご時世……昔と比べてわざわざライブハウスに通う若者はかなり減ったんだ。どんなにいい曲を作ろうが、どんなにライブをしようが、ガラガラの客席じゃ意味ねぇんだ。誰がわざわざ知名度もクソもない無名のバンドのライブに金払ってまで足を運ぶ?」
「それは……」
何も返せないでいる富良野に、月下は少し間を置いてからこう答える。
「だからこそ、それでも客にライブハウスに来てもらうのに一番必要なことは……イケてるボーカルなんだよ」
「イケてる、ボーカル……?」
「ああ」
そう言って、月下はスマホの画面を見せる。そこに映っているのは、ヴィジュアル系だろうか?長い青髪に派手な化粧を施したゴシックファッションに身を包んだ美しい青年だった。
「知ってるか?最近熱い†Todes Angel†ってヴィジュアル系バンド。そのリーダーで、ギターボーカルがこいつだ。……で?どう思う?」
「………なんというか、厨二病オーラとイケメン圧がすごいんだな」
「だろ?こいつほどの美形はそうそういない。だからこそ、前に立っているんだろうな。ライブポスターとかでボーカルが美形だとわかれば、誰もが興味を持ってライブハウスに足を運びやすくなるもんだ。実際に、ボーカルがイケてるかイケないかで集客力が違うんだぜ?」
「……」
どこか自虐的に笑う月下に、富良野は何も言えないでいる。
「紅音はすげぇだろ?あの美貌!立っているだけで華がある、圧倒的存在感!文化祭じゃ誰より目立ってたからな!それに何より、音楽の才能がある!このオレが目を瞑って聞き惚れるぐらいに!」
興奮したように、そう捲し立てる月下。富良野は、重く黙りこくったままだ。
「キーボード担当を探していたが、気が変わったぜ!キーボードが悪いわけじゃねぇが、ああいう才能に溢れた美貌の歌姫を後ろにやったんじゃそれこそバチが当たる気がする!だからこそ、あの子を前面に出せば客が来るしオレたちの曲を聴いてもらえる!」
「しかし、リーダーは何よりTWFをリスペクトしてるんだな?だから、バンド構成を同じにするとこだわって」
「……構成を同じにしたぐらいで売れたら誰も苦労しねぇんだよ!!」
「ッ……」
いきなり怒鳴られて、面食らう富良野。月下はハッと我に返り、バツが悪そうにクシャクシャと前髪を掻く。
「……悪ぃ。言いすぎた。ちょっと頭を冷やしてくる」
「……ああ」
そう言って、月下は練習場から出て行った。すると、入れ替わるように練習場に紅音が入ってきた。
「も、戻りました……」
「……おかえりなんだな」
富良野に声かけられると、紅音は気まずそうな顔で俯く。
「あの、盗み聞きするつもりじゃなかったんですが……さっきの話、聞こえてしまって」
「……全部、聞いたんだな?」
「は、はい……あのっ……ごめんなさい!私のせいで、バンドの雰囲気を悪くしてしまって……!」
深く頭を下げる紅音に、富良野はあわあわと慌てる。
「べ、別に、紅音殿が謝ることはないんだな!ただ、うちのリーダーが意地っ張り過ぎるだけなんだな!」
「……こんなことになるのは、もう二度と嫌なんです。だから、私にできることはありませんか?」
「できること……そうだなぁ」
富良野は少し考えて、それからポンと手を叩く。
「リーダーは、自信満々なように見えて自己肯定感が低いように見えるんだな。先ほど話を聞いた時も、おそらく自分に才能と華がないことを気にしているようにあったんだな」
「そ、そうなんですか?」
「某、これでも人を見る目は確かなんだなwwww」
そう言って茶化すように笑ったあと、富良野は真剣な顔になる。
「だから、紅音殿……リーダーに、歌の指導をしてくださらぬか?」
つづく