シュガーナイフとビターバレット①「ふんふんふ〜ふふんふんふ〜ん♪ふふんふんふ〜ん♪ふふんふんふ〜ん♪」
鼻歌とともに、ザクザクと肉塊にナイフを入れる。まるでケーキを切り分けるように綺麗に、硬い肉塊を慣れた様子で解体していく。
「Do you know the muffinman♪The muffinman♪The muffinman ♪Oh,Do you know the muffinman ♪Who lives on Drury lane♪」
そして、肉塊はボウルに入れられ、小麦粉とバターと砂糖を入れてかき混ぜる。そうしてできたケーキ生地を丸い型に流し入れると、そのままオーブンに入れて焼く。オーブンの蓋を閉めて、パティシエと思しき男……怪人マフィンマンはふっと一息をつく。
「ふぅっ……今日のおやつタイムは豪勢になりそうでラッキー♪運良くお泊まり会の子供達をホームタウンに引きずり込めたから、しばらくはおやつに困らないねェ〜!」
そう言って、まだ残っている山程の肉塊……下は子供だった大量の肉塊を満足気に眺めて、「あとは今すぐ食べきれないから冷凍保存しなくちゃ」と独りごちる。
「でもでも〜子供たちとかくれんぼと追いかけっこできたのは楽しかったけどさぁ〜……な〜んか、物足りない気がするなァ〜?なんだろォ〜?なんか、刺激が足りないっていうか……これってもしかして、マンネリ?」
もはや癖になっているのだろう、大きな独り言というか自問自答を繰り返すと、マフィンマンは何か思いついたようにポンッと手を叩く。
「そうだ!今まで質より量にこだわってたけどォ〜……今度は質にこだわってみようかなァ〜ん?肉つきの良い太った子ばかり狙ってたから、今度は可愛い子か綺麗な子を狙ってみよう!やっぱどんな美味しいスイーツでも味変しないと飽きるしねェ〜!」
「そうだよね?グレーテル」と、マフィンマンは椅子に座っているクマのぬいぐるみにそう話しかける。当然のごとくクマのぬいぐるみは一言も発さないのだが、マフィンマンは「うんうんそうだよね〜!グレーテルならそう言ってくれると思ってた!」と勝手にうんうん頷き、目の前のティーカップにドプドプと紅茶を注いでいた。
「さて……そうと決まれば善は急げ!次の獲物を探さなくっちゃ〜!」
手を叩いたと同時に、マフィンマンがいるキッチンはぐにゃぐにゃと歪んでいく。あたり一帯は闇に包まれ、まるでブラックホールの中のようだ。そう、ここは影の中。怪人であるマフィンマンは、普段は影の中に身を潜めている。さっきまであったキッチンは、マフィンマンが影の中でも快適に過ごせるようにと自分で作った空間だ。
怪人は影の中でしか生きられず、外の世界には数秒しか出られない。だが、外の世界を覗くことはできる。獲物を見定めるためにも、必要なことだ。
影の世界にもどこからか光は差し込んでくる。その光に向かって、マフィンマンは顔を突っ込んだ。
……ここは、どこかの大学だろうか?学校に通ったことのないマフィンマンでも、建物からして立派な大学だということはよくわかる。
覗ける場所は決まっているわけではない。誰かに取り憑いているならともかく、影は世界のどこにでもあるのだから覗ける場所は必然的にランダムになる。今日はたまたま、大学を覗ける日みたいだ。
「大学かぁ……大学生って、大人と子供の中間みたいだね?大人の肉は硬いからキライだけど、大人になりかけの子供ならどうなんだろう?……うんうん、案外悪くないかもねェ〜♪」
味を妄想して、涎をダラダラと流すマフィンマン。影の中じゃなかったら、確実に不審者として通報されていただろう。
次の瞬間、マフィンマンは構内にいるひとりの少女に目を奪われる。
その少女は華奢で小柄で、眠たげな目つきをしている。そして何より、愛らしい顔立ちをしている。髪の色はカラメルソースのかかったプリンのようで、瞳の色はまるでチョコミントのように鮮やか。そばかすもチョコチップのようで愛くるしい。纏っている服も、チョコレートの包装紙のようだ。
全身がお菓子でできたような、可愛らしい女の子……まるで一目惚れしたように、マフィンマンの心はすぐに決まった。
「あの子だ……あの子にしよう!なんて可愛いんだ!口に含んだだけですぐに溶けちゃいそう!きっと血も肉も髪も何もかも甘いんだろうなぁ!」
さっきよりもダラダラと涎をこぼしているマフィンマンの目は、その少女を掴まえて離さない。ウサギの仮面の下の目は、肉食獣のようにギラギラと輝かせていた。
ーああ……今夜が楽しみだ!あの子はボクを見たらどんな顔をするんだろう?怖がって小動物のようにふるふると震えるのかな?それともウサギのようにすぐぴょんっと逃げ出すのかな?どんな声で話すんだろう?きっと可愛らしい、鈴の鳴るような声だよね?悲鳴を上げたら、きっとカナリアみたいに綺麗な鳴き声かもしれないなぁ。どんなお菓子にしようかな?マフィンが一番好きだからマフィンにしようかな?でもマカロンもケーキも捨て難いなぁ……う〜ん、迷う!
グルグルと思考を巡らせながら、マフィンマンは少女の影の中へと移動する。取り憑くことに決めたようだ。そして、哀れにも怪人に取り憑かれた人間は、眠れば怪人が支配する”ホームタウン”に引き摺り込まれる運命だ。
自分の知らないところで自分の運命が決まったとは露とも知らずに、少女はふわぁと呑気にあくびをしている。
まさかこの時、怪人マフィンマンはこの少女……”狩人”ブラムとは長い付き合いになるとは夢にも思わなかった。